●夢幻の終わり
――信じられるか?
ああ、信じられねぇよなぁ。
この地が――人類の手に戻ってくるなんて。
紫電重工代表、紫電 帝はだだっ広い荒れ地を眺め、長い溜息を吐いた。
灰色の、不毛の土地。少し前までここは黄金の霧に閉ざされ、怪物共が跋扈し、多くの人々が残酷なほど都合のいい夢に囚われていた――インソムニア『酒池肉林』が君臨していた場所だった。
あの黄金絢爛の風景は、全て管理エルゴマンサー・バルペオルによる夢幻。……散在していたナイトメアらについても、ほどなく掃討戦が終わるだろう。
社長、と帝は社員である整備士に呼ばれる。「ああ」と男は踵を返した。
彼ら紫電重工の整備士達が向かう先には――それはそれはもうボロボロになるまで戦い抜いてくれた、アサルトコアとキャリアー達が待っていた。
バルペオルの攻撃を何度も受けたFS-10『SS1-天羽々斬』。紫電重工の者らがわあわあとその応急処置に当たるのを、クレア・ウェン(
la0111)は疲労に座り込んで眺めていた。小隊長として【
対空部隊スカイセイバーズ】の面々を労い終え、ようやっとのコーヒーブレイクである。
本当ならば何の憂いもなく勝利の美酒に酔いしれたいところではあるが、懸念の一つは救助された人々についてだ。
――現実に絶望しきり、自らインソムニアで眠ることを選んだ者らは、「救われたくなかった」「酒池肉林に帰してくれ」と口を揃える。
ナイトメアならば退治すれば終わりだが、人間はそうはいかない。人間が人間として人間の理の中で人間らしく生きる為には、そういった存在を切り捨てるわけにはいかないのだ。……弱いから切り捨てるのは、それこそナイトメアのような優劣思考と同じモノに成り果ててしまう。
懸念する者らの一方――救助者らに対応する面々の区画は、剣呑な雰囲気ではなかった。
音楽や歌。振る舞われる食事のかおり。そんな中で、ライセンサー達は今も救助した者らに言葉を尽くしている。
「俺達は貴方達に生きていてほしい。この世界にまだ居てほしい」
陽乃杜 来火(
la2917)は真っ直ぐに告げる。幸せな夢の中に居た者らにとって、この世界は辛すぎるのかもしれないけれど。たとえ心無い言葉が来ても、受け止める覚悟があった。
「停滞していても望む明日は来ないわ。だから見て欲しいの。明日を掴む為に戦った人間の姿をね」
梨ヶ瀬 紅季(
la3898)はスクリーンを設置し、酒池肉林内で繰り広げられた激戦の映像を人々に見せる。これが現実だ。おぞましいナイトメアが跋扈し、人間を襲い――そして、彼らを命懸けで退けたのが、ライセンサーなのである。
「その目で、最後まで見届けて」
――彼らの戦いは、まだ終わっていない。
「救助された人達は……これからどうなるんだ?」
応急修理中のFS-Xの傍ら、赤羽 恭弥(
la0774)はニキ・グレイツ(
lz0062)に尋ねる。彼はインスタントのコーヒーを恭弥に渡しつつ、こう言った。
「基本的に彼らの所属地域の行政に委ねられるが――紫電重工とノヴァ社の方で、最大限のサポートはしていくってよ。財産的にも社会的にも、また弾かれないように……お前達が命懸けで助けた命が、きちんと生きていけるように」
今回撮影された映像は、既に救助された者らへも公開されるのだという。
少々荒療治ではある。だがライセンサー達が戦う姿は、彼らの心に何かしらの波紋を残すはずだ。
きっとすぐには難しい話で。じっくり時間をかけていかねばならないことで。
成果を実感できるのは、近い将来……とはいかないかもしれないけれど。
ままならないことの方が多い現実で。苦しいことが容赦のないこの世界で。
それでも。
――それでも。
一歩。たった一歩。されど一歩。
君達の尽力は無駄じゃなかった。
回り道でも、遠回りでも――君達が成して、刻んだことは、きっと。
●それから
救助された者らは一歩ずつ、前に歩き始めていた。
もちろん程度の差はある。未だに踏み出せないでいる者もいる。
それでも、かつてのように躍起になったり、恐慌したり、そういった激しい拒絶はほとんど見られなくなっていた。
――それはある暑い夏の日のこと。
SALF本部にて事務作業を手伝うソラリス(
lz0077)は、届いたメールを確認していた。
……感謝の言葉が届いている。一通や二通ではない。それは酒池肉林から助け出された者の言葉、あるいは彼らの関係者からの言葉。
ああ――鋼鉄の乙女はそっと目を閉じ、微笑んだ。
感謝をしろ、と見返りを求めて助けたわけではないけれど。
それでも――やっぱり、自分達が成したことが無為ではなかったと知れたことは、嬉しくて。
こうしてお便りを送れるほど彼らが回復したのだと思うと、安心して。
「よかった……」
窓の外を見上げる。大きく伸びあがった入道雲。ああ、今年も夏が来た。
●けれど
ライセンサーの勝利だ。これは素直に喜ぶべきことである。
しかし、だ。桐生 柊也(
la0503)は大規模作戦の報告書を見返しながら、眉根を寄せる。
――「どうした、どうした、どうした人間! 肉を切らせて骨を断つ覚悟がねぇならよ、ザルバにも『ゴグマ』にも勝てねぇぞ!」
それはバルペオルが口にした言葉。
ザルバ、は分かる。ほとんどのライセンサーが知っている。地球におけるナイトメアの総司令官、倒すべき敵将だ。
(だけど……『ゴグマ』ってなんだろう……?)
資料を漁った。『それ』が現れる報告書は見つからなかった。
だが過去の事件資料を読み返せば――それと思しき存在が、朧ながらも浮かび上がってくる。
2028年から2030年にかけての、 ナイトメアによるアフリカ侵攻。
その戦いにおいて、特に南アフリカは『焦土』と化したという。とてもとても大きな火焔が、全てを蹂躙したのだという。
その火焔こそが『ゴグマ』ではないか。資料はそう示唆している。
――かくして、焼き払われた南アフリカの地はどうなったか。
今、そこにはインソムニアが君臨している。未だに壮絶な高温に包まれ、大地が燃え、焼け果て、あらゆる生き物の侵入を阻む死地となっているという。
その魔境の名は――『完全焦土』。
「無間のような繰り返しに。終わりのない戦いに。果てのない道に」
「進めなくなって、諦めて、立ち止まって、死にやがったら、地獄でお前らを喰ってやる」
「嫌なら精々――血を吐いて――苦しんで苦しんで苦しんで――終わりなく足掻けや!」
奇しくも、バルペオルが吐いた呪詛のように。
戦いはまだ終わらない。敵はまだ尽きていない。
――凪の先、待つは再びの嵐か。
『了』
(執筆:
ガンマ)
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)