●Singularity
「――特異点?」
その単語を、SALF長官エディウス・ベルナーは思わず聞き返す。
「そう考えるのが自然ペン」
彼の眼前には、此度地球にやってきたペンギンによく似た放浪者、ペギー。
『世界を渡る』という途方も無いミッションの都合、技術者である彼が一団のリーダー的ポジションも担っているのだという。
グロリアスベースにやってきた放浪者たちはライセンサーたちとのコミュニケーションを経て、自分たちは歓迎されていること、むやみに地球人類に対して警戒する必要はないことは察したようだった。
やろうとしていたことを知っていたが故に他よりも警戒心が強かったペギーら技術者に関してもそれは同様で、だからこそ、彼はベースで最初に接点を持った研究者であるシヴァレース・ヘッジとリシナ・斉藤に、
「この星について、少し考えたことがある。この星の守護を率いているトップに会いたい」
と相談をもちかけた。
その結果が、今エディウスの執務室で執り行われている会談であった。だからその場には、研究者二人も同席している。
エディウスとペギーは初対面であった為に簡単な挨拶を交わした後、早速ペギーが切り出してきた言葉が、
「この星は、一種の特異点なんじゃないかと思う」
という推論だったのだ。
「どうしてこの星にだけ、こんなにも異種族――『放浪者』が集まるのか、考えたことはないか? 他の星はどうなのか、とか」
「そりゃあまぁ考えなかったことはないが、考えたところでそれが正しいかどうかは確認すること自体出来ないしな」
ペギーの問いに、ヘッジが答える。そう、『地球だけ』なのかは確認しようがないのだ。放浪者はたいてい散発的にやってくるというのもある。
予想していた返答なのだろう。うむ、と肯いてからペギーは目を伏せた。
「ワレワレは、全ての船に同じ技術を搭載したとはいえ、全てが同じ星に移れるという保証はどこにもなかったペン。ナイトメアから逃れるのに必死で、航行テストもままならなかったのだから。だが実際、『全ての船がこの星に来た』」
その言葉に、思わず他の三人は顔を見合わせる。
「それは、それだけ技術の精度が高かったということでは……?」
「いいえ、それは流石にないと思います」
確認するようなエディウスの質問に、リシナが否定を入れる。
「ない、というよりも都合が良すぎる、でしょうか。どんな技術にしてもそうですが、テストもせずに狙った結果を百発百中で得られるようなことはほぼありません」
「そもそも……ワレワレは、各船で目的地の座標を統一してはいなかったペン」
ペギーの補足を受け、今度こそエディウスは驚愕する。
指定した座標が安全かどうかは分からない以上、一か所に集まるのは危険。故に、多少の犠牲を払うのを覚悟で種を残す可能性を上げる方法を取ったのだという。
場所だけではない。
「時間差があっても、やはりこちらに来た。もはやこれは、異なる世界と『繋がりやすい』或いは『引き寄せている』と考えない方がおかしいペン」
既存のナイトメアとの戦闘地域に現れた墜落船、そして彼らを追ってきた別勢力のナイトメア。この両方が現れたのも、もはや偶然とは言えない。
「何が原因でそうなっているんでしょうか?」
リシナが口元に手を当てて呟く。
その疑問に対し口を開いたのも、やはりペギーだった。
「ワタシたちの星に来たナイトメアは、この星で言うインソムニアのような拠点は持っていなかったハズだペン。それが関わっている……?」
「拠点を持たない、ということですか?」
「いや、ワタシも目視したわけじゃないが、移動する要塞のようなものは持っているらしいペン。ただし確認した限りは一隻だけだ」
エディウスが尋ねると、ペギーも少し困惑した様子で答えた。
するとそれまで黙っていたヘッジが、彼の顔を見て推論を放つ。
「……アンタたちを追ってきたナイトメアは機械的だったらしいしな。製造工程自体がこの星のものとは違うんだろう。であれば、インソムニアである必要がない可能性も確かにある」
逆に言うと、『インソムニアがあるから』地球に極めて集まりやすくなっているのだろう。放浪者も、その気になればナイトメアも。
ヘッジはなおも言葉を紡ぐ。
「もし本当にインソムニアが要因だとしたら、その大本を断つにはやはりオリジナル・インソムニアを破壊する必要があるだろうな」
現実問題、インソムニアの数は昨年以後そこそこいいペースで減ってきているのだ。
それにも関わらずこういった事態が起こるのだから、一番巨大かつ強大であるであろうオリジナル・インソムニアを叩く必要性は――未来の為にも大きい。
「ナイトメアの違い、と言えば……」
リシナが思い出したように口を開いた。
「今回来たナイトメア、地球に元からいるナイトメアと比べて、だいぶ苛烈ですよね。逃げてきた放浪者さんたちも墜落船ごと亡き者にしようとしたんでしょう?」
「アイツらは本当に容赦がないペン」
「同じナイトメアでも別物として考えた方がいいなら、別に呼称があったほうがいいかもな」
「……インベーダー」
ペギー、ヘッジ、リシナの視線が、呟いたエディウスに集まる。
「苛烈さと残虐さを以て放浪者を追い立て、次にこの地球にも同様に手を出そうとするなら、文字通り侵略者≪インベーダー≫ではないかと」
●Contempt
その頃、オリジナル・インソムニア――の、外壁。
その縁の上に立つ地球におけるナイトメア総司令官・ザルバは、『ライバル』の姿を見上げていた。
その外見は、ナイトメアとしても『異様』の部類に入る。
アサルトコア並の体躯の上半分は黒く機械的な身体で、顔のところに口にあたる部位が無い代わりに、腹部が開閉できるようになっている。おそらくは捕食の為だろう。
一方で腰から下は、多数の脚が畝っている。そのアンバランスさが異様さの象徴だった。
ちなみに外壁での邂逅となったのは、巨体故にインソムニア内部に入るのが単純に面倒であったからだ。もっとも、この光景にSALFの誰かが気づいたところで、迂闊に手を出せるわけがないのは言うまでもない。
「久しいな、ディード」
名を呼ばれたそのナイトメアは、遥か下にあるザルバの顔を見下ろした。
「今はザルバと名乗っていたか。お互い妙なところで出くわしたものだ」
全くだ、と同意を示してザルバは大仰にため息を吐く。
ナイトメアも一枚岩ではなく、派閥によって様々な考え方があり、進化の過程もそれによって異なっている。
たとえばザルバが率いている、つまりずっと前から地球を侵略し続けている派閥は、地球の食文化に擬えると食材から店まで選り好みしてゆっくりと味わうのを好む。
この場合の『食材』は人類で、『店』は地球という環境だ。じっくりと人類の成長を待ってから捕食するつもり、というのは、皮肉なことに一種の地産地消でもある。
一方でディードが率いる派閥は、その辺りにあまり拘らない。ちょっとお高めの――『捕食する価値がある』食材に目をつけると、行儀の悪いファストフード宜しく乱雑に摂取していく。価値がないと見るや捕食もせずに殺戮するのは、口に合わないものを雑に『処分』するのと一緒である。
食糧から適宜能力を得て自らの存在を強化する、という点だけは共通しているけれど、その食糧に対するスタンスが大きく異なる。正直ザルバは今の姿を取る前から、ディードとは合わないとは思っていた。
よりによってコイツが来るとは。
少し前から『別勢力』の襲来には注意していたザルバは、だからこそ警戒しながら対話せざるを得ない。
「そちらの戦力もここに来ていきなり、我らの食糧ともやりあったそうだな」
「ああ。よもや見かけだけとはいえ、同じようなモノを持ち出されるとは思わなかったが」
アサルトコアのことである。
流石にザルバの率いるナイトメアが戦闘に関わることはなかったけれど、そもそも以前から人類との戦闘は頻繁に起こっていた地域での出来事である。当然、戦闘の結果もザルバの耳に入っていた。
「初見で撤退させたのだから、なかなか歯ごたえがある――捕食しがいがある食糧だと思わないか」
自分たちがそこまで『育て上げた』のだ、と。
この星での優位というマウントを取る為にも、あえて優越感を滲ませてザルバは言う。
――しかし。
「そうは思わない」
ディードは機械的な音声で一蹴した。
「撤退させたと言っても、数がまず違う。こちらは先遣隊で、数だけで言えば圧倒的に負けている。にも関わらず、奴等が負った被害はどうだ?」
「人類とて、『他の』ナイトメアと相対するのは初めてのはずだ。油断せずともそれはあり得る話ではないか」
雲行きが怪しい。思わず人類をフォローするようなことを言ってしまった。
実際ザルバの言うとおりではあるのだけれど、
「黙れ。我々が追ってきた連中のように無力ならいざ知らず、戦う力を持つと対抗してきたうえで、それだ。自信過剰にも程がある」
もはや人類に対する解釈が凝り固まっているディードには。まるで響かない。
ディードはそのまま宣言する。
「この星の『人類』は、我々にとって捕食する価値はなく、滅ぼしても何ら問題はない。ごく近いうちに侵攻を開始する」
一気にまくし立てたディードに一瞬唖然としてから、ザルバは気を取り直す。
「……流石に待て。既にこの星は我々の取り分だ」
けれど、ディードは再び――明らかにザルバを見下している様子で、告げる。
「それも認めん。この程度の星で食糧を得る為に悠長なことをしている時点で、お前たちは我々よりも『下』で、ナイトメアとしての失敗作だ。黙ってみていろ」
それだけ言い捨てて、ディードは高く跳躍する。
外壁から飛び降りると、その少し先には――彼が乗ってきた巨大な『要塞』の端があった。
その姿が要塞の中に消えるのを、ザルバは憎々しげに見送ることしか出来なかった。
(執筆:
津山佑弥)
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)