1. グロリアスドライヴ

  2. 広場

  3. 【FI】

【FI】

Story 08(6/23公開)

●Reversal
 アイツらが星を侵略し始めた時から、対抗することの出来ない無力感に苛まれてきた。
 逃げるのに必死だった。
 逃げたところで何がどうなるかも分からなかったから、ある種の絶望も抱いていた。

 ……あのまま逃避行が続いていれば、遅かれ早かれ自分たちの種は滅んでいただろう。

<ペギー>
 フィーニクスのコックピットで、入水と表現してもよいほどにゆっくりとビスケー湾に堕ちていくインベーダーの要塞を見届けながら、ペギーは思う。

 悲壮感に包まれたまま逃げ続けても、よい結果など何も生まれはしなかったのだ。
 たとえば物理的に、インベーダーから逃れることが出来たとしても、負の意識はずっと種の中に付き纏う。
 それにより生まれた閉塞感は、種の新たな一歩を妨げていただろう。

 戦うこと、否、戦い続けること。
 最初のうちは敗北を繰り返しながらも、徐々に戦う為の術を見つけ、今やナイトメアという種そのものに反攻出来ている人類の姿は、かつてのペギーたちにはなかったものだ。
 その原動力は、戦う意志。そして、想像力。
 そう知った時、技術者を名乗っておきながら、その発想のベクトルを逃げることばかりに向けていた自分を恥ずかしく思った。
 かつて……インベーダーが星に来る前から、船を作っていた理由は何だったか。今になり、思い出す。
 広い宇宙(そら)を見てみたい――。
 想像力なら、自分たちだって持っていたのだ。
 自分たちには自分たちの戦い方がある。この地球の人類も以前、自分たちにそう告げた。
 独力でその答えに至ることが出来なかったことは少し悔しいけれど、今持ちうる技術を惜しげもなく地球の為に提供したのは、そう教えてくれたことへの返礼だった。

 要塞の巨影が、完全に海の中へと消える。
 ライセンサーの尽力と工夫のおかげで、生まれた高波は最小限。それも僅かな間の出来事で、すぐに海は穏やかさを取り戻した。

「……ありがとう」
「ん? なにか言ったか?」
「何でもない。気にするなペン」
 開かれたままの通信の相手に聞こえたかもしれない呟きを隠しながら、ペギーは目を伏せた。

●Misrecognition
 ディードの打倒後、いち早く空に飛び出していたエルゴマンサーたちは、各々の手段で難を逃れていた。
 フォン・ヘスはといえば、かつて人類の前に現れたときに利用していたブリッツクリークの背を足場にして着地している。
 しかしながら、その表情は驚愕に満ちていた。

 ありえない。
 ディードがどれだけ油断していようと、個の絶対的な力量差は揺るがない。
 『食糧』が束になってかかったところで、ヤツは払いのけるだろう。
 フォン・ヘスはそう思っていたのだ。
 ただ、そうなろうともインベーダーの存在が自分たちにとって都合が悪いことには変わりない。
 だからナイトメアは、ライセンサーを所謂『噛ませ犬』とした。
 テルミナスがライセンサーに対しても言っていたように、フォン・ヘスとクラインであればディードに対峙して倒すことも可能だ。ただし、これもテルミナスが言う通り間違いなく消耗はするし、本意ではないのも、その通り。
 そして『食糧』は『食糧』なりに、インソムニアをいくつか壊すという結果を得る程度には育ってきている。
 ディードを倒すには至らないにしても、ヤツを消耗させることくらいは出来るだろう。そこを叩く。
 ――という目論見は、思いもよらぬ方向で外れることになった。

 まして、ディードに直接対峙したのも、全てのライセンサーのうちの一部に過ぎない。
 つまり自分たちが想定していた以上に、『食糧』、否、『人類』は育っている。育ちすぎてしまっているのかもしれない。
 これは手を打たなければならない。
 地球に来てからは誰も見たことがないのではないか、というほどの真剣な表情で、フォン・ヘスはブリッツクリークに対しオリジナル・インソムニアへの帰還命令を出した。

 別方向に離脱していたクラインもまた、「ディードを自力で打倒した」というライセンサーの得た結果には驚きを禁じ得なかった。
 ただ、思考のベクトルはフォン・ヘスとは若干異なる。
 以前にテルミナスと共にグロリアスベースに突入したときに、物の見事に「出し抜かれた」経験を思い出したのだ。
 個体の力の差はもちろんあるけれども、人類はそれを団結と工夫――想像力で乗り越えてくる。それはクライン自身が体験したことだ。
 それに加え、力自体も育っていると言っていいだろう。どんなに工夫を重ねたとて、ディードは小細工だけで勝てる相手ではない。

 ……このままでは、ナイトメアにとっても危険なのではないか?
 この星に来てクラインという存在になり初めて、『彼女』は人類に対し、一種の畏怖を抱いた。

●Their conclusion
 ――インベーダーという派閥が壊滅し、数日が経った。
 要塞からすでに降り立っていた残党はいるだろうけれども、いずれは地球上からその姿を消すだろう。
 ナイトメアと違い、インベーダーは個体一つ一つの存在自体が人類に対して攻撃的にすぎる。それは看過できるものではない為、SALFにより掃討作戦が組まれることになっていた。

 一方で、ペギーら放浪者たちはというと……。

「やはり駄目か」
 地球に来た時と同じ要領で、空間上に次元を渡る穴を開こうとして、失敗を繰り返していた。
 インベーダーとの戦いの間にもずっと行われていた為、船の装置の修理は済んでいる。エネルギーを伴わない稼働テストでは問題ない数値を出していた。
 放浪者たちが元々持っていた能力を転用したエネルギーは使えなくなっていたからIMDで代用したのだけれども、実際に動かそうとすると――どうにもうまく行かない。途中で動作を停止してしまう。
 エネルギーの代用が駄目なのかとも思われたけれど、起動の初期工程では問題なく動いているし、量そのものが足りないわけでもなさそうだ。

 そうなると――考えられる可能性は、外的要因。

「オリジナル・インソムニアが絡んでる可能性は大きいだろう」
 SALF長官の執務室でレポートを読み、シヴァレース・ヘッジ博士はそう考える。
「ペギーたちに限らず、放浪者が一方通行なのは、ナイトメアが”ホーム”とのパイプを確保する為に他の逃げ場を失くしてるんだろう。そうなるとその根本を断つしかない」
 つまり、オリジナル・インソムニアの破壊。結局はそこに行き着く。
 以前なら尻込みをしていたかもしれないけれども、今やニュージーランド、ロシア、南米と三箇所のインソムニアが破壊され、他のインソムニアの破壊を目標とする作戦も進められている。
「……そろそろ、時期かもしれんな」
 エディウス・ベルナーはそう、厳かに呟いた。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

過去のストーリー

●Restart
 その日、SALF長官エディウス・ベルナーはニューヨークを訪れていた。
 グロリアスベースの強化拡張の為の改修に使われたのはフィッシャー社のドッグ。
 それだけでも有り難いのに、年の暮れにはそこをナイトメアに狙われてドッグに被害を出してしまった。
 その御礼とお詫びの為に、エディウスは自らフィッシャー社の本社に出向いたのだ。

「改修の為に設備を提供して頂けたこと、大変感謝しています。その設備に被害を出した件については……」
 本社のCEO室。
 珍しく『客人』となったエディウスは頭を下げかけたけれども、それを対面のソファーに座ったレイ・フィッシャーが手で制する。
「ノープロブレム。被害と言っても一発防壁に風穴を開けられた程度で、既にメンテナンスが始まっている。何より、あの改修は世界にとって必要なものだ。それに比べたらあの程度は安いものだ」
 そう言ってからからと笑った後、レイは確認するように尋ねた。
「して、こうして赴かれたということは」
「お陰様で完了の目処が立ちまして、私が戻り次第ドッグを離れて再び洋上移動を始めます」

 改修によって大きく変わったことが二つある。
 一つは、先んじて建造が完了していた巨大戦艦『レヴィアタン』を格納・整備する為のドッグができたこと。これでいざとなればレヴィアタンを空中の『ベース』として動かすことも容易となる。
 もう一つは、グロリアスベース自体の防衛機能の強化だ。
 昨年のロシア戦線の際にノヴァ社が実戦投入したイマジナリーシールドMOD『ナディエージダ』。ライセンサーの手を借りてサンクトペテルブルクという都市一つを守りきったかの障壁は、規模を変えてグロリアスベースにも投入された。それ以外にも、やはり専用のEXISを用いるキャノン砲も数基設置された。
「しかし今更といってはなんだが、ナディエージダといえばサンクトペテルブルクで使用した際にはライセンサーが軒並みダウンしていたはずだ。その辺りの負担についてはどうお考えを?」
 レイの疑問に対し、エディウスは「ご心配なく」と返す。
「それについては、アルビナ社長らノヴァ社の精鋭部隊のおかげである程度改善しています」
 グロリアスベースがサンクトペテルブルクよりも小さいことを踏まえて、出力の調整を行ったのだ。やはりライセンサーに負荷はかかるものの、ぎりぎり気絶まではいかずに済む程度にはなった。
 バリアとしての威力こそロシアのものに劣るけれど、デメリットも減った。安定性を増した改良型ということもあり、ベースのそれには『ナディエージダ・ドゥヴァ』という名がつけられた。ドゥヴァとは、ロシア語で『2』を表す単語である。

「これからはどう動かれるつもりかな?」
「つい先日ですが、東欧でナイトメアの大規模襲撃があったようです。状況次第では向かうことになりますが……これも戦場によっては、レヴィアタンの出番かもしれません」
「存分に使ってほしい。その方が開発に携わった甲斐があるというものだ」
 などと話していると、CEO室の入口扉付近で待機していた秘書がエディウスの腰掛けるソファーの後方までやってきた。
「長官、本部から至急戻って欲しいとご連絡が」
 腰を低くしてそう報告する秘書に、エディウスは怪訝な顔をする。
「至急? なにかあったのか?」
「国連の方から、放浪者について相談があったようです。取り急ぎの対処をSALFにお願いしたいと」
「……対処?」
 新たにやってきた放浪者が何か問題でも起こしたのだろうか、と思ったけれども、一人や二人のレベルの話であればエディウスのところまで話が来るまでもなく現場で処理されるはずだ。
 秘書も若干困惑している様子を隠さずに、エディウスに報告を続けた。
「これまでにない規模の放浪者の集団が、宇宙船と思しき船に乗ってニュージーランドに降り立ったようなのです」

●troubleshoot
「何よアレ……!?」
 セレスト・アッカーは前方の光景に唖然とする。

 ニュージーランドはレイクサムナーにあったインソムニアがなくなって以降、完全とは程遠いとはいえ、ナイトメアの脅威は確実に取り除かれつつあった。セレストも自身がライセンサーとなってから、事あるごとに故郷であるニュージーランドには足を運んでいる。
 『それ』を見てしまったのはたまたまニュージーランドを訪れていたからというただの偶然だけれども、それにしても気味が悪い。
 何やら巨大な物体が、小高い丘の頂上付近に刺さっている。
 いや、刺さっている、という表現は適切ではない。何せその物体は、虚空から急に姿を見せたかと思うと、そのまま後方から火の噴出を伴いながらも地上へと落下していったからだ。地面に角度をつけて激突したまま動かないのは、めりこんだ、というべきだろう。
「船……ってことは、ナイトメアか放浪者……?」
 細かい形状までは流石に分からないけれども、落ち方からしてそんなところだろう、と考えてからハッとする。
 距離があっても目につくほどの体積だ。当然、激突時は地震かと思うほど近隣の大地が揺れた。
 そうなると船の搭乗者がどちらであろうと問題が発生してくる。
 ナイトメアなら新手だ。戦力としてどれくらいか分からないけれども、アレだけ派手なやり方でやってくるのだ。エルゴマンサーの一人や二人いてもおかしくはない。折角いなくなったのに。
 放浪者だとすると、単純に被害がよろしくない。
 前の世界で何か特殊な能力を持っていようと、地球にやってきたての放浪者はその能力を失っていることに気づいていないか、気づいていても戸惑っているはずだ。また、流石に指揮官を失っていても「ここに獲物がいます」アピールをされてはナイトメアも黙ってはいないだろう。
 そして……前者の可能性もなくはないけれど、あの不時着っぷりからすると後者の可能性が極めて高い。
 とりあえずSALFへ連絡を送ろう。
 セレストは通信を取るべく駆け出した。

●unknown
 実に嘆かわしいことになった。
 というか、正直なところ色々とピンチだ。
 元はと言えば、あのナイトメアとかいう奴等の侵略だ。ワタシたちの能力では抗うにも防戦もジリ貧、最終的には故郷の星を追われることになってしまった。実に悔しい。
 で、だ。問題は続く。
 星中の技術の粋を集めた船はぎりぎり完成した為星から逃れることは出来たけれど、流石に航行テストも何もしていないわけだ。予想もしていないトラブルの一つや二つ起きる。
 案の定、ちょっと次元を跨いでみたら出力系統がマズイことになった。いや、直前までナイトメアに追われていたから、技術トラブルでない可能性もある。
 不幸中の幸いなのはどうやらナイトメアをまくことは出来たらしいことだが、何にせよまともな着陸は出来ず、新たな大地には思い切り激突する羽目になった。けが人もちょっと出た。
 そして目下一番の問題は……この星にもナイトメアらしき存在がいることなんだが……。
 更に困ったことに、かろうじて自分の身を守るくらいの役割を果たせていたワタシたちの能力が、何故か使えない。


<ペンギン?>
「いやこれどうしろって言うんだペン!!!?」

 取り囲む異形の存在を前に、能力が使えないことに気づいてしまったワタシは思わず叫んでいた。
 その直後、異形の存在が奴等の後方からふっ飛ばされ――開けた視界の先にいる『ナニカ』が

「でかい、ペンギン?」

 何やら戸惑った視線をこちらに向けていた。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

●bewilderment

<ペギー>
「……随分と技術が進んでいるのだな」
 グロリアスベースへ向かうキャリアーの中で、放浪者・ペギーはそう感嘆の息を漏らした。

 ニュージーランドに次々と不時着した、放浪者たちを乗せた船。
 地球のものとは異なるテクノロジーで動いていた為、駆けつけたライセンサーやSALFの職員の技術力では直すことは困難そうだった。
 一方で肝心の放浪者には、直すための資材がない。
 元々放浪者の保護は国連からSALFに対して依頼された案件だ。一応両方とも揃っていると言える、シヴァレース・ヘッジ博士の待つグロリアスベースへと運搬するのが適切だろうという判断に至った。
 船も、大きなものになるとキャリアーくらいはある。
 ワイヤーやベルトで固定して運搬するのも一苦労だけれど、それでも、放浪者たちの警戒を解くには『船ごと』救ける必要があるのだ。

 警戒を緩める為の一策として、「職員の仕事の邪魔をしない」という条件付きで放浪者たちはキャリアー内の散策を認められている。
 ペギーが腰を落ち着けるのに選んだ場所は、キャリアーの動力部にあたるエリアだった。
 キャリアー本体のサイズの割に、動力部は意外と狭い。
 高速移動を可能にしているIMDのことは掻い摘んで聞いていたとはいえ、その狭さを意外に思っていたペギーの言葉を聞き、部屋に待機していたエンジニアが苦笑いを浮かべる。
「ベクトルの違いだと思いますよ。『進んでいる』のであれば、資材を船が墜落した場所へ運べば直せる話です」
「言われてみれば確かにそうだ」
「こちらからすると、『世界を渡ってくる』ことを技術を駆使して実現した方が驚きです。今までにこの世界に来た放浪者は、偶発的にやってきた方ばかりですから」
 その褒め言葉にペギーは一瞬得意げに胸を張ろうとして、やめた。あまり誇れるような状況でもない。
 放浪者。
 自分たちと同じように、世界を渡ってきたもの。そしてやはり自分たちと同じく、元の世界で駆使していた能力は失われているらしい。
 そんな者たちが集う世界に自分たちがやってきたのは、果たして奇跡か偶然なのか。それとも……?
 などと考えていると、エンジニアの胸元で音が鳴った。ポケットから取り出したのはおそらく通信端末の類だろうとペギーが推測していると、「は?」エンジニアは目を丸くした。
 それからいくらかのやり取りを経て通信を切ったエンジニアは、何やら困惑していた。
「どうした?」
「貴方たちの仲間と思われる船が新たに捕捉されたので、貴方たちを送り届けた後にそちらに向かうのですが……いや、メンテナンスの時間がないな、と思いまして」
「そうか、忙しいな……ワタシも技術者の端くれとして何かそれくらいは手伝えれば良かったんだが、『ベクトルの違う技術』では下手に手を出しても足を引っ張るだけだろう」
「それに、貴方がた技術者には船を直すにあたって詳しく色々と伺う必要もありますし」
 それもご尤も。
 納得しているペギーは、エンジニアの微妙な内心の正体に気づかなかった。

 放浪者たちの船が現れたのは、事実。
 ただしそれはニュージーランドでではなく、欧州、イベリア半島。ナイトメアと人類の戦力が衝突する戦闘地域で、である。
 流石に『終わった』戦場であるニュージーランドのように穏やかにはいかないだろう。

●Appearance

ザルバ
「どうも最近『食糧』が勝手に現れるな。私が不在の間に何かあったか」
 北欧、オリジナル・インソムニア。
 ”ホーム”から帰還したナイトメア総司令官・ザルバは、目の前に跪く二人の側近に尋ねた。
「いえ、特には何もなかったはず」
「『ルルイエ』が陥落したようですが、それとはおそらく無関係でしょう」
 放浪者の出現は、実際のところ今度はイベリア半島だけでなくナイトメアの支配地域にも及んでいた。船なんて目立つ形で現れれば、いやでもナイトメアの目にはつく。
 ただ、流石に同じようなケースが複数発生した要因となると、フォン・ヘスにもクラインにも思い当たるところがなかった。

 ――答えは、まさにその直後にオリジナル・インソムニア近辺の上空に現れた『要塞』が教えてくれることになるのだけれども。

「なるほど、『別の勢力』が追い立て回していたということか」
 その姿を目の当たりにしたザルバは目を細める。
 しかも要塞にはナイトメアとして見覚えがある。その勢力を統べる、司令官のことも知っていた。

●???
 ザルバが要塞の姿を見つけた頃、イベリア半島ではさらなる異変が起ころうとしていた。

 放浪者の集団の話については、現地のSALFスタッフも把握している。
 だから突然現れた船についてはそこまで動揺はしなかったけれど……追うように上空に出現した『そいつ』には驚愕せざるを得なかった。

 例えるならば機械めいた赤い鳥。
 ただ、それが決して穏やかなる存在ではないことはすぐに分かった。
 何故なら――そいつは瞬く間に『変形』を遂げ、ヒトのような二足の姿になったかと思うと――手にした砲を、地上へと向けたのだから。

「ナイトメアの、機械兵器……?」
「いや、でもあいつ、あの放浪者を追ってきたんじゃ……?」
 などとどよめく支部スタッフを、現地の司令官が一喝する。
「どちらでもいい、早くライセンサーにアサルトコアでの出撃を要請しろ!」
 あの高さと、アサルトコアに匹敵するサイズでは生身では手も足も出ないだろう。スタッフは急ぎ、ライセンサーおよびアサルトコアの出撃を本部へと要請した。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)


「今度イベリア半島か……」
 イベリア半島に放浪者の船が複数現れたことの報告を受け、取り急ぎ保護の指示を出した後、SALF長官エディウス・ベルナーは思わず険しい表情になった。
 理由は二つ。
 一つは、欧州では既に地中海あたりが新たな戦いの火種になる気配が高まっていること。
 もう一つは、イベリア半島自体が、人類とナイトメアの勢力圏争いが断続的に高頻度で発生する戦闘地域であること。この紛争のさなかに放浪者が現れたとしたら、もしナイトメア側に渡ってしまったら『食糧』或いはそれに類する何かにされるのは目に見えている。
 もっと言えば――これはどうしようもないことだけれども、ここまでくるとナイトメアの支配地域にも出現している可能性がある。流石にどこにいるか分からないそれを救い出す余裕は、今のSALFにはない。
 放浪者たちには申し訳なく思いつつも最後の可能性の話をひとまず考えないことにして、取るべき対処に目を向ける。
 イベリア半島に不時着した放浪者も救わねばならない。
 ナイトメアの『食糧』にされることを防ぐのももちろん理由の一つだけれども……放浪者の中に何人かいる、次元を渡る機構を生み出した『技術者』から、より彼らとナイトメアの関係性について情報を得る必要があるからだ。
 放浪者たちは、こちらと話すこと自体は拒んではいないものの、ナイトメアに対抗できているということからある種の警戒を持っている、らしい。エディウス自身はまだ会話をしていないので伝聞での話だけれど。
 特に技術者たちはその傾向が強く、また時々何かを考えている素振りを見せている者もいることから、彼らから情報を得られれば何か有益なことが分かるのではないかと考えられたのだ。
 考えている内容を明かさないのは彼らが頑なに口を閉ざしているのか、或いはまだ彼らの中でも不確実だからなのかは不明だけれど、どちらにせよそこに踏み込むには放浪者をよりよく識り、よい関係を築く必要がある。その為にも、イベリア半島のミッションは逃せない。


 エディウスが執務室で思考に耽っているその頃。
 第一陣としてグロリアスベースに到着した放浪者の中にいた技術者ペギーは、「この星の技術を見たい」という希望通りに研究所エリアに招かれていた。

「か、かわいい……」
「そうかぁ……? サイズ的なことを考えると、ちょっと怖いくらいだが」
 実質的な施設の長であるシヴァレース・ヘッジ博士とその補佐、リシナ・斉藤がペギーと引き合わされた時の二人の反応である。無論、前者がリシナだ。
 研究所勤めがそれなりに長いとは言え、リシナとて年頃の女性だ。かわいいものだとかきれいなものだとか、そういうのには多少なりとも心惹かれるものはある。それがたとえ、人間の少年くらいは背丈のあるペンギンのような個体だとしても、彼女の感性が「かわいい」と言えばかわいいのだ。
 かわいい、という表現はもちろん彼女的には褒めてはいるのだろうけれど、ペギー的にはあまりうれしくない。むぅ、と嘴を閉じて唸った。
「救出されたときにも言われたのだが、この星にはワレワレとよく似た生物がいるらしいな。ペンギン、といったか」
「サイズはだいぶ違うが、まぁいるな」
「画像もありますよ!」
 むしろペンギン自体がリシナのお気に入り。見せびらかした彼女のスマートフォンの背景はまさにペンギンだった。しかも、ペギーに外見的特徴が酷似しているイワトビペンギン。大きく違うのは、ヘッジの指摘する通りサイズ感だけだ。

<ペギー>
 まるで現物を目の当たりにしたかのように感激しているリシナを見、ヘッジはため息を吐いた。
「リシナの好みの問題はおいといて、だ。お互い技術者らしいし、まぁ情報交換といきましょうや」
「情報交換……」
 ペギーはその単語を噛みしめるようにつぶやいた後、無言になった。
 その無言を警戒の証明と受け取ったヘッジは、
「申し訳ない。少し先走りすぎたな」
 頭を掻いて切り口を変えた。
「俺たちに限らず、まず相互理解が必要だな。信用に足ると思ったら、知っていることを教え合えればいい」
 強引さのないその提案が意外だったのか、ペギーは呆けたように嘴を小さく開けた。
「SALFは放浪者の……あー、放浪者ってのは……」
「こちらへの道中で聞いた。異世界からやってきた者をこの世界ではそう呼ぶのだろう?」
「話が早くて助かる。で、だ。SALFでは“放浪者”という呼称が成立する程度には異世界からの転移者を認知し、そして受け入れている。このグロリアスベースを少し歩いてみれば、SALFと放浪者が良好な関係性を築いていることを理解してもらえるはずだ」
「まるで自由に出歩いても構わないように聞こえるペン」
「いや。実際にそう言ってるんだが」
 最新技術の塊にして世界防衛の最前線であるグロリアスベースには当然立ち入り禁止区域も存在するするけれども、何も知らない放浪者が出歩いたくらいで問題にはならないだろう。
「つい最近セキュリティも見直したばっかりだしな。多少妙な動きされたくらいじゃビクともせんのでご心配なく」
「まずは実際にグロリアスベースを歩いてみてください。そして私たちSALFを信頼できると感じてくれたら、これからのことをお話をしましょう」
 得体の知れない世界に漂流し、以前ペギーらを取り巻く状況は安心に程遠い。
 しかし、疑心暗鬼に陥って頭ごなしに否定していては状況が好転しないのも事実だ。
「……わかったペン。今はそちらの言う通りにしよう。それがワタシなりの譲歩であると理解してほしい」
 そして街に出たペギーは目撃することになる。
 グロリアスベースをごく普通に出歩いている――見知らぬ世界の『放浪者』たちの姿を!


 散発的にナイトメアとの交戦が繰り広げられているスペイン近郊では、先日発生した地中海沿岸部への攻撃に触発され、SALFによる監視網が強化されたばかりだった。
 幸いナイトメアに大きな動きはなく。そして幸いなことに強化された監視網がペギーの同胞らしき大きな船の出現を観測したのが数時間前。
 ナイトメアとの競合地域ではあるものの、だからこそナイトメア側が動く前に救出部隊を出そうとSALFが用意していた時、『それ』は現れた。
 出現したのはペギーの同胞ではなく、ナイトメア側の――それも地球上では未確認の機械兵器らしきものだった。
 地球に転移してきたペギーの同胞らは、元の世界では所持していた能力を失っていた。
 そんな彼らが異世界転移後の不調を抱えたままの船で右も左もわからずに彷徨っていれば、ナイトメアにとっては良い的である。
 あっという間に船は攻撃を受け、墜落。
 炎上を始めてもなおナイトメアによる攻撃は続き、船の各所で繰り返し爆発が生じた。
『……どうした? なぜ反撃してこない?』
 機械兵器の一つが怪訝そうに首を傾げた。
 異世界への強引な転移で無理が生じていることは百も承知だが、いくらなんでも無抵抗が過ぎる。
 所詮ナイトメアに狩り殺される程度の下等な生物には過ぎないけれど、転移する前には必死の抵抗を見せてくれたはず。
『まさか……諦めたのか? 何のために星を見捨ててまで生き永らえたのやら』
 侮蔑――いや、どちらかといえば落胆だろうか。
 ここまで彼らを狩り立てたのは自分たちだ。しかしだからこそ、何もかもをかなぐり捨てて逃げ回る様にはそれなりに歯ごたえを感じていたのだけれど――。
『お前たちは弱すぎた。ディード様に召し上がっていただく価値すらない』
 弱者を食らっても『到達』できない。
 食らう必要も見逃す必要もない。成長の可能性など考慮に値しない。
 『今』弱いものは、いつまで経っても『弱者』に相違ない。
 弱いものがいる――ただそれだけで世界の鮮度は落ちてしまう。
『――すべて駆除する』
 船に銃口を向けた機体が何かに感づいたように振り返った。
 この戦域に接近しているものがいる。望遠してみれば、どうやら輸送用の船と――そこから発進する大型の兵器が見える。
『この世界の在来種か? 随分と活きがいいな』
 こちらの動きを捕捉して、そこから迎撃部隊を出撃させるまでの対応が極めて速い。
 すでに他派閥のナイトメアがこの世界に侵攻しているはず。
 ならばあり得ない話だ。“在来種が元気よく迎撃に乗り出してくる”など――堕落の証に他ならない!
『全機、攻撃対象を変更。下等種族どもにナイトメアの力を見せてやれ』

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

▼【FI】第1サブフェーズ

功績点 負傷者 作戦内容

●Singularity

エディウス・ベルナー

<ペギー>
「――特異点?」
 その単語を、SALF長官エディウス・ベルナーは思わず聞き返す。
「そう考えるのが自然ペン」
 彼の眼前には、此度地球にやってきたペンギンによく似た放浪者、ペギー。
 『世界を渡る』という途方も無いミッションの都合、技術者である彼が一団のリーダー的ポジションも担っているのだという。

 グロリアスベースにやってきた放浪者たちはライセンサーたちとのコミュニケーションを経て、自分たちは歓迎されていること、むやみに地球人類に対して警戒する必要はないことは察したようだった。
 やろうとしていたことを知っていたが故に他よりも警戒心が強かったペギーら技術者に関してもそれは同様で、だからこそ、彼はベースで最初に接点を持った研究者であるシヴァレース・ヘッジとリシナ・斉藤に、
「この星について、少し考えたことがある。この星の守護を率いているトップに会いたい」
 と相談をもちかけた。
 その結果が、今エディウスの執務室で執り行われている会談であった。だからその場には、研究者二人も同席している。
 エディウスとペギーは初対面であった為に簡単な挨拶を交わした後、早速ペギーが切り出してきた言葉が、
「この星は、一種の特異点なんじゃないかと思う」
 という推論だったのだ。

「どうしてこの星にだけ、こんなにも異種族――『放浪者』が集まるのか、考えたことはないか? 他の星はどうなのか、とか」
「そりゃあまぁ考えなかったことはないが、考えたところでそれが正しいかどうかは確認すること自体出来ないしな」
 ペギーの問いに、ヘッジが答える。そう、『地球だけ』なのかは確認しようがないのだ。放浪者はたいてい散発的にやってくるというのもある。
 予想していた返答なのだろう。うむ、と肯いてからペギーは目を伏せた。
「ワレワレは、全ての船に同じ技術を搭載したとはいえ、全てが同じ星に移れるという保証はどこにもなかったペン。ナイトメアから逃れるのに必死で、航行テストもままならなかったのだから。だが実際、『全ての船がこの星に来た』」
 その言葉に、思わず他の三人は顔を見合わせる。
「それは、それだけ技術の精度が高かったということでは……?」
「いいえ、それは流石にないと思います」
 確認するようなエディウスの質問に、リシナが否定を入れる。
「ない、というよりも都合が良すぎる、でしょうか。どんな技術にしてもそうですが、テストもせずに狙った結果を百発百中で得られるようなことはほぼありません」
「そもそも……ワレワレは、各船で目的地の座標を統一してはいなかったペン」
 ペギーの補足を受け、今度こそエディウスは驚愕する。
 指定した座標が安全かどうかは分からない以上、一か所に集まるのは危険。故に、多少の犠牲を払うのを覚悟で種を残す可能性を上げる方法を取ったのだという。
 場所だけではない。
「時間差があっても、やはりこちらに来た。もはやこれは、異なる世界と『繋がりやすい』或いは『引き寄せている』と考えない方がおかしいペン」
 既存のナイトメアとの戦闘地域に現れた墜落船、そして彼らを追ってきた別勢力のナイトメア。この両方が現れたのも、もはや偶然とは言えない。
「何が原因でそうなっているんでしょうか?」
 リシナが口元に手を当てて呟く。
 その疑問に対し口を開いたのも、やはりペギーだった。
「ワタシたちの星に来たナイトメアは、この星で言うインソムニアのような拠点は持っていなかったハズだペン。それが関わっている……?」
「拠点を持たない、ということですか?」
「いや、ワタシも目視したわけじゃないが、移動する要塞のようなものは持っているらしいペン。ただし確認した限りは一隻だけだ」
 エディウスが尋ねると、ペギーも少し困惑した様子で答えた。
 するとそれまで黙っていたヘッジが、彼の顔を見て推論を放つ。
「……アンタたちを追ってきたナイトメアは機械的だったらしいしな。製造工程自体がこの星のものとは違うんだろう。であれば、インソムニアである必要がない可能性も確かにある」
 逆に言うと、『インソムニアがあるから』地球に極めて集まりやすくなっているのだろう。放浪者も、その気になればナイトメアも。
 ヘッジはなおも言葉を紡ぐ。
「もし本当にインソムニアが要因だとしたら、その大本を断つにはやはりオリジナル・インソムニアを破壊する必要があるだろうな」
 現実問題、インソムニアの数は昨年以後そこそこいいペースで減ってきているのだ。
 それにも関わらずこういった事態が起こるのだから、一番巨大かつ強大であるであろうオリジナル・インソムニアを叩く必要性は――未来の為にも大きい。

「ナイトメアの違い、と言えば……」
 リシナが思い出したように口を開いた。
「今回来たナイトメア、地球に元からいるナイトメアと比べて、だいぶ苛烈ですよね。逃げてきた放浪者さんたちも墜落船ごと亡き者にしようとしたんでしょう?」
「アイツらは本当に容赦がないペン」
「同じナイトメアでも別物として考えた方がいいなら、別に呼称があったほうがいいかもな」
「……インベーダー」
 ペギー、ヘッジ、リシナの視線が、呟いたエディウスに集まる。
「苛烈さと残虐さを以て放浪者を追い立て、次にこの地球にも同様に手を出そうとするなら、文字通り侵略者≪インベーダー≫ではないかと」

●Contempt

ザルバ

<ディード>
 その頃、オリジナル・インソムニア――の、外壁。
 その縁の上に立つ地球におけるナイトメア総司令官・ザルバは、『ライバル』の姿を見上げていた。
 その外見は、ナイトメアとしても『異様』の部類に入る。
 アサルトコア並の体躯の上半分は黒く機械的な身体で、顔のところに口にあたる部位が無い代わりに、腹部が開閉できるようになっている。おそらくは捕食の為だろう。
 一方で腰から下は、多数の脚が畝っている。そのアンバランスさが異様さの象徴だった。
 ちなみに外壁での邂逅となったのは、巨体故にインソムニア内部に入るのが単純に面倒であったからだ。もっとも、この光景にSALFの誰かが気づいたところで、迂闊に手を出せるわけがないのは言うまでもない。
「久しいな、ディード」
 名を呼ばれたそのナイトメアは、遥か下にあるザルバの顔を見下ろした。
「今はザルバと名乗っていたか。お互い妙なところで出くわしたものだ」
 全くだ、と同意を示してザルバは大仰にため息を吐く。
 ナイトメアも一枚岩ではなく、派閥によって様々な考え方があり、進化の過程もそれによって異なっている。
 たとえばザルバが率いている、つまりずっと前から地球を侵略し続けている派閥は、地球の食文化に擬えると食材から店まで選り好みしてゆっくりと味わうのを好む。
 この場合の『食材』は人類で、『店』は地球という環境だ。じっくりと人類の成長を待ってから捕食するつもり、というのは、皮肉なことに一種の地産地消でもある。
 一方でディードが率いる派閥は、その辺りにあまり拘らない。ちょっとお高めの――『捕食する価値がある』食材に目をつけると、行儀の悪いファストフード宜しく乱雑に摂取していく。価値がないと見るや捕食もせずに殺戮するのは、口に合わないものを雑に『処分』するのと一緒である。
 食糧から適宜能力を得て自らの存在を強化する、という点だけは共通しているけれど、その食糧に対するスタンスが大きく異なる。正直ザルバは今の姿を取る前から、ディードとは合わないとは思っていた。
 よりによってコイツが来るとは。
 少し前から『別勢力』の襲来には注意していたザルバは、だからこそ警戒しながら対話せざるを得ない。
「そちらの戦力もここに来ていきなり、我らの食糧ともやりあったそうだな」
「ああ。よもや見かけだけとはいえ、同じようなモノを持ち出されるとは思わなかったが」
 アサルトコアのことである。
 流石にザルバの率いるナイトメアが戦闘に関わることはなかったけれど、そもそも以前から人類との戦闘は頻繁に起こっていた地域での出来事である。当然、戦闘の結果もザルバの耳に入っていた。
「初見で撤退させたのだから、なかなか歯ごたえがある――捕食しがいがある食糧だと思わないか」
 自分たちがそこまで『育て上げた』のだ、と。
 この星での優位というマウントを取る為にも、あえて優越感を滲ませてザルバは言う。
 ――しかし。
「そうは思わない」
 ディードは機械的な音声で一蹴した。
「撤退させたと言っても、数がまず違う。こちらは先遣隊で、数だけで言えば圧倒的に負けている。にも関わらず、奴等が負った被害はどうだ?」
「人類とて、『他の』ナイトメアと相対するのは初めてのはずだ。油断せずともそれはあり得る話ではないか」
 雲行きが怪しい。思わず人類をフォローするようなことを言ってしまった。
 実際ザルバの言うとおりではあるのだけれど、
「黙れ。我々が追ってきた連中のように無力ならいざ知らず、戦う力を持つと対抗してきたうえで、それだ。自信過剰にも程がある」
 もはや人類に対する解釈が凝り固まっているディードには。まるで響かない。
 ディードはそのまま宣言する。
「この星の『人類』は、我々にとって捕食する価値はなく、滅ぼしても何ら問題はない。ごく近いうちに侵攻を開始する」
 一気にまくし立てたディードに一瞬唖然としてから、ザルバは気を取り直す。
「……流石に待て。既にこの星は我々の取り分だ」
 けれど、ディードは再び――明らかにザルバを見下している様子で、告げる。
「それも認めん。この程度の星で食糧を得る為に悠長なことをしている時点で、お前たちは我々よりも『下』で、ナイトメアとしての失敗作だ。黙ってみていろ」
 それだけ言い捨てて、ディードは高く跳躍する。
 外壁から飛び降りると、その少し先には――彼が乗ってきた巨大な『要塞』の端があった。
 その姿が要塞の中に消えるのを、ザルバは憎々しげに見送ることしか出来なかった。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)


「何でこんなことになってんだ……?」
 エルゴマンサー、ヘクター・ウォールは今、とある戦闘地域で、周囲のナイトメアに自身の強力な防御能力を付与していた。
 率いているナイトメアが対峙しているのは、人間ではない。
 むしろSALFですらない。
 ――つい最近現れるようになった、『別勢力』だ。
 対峙してみて分かったけれど、奴等は、同胞である筈の地球のナイトメアをも敵と見做しているように見える。
 口癖通り面倒だとは思っているものの、投げ出すわけにもいかない。これはザルバから直で下された命令だからだ。


ザルバ
 ザルバがフォン・ヘスやクラインでなく、一介のエルゴマンサーに過ぎない自分を直接呼びつけた。
 元はレイクサムナーのインソムニアを管理していたこと、現在はオリジナル・インソムニアに滞在していることも踏まえても、異例の事態と言えよう。
 そこで、ヘクターはザルバの口から、ディードからザルバに向けて放たれた宣戦布告とも言える発言のことを聞いた。
「直に奴等もより多くの勢力を引き連れ、この星にやってくるだろう。我々にとっては『食糧』を無闇に減らされるどころか、同胞を減らされる可能性も十分にある。他のエルゴマンサーにも追って指示を出すつもりだが、まずは対抗、もしくは仮に襲ってきたとしても返り討ちに出来る状況を作らねばならない」
「……なるほど、それで僕ですか」
 得心しながら言うと、そうだ、とザルバも肯いた。
 行動を共にしていることが多いラディスラヴァが今は呼ばれていないのは、彼女の能力では別勢力に対抗することは出来るものの、率いているナイトメアの犠牲を減らすことには直接的には繋がらないからだろう。その点、ヘクターには自身の強力なリジェクション・フィールドを周囲のナイトメアにも付与する能力がある。『犠牲を減らす』にはもってこいの人材である。  フォン・ヘスやクラインならばまた話は変わってくるだろうけれども、あの二人を戦場に投入すると違う意味で面倒になるらしい。

 それにしても、だ。
「気に入った種じゃなきゃさくっと殺さなきゃ気が済まないってのは、些か短絡的なんじゃねえか……!?」
 こちらの戦力は、現地で徘徊していた様々な種のナイトメア。
 『敵』の数はたかだか、思い出すと忌々しいアサルトコアに似た機械兵器一機。内蔵機銃があるようだけれど、見た目では武器を持たない白兵中心の型のようだ。
 リジェクション・フィールドを強化したとは言え、彼我の一体あたりの攻撃力の差からジリジリ削り合いになっている。派遣された理由を考えるとあまりいい状況とも言えない。
 勝機は、ある。
 現在はヘクターであるエルゴマンサーも、かつては他の星を侵略する立場だった。その時点で得ていた『奴等』の情報のある部分がそのままであれば……いける。
 ただし、周りのナイトメアを見る限り、そこを突くには攻め手が足りない。ただ一つの方法を除いては。
 ……などと考えていたら、インベーダーの援軍が来たようだ。機械兵器と、触手。そして機械兵器の中でもとりわけ異彩を放つ、鳥のような機影。
 少しばかり出来たはずの余裕が吹き飛んでしまい、なりふりかまっても居られなくなった。
 まだ手はある。本来であれば煮え湯を飲まされたライセンサーにリベンジする為に得た新しい能力を駆使すれば、戦えるはずだ。
「……クソッタレ、何だってナイトメア相手に使わなきゃなんねえんだよ!」
 自棄になったように叫んだところで、次の異変に気づいて眉を顰める。
 別の方角から、大小様々な機影が見える。――ライセンサーのアサルトコアとキャリアーだ。
「消耗してきたところで両方とも潰そうってか? そうは行かねえぞ」
 言って、ヘクターは身の丈ほどの砲身を持つ砲を、最初に対峙していた格闘型へと向けた。
「――Sie werden sterben」
 肉体が記憶として持つ知識から引用した言葉を合図に、一射。
 放たれた強大なエネルギーは途中で無数のエネルギーに分かれ、それらは速度を保ったまま空中で弧を描き――数本は、格闘型の各所をリジェクション・フィールドごと貫き、残りは増援へと向かった。やがて起こる、爆発。

 最初に対峙していた格闘型は爆散し、増援のうち射撃型と触手もいくらか減らすことが出来たようだ。ただしまだまだ残っている。
 やろうと思えばまだまだ撃てるし、自分ひとりでインベーダーの相当数を減らすことは恐らく出来る。ただそれをやると、流石にその後にライセンサーと戦うのは辛い。何せあちらはアサルトコアだが、こちらは生身だ。
 ライセンサーとインベーダーがうまいこと潰し合ってくれればいいけれど……。
 などと考えている間に、そのライセンサーもいよいよ戦闘に介入し始めようとしていた。


 ナイトメアの様子がおかしい。
 そういった趣旨の報告がエディウスの許に上がってきたのは、ペギーとの会談を終えてから数日後のことだった。

 まず、先の墜落船の救助の際に刃を交えた機械兵器。こちらが世界各地で確認されるようになった。人類の勢力圏、ナイトメアとの戦闘地域に関係なくだ。もしかしたらナイトメアの支配地域にもいるかもしれない。
 放浪者の有無にも関係しなくなったから、別勢力――『インベーダー』は、次の狙いを地球に定めたといったところだろう。幸いなのは、一出没あたりの数が少ないことか。
 そして、地球に既に居たナイトメアとインベーダーが遭遇した時、それらが衝突するといったことも起こっているという。

 放浪者たちは先立っての歓迎を受け、この世界への警戒心はほぼ解けている。その点については問題は一つ解決したと言っていい。
 一方でインベーダーにはまだ未知なる点が多い。『鳥型』の搭乗者が発した言葉はライセンサーにも理解できた以上、会話すること自体は可能なはずだ。ただし、ライセンサーからの呼びかけには応じなかったから『対話』をするつもりはないのかもしれない。  何にせよ、情報が欲しい。機械兵器に関するものも、リーダーを含むエルゴマンサーのものも。
 各地に現れるようになったということは、情報を各所から寄せ集めて統合しやすくなったということだ。
 ナイトメアとインベーダーで衝突している理由も、まだ人類の手元にある情報では断定までは出来ない。それについてもどうにかして確証を得られれば良い。
 そんなわけで、エディウスは本部に対し、各地に現れたインベーダーの対処を命じる。
 ――ちなみに、ヘクターがナイトメアを率いてインベーダーと戦闘を繰り広げているという情報が入ってきたのは、更にその直後だった。



<ペギー>

シヴァレース・ヘッジ
「うーむ……」
 エディウスの指令がSALF本部に下った頃、ペギーは頭を悩ませていた。

 先の歓迎の時に、放浪者である自分たちは特に訓練を受けることなくIMDやEXISを扱えるのだということを知った。
 それはつまり、ライセンサーになることで、故郷に居たときには全く手も足も出なかったナイトメアに対抗する手段を得たということだ。
 そして、いくら日常では笑っていられるとは言っても、いざ戦うとなればライセンサーも当然傷つく。そのリスクを減らすには、より多くの戦力が必要だろう。
 力になれるのであれば、なりたい。ペギーはそう考えていた。
 ただ……ペギーを含めて殆どの者が、ナイトメアに対してのトラウマを抱えている。
 ナイトメア――この世界では『インベーダー』と呼ばれることになったモノの残虐性や強さと、それに対しての自身のあまりの無力さ。その対比によって生み出された恐怖は、そうそう消せるものではない。
 ペギーとてまだその恐怖心は残っていて、だからこそ「力になれるのだろうか」という疑念が、どうしても頭にこびりついている。

 研究所に赴き、そのことをシヴァレース・ヘッジとリシナ・斉藤に相談すると、二人も少し困ったように顔を見合わせた。
「そりゃあ戦力になってほしいってのはSALFとしてもあるが」
「こればかりは気持ちの問題ですしね……これはまた、ライセンサーの皆さんに協力してもらうしかないでしょうか」
「協力?」
 リシナの提案を、ヘッジとペギーは聞き返す。
 彼女は少し考えてから口を開いた。
「協力っていうか、説得ですね……。どうにかして、『あなたたちにも出来るんだ』ってことを気持ちで分かって欲しい、っていう」

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

▼【FI】第2サブフェーズ

功績点 負傷者 作戦内容


<ペギー>

リシナ・斉藤

 鳥型兵器の鹵獲。
 グロリアスベースに入ってきたその報告は、SALFを大いに驚かせた。

「まさかそんなことが出来るとは……」
 その中でも一際大きな衝撃を受けたのは、かつての被害者であり、インベーダーに対する己の能力の無力さを痛感していたペギーだった。
「一時的に、とはいえ、エルゴマンサー率いるナイトメアと共闘の体を取ったからこそ出来た話だとも報告が入っていますね」
 居ても立っても居られず、彼は直に鹵獲された機体が運び込まれるであろう研究室の地下格納庫にやってきていた。リシナ・斉藤がついてきたのは、流石にこの区域は関係者以外立入禁止である為である。要するに、立会人だ。
「エルゴマンサー……ナイトメアの、指揮官のことペン?」
「そうです。そういえばインベーダーにもエルゴマンサーはいるんですよね?」
 リシナが尋ねると、ペギーは肯く。
「まともに会話が出来たこともないが、例の鳥型のパイロットあたりはそれに該当すると思われるペン。しかし……そうか、エルゴマンサーの考えがナイトメアの派閥としての考え方だとすれば……」
 考え込み始めたペギーに、リシナは首を傾げる。
「どうしました?」
「――思うに、この星のナイトメアは、地球人という存在をかなり好んでいるのではないか?」
「……え?」
 好む。
 思わぬ単語に、リシナは困惑した。

「なるほどねえ」
 少し時間が経過した後の、研究室の休憩スペース。
 リシナからその推測の話を聞いたヘッジは、マッサージチェアの背もたれに体を投げ出して何やら感心したようだった。
「もちろん感情としての好む、っつうよりかは、食糧としてだろうが。ペギーたちとインベーダーの関係を見りゃ、確かにそう思える部分は多いな」
「そうですね」
 単語にこそ戸惑ったけれど、リシナにもヘッジが言いたいことは分かる。
 ナイトメアに狙われた種は、あっさりと食べつくされて滅ぼされるのが普通であるらしい。ペギーたちはあと一歩遅かったらそうなるところだったし、今やインベーダーの主戦力である機械兵器を生み出した種は例として該当するだろう。
 ところが、地球人に対する扱いはまるで異なる。わざわざ絶滅しないようにしていることもそうだけれど――。
「まさかここに来て、コールドスリープの話が関わってくるとは思いませんでした……」
「流石に同感だ。アレはナイトメア全体の特性の話だと考えていたもんな」
 揃ってため息を吐きつつ、戦場で遭遇したエルゴマンサー、ヘクター・ウォールが語った、彼らがインベーダーと対立する理由を思い出す。


「”ホーム”ってのがある。僕たちも――ザルバ様を除いたら久しく帰ってないが、まぁ要するに、ナイトメアの本拠みたいな世界だ」
 ヘクターは語る。
「以前僕たちが管理していたインソムニアに、コールドスリープの機能があったろう。アレはもちろん現地のナイトメアが捕食する為の食糧の保管庫でもあるが、オリジナル・インソムニア経由で”ホーム”に送ってもいた。食糧としての有能性を示すためだ」
「で、あいつら……お前らの言うところのインベーダーは、そうやって”ホーム”での立場を向上しようとする僕たちのやり口も気に食わないらしい。自分たちの力をガンガンと上げることが一番だとな。……皮肉な話なんだが、お前らがあいつらに『殲滅対象』と見做されてるんなら、理由は似たようなもんのはずだ。『小細工で自らを高めようとする』のがあいつらにとっては駄目なんだよ」
「僕たちだってインベーダーのやり方はいけ好かねえ。そりゃあ捕食の効率はいいだろうが、『食事』に拘りを持てない価値観が合わねえ。ナイトメアにも色々いるが、僕たちとインベーダーは両極だろうな」
「そういう価値観がぶつかり合って、しかも互いに戦力を持ってるとしたら……もうその先は言わないでも分かるだろ?」

 更にその後――”ホーム”の存在を聞いたペギーは、リシナとの会話の中でこうも推測していた。
「いずれナイトメアは”ホーム”とこの星を繋いで総攻撃を仕掛けるつもりなんじゃないか、と思うペン」
「というと?」
「コールドスリープ状態にした地球人を”ホーム”に送ることが出来るのだから、逆に”ホーム”から地球に戦力を送り込むことが出来て不思議ではないペン。もし本当にこの星のナイトメアが地球人を好んでいるなら、いずれは地球人全てを”ホーム”に提供しようとするのではないか?」


「……ヘクターは割と穏便なことを言っていましたけど、実際『食糧』は人類なんですよねえ」
「ま、相容れない関係であることには変わりねえってこった。だが、インベーダーのことに関してはやり合わずに済みそうだな」
 ヘッジはそこまで言って気を取り直すように腰を上げた。
「そういえばペギーは? まだ鳥型見学してるのか?」
「いえ……ライセンサーの協力で各々やる気になった放浪者の皆さんと、色々考えてるみたいです」
「色々?」
「ライセンサーになって何が出来るかとか、あと、放浪者の皆さん自身の技術の利用とか、鳥型のテクノロジーを解析することで何か新しいアサルトコアを作れないか、とか、です」
 リシナの返答に、ヘッジはにやりと笑った。
「そいつは頼もしい。アサルトコアは技術的な問題で人型になる必要があった、っていう制限も、ことによっちゃ例外が生じるかもな」


<ディード>

 鳥型兵器が鹵獲された、という報告に、インベーダーの司令官・ディードは耳を疑った。
「自らの力だけでは何も出来ない下等種族が……?」
 ナイトメア全般に言える話だが、捕食で取り込んだ、自分の肉体をベースに発揮できる能力こそが「自身の力」だ。機械兵器も実際の動力は、搭乗者のエネルギー。レーザーなどは流石に捕食で得た知識で作り上げたものだけれど、そもそもエネルギーがなければ兵器そのものが動かない。
 その意味では地球人類の「自身の力」はたかが知れている。似たようなことをやってはいるけれど、程度の差が違う。そのはずだった。
 ただ、この星に来てから既に大きなもので二度、それ以外にもいくらかこの星の戦力と刃を交えていた結果、インベーダー側の結果はいずれも敗走、ないしは芳しくない。
 まして今回の戦闘に至っては、ナイトメアと三つ巴――と言いつつ実際はほぼほぼ二対一の構図だったという。
「……この星の下等種族にも、ザルバにも、我々こそが『ナイトメア』であるということを改めて示す必要がありそうだな」
 巨大な空中要塞の艦橋で、ディードは一人肯いた。

 巨大であるにも関わらず、なかなか人類の情報網に引っかからない要塞。
 ステルスを解除したその機影は――アフリカ北部の上空にあった。


(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

●Genocide
 突如としてアフリカ上空に現れた巨大な空中要塞。
 その姿は、遠巻きながら欧州からもはっきりと見ることが出来た。
 だから、上空から撃ち落とされるレーザーの煌めきと、その直後に起こったアフリカの大地での爆発の因果関係もすぐに理解する。

『空中要塞は緩やかな速度で北上しつつ、アフリカにおけるナイトメアの拠点をいくつか破壊している模様。未だ欧州等の人類勢力圏には到達していませんが、アフリカと同じく蹂躙される可能性が極めて高いと推測されます。ライセンサー及び各職員は、至急出撃の準備を行ってください』
 アナウンスがSALF本部中に響く。無論、エディウス・ベルナーがいる執務室にもだ。報告が告げているナイトメアの拠点とは『ハヌーン・ラァーン』と呼ばれるものであることはエディウスも聞き及んでいる。
 移動をするのは大量殺戮による蹂躙のためだろうけれど、わざわざ北上するのは……北欧にあるオリジナル・インソムニアが狙いである可能性もある。
 ただしアナウンスにもあったとおり、これ以上の北上を許すと欧州に大きな被害が及ぶことは確定的だ。
 ――問題は、要塞の規模だ。未だ正確な計測は出来ていないものの、グロリアスベースに匹敵、下手をするとそれ以上あると考えられる。
 これに太刀打ち出来る手段はそう多くないし、出し惜しみしている場合でもないだろう。
 巨大戦艦『レヴィアタン』の出撃。
 いま考えうる最大の手であるそれを決めた時、執務室のモニターに研究室からのリモート接続要請があった。
 モニターに映し出されたヘッジは、つい先程まで何かしらの業務を行っていたのだろう。若干疲弊の色が見えた。
「長官、まさかこんなタイミングになるとは思わなかったが一つ朗報だ」
「ほう?」
「『イマジナリーフレア』がちょっとばかり改良出来た。ペギーら放浪者のおかげでな」
 イマジナリーフレア。
 それはレヴィアタンに搭載されている、多弾頭ホーミングミサイルだ。発射には専用のEXISの起動が必要であり、それに伴い大量のIMDが必要となる……つまりライセンサーの協力が必要不可欠なのだけれども、その分その精度と威力はわざわざ語るべくもない。
「改良……ということは、まさか」
「そのまさかだ。マルチロックが出来るようになった。放浪者の技術のおかげで制御性が向上した結果、そっちに回すシステム的な余力が出来たもんでな」
 これまでのイマジナリーフレアの性能の唯一の難点は、多弾頭であるにも関わらず対象を任意でロックオンすることが出来ず、対象の選定もホーミング性能に委ねるしかなかったことだった。多数の敵が居た場合、そのどれに命中するかは発射時点では決定することが出来なかったのである。それが解消された。
 レヴィアタンが赴けば、おそらくは空中での移動も可能である機械兵器を繰り出してくるだろう。それも一掃することが出来るし、うまくいけば空中要塞に突入する為の突破口も開ける。
 などとエディウスたちが想定を立てていたところ、さらなる報告が入った。これはエディウスの執務室向けの通信だ。
『地中海沿岸――マルセイユとジェノヴァに、既にインベーダー勢力と思われる敵性戦力が降下を始めています。ただ……』
「ただ?」
『ナイトメアのエルゴマンサーもおり、どうやら交戦している模様です。マルセイユにはヘクターとラディスラヴァ、ジェノヴァにはボマーが居るようです』
 過去に交戦したエルゴマンサーがインベーダーと交戦しているのは今に始まったことではないけれど、流石にヘクターだけではないとなるとエディウスも驚きを隠せずには居られなかった。

●Thorough warfare
 時間は少しさかのぼる。
 ヘクターが帰還した後、ザルバはオリジナル・インソムニアに滞在している全てのエルゴマンサーを呼び出していた。

 インベーダーは既にナイトメアを敵と見做していることに間違いはない。
 そのことがヘクターの口から告げられたところ、その戦闘経緯に横槍を入れた者がいた。
「ヘクター。事情が事情とはいえ、『食糧』と対等な立場で共闘するなど、おかしな話ではないか?」
 珍しく叱責するような様子で、フォン・ヘスは言う。インベーダーの行動もあり機嫌がよくないのかもしれない。
 その意見に対しては反論したいところではあるけれど、一応上官である。ヘクターがどう答えるか悩み口を噤んでいると、
「今はそのことについて議論している場合ではないでしょう」
 クラインが口を挟む。
「彼らは最終的にここを狙ってくるでしょう。このまま彼らの業を許せば、人類はおろか我々にとっても全く利がありません」
「その通りだ」
 ザルバが同意を示す。
「SALFに加担するような格好になるのは非常に面白くないが、過度な殺戮による『食糧』の減少は防ぎたい。狙われたという街に向かい、奴等の戦力を排除しろ」

「とは言ってももう被害出始めてるんだよなぁ!」
 砲をぶっ放しながら、ヘクターは心底面倒くさそうに叫ぶ。
 インベーダーがレーザーではなく戦力を降下させてくるのは、ナイトメアにとっては若干想定外だった。ライセンサーがまだろくに居ないあたり、おそらくSALFもそうなのだろう。
 彼の言う通り、既にマルセイユの人々には負傷者が出始めている。今は地元の警察やら何やら無事な人員が救助や避難誘導を行っているものの、どこまで効果が出たものか。
 この状況でマンティスなどが居たら、余計に混乱する。
 その意味では配下のナイトメアを引き連れてこなくて正解だったと考える一方で、正直戦力不足は否めない。
 インベーダーだろうと、たかが雑魚であれば駆逐すること自体は簡単だ。ただ、圧倒的に数が足りない。
「ヘクター、宜しく!」
 街中を駆け回り、付かず離れずの速度を保ちながらインベーダーをトレインしてきたラディスラヴァが、ヘクターの待つ広場へと戻ってきた。
 ヘクターは舌打ちしながら、砲を再び放つ。その場に居たインベーダーはほぼ全て倒すことが出来たけれども……
「全く、きりがないわね」
 疲れた様子こそ見せないものの、ラディスラヴァも辟易しているようだ。
「こんなこと言ったらまたフォン・ヘスがキレるんだろうが」
 それでもヘクターは、先日の光景を思い出すと考えずには居られなかった。
「どうせこういうときに来るのが連中だろ」
 言った側から、マルセイユの上空にライセンサーを乗せたと思われるキャリアーの姿が見えた。



(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

▼【FI】第1メインフェーズ

MVP 功績点 負傷者 作戦内容

●Miscalculation

<ディード>
 インベーダーの首魁・ディードは、空中要塞の艦橋にて言葉を失っていた。
 目の前の巨大なモニターに映し出されているのは、要塞の外で繰り広げられている『戦闘』。
 捕食の末得た他種の技術を駆使してなお、人類に攻勢を許しているという事実が、俄には信じられなかった。

 インベーダーはナイトメアの中でも特に他の種に対して苛烈な態度を取る派閥だった。
 それもひとえに『ナイトメア』という種の永劫繁栄の為でもある。『使える』種なら派閥内に満足に捕食が行き渡るようにする為にも徹底的に叩き潰し、その逆であればそもそも存在している価値はないとして殲滅する。
 その先にある目的地は、インベーダーそのものが『ナイトメア』になるということだった。ナイトメアが他のナイトメアを捕食し、より完全な存在になる。
 だからザルバたち、ディードにしてみれば『生温い』やり方を執るナイトメアとは遅かれ早かれ対立することにはなったろう。
 或いはもっと捕食を行った後であれば、最初から屈服させることも出来たかもしれないけれど、タイミング、そして巡り合った相手との相性の悪さはどうしようもなかった。

 とはいえ、今回は取るに足らない種を狙った一方的な『殺戮』になるはずだった。
 何せ対象は、ザルバたちが悠長に成長を待っているような発展途上の種だ。自分たちの相手になるわけがない。
 ところが蓋を開いてみれば、真っ当にやりあってくるどころか、インベーダーが押されている。空中要塞に突破口をぶち開けられるなど、派閥の歴史上なかったことだ。
 これが誤算と言わずに何と言えようか。
 一方で、まだ勝機は残されている。要はこの要塞と自分が堕ちなければいいのだ。

 ……などと、空中要塞を破壊された為に些か動揺していた彼は、忘れていた。
 脅威は決して人類だけではなく、もっとずっと前から知っている存在の中にもいることを。



●The threat is transformed into a new force.
 要塞に穴が開き、外での戦闘が一旦落ち着いたと同時に、北の空から姿を見せる巨大な影があった。
「……ナイトメア……!!」
 誰からともなく警戒の声を漏らす。
 ナイトメアがよく航空移動で用いるとされるエイ型の航空ナイトメアが、要塞へと接近してきている。
 その上には、フォン・ヘスやクラインを始めとしたエルゴマンサー、そして彼らが引き連れるナイトメアの姿がある。
 言うまでもなく、ライセンサーには消耗も疲れも残っている。そこを突いてきたのかと危惧するライセンサーもいた中――。
「要塞への道を開けろ」
 そう言葉を切り出したのはフォン・ヘスだった。以前に邂逅したときとは違い、やたらと不機嫌そうだ。
「奴らの首魁を――ディードを倒そうと言うのだろう? やれるものならやってみろ」
「……?」
 イマイチ真意が伝わらない。ライセンサーが困惑している中、フォン・ヘスの指揮を受けた航空ナイトメアは半ば強引にキャリアーやアサルトコアの間に割り込んで、要塞の突破口を目指す。
「もしかして……インベーダーを倒すのを手伝うつもりか?」
「互いの利益になる、といったのは貴方がたの方でしょう?」
 ライセンサーの問いに、クラインがそれだけ短く答える。
 突破口の目前まで来た航空ナイトメアは、そのままスピードを緩めることなく侵入していく。ただ、そんな中で一人だけ跳躍し、突破口の底部に降り立った者がいた。
「分かりやすく言いますよー!」
 そうして声を張り上げたのは、人類救済政府の首班――テルミナスだ。状況が状況だけにナイトメアにしては少し変わった理念を持つ彼女がこの場にいるのは正直不思議なことではない。
「フォン・ヘス様とクライン様が全力を出せば、おそらくディードも倒せるはずです。だけど、それじゃ流石に二人も消耗しちゃうと思われるんです」
 そこをライセンサーに狙われるのが癪、ということなのだろう。テルミナスは言葉を続ける。
「ただ、ザルバ様も『敵』に狙われている以上、ここで貴方たちが要塞に入っていくのを黙って見届けているのも貴方たちが失敗したときに困る。だから、そのリスクを下げる為に露払いしようとしているんです」
 ここまで言ってから、テルミナスは一度後ろを振り返った。航空ナイトメアの姿が完全に洞の奥の暗闇に消えたことを確認し、再びライセンサーたちに向き直る。
「あとここからは個人的な願望になっちゃうんですけど、もし貴方たちがディードを倒したら、ザルバ様も貴方たちを高位の生命体に生まれ変わらせることを認めてくれるかな、と思うんです」
 愚直なまでに自らの理想をひけらかし実現を目指す女、それがテルミナスである。フォン・ヘスの前で言わなかったのは、彼の機嫌をこれ以上損ねるのを避けたからか。

 それ以外に、倒すべき首魁・ディードの特徴をいくつかライセンサーに伝える。攻撃手段なども含めたけれど――重要なことが一つ。
「ああそれと、ディード自体が一種のインソムニア・コアで、要塞の浮力を兼ねていると聞いてます。倒したら墜落し始めるでしょうね……中に入ったライセンサーやナイトメアはなんとか脱出するにしても、この要塞、未だにちょっと北上してますから……」
 うーん、と難しい顔をするテルミナス。ライセンサーたちにも言いたいことはわかった。
 下手をするとヨーロッパ大陸に墜落するのだ。要塞の規模が規模だけに、都市にでも突っ込もうものならそこは壊滅的な被害を受ける。
「ああでも、そこのところはひとまず倒さないと始まらないので! というわけで、わたしもそろそろ行きます」
 割と無責任に言い残して踵を返したテルミナスの姿もまた、暗闇の奥へと消える。
 ちょうどその頃になって、要塞の最上部に動きがあった。
 一旦止まっていた機械兵器の排出が再開されたのだ。本来であれば即座に潰すべきところだったものの、思わぬ闖入者の出現にライセンサーの行動が少しばかり遅れてしまった。
 小型要塞や触手はいないけれど、その分格闘型や射撃型の数が明らかに増えた。数で言えば、今戦域にいるアサルトコアとキャリアーを足したものよりも多いかもしれない。
 もちろん鳥型兵器も――。

「間に合った!!」

 鳥型兵器は、ライセンサーたちどころかレヴィアタンよりも遥か後方からも飛行形態で現れた。しかもその数は、これまでインベーダーが繰り出してきたものの比ではない。
 けれども、同じ鳥型兵器といえど――決定的に異なる点がある。
 インベーダーのそれと区別する為、頭部にはSALFのエンブレムが入っているのだ。


<ペギー>
「ワレワレで出来ることは全部やるし、使えるものは全部使う! その一つがこの『フィーニクス』だペン!」
 鳥型兵器、否、アサルトコア『フィーニクス』の集団の先頭に立った機体のコックピットで、ペギーが叫ぶ。すると他の機体に乗っているのは、放浪者か。
 しかしながら、勢いのまま突貫したのは彼に続いた後続の機体のみで、ペギー機ら先頭の数機はレヴィアタンの近くまで来ると静止する。
 人型に変形し、レヴィアタンの甲板に着地すると、格納部から多数の装置を取り出して甲板に置いた。
「これをレヴィアタンの甲板に設置するペン。イマジナリーフレアの起動用のEXISと同じところで大丈夫だ」
「これは?」
「あの要塞がどこかの地上に墜落するのを避ける為に作ったEXISだペン」
 曰く、これを起動すると巨大な斥力が発生するのだという。
 単純に考えると磁石の要領だ。レヴィアタンと要塞ともに同じN極だとすると、レヴィアタンが接近することでその分要塞は強い力で引き離される。その繰り返しで、要塞が高度を落としきったときに落下した先が地上でなく海にするようにしたのだ。要塞側の電極となるEXISは先行したフィーニクスが外壁に取り付けて回るけれども、起動についてはレヴィアタンのものと連動するらしい。
 テルミナスからもたらされた情報を聞いていたわけではないだろうけれど、『墜落』の可能性と起こったときの危険性を踏まえると事前に作っていておかしくはない装置ではあった。

 ディードを、インベーダーを倒し、かつ地上には被害を出さない。
 放浪者とインベーダーの間の因縁をも巡る最後の戦いが始まろうとしていた。



(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

▼【FI】第2メインフェーズ

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