1. グロリアスドライヴ

  2. 広場

  3. 【DD】

【DD】

Story 09(11/27公開)


 執務室の窓から外を眺めつつ、エディウス・ベルナーは、深く、深くため息を吐く。
 大きな戦いが、終わった。
『……未来へ進め。お前達の、勝ちだ』
 ザルバのその言葉の通り、人類はこれから前へと進む。まだナイトメアとの戦いが完全に終わりきったわけではないし、間もなく別の戦いが待っているけれども、人類にとって大きな区切りとなったことは間違いない。
「……この先、どうするかか」
 いざ終わってみると、漠然としたものだ。
 SALFは元々国連軍をベースにした組織だ。軍隊ではないけれども、その目的は『対ナイトメア』の一点に集約されている。そうなると、いずれ訪れるであろうナイトメアのいない、けれどもまた脅威が来るかもしれない未来の中で、組織の在りようも改めて問われる時がもうすぐ来る。
 そのことが少しだけ不安でもあるけれども、しかしながらライセンサーたちを見ているとおそらく大丈夫なのだろうと強く思う。間違っても、SALFが新たな火種にはならないように対策は施しておくつもりだけれど、そもそもそれが求められる場面も来ないような気もした。

<ニュートラリダ>
「アレも、最後の最後で『生前』が出たかな」
「……ニュートラリダか」
 唐突な声に、もはやエディウスは驚かない。
 振り向くと、少女の姿を象ったオリジナル・ナイトメアがソファーに座していた。
「聞けば、生前のザルバはオリジナル・インソムニアが出来た際に率先して交渉に訪れた正義感にあふれる外交官だったそうだな。本人に自覚があったかは我にも分からないが、死に際の台詞を聞くとそちらの地が出ているようにも見える」
「全ては神のみぞ……いや、誰にも分からないだろうがな」
 エディウスがきちんとニュートラリダに向き直り、
「それより、お前はこれからどうするんだ?」
 尋ねると、彼女は「ふむ」と顎に手を当てて答えを紡いだ。
「知っての通り、我のこの身体は端末に過ぎない。本体は”ホーム”にいるし、どうとでも動けるわけだが……そうだな。放浪者でも全然通じる、とは前にそれとなく言われているし、暫くはこの星を周遊して楽しもうか。……というか、我以上に身を案じるべきナイトメアがいるのではないか?」
 と彼女が疑問を投げかけた時、ベース内の医療施設から通信が入った。
『クラインが意識を取り戻しました。まだ動けるような状態ではない様子ですが……面会されますか?』
 あまりに絶妙すぎるタイミングである。ニュートラリダも狙ったわけではなかったらしく、一瞬ぽかんと口を開けた後うっすら苦笑いを浮かべる。それを横目に、
「……ああ、今から向かう。手筈は整えておいてくれ」
 エディウスはそう返答し、通信を切断してから再びニュートラリダに向き直る。
「確かに、ザルバもテルミナスもいない今、クラインがどうするつもりなのかは確かめなければならないな」
「向かうといい。我がうかつに顔を出すと、クラインが気遣うあまりに我がナイトメアであるという証明を一般公衆の面前でしてしまいそうだから、我はこのまま周遊に向かうとしよう」
 ご尤もである。エディウスは「分かった」と肯きつつ、一つ咳払いをした。
「……遅くなったが、助力には本当に感謝している。お前の力や働きかけがなかったら、オリジナル・インソムニアの破壊はこうも早くに実現しなかったし、クラインやテルミナスと共闘するなんてことにもならなかっただろう」
「気にするでない。何度でも言うが、我はこの星が好きであるが故に行ったことだ」
 ――では、また会おう。
 言い残して、ニュートラリダの姿は執務室から消えた。



クライン
 それが所謂『夢』であることを知ったのは、集中治療室で意識を取り戻してからだ。

 気づけばクラインは海岸線に立ち、地平線に沈む夕陽を眺めていた。
 以前のクラインなら、その光景に何の感慨も抱かなかったであろう。
 けれども、
「綺麗……」
 そんな言葉が、自然と口をついて出ていた。
「クライン様」
 不意に呼びかけられ、そちらを振り返る。
 穏やかな微笑みを浮かべたテルミナスが、そこに立っていた。
 ただし服装は、いつもの戦闘服めいたものではない。白いTシャツとジーンズである。
 そこで気づいたのだけれども、クラインもまた、エルゴマンサーの身体としてもずっと身に着け続けていたSALFの制服ではなく、白いワンピースを身に纏っていた。
 いや、問題はそこではない。テルミナスは確かにゴグマに焼き殺された。それなのに。
「貴女、どうしてここに……」
「クライン様、少し、歩きませんか」
 此方の質問には答えずに歩み寄ってきたテルミナスは、クラインの手を取った。とても豪剣を振るっていたとは思えない、優しい手付き。
 クラインは戸惑いながらも、彼女の歩調に合わせて歩き出した。

「知っていますか、クライン様。人類は文明の発展を続けながらも、自然だとか歴史だとか、そういった『以前からあるもの』も大事にしてきたそうなんです」
 進化ばかり追い求めてきたナイトメアとは違いますね、とテルミナスは笑う。
 それくらいはクラインも、生前の記憶から取り込んだ知識で何となく知っている。
「大事なものは切り捨てることなく大事にし続けて、それでいて未来を願う。傍から見ると欲張りですけど、実際にそれを理想的なかたちで行い続けてきた。……正直、ちょっと羨ましいです」
「…………」
 クラインも同感だった。まだテルミナスは何か言いたげだったので、肯いて先を促す。
 するとテルミナスは思いがけない言葉を口にした。
「わたしは、クライン様も同じくらい羨ましいです」
「……それは、生き残ったことが?」
 尋ねると、テルミナスは首を横に振った。
「それもありますが、『種の答え』を見つけた上でこの先も生き続けるあなたは、一体どんな未来を描いていくんでしょう。その姿を、できれば側で眺めていたかったです」
「……テルミナス」
 思わず歩みを止め、呆然とテルミナスの顔を見つめる。
 振り返った彼女は、笑みを浮かべる。これまでになく寂しそうに、微かに。
「なんて、ゴグマにも似たようなことを言われましたけど、『わたし』は浅慮で、きっと生き残っていたとしてもご迷惑をかけちゃうと思うので、それこそ欲張りですね」
 言って、テルミナスは握っていたクラインの手を離した。
 彼女の背後で夕陽がより一段と輝きを増し、目を細めたクラインからは彼女のシルエットしか見えなくなる。

「あなたは生きてください、クライン様。今のあなたなら、きっと今までにないナイトメアの生き方を見出だせると思います」

 その言葉を最後に、視界は暗転し。
 次に目に飛び込んできた光景は、白い天井だった。


「……さて」
 グロリアスベースの一角にある公園に転移してきたニュートラリダは、周囲を見渡して誰も居ないことを確認してから、呟く。
「そろそろ、我も消えるか」
 エディウスには嘘をつくことになるけれども、戦いの決着がどういうかたちになろうと、最終的にはそうするつもりだった。
 いくら『本体』が持っている感受性等色々を切り捨てた端末であろうと、こういうことになれば干渉を疑われる可能性はゼロではない。
 バレたとすると何がまずいかというと、自らの『粛清』ではない。残した端末でナイトメアの指揮を行え、ということになりかねないことだ。
 "ホーム"に繋がるルートを作るのは流石にこの端末では無理だけれども、インソムニアを作る程度ならやろうと思えば出来る。もちろんニュートラリダにその意思は微塵もないし、ここまで来てSALFに迷惑をかけることになるのも業腹ものだった。
 或いは、仮に今回の件で他のオリジナル連中が考えを改めて地球人類を自分たちの旅の答えと認め、かつ『成る』ことを諦めたとしても、ナイトメアはこの星にて『共存』してはいけない。あまりにもこの星に傷跡を残しすぎているだろうに、人類がそれを認めるわけがない。全員ではないことは身を以て知ってはいるけれども、ナイトメアに強い憎しみや敵愾心を持っている者もそれなりにはいるのだ。
 故に、決着を見届けたところが去り際だと思っていた。誰も居ない場所で、と考えたのは、余計な感傷をぶつけられたくなかったから。そうされると、好んでいるこの星に居座り続けていたくなってしまう。
 様々なものを切り捨てた『端末』に自ら星を退去する機能はなく、居なくなる方法は、自らの存在を消す――つまり、死ぬしかない。
 ニュートラリダは自らの右手を手刀にし、左腕をそっとなぞる。左の肘から先が音もなく、血が流れることもなく地面に落ちて、間もなく灰になって空気に溶けた。
 同じ要領で両足も切断し、当然立っていられるわけもなく仰向けに倒れて空を見上げる。
 このまま放っておいても活動に必要なだけのエネルギーはなくなるし、そうなると自ずと体は消失するだろう。彼女の意思そのものは端から"ホーム"にあるし、何ら悲しむことはない。
 けれども、ニュートラリダは自らの端末に起こった変化に驚いた。
 見上げる空が不意に滲んで、気づく。
 両の瞳から、一筋の雫が溢れて出ている。
 それまで無表情だった彼女は静かに微笑み――声にならないほど小さく何かを呟いて、手刀で自らの顔を切断する。
 こぼれた雫が大地を濡らす頃、ニュートラリダの姿は地球上からなくなっていた。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

過去のストーリー


 アフリカではインソムニアが破壊され、中国ではこれから決戦を迎えようかという頃。
 ザルバ、フォン・ヘス、そしてクラインの三人は、オリジナル・インソムニアを離れ、とある場所を訪れていた。

 ナイトメアの本拠――”ホーム”。

「…………」
 三人ともに、表情は険しい。
 その中でも強いて言えば一番平時に近い精神状態なのはクラインだ。とはいえ、彼女も冷静なのかというとそうでもない。
 これから自分たちはどうすべきなのだろうか。
 ここに来るに至った経緯を思い出し、彼女は思考に耽り始めた。


 インベーダーとの戦闘は、結果的にナイトメアの人類への見方が大きく変わることになった。
 要塞での戦闘においてディードと激突する役回りはライセンサーに任せたものの、ザルバもフォン・ヘスも、彼らが独力でディードを倒すなどとは思ってもみなかったからである。傷をつける、疲れさせることくらいはできるだろうから、そこを突けばいい、くらいに考えていた。二人よりはライセンサーの力を評価しているクラインさえも、実際にこうなってみると驚きが大きい。

クライン
 人類を『脅威』とする認識が三人の中で一致したあとで起こったのは、議論である。

「奴等は抹殺すべきだ」
 真っ先に結論を主張したのはフォン・ヘスだった。
「『食糧』に過ぎない、いずれは熟したところを我々に捕食されるだけだった役目を大きく逸脱している。これ以上のさばらせておくわけにはいかない」
「……いえ、撤退すべきでしょう」
 対し、クラインは撤退を説く。
「インソムニアをいくつか壊されたと言っても、我々が居る限り戦力『だけ』で見ればまだナイトメアが優勢でしょう。ただ、彼らはそういった状況をここ暫くの間で何度も覆してきた。今の状態で潰そうと動いたところで、今度は根元……つまりザルバ様のところから足元を掬われる可能性もあります。そしてその可能性は、恐らくどんなに対策をしても決してゼロにはできません」
 念を押すように主張するクラインを、フォン・ヘスは軽蔑するような目で見た。
「怖気づいたか、クライン」
「状況から客観的に判断をしているだけです」
 クラインも負けじと静かに睨み返したところで、
「……お前たちの意見は分かった」
 それまで黙っていたザルバが口を開いた。
「クラインの言うことも一理ある。『今のまま』で人類を潰しにかかるのは危険だろう」
「では」
 クラインは少し胸を撫で下ろしかけたけれども、ザルバの言葉はそれだけでは終わらなかった。
「だが、人類をこれ以上つけ上がらせるのは納得がいかない、というフォン・ヘスの言う理由もまたナイトメアとしては当たり前のものだ」
「……つまり?」
「……一度”ホーム”へ向かう。今回はお前たちも同行しろ。抹殺か、撤退か。その判断も『オリジナル』とともに決定し、もし抹殺であれば時期尚早だがホームから援軍を呼ぶ手筈も整えよう」


 『オリジナル』――オリジナル・ナイトメア。
 その名の通り、ナイトメアがナイトメアとしてのアイデンティティを確立した時に存在した個体である。その数は一ではない、ということしかクラインは知らない。彼らは常に”ホーム”に居るけれども配下のナイトメアの前に姿を表すかどうかとなると非常に気まぐれで、ザルバでさえも恐らく全員のことは把握していないという。
 彼らの意見を仰ぎ、人類に対しどういうアクションを取るか決定するとは言うものの、正直自分にとっては分が悪い賭けであるという認識がクラインにはあった。
 ここで軽々しく撤退を進言してくる精神性なら、ナイトメアは今ここに至るまでの発展を遂げていないはずだからだ。
 
 ”ホーム”は重力などといった概念は曖昧だ。歩を進める床はしっかりとしている一方、壁のない周囲は岩石の残骸を始めとし、未だに成分も不明である物体が浮き上がったり沈んだりを繰り返している。その中で、三人が進む道だけは座標が固定されているかのように定まっていた。
 道の先は行き止まりだったけれども、三人が立ち止まるとともにその眼前にいくつもの光が生じ――やがてそれは、それぞれ『ナニカ』の形を象った。


 一方、SALF本部。
 長官の執務室の一つ下のフロアにある会議室で、一つの議決が執り行われた。
「では次の作戦目標を、オリジナル・インソムニアの破壊とすることを決定事項とする」
 この会議の議長でもあるエディウス・ベルナーは、そう告げると目を伏せた。

 まだインソムニアは残っているものの、既に二年前の半分以下の数にもなった。
 ここのところはメガコーポ各社の尽力や放浪者の協力のお陰で新たな戦力となるアサルトコアの開発も進み、何より、おそらくは単体ではザルバ、少なくともフォン・ヘスやクラインに匹敵するであろうディードをライセンサーの力だけで倒したことは、SALFにとって大きな確信となった。
 オリジナル・インソムニアを、攻略できる。
 無論、簡単な話ではない。ディードを倒したということを、ザルバやフォン・ヘスも重くは見るはずだ。そうなると警戒度も、こちらが攻略の糸口を探る難易度もきっと上がる。
 けれども……タイミング的には、今なのだ。立て続けにインソムニア攻略を仕掛けることが出来ているこの状況から時間が経てば経つほど、ナイトメア的には態勢を整えやすくなってしまうだろう。そうなると、今仕掛けるよりも更に攻略が難しくなる可能性も高い。
 だからSALFは早急に判断をする必要があったし、その認識は誰もが一致していたからこその議決の早さだった。

 作戦目標が決定し、具体的にどのように仕掛けていくか――という議論が始まった直後、会議室の隅に直立していた秘書がエディウスのところへと歩み寄ってきて囁いた。
「長官、お話が」
「至急でなければならない話か?」
「かもしれません。少なくとも、今までに例のない事態です」
 緊張感を孕んだ秘書の言葉を受け、エディウスは眉間に皺を寄せて続きを促す。
「……話してみろ」
「また放浪者の少女が一人、転移してきたらしいのですが……彼女を追ってか、ナイトメアもついてきているようなのです」
「なぜその少女を放浪者と判断した?」
 放浪者かナイトメアかは、転移した直後では判断が出来ない。いくつかのステップを踏んで初めて放浪者と確定するのだけれども、ナイトメアもいる、という状況で少女を放浪者とするのは少しばかり無理があるのではないか。
 そう考えての質問に、秘書もまた険しい表情で答えた。
「どうやら、気を失っているようなのです。もしかしたら追われていたところまとめて転移したのかも知れません」



(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)


 『オリジナル・ナイトメア』ニュートラリダの地球への襲来。
 いや、本人からすればもう少し穏やかな『訪問』という形であるらしいけれども、何にせよSALFにとっては驚愕を禁じえない報せだった。

「一枚岩ではないのはインベーダーがいたから分かってはいたが……」
「まさかナイトメアにも『親』が居て、その親の中でも考えが割れてるってのは驚きもんだな」
 上がってきた一連の報告を受け、エディウス・ベルナーとシヴァレース・ヘッジは口々に漏らす。
「でももっとびっくりなのは、クラインだけが撤退を進言したらしいってことじゃないですか」
 そう言うのはリシナ・斉藤である。
「それだ。ザルバやフォン・ヘスの今の考えもまだはっきりとはわからんが、今になってそんなことを言い出してるのもナイトメア的にどうなんだ?」
「日和った、とか思われるんじゃないでしょうか……」
「だが、件のニュートラリダはその考えに興味を持って地球にやってきたという」
 エディウスは悩ましさが全面に出た面持ちで腕組みをする。

リシナ・斉藤

<ニュートラリダ>
「……『ナイトメアとは何なのか、次にこの星で何をしようとしているのか』か……戦闘でなく対話で聞けるというなら、乗らざるを得ない。場を至急手配しよう」

「それはよかった。ライセンサーもだが、お前もなかなか話が分かるようだ」

「!?」
 思わぬ反応に、その場に居た全員が声のした方向――扉の方を振り向くと。
 鮮やかにグラデーションのかかった紫の髪の少女が、余裕の笑みでそこに立っていた。
 言うまでもないことだけれども、長官室はSALF本部内でもトップレベルのセキュリティである。ヘッジや助手であるリシナ、ごく一部の職員、それからメガコーポの社長あたりは生体認証で通過できるけれど、逆に言えばそれ以外は色々な確認が必要だし、無断侵入であろうものならそれはもう物凄い警報が鳴る。以前にベースを襲撃された時には切っていたけれども、それは意図的な話だ。
 ところが、目の前の少女はそんなものまるでなかったかのように颯爽と現れた。そもそもベースに入ったという報告すらなかったというのに。
 ついでにいえば、この場に居てEXISを自分で操れるのは、元々ライセンサーだったリシナ一人である。
「…………!」
「そう構えるでない。敵対するつもりはない、と報告でも聴いているであろう?」
 緊張する面々に対し、少女――ニュートラリダは、からからと笑った。
「ただ直接確認しに来ただけだ。ライセンサーの組織のトップが、一体どういう判断をするかを、な。ここにクラインたちを呼び寄せるつもりもない」
 それにしても……。
 距離やセキュリティをなかったことにするオリジナル・ナイトメアの能力の高さには、背筋が凍ったエディウスたちであった。

 流石に対話の席を準備する段取りを聞かれたくはないので、一旦ニュートラリダには退室……というか本部ではないところへ移動してもらった。
 とはいえ、クラインたちに内密に連絡を取るにあたっては彼女の協力は必要不可欠らしく、結局色々と決まった後、再び彼女を呼ぶことになったのだけれども。


 ところで、SALFよりももっと愕然とした者たちがいた。
 ニュートラリダが言う『自分が地球に来たことを知っているナイトメア』である、クラインとテルミナスである。

「まさかこんなことになるとは思いませんでした」
 移動しながら、テルミナスはクラインに問いかけた。
「クライン様の考えは、ザルバ様やフォン・ヘス様だけでなく、『オリジナル』の方々にもあまり理解は得られなかった、と仰ってましたよね?」
 困惑しているのはこっちも同じだ、という心情を表情に浮かべながらクラインは肯く。
「それには間違いありません。……ニュートラリダ様は確かにあの時、明確な答えを出してはいませんでしたが」

 ”ホーム”に向かい、人類を、地球をどうするかを巡ってオリジナル・ナイトメアの判断を仰いだ。
 結果はおおよそ予想通り、である。捕食対象を前に……いや、既に捕食ではなく抹殺すべき対象となっていたけれども、兎も角撤退は許されない。そんな雰囲気が、オリジナル・ナイトメアの間からも漂っていた。
 あくまで地球の扱いに関する最終的な決定権はザルバにある為、その場で結論は出なかったけれど、クラインにとっては望むものではない方向になるに違いない……と思った矢先に届いたのが、秘密裏に行われたニュートラリダからの連絡だった。
 『地球の人類、特にライセンサーに接触する。その結果次第ではお前たちの言い分を汲んで、ライセンサーと激突する以外の道を作る機会を作ってやろう』
 ……という内容の片道通信が届いたのは、クラインたちが地球に戻った後、ニュートラリダがナイトメアを伴って地球に降り立つ直前だった。ちなみにこの後、ニュートラリダは本人曰く事故で一時的に気を失うのだけれども、それはクラインの知るところではない。
 連絡を受けたクラインは、ひとまず速やかにテルミナスへこのことを伝えた。第二の通信が届いたのは、その少し後。
 『機会は作ってやったぞ。我も居てやるが、最終的にどうするかはお前たち次第だ』
 そう短いメッセージの後、とある場所に来るようにと伝えられた。どうやら対話の為にSALFから指定された場所であるらしい。
 SALFは幹部の他にライセンサーも交渉に参加する為、数の意味での公平を期すならナイトメアを連れてきても構わない。ただし、ライセンサーがEXISを装備することも含めそれはあくまで『保険』であり、前提としてお互いに一切の戦闘行為を禁止する。それが、交渉にあたってのSALF側から出された条件だった。
 ナイトメアの中でも特にライセンサーに脅威を感じているクラインにとっても、人類を次なる高みにもっていきたいと考えているテルミナスにとっても、断る理由はない。特に返答を返す手段もないため、指定された場所へとそのまま向かうことにした。
 もちろん、ザルバやフォン・ヘスには伝えていない。少しアフリカの様子を見てくる、と偽の連絡をしている。
 ニュートラリダの通信は、クラインにだけ送ってきたということに意味があるのだ。そう思ったから。


「とはいえ、いきなり長官を出すわけにもいかねえんだよな」
 対話――或いは交渉の席が決定し、ニュートラリダを経由してクラインたちにも連絡がいった少し後の、長官室。
 ソファーに座って足を投げ出し、天井を見上げながら面倒そうに言うのはヘッジである。ちなみに今はニュートラリダも、リシナも居ない。前者は物見遊山をしにさっさと対話の会場に向かったし、後者は少し仕事してくると言って席を外している。
「クラインはどう思ってるかわからんが、テルミナスからは相当に敵対視されてるはずだ」
 ヘッジの指摘に、エディウスも「だろうな」と返すしかない。
 思えば昨秋のウィーン支部、そしてグロリアスベースを巡る一連の襲撃の中で、テルミナスは明確にエディウスを処分する宣言を行った。しかもその襲撃はライセンサーの機転もあってエディウスに危険が及ぶこともなく終わったのだから、彼女の中にわだかまっている部分はあるはずだ。
 いくら戦闘を禁止したとはいえ、エディウス本人をその場に出したとしたら何が起こるか分かったものではない。遡れば、かつてのノルウェー外交官『ザルバ』も、交渉の場に出向いた結果捕食されたのだ。
 なので、代役を立てる必要があった。本部に居て相応の発言力を持っている代表格はヘッジだけれども、彼もまた研究者としてSALFになくてはならない存在だ。直接のヘイトを買っていないとはいえ、簡単に矢面には出せない。
 どうしたもんか。一瞬場の空気が重くなりかけたところで、エディウスの端末に通信が入っていることを示すアラームが鳴った。
 送信源は――SALF北方部隊長ハシモフ・ロンヌス。

『博士の助手から、ナイトメアとの交渉の場に行ける人が欲しい、と連絡があった』
 モニター越しに二人の顔を見るなり、ハシモフはそう口を開いた。
「あいつ、『仕事』ってこのことか」
『ちょうど俺の管轄は手が空いたところだったしな。長官が出るのがマズい、となれば出番が回ってくるだろう』
 助手――リシナのやることに舌を巻いたヘッジに対し、ハシモフは当然と言わんばかりに肯いた。
 クラインやテルミナスとは、直接遭遇したことは(少なくともテルミナスとは)ないはずだ。けれども、ロシアや中国のインソムニアの破壊作戦を率いた人間となれば、エディウス程ではないにしてもクラインたちの相手として交渉のテーブルに立つ資格は十分にあると考えられるだろう。
『で、俺はライセンサーを連れて交渉に行ってくれ、としか聴いてないんだが。具体的にどこに行けばいい?』
「ウィーンだ」
 これにはエディウスが答える。
『ウィーン……? ああ、話にしか聴いていないが、確か人類救済政府の幹部を勾留しているんだったな』
「そうだ。ウィーン内の具体的な位置を知らない以上、それもテルミナスの攻撃を抑える抑止力になるはずだ。カルディエ・アーレンスは適合者ですらないから、何か起こったらそれこそテルミナスにとっても『一大事』になりかねん」
『人質のようなものか』
 ハシモフの身も蓋もない表現に、エディウスは少しだけ苦い顔をした。
「実際、手を出されたらたまったものではない戦力だ。そう言われても仕方ないところではある……」
『まぁ、とりあえず任せておけ。現場のライセンサーと直接話す機会は長官より多かったし、意見の取りまとめやら共有やらは何とかなるだろう』
「……すまない。頼んだ」
 エディウスの言葉に軽く礼を返し、ハシモフは通信を切った。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

▼【DD】サブフェーズ

功績点 負傷者 作戦内容

●ウィーン、8月

 オーストリア、ウィーン、8月某日、快晴。
 猛暑の日本と比べれば随分と涼しい。

 ――ふあ、とコノリ(la3367)は夏空にアクビをひとつ。
 少年はEXISで武装している。いつだって戦える。けれど佇まいには戦意のセの字もなく、警備というよりも暇つぶしの状態であった。
(ここで襲ってくるんなら結局、対立だ)
 冷めた淡紅色がチラと『会場』を見やる。あそこにいるのだろうオリジナルとやらが、そこまで愚かでないと思いたい。
(でなくば神には相応しくない)
 内心で呟き――「それにしても」と心の言葉を頭の片隅で続けた。
(ナイトメアの意見の割れ方、性格が出てるのかな……)

 ウィーンのそこかしこには、数多のライセンサーが警備として巡回している。
 その甲斐あってか、あるいはそもそも『あちら側』に戦意はないのか――ナイトメアによる被害は報告されていないし、連中が暴れ出す気配も感じられない。
 ニュートラリダ達は交渉に来たのだ。ここで手駒が暴れてしまえばそれは完全に向こうの落ち度となり、交渉どころではなくなってしまう。それを向こうも把握している、のだろう。おそらくは。
 とはいえ、だ。ナイトメアはナイトメア。人類にとっては脅威である存在が『居る』。警戒に越したことはない。

「ナイトメアを連れてきておるとは……厳重な警戒よのう」
 神楽 出雲(la3351)は沈黙している下位ナイトメアらを見渡し、呟く。
(拙者達を信用しておらぬのであろうな)
 オリジナル達は「丸腰で現れれば危害を加えられる」とでも危惧しているのだろうか。それもやむを得ないのかもしれない。人類とナイトメアは戦争状態なのだから。
 そう、『戦争状態』――そんな中でどのような対話が行われているのだろう。あの場には出雲の仲間達、小隊『Howl Dragon』の面々もいる。
 仲間達の対話の邪魔をさせぬ為にも。出雲は引き続き、警戒を続ける。

「こーら、こっちじゃないわよー?」
 ふらふらと適当に歩き回るナイトメアについては、ローゼリア・イリス(la2944)がその進路上に立ち塞がり、ホーリーライトの輝きで目立ちながら市街地に入らぬよう誘導する。
 無用に刺激して大事態にならぬよう、能動的攻撃は絶対にしない――ローゼリアをはじめ、ライセンサー達の方針はまとまっていた。戦意がないのはナイトメア側も同じのようで、ローゼリアが進路を阻めばナイトメアはその場で停止して沈黙する。
「ふう……」
 戦意がないのは分かっているが、いつ襲われてもおかしくはない。一抹の緊張感と共に、乙女は小さく息を吐いた。

「うまいものはいいっすねえ」
 一方で――超菜 ノト(la0800)はのほほんとしていた。ライセンサーの中には料理をこさえてきた者がちらほらとおり、彼らからの差し入れがあった。ノトが手にしているのは揚げたてのコロッケだ。ほくほくで、イモの甘味が堪らない。
 とはいえ任務中は任務中。警戒は怠ってはいない……けれど。偶然にも、ふらふらとマンティスが近くを歩いているのを見かける。敵意があって行動している訳ではないだが、注視はしておく。そうしてそれがこっちを向けば、ノトは手にしたコロッケを差し出してみるのだ。
「喰ってみやすか?」
 しかしナイトメアはそのままノトを通り過ぎてしまう。人とナイトメア、食性は完全に異なるのだろうか――なんて、想いを馳せた。

「全く……対話の場でのドンパチだけは頼むから勘弁してくれよ……」
 ヴォルフガング・ブレイズ(la2784)はそうこぼしながらも、ウィーンの警備にあたっていた。EXISを所持こそしているが、あくまでも自然体で。相手側に無用なプレッシャーを与えたり刺激したりしないように。しかし守護者として威風堂々、譲れないものは胸に秘める。
 ヴォルフガングをはじめ、ナイトメアを刺激しないようにと一同は立ち回っている。ウィーンの8月は刻一刻と、嘘みたいに平和に過ぎていく。日本であれば蝉がたいそううるさいが、ウィーンの夏は静かなものだ。
 このまま平和に事が済めばいいのだが。ヴォルフガングはそう思いながらも、自らのすべきことを成してゆく。

「交渉の場の邪魔はさせぬよ」
 V・V・V(la0555)はHN-01『カルディナール』に搭乗し、会場門前にて文字通りの『門番』となっていた。
 HN-01は護りに特化した機体。それにこの巨体はそれだけでバリケードにもなる。門番にはうってつけだろう。アサルトコア用ライフル、シュトライヒェンM061を手に、重厚な鉄兵士は凛と立つ。
 現時点で武器の出番はなく、この先もなさそう、ではある。けれど『万が一』に備え、ファオドライは気を引き締め続けている。
「さて、和平は成るのか……」
「――ええ、中ではどんな話し合いがされているのかしらね」
 呟きに応えたのは、同じく会場周辺を警備していたイーリス・セールイ(la3420)だった。淑女の日傘を差し、晴天に映える淡い空色を手持無沙汰にくるりと回す。
「ふむ、そなたは対話には向かわなかったのか?」
 興味があるならばなぜ、とファオドライはHN-01内で問う。イーリスは影の下でくすりと笑んだ。
「今更、彼らと話すことはないわ。私はただの傍観者、この戦いの結末を見届けられればそれでいい。……それにしても、」
 視線を彼方のナイトメアへ。ふっと湧いた疑問を口にした。
「この尖兵達はどうやって生み出されてるのかしらね。その為だけの世界でもあるのかしら?」
「さあ、どうでしょうね」
 そう言ったのは、カルディナールと共に門を護るBD-01PTのパイロット、伊藤 毅(la0675)である。
 ナイトメアをぶっ飛ばしたい――そう願ってSALFに志願した毅は、幾らか暇そうにしながらもこの任務に就いていた。オンラインにした通信機からは他の仲間達からの連絡が入ってくる。異常なし、異常なし、どれもこれも異常なし。もはや駐車した車で聞くラジオのようなものだった。
「……状況了解。ドラゴン01異常なし」
 この言葉を繰り返すのも何度目か。首をストレッチの為に回し、一息。モニタリングされている会場を一瞥する。
(今更、なにしに来たのやら……首尾一貫してほしいもんだ、敵ならな)

 ――怪訝。警戒。懐疑。

 楊 嗣志(la2717)もまた、複雑な想いで会場の方を見ている者の一人だった。
(話し合ったとしても、約束が守られる保障がない)
 ザルバ、テルミナス。彼らの言動を思い返せば、どうしても不信を抱いてしまう。そもそもが人類を『餌』という下等種として接してきた連中なのだ。唐突に甘い言葉を用いられても、罠ではないかと身構えるのが当然の反応だろう。
(……あちらからすれば、出向く人間は『対等な交渉相手』ではなく『サンプル』だろうな)
 だからこそ、だ。もしも連中が掌を返した時に、護りたいものを護れるように。嗣志は警戒心を緩めることなく、巡回と警備を行う。

(この世界のことはこの世界の奴らと……若い連中で決めるべきだ)
 狭間 久志(la0848)はそう思う。彼がいるのは会場内だ。物々しさで対話に水を差してはならないと気配を殺し、もしもに備えて隙は見せない。ナイトメア側の横槍はもちろん、人類側の反ナイトメア思考の者の感情暴発にも久志は警戒していた。
(さて、どうなるかね……)
 久志としては別段、この対話の結果であれば、どちらかが死滅するまでの徹底抗戦でも構わなかった。ただひとつ切に願うのは、この世界の選択が悪意で覆らないこと。そして『そう』させない為に、久志は警戒を研ぎ澄ませる。理想主義でも浪漫主義でもないけれど、明日が昨日よりいい方が、ずっといい。


●二つの種族の対話の行方

「――そもそも、貴方達の目的の第一義はなんですか」


ヨランダ=エデン

<ニュートラリダ>
 ヨランダ=エデン(la3784)は座したているオリジナル・ナイトメア――現在ウィーン市街をぶらついている『本体』ではなく、彼女が置いていった『端末』だが――に問いかける。
「こうして戦中に会談を望むのは、むしろナイトメア陣営が苦しんでいる証左。人類側に『今こそ叩き潰す好機』と教えるようなもの。傲慢に真意を濁すのはやめなさい……決断を迫られているのは、貴方達の方です」
 望むのは講和か、撤退か、それとも玉砕か。ヨランダは相手の真意を探るべく、昏い眼差しでニュートラリダを見つめた。相手がどうしたいのか、それを気にしている者は他にもいた。
「我としては講和を望んでいる。たとえば不可侵条約のようなものなど。我としてはお前達が興味深い、ゆえに抹殺されるのはもったいない。ゆえにこうしてここに来たのだ。――テルミナス、クライン、お前達も返事を」
 端末だからだろうか、その声に抑揚はなくどこか事務的だ。ニュートラリダが命じれば、 次にテルミナスが粛々と「ニュートラリダ様と同意見です」と言い、次にクラインが眉根を寄せてこう言った。
「理想を言えば講和です。できるとは思っていないので、現実的な意見を言うならば撤退ですが」
「――ということだ。ついでに『玉砕』はまずありえぬ」
 ニュートラリダそう言って……さて。

「して尋ねるが。……これが地球式のもてなしか?」

 満漢全席。ニュートラリダは卓上にずらずらずらりと並べられている料理の数々に、ゆるりと首を傾げた。幾人かのライセンサーが用意したものだった。カレーからコロッケからケーキからサラダから緑茶に紅茶にコーヒーにアイスに中華に――「デパ地下の総菜コーナーかここは」とSALF北方部隊長ハシモフ・ロンヌスは額を押さえて溜息を吐いた。
「……どうぞ」
 卸 椛(la3419)――食べ物を用意したライセンサーの内の一人――は所狭しと並んだそれらを、客人(厳密には『人』ではないが)に勧める。
 ならばとニュートラリダは、目の前のケーキに載っているイチゴを一粒、指で取った。しげしげと眺め、口に放る。咀嚼はなかった。ごくんと飲み込むような様子も。それだけで、ニュートラリダという存在がどれだけ人間とその常識からかけ離れた構造かを如実に物語る。同時に、毒殺されるやもということを全く恐れていない自信が見て取れた。
「――なにか?」
 集まる人間らの固唾を飲むような眼差しに、少女の姿をした超越存在は片眉をもたげてみせる。
「あー……お前達ナイトメアの味覚についてこいつらは聞きたいようだ」
 ハシモフが代弁する。「そういうことか」とニュートラリダは納得し、こう説明する。
「我々の味覚についてだが、個体差がある。だがいずれも趣味の範囲内だ。我に関しては成分分析に近い。例えば、グルタミン酸が多いとか、糖度が高いとか、そういったファクターから『人間ならば美味しいと判断するのだろうな』という予想をする程度だ」
 そういう理由からか、ニュートラリダは料理に全く関心を示していない。テルミナス、クラインも一瞥すらしない。「お前達で消費していいぞ」とオリジナルはあごで示した。
「ナイトメアの食文化はどうなっているの?」
 皆の疑問を椛が代弁する。
「精神捕食。それ以外は生きる為の糧にならぬ。一方で、先程のように精神以外のものを摂取することもできるが、全く意味のない遊びだ。塵を食むようなもの」
「それにしても他生命体依存の進化じゃ、いつか行きづまると思うのよね。その時、何を食べる? 自分達で食べあうのかしら?」
「この宇宙と世界の広さを知らんようだな。それは天地が崩れ落ちやしまいかと怯えるも同義。……ついでにお前達も気になっているだろうから、我々の『餓死』についても言及しておこう」
 ニュートラリダは薄笑みの表情を崩さぬまま、説明を始めた。

 そもそも、だ。そもそも、人間とは前提が概念レベルで異なるのだよ。
 人間の餓死とは「何も食べない・エネルギー補給をしないこと」だな?
 我々にとっては、「精神捕食=進化に必要な本能」「エネルギー補給=肉体の維持」、である。
 我々は肉体維持のエネルギー補給を高い効率で行える。お前達でたとえるならば、呼吸だけでエネルギーを作れるようなものだ。具体的にどうやってと言われても、説明する為の概念を現す言葉がこの世界にはないのでどうにも表現できぬ。諦めよ。
 そういうわけで、我々には事実上『餓死』というものはないと考えよ。

 ――そう言って、ニュートラリダはテーブル上に置かれたイラストを一瞥する。幾人かのライセンサーが用意したものだが、彼女は全く関心を示さなかった。ニュートラリダにとっては、「紙の上に塗料がある」程度にしか感じていないのだろう。そしてオリジナルがそうである以上、個体差はあれどナイトメアは基本的に芸術関連への関心が薄いのだろうと予想がつく。テルミナスもクラインも同様だった。
「では」
 ハシモフはあらかじめライセンサー達から集めた質問のリストに隻眼を落とした。話の流れに乗るように、ナイトメアの文化関連を中心に質問していく。

「ナイトメアの日常とは? 侵略時以外の行動について」
「特に何もしていない。エルゴマンサー以上であれば、捕食で得た知的生命体の真似事をすることもあるだろうが――所詮は『真似事』。人間の様に何かを思いついたり実行したりできないから、我々は我々だけでは進化できず、ゆえに進化の為に精神捕食を行うのだ」

「睡眠はするのか? 夢は見るのか?」
「個体差による。そもそも『睡眠』は地球の生物固有の状態変化なのでな。睡眠と言う概念が存在しない世界もあると理解せよ。
 一方で休息はありうる。エンピレオは自己改造と巨大化の果てにエネルギー効率が悪すぎる個体となったのでよく休眠をしていた。バルペオルなどは睡眠の真似事として意識のシャットダウンをよく行っていたな。ちなみに我は眠ることはない」

「名前が出たので――エヌイーやバルペオルのような、人類の進化を促そうとしてくる個体はどういうことだ?」
「個体差による考えの違いだろう。エンピレオは『より良いものを捕食したら効率的なのでは』と考えていたようだ。お前達にも健康食があるだろう? バルペオルは――あの子はただの破滅願望だな。殺してくれる相手を探していたのだろう」

「お前達の世界はどういった風景なのだ? 建造物などはあるのか?」
「インソムニアを参照せよ」

「お前達の歴史は?」
「永すぎる。そしてあまりにも多岐だ。ザルバ派閥、ディード派閥と派閥ごとに歴史の施行があるのでな。その上、まだ知能が低かった頃のことなど覚えてもいない。
 同時に――我々は『振り返らない』。進化の最先端こそ価値がある。お前達のように過去を記録する・振り返るという行為は、我にとっては概念レベルで分からない文化的ミームだ」
「つまり説明不可能、と」
「そういうことだ」

「ナイトメアとはそもそもなんだ?」
「そういう種族だとしか言えぬ。お前達とて、『人間とはそもそもなんだ?』と言われても同じ答えを返すだろう?」
「ナイトメアという種族の目的、目指す到達点は?」
「進化だ」
「その理由は?」
「本能。ナイトメアという生物として当たり前のオーダーだ」

「お前達の同族意識について語って欲しい」
「我々は――そうだな。お前達の概念に適した説明をするならば『群体』だろうか。種の本能というハイブマインドで繋がっている」
「その割には派閥が分かれ意見が対立しているが?」
「人間でいう、『エゴ』『イド』『スーパーエゴ』のようなものだ。一つの脳味噌内でも感情の対立が起きるのだろう? そして脳とは細胞の群体。そういうことだ」

「ナイトメアは自らをどう認識している? 知的生命体なのか、野生生物なのか」
「お前達は『当てはめたがり』だな。我々は存在しているから『在る』。それ以上も以下もない」

「放浪者との違いについては理解しているのか? 差異があるのはなぜ?」
「種の違いでは?」

「なぜ地球に侵略をしてきた?」
「手を伸ばした先の、数多の世界の内のひとつよ」
「地球での最終目標は?」
「知的生命体の捕食による『答え』への到達」
「答え?」
「進化の果てについての、『詩的(お前達好みの)』表現だ」
「ペギーは『この地は放浪者を引き寄せる』と言っていたが?」
「オリジナル・インソムニアの影響だろうな。かのインソムニアの『ホーム』から戦力を引き寄せる力が強すぎて、他の次元等にも影響を与えているのだろう」
「世界を渡る技術について知りたいのだが」
「地球言語で表現するに適切な単語や言語が存在しないので――ああ、不可能だな」

 他には、とニュートラリダの端末は無機質的な眼差しを向ける。
 ならばとハシモフは資料をめくった。オリジナル・ナイトメアに関するライセンサー達の質問を読み上げる。

「そも、オリジナル・ナイトメアとは何だ?」
「ナイトメアの祖の意見を引き継ぐ存在の称号。同時に『自身を進化させどこかの答えに至る』という命題について、各派閥のアプローチ結果をまとめ、進化への道筋を示す者。地球的表現にたとえると、研究室の室長だろうか」
「お前とは別にナイトメアの祖がいると? いわゆる真祖やリーダーというか」
「もういない。我々は最先端こそに価値を見出す。ゆえに古くなったオリジナルにも代替わりが発生するのでな。脱皮のようなものだ」

「オリジナルの生態は? IMDは扱えるのか?」
「オリジナルだからとIMDは扱えぬ。我々は、派閥からの報告を受け、指示や許可をするだけだ。それ以外の時間は、それぞれの派閥の行動を観察したり、真の答えに関する果てのない議論だな。
 ……我々オリジナルは皆、自らこそがナイトメアの中で最も『答え』に近いと自認している。だがそれを証明できず、証明要素は派閥からの報告待ち、といった状況だな」

「オリジナルの不完全な複製が、通常のナイトメアなのか?」
「否。あの子らは複製などではない。『オリジナル』は原本という意味ではなく、創始者という意味合いであると心得よ。
 先の比喩でたとえるなら……『皆で色んなプロセスを試して進化しよう』というプロジェクト研究室の室長ゆえ、指揮系統的には通常ナイトメアよりも上位ではある」

「なぜお前達の種族名は『ナイトメア』なのか? 誰がどのような由来で決めたのか?」
「まず、ナイトメアという言語は地球言語に合わせた場合の発音だ。ゆえにたまたまだな。……真実の種族名は……まあ我らの永い過去の中で誰ぞが決めたこともあるだろうが、今は失われている。ゆえに好きに呼ぶがよい」

 他には、ニュートラリダは一同を見渡す。
「では次の質問。月魅森 恋雫(la0029)率いる小隊からの問いだ」
 そう言って、小隊『或る無人島の施設~【祈祷室】~』からの質問をハシモフは読み上げる。

「この件がザルバをはじめ反対派に知られた場合、どうなると予想している?」
「ザルバ様はオリジナルの命令に従うでしょう」
 答えたのはクラインだった。ニュートラリダが「あの子は真面目でいい子だからな」と付け加える。そのままクラインは言葉を続けた。
「フォン・ヘスはザルバ様の命令に従うでしょう。しかし彼は人類を過小評価していたがゆえ、個人的に気に食わないことをしたと判断した私を糾弾するでしょう。
 その他のエルゴマンサーは……個体差はあるでしょうが、基本的にザルバ様に従うでしょう。とはいえフォン・ヘス派は彼に従うでしょうが」
「なるほど。あくまでもお前達が我々に味方をする・敵対しないのであれば、反対派の妨害に晒された際は、SALFは支援することが可能である。利点として頭に入れておいて欲しい」
「了解。それで」
「次は人類を存続させる価値を理解してもらう為の説明だ。
 ――IMD、アサルトコア、こういったお前達にない技術を人類は提供することができる。今はナイトメアに扱えずとも、将来的には可能になるかもしれん。場合によってはナイトメア側との共同開発も有効ではないか?
 同様に――これは『祈祷室』以外のライセンサーからも多くの意見が来ているが、精神捕食をIMDでまかなうことができるようになるのではないか?」
 するとクラインは、淡々と説明を始めた。

 ――『クライン』という肉体が持つ知識として、『私』はIMDが何たるかを把握しています。
 その上で、『クラインを捕食した私』は、IMDをナイトメアが扱うことはできない、と結論付けています。
 捕食によって得られる精神性とは、想像力ではありません。
 捕食を行った時点で対象の想像力は丸ごと損なわれている為、IMDで増幅しようにも0は0。そう考えてください。
 同様に、IMDを精神捕食の代価にすることもまた不可能でしょう。
 よって我々ナイトメアは、人類のIMDに関する知識・技術に全く価値を見出せません。

「以上。他にはどのような問いがありますか」
「……人類でいう核兵器のような、『抹殺用の大型兵器』などの有無は?」
「あります。南アフリカインソムニア『完全焦土』で休眠中の、ゴグマというエルゴマンサーがそれに当たります。彼はザルバ様の命令のみを聞く存在なので、我々からの説得などは不可能です」
「どうすればその兵器の使用を回避できる?」
「ザルバ様を本気にさせないことかと。逆に、ゴグマを起こした時点でザルバ様は本気であなた達を殲滅する心算でしょう」

 以上で小隊『或る無人島の施設~【祈祷室】~』からの質問は区切りである。
 ハシモフは話題の流れで、ザルバに関するライセンサー達の質問を読み上げた。

「では件のザルバについて。奴の判断基準は何に基づく?」
「ザルバ様は極めて根源に忠実です。あの方の行動理念は全て、ナイトメアという種の『進化せよ』という本能のオーダーです」
「感情的? 合理的?」
「合理的かつ命令絶対遵守。オリジナルが『やれ』と命じれば自壊も厭わないでしょう」
「説得はできるタイプか?」
「上のオーダーに従うので事実上説得は不可能。上を説得すれば考えを変えるでしょうが」

 一度質疑応答は途切れる。クラインは相変わらず、不動にして静寂の様である。
 ジュリア・ガッティ(la0883)は青い瞳をクラインへと向けた。
「降伏は論外だけど、戦いをどう終わらせるかの道筋は探れないかしら。……『撤退』はあなたの本意なの?」
「ナイトメア側として、これ以上エルゴマンサーが減るのは困ります。ゆえに撤退は本意というよりも『やむなし』といったところです」
 では、とジュリアは他のライセンサーの意見もまとめて問いかける。
「撤退をするとして、インベーダーみたいな派閥が反発するんじゃないの?」
「既にフォン・ヘスのような反対派がいます。ですからこのような事態になっているのです」
「中立派はいるのかしら。彼らを撤退派に説得することはできるの?」
「中立にも各々それぞれの理由があるのでしょう。何とも言えません」
「もし人類抹殺派と戦闘になる場合、人類と共闘する意思はある? それとも、争いを避けられる目算が何かあるの?」
「共闘に関しては、今のところその意思はありません。ただ、インベーダーの時と同様、身にかかる火の粉は払いますが。……非介入ができるかどうかは状況によりますが、ザルバ様が冷静に判断できる状況なら難しいでしょうね」
「そう……じゃあ仮にこの世界からナイトメアを撤退させるなら何が必要かしら。何が障害か、とも言いましょうか。たとえばオリジナル・インソムニアを攻略できたら、貴方達にこの世界を諦めさせることはできるの?」
「オリジナル・インソムニアが攻略されると『ホーム』から戦力を送り込む手段が事実上失われます。そうなると撤退せざるを得ないでしょう」

 一方――テルミナスへは更級 翼(la0667)が、強い敵意の眼差しを向けていた。刃を向けたい気持ちは抑え、言葉を紡ぐ。
「久しぶりだな、テルミナス。大きな痛手を避けたいので人類に降伏勧告だと? 随分と甘く見られたものだ。それはお前の真意か? お前自身の意見を僕は知りたい」
「……私の考えは、ナイトメアが希求する『答え』に繋がるものだと判断しています。人類は根絶するには惜しい種族。誰もが私のように『ナイトメアと人との調和』を実現できれば、ナイトメアも人類もより高次元に上れることでしょう」
 それは神を信じる信徒のような物言いだった。彼女の中の揺るぎない絶対結論なのだろう。なればこそ翼は鼻白む。
「撤退の為に人類の降伏が必要なのか。そうまでして『高次元』を気取りたいのか」
「何事にも区切りは必要かと。恭順すれば、万が一にも再侵攻はされないのですよ?」
「恭順だと――」
 ナイトメアに奪われ続けた翼にとって、それは最大の侮辱に他ならない。ナイトメアに屈服することは、翼が失った全てのものをこれ以上なく冒涜するに等しい。大切だった人達の笑顔を鮮明に思い出せるからこそ。
 ――そして、『そう』思っているのは翼だけではない。ナイトメアに奪われ殺され壊されて、消えない傷を負った者らは数多いる。ゆえに翼の怒りは正当だ。人として当たり前なのだ。奪われた者全ての怒りの代弁だった。
 いっそうの殺気を放つ翼であるが――それをさりげなく手で制したのはネムリアス=レスティングス(la1966)だった。
「折角の良い機会だし……俺ともおしゃべりしてくれよ、テルミナス」
 話を受け継ぐように、ネムリアスはテルミナスへ言う。人間の形をした悪夢の、真の意味では感情のない眼差しが向けられた。
「覚えてるか? ナイトメアになっても、どうやって人の意識を保っているんだって前に質問したよな。その答えを聴きたい」
 あの時はクラインに止められたが、と静かに待機しているエルゴマンサーを一瞥する。
「とはいえ、そんな方法なんて分からないんだろ? 知れば人類が降伏しにくくなるしな」
「いいえ」
「……『いいえ』?」
「人の意識を保っているのではなく、『人間として生きていたテルミナス』の人格を限りなく忠実に再現しているのです。……とはいえ、その限りなく本物に近い再現を、本人と呼べるかどうかは哲学的な問題になるでしょうが」
「さながらスワンプマンだな」
 そう呟き、ネムリアスは他のライセンサーから集められた質問をついでに投げかける。
「じゃあ、ナイトメアになってから変わったことは何だ?」
「……いろいろなことが変わりすぎて。『全てが変わった』としか言いようがありません」
 しかしその『変生』は素晴らしいものだと、テルミナスは聖歌でも謡うような口ぶりで続ける。
「今一度、人類の皆様に勧告します。――どうか降伏を。『泥沼の戦乱』と『安寧の恭順』、素晴らしいのは後者であることは明白でしょう?」
「――否」
 凛然と、粛然と、声が響く。
 テルミナスが見やる先に――シオン・エルロード(la1531)がいた。彼が指を鳴らして指示すれば、小隊『エルロード』の面々が、ニュートラリダ、クライン、テルミナスに資料を手渡す。
「矛を収めるに相応の戦果がいるはずだ。沈黙させるに十分な材料を教えてくれ」
 資料に記されていたのは、大規模作戦における人類とナイトメアのありとあらゆる統計データ。そして人類が近年取り戻した領土の状況を記したデータだった。
「既に多くのインソムニアが陥落し。数多のエルゴマンサーを打ち倒し。人類の対ナイトメア戦線は劣勢からは脱却したことがそのデータから分かるだろう。未だ我らが劣勢ならば、なるほど降伏は魅力的なカードだったろうが――今は違う。違うのだよ」
 ゆえに妥当なるは降伏ではなく停戦に向けての交渉だ。シオンは毅然とそう告げる。
「停戦に向けて何が必要か。過激派の撃退、停戦への内部工作であると我々は考える。……我々は未来を見据えているのだよ。同じ目線に立ってもらわねば、そも対談など成り立たん」
 シオンのその言葉に――ニュートラリダはかすかに含み笑った。
「理想論だ。ゆえに難しい」
 直後である。

 ――ドン、とテーブルを拳で叩く音。


銀龍
「どこまで愚弄するつもり」
 銀龍(la4012)は握りしめた拳を怒りに震わせながら、ナイトメア共を睨め付けた。
「あなた達のやっている事は迷惑なのよ。とっとと帰んなさい。……あなた達は一体なんなの? 突然やってきて、勝手に奪って、この世界をめちゃくちゃにして、今は撤退か抹殺かで意見が割れている? 果ては降伏しろ?」
 ふざけるな――銀龍は柳眉をつり上げる。
「そっちが去らないなら、私達は徹底的に抗ってやる」
 銀龍をはじめ、徹底抗戦を心に抱く者は多い。
 一方で……シリウス・スターゲイザー(la2780)はニュートラリダへ静かに問いかける。
「君達は殺さなければ糧を得られないのか? 趣向として殺すのか? どちらだ?」
「糧を得る過程でどうしても殺めてしまう、が一番正しいかな」
「……極論、殺さずに今と同等の進化エネルギーを得られるなら、君達は我々と共存する気はあるのか? 私は死にたくはないからね。そういう道があるのなら全力で模索するさ。駄目なら抵抗するだけだよ」
 シリウスと同じ疑問を抱く者は多かった。

 ――ナイトメアは、精神捕食をやめられないのか。何か代用はできないのか。

「精神捕食をやめた時点でナイトメアとしての目的が喪失されるゆえ、『やめる』という概念がそもそもあり得ないのだよ。
 その上で別のもので代用できないかどうか。結論、あれば提示しているさ。そしてお前達の中には『精神を提供してやってもいい』と考えている者も少なからずいるだろうが――」
 ニュートラリダは自らへ友好的な眼差しを向けている者らをひとりひとり見渡し、言葉を続けた。
「――我らの糧になっても良いという者らを、果たしてナイトメアに憎悪を覚える人間の派閥が許すかな? 『レヴェル』『裏切り者』などと駆逐されてしまうのではないか? 人類に降伏を促すクラインを、フォン・ヘスが赦さぬように」
 ニュートラリダは目を細める。クラインは無言のままで肯定を示していた。沈黙の後、「今ここに至っての共存は困難でしょう」と付け加える。もし共存に至れるとしても、ナイトメア憎しの人類の扱いについては、人類がどうにかしろとでも考えているのだろう。

 ――オリジナルはまるでこの状況を楽しんでいるかのよう。人間達の『想い』が描く七色を味わうかのよう。

 ニュートラリダの様子にハシモフは不快気に鼻を鳴らしつつ――気の進まない質問をなげかける。ライセンサーから集められた問いの内の一つだった。
「お前達ナイトメアは、どのような感覚で我々を食らうのか。罪悪感などはあるのか?」
「罪悪感? なぜ罪を感じる必要があるのかそもそも理解できぬ」
 少女の姿をしたそれは、指先でジンジャーマンクッキーを一枚摘まんだ。
「これを」
 ぷらんと掲げ、
「こうすることと」
 口に放り、人間のように噛み、砕き、飲みこむ真似をして、
「――全く同じだ」
 まるで事務的に、平然と。

 ……シン、と会場が一瞬、静まり返る。

「ン? いや、チョット待ってもらえます?」
 イリヤ・R・ルネフ(la0162)が挙手をして、不思議そうに瞬きを一つした。
「人間を捕食するコトは家畜を食らうようなモノだ、と。それはナイトメア共通認識?」
「そうだな、基本的にはそうであろう」
「……なのに『抹殺』を企てている派閥があるんですよね? ソレって、いわゆる地球人で言うトコロの、牛や豚を絶滅させようとしているのと同じってワケで――大分ヒステリックじゃない?」
「ほう?」
「自分から喧嘩売って、チョット痛い目を見たぐらいでムキになるの、どーなんです……? 絶滅戦争は、エルロードさんトコが資料付きで説明して下さいましたが、ナイトメア陣営も被害甚大はまぬがれ得ない。そこまでする価値あります?」
 イリヤの疑問に、桐生 柊也(la0503)がニュートラリダへ言葉を重ねる。
「立て続けですが僕も質問、いいですか? 単純な疑問なんですけど――」
「申してみよ」
「イリヤさんも言う通り、人類を滅ぼすっていうのは捕食も諦めるってことになりますよね? それってナイトメア側には何の得になるんでしょうか。地球には異世界間を渡る技術がないんだから、これ以上僕らを相手にしたくないのなら、戦わずに撤退すればいいだけ――それが被害も出ないし合理的な手段だと思えるのだけれども」
 でも『違う』。柊也は釈然としない理由を言葉に変えて、問いかける。
「……何か、強くなりすぎた存在に怯える訳があるの?」
「――、」
 答えたのはクラインだった。
「怯える――ですか。確かに私は、あなた達に脅威を感じている部分があります。フォン・ヘスに関しては『食糧』が叛逆しようとする『驕り』へ怒りがほとんどのようですが。ザルバ様は……どうでしょうか。あの方はとても読み取りづらいので。尤もフォン・ヘスに異論を唱えない辺り、むべなることでしょう」
 クラインは静かに言い終える。その上で……と、ニュートラリダが続けた。
「確かに……お前達の言葉を聴いて、我も抹殺はいささか過激な手段であるなあと認識した。――このような状態、我々にとって前例がないのだよ。ゆえに我々は危機感というものとは無縁だった。だから……そうだな、」

 誇れ。お前達は三千世界において初めて、我々を震撼せしめた種族である。

「『恐いから殺したい』。ははあ、至極シンプルなアンサーですネ」
 であるならば非効率な抹殺を唱える理由も分かるというもの。イリヤは肩を竦め、柊也は複雑そうな顔をした。『恐いから殺したい』のであれば、なるほど絶対服従以外に争いを回避する手段はないだろう。そして、人類は決して服従などしない。
 ニュートラリダはナイトメアという種族を群体的と表現した。仲間意識というものが希薄な彼らは、人間抹殺の為の戦争で発生する犠牲を『犠牲』とは思わないのだろう。
「もしも人類抹殺が決定したとして。お前達ナイトメアに従うレヴェルも皆殺しにするのか?」
 ハシモフはライセンサーからの疑問をなげかける。「そうなります」とクラインは平然と答え――傍らで、テルミナスは少し眉根を寄せるような表情を見せた。『人類救済政府』の名はダテではないということだろう。歪んではいるが。
「さて」
 クラインは言葉を続ける。
「停戦に向けては、『過激派の撃退』『停戦への内部工作』とあなた達は言いましたね。つまりはフォン・ヘスを抹殺さえすれば、丸く収まるのではないか、と。その上でもう一度、ニュートラリダ様の『理想論ゆえ難しい』との御言葉を引用します。
 確かにフォン・ヘスを孤立させる形で挑めば、あなた達にも勝ち目はあるでしょう。しかし、彼は無知な獣ではありません。フォン・ヘスに賛同する個体も少なくはありません。ゆえに、そのような理想的なシチュエーションにすることはほぼ不可能です」

 ――他に聴きたいことはあるか?

 ニュートラリダは人間を見渡す。そうすれば、幼馴染の制止を振り切るように――「はい」とアリア・クロフォード(la3269)が挙手をする。
「もし、もしもの話。もしあなた達が撤退するとして、それで……その後はどうするの?」
 それはアリアだけではない、幾人かが危惧している事態。

「この世界から逃げたら、次は別の世界を食べに行くの?」

 きゅっと拳を握り込みながらの少女の問いに。
 悪夢は簡潔に、こう言った。「そうだ」と。
「……だったら、ナイトメアはここで私達が倒すよ。私は我儘だから守りたいんだ、全部。この世界の大切な仲間も、元の世界の家族も、別の世界の誰かも」
 真っ直ぐだった。そして、同じ想いを胸に抱く者は独りではなく。
「……、」
 クラインはかすかに目を細めた。光を直視するかのように。あるいはそれを疎むかのようにも見えた。
「降伏はしない、ただし我々の撤退も許さない、と」
 目を伏せ、開く。感情のない目で、クラインはこう告げた。

「であれば……我々はもう、どちらかが滅ぶまで戦う他に、道はないようですね」

 それは真っ暗でがらんどうで、断頭台の刃のような冷たさのある言葉だった。
 ――と、その時である。
「お茶会はこれまでだな」
 ニュートラリダがおもむろに立ち上がる。
「フォン・ヘスがこちらの動向を探り始めている。勘のいい子だ。ザルバも何か準備をしているようだぞ。というわけで我々はバレる前に撤収するかの。人間、興味深いひとときだった。こうも退屈が紛れたのはいつ以来か」
 言いながら、それはひょいとクラインとテルミナスの手を掴んだ。
「ではな。がんばって滅びないようにしてくれ」
 これまで表情がほぼ動いていなかった彼女は、一瞬だけあまりに無邪気な笑みを浮かべて。
 ナイトメア達は――幻のように掻き消えた。同時にウィーンに徘徊していた下位ナイトメアらも『消失』したと、警備部隊からの連絡が届く。

 かくして異様な会合は唐突に幕を下ろす。
 これは終焉の始まりか、それとも。




 2028年から2030年にかけての、 ナイトメアによるアフリカ侵攻。
 その戦いにおいて、特に南アフリカは『焦土』と化した。とてもとても大きな火焔が、全てを蹂躙したのだという。
 ――かくして、焼き払われた南アフリカの地はどうなったか。
 今、そこにはインソムニアが君臨している。未だに壮絶な高温に包まれ、大地が燃え、焼け果て、あらゆる生き物の侵入を阻む死地となっている。

 その魔境の名は――『完全焦土』。


<シモン・ルードル>
「南アフリカを蹂躙した巨大な火焔こそが、かの地に君臨しているエルゴマンサー『ゴグマ』ではないかと推測されている」
 レオポルト社『騎士団』団長、シモン・ルードルは、SALF宛の映像資料の中でそう言った。かの組織はかねてより、完全焦土の監視や流れ出たナイトメアの対応等を行っていたのである。
「ゴグマの立場および性質は『侵略兵器』と思われる。人間の支配や精神搾取を目的とした他のインソムニア――例えばニジェールインソムニア『フォガラ』や南陽インソムニア『酒池肉林』――と違って、完全焦土にはインソムニアとして最低限の機能しか備わっていない。インソムニアというよりは、ほとんどゴグマの根城と形容した方がいい」

 そう、『超攻撃的』なのだ。2028年から始まった侵略が一段落した後、ゴグマは休眠に入ったと思われる。破滅的な攻撃性を持つ代わりにエネルギー消耗も激しい個体と予想される。
 そんな攻撃性固体が再び目覚めればどうなるか? ――奪還が叶ったばかりのアフリカに、もう一つの焦土が生まれる危険性がある。

「激しい灼熱に包まれた完全焦土は、並大抵の適合者でもシールドがあっという間に燃え尽きてしまう。だが……ライセンサーが熟練した今ならば、そこに立ち入ることができるだろう。
 ……口惜しいことではあるが、我々騎士団のみでは戦力不足だ。そこでSALFに協力を仰ぎたい。まずは完全焦土の調査、ゴグマの情報収集。アフリカ完全奪還の為にも、我々騎士団は諸君への協力を惜しまないつもりだ」
 そう言って、シモンはカメラの向こうの君達に、騎士団を代表して一礼を捧げた。




ザルバ

<ゴグマ>
『起きろ、ゴグマ』

 完全焦土深奥、燃え滾る溶岩の中、眠り続ける怪物は声を聴いた。強いて人間の概念で説明するならば、それはテレパシーの類であった。
 かくして『ゴグマ』は緩やかに意識を覚醒される。
『ザルバ? どうした』
『起きろ。私のところへ来い』
『戦うのか?』
『お前にできることはそれ以外にあるまい』
『そうだよ。そして君は戦いが一番苦手だ。すごいよねぇ、僕らの中で一番弱い君が司令官なんて……僕が寝てる間、ディードにいぢめられなかった?』
『ディードは死んだ。それを殺した存在との戦いが控えている』
『ああ……そうなんだ』
『コアはそちらで捕食して力を補うといい。もともとお前の再起動用のモノだ』
『わかった。まだちょっと眠たいけどがんばるよ』
 ゴグマは身を起こした。ナイトメア種の中では規格外めいた巨体は、それだけでまるで火山噴火のように周囲を赤々と染め上げる。
『道中になんか居たらどうしたらいい?』
『好きにしろ。ただ道草を食いすぎるなよ』
『了解』
 そう答えた怪物は、移動用にその身を『人間』と類似した形態へと擬態させる。確かニンゲンってこんなんだっけ、と地球上で見た兵士のうろ覚えの再現だった。
 そして彼方の空を見やって――怪物は火焔を纏い、飛び上がる。

『了』
(執筆:ガンマ
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)


 確認こそしたものの、分かってはいたことだ。
 降伏を促そうと、彼らは決して肯くことはしない。
 大凡、予想出来ていたこともある。
 撤退することを告げたとしても、別の場所でナイトメアが種の目的を成そうとするのであれば、彼らの総意はそれを認めることもしない、と。

 自分の中に僅かに在る『クライン』の残滓が、それを告げていた。


「どこに行っていた、クライン」
 オリジナル・インソムニアに帰還したクラインを、フォン・ヘスが睨みつける。
 こういう時のポーカーフェイスは得意だ。意図を探られぬように自然と、しれっと答える。
「アフリカの様子を伺ってくる、と言ったはずですが?」
「オーストリア方面にお前の気配があったのは何だ?」
 ニュートラリダのおかげでフォン・ヘスの接近に気づくことは出来たけれども、まだいくらか距離があったらしく具体的な位置までは悟られていないようだった。オーストリアとだけ分かっているのも、ある意味都合がいい。
「テルミナスが目をかけているレヴェルが、以前SALFに拘束されていたはずです。道中、簡単に回収できそうならついでに回収しておこうと思ったのですが、流石に厳重に拘束しているようです」
 破壊して助け出すのはテルミナスの意に沿わないし、何よりうっかり殺してしまう可能性もあるのでやめたのだと小さく肩を竦める。
 この理屈なら同じ場所にテルミナスの気配を感じられていても不自然ではないし、思念体であるニュートラリダは『本体』より遥かに力が弱い為それほど距離があっては気づかれないだろう。ただのナイトメアも同様だ。
 更に言えばあえて帰還を遅らせたのは、カルディエ・アーレンス回収を諦めた後に本題であるアフリカ視察を行ったという名目を作る為だった。
「あの後アフリカに向かいましたが……ゴグマが目を覚ましそうですね」
「お前が発ったすぐ後だったか、ザルバ様が命令を下したからな」
 クラインの説明に一応は納得がいったのか、フォン・ヘスはふん、と鼻を鳴らす。
「テルミナスはどうした。気配は一緒だったはずだ」
「オーストリアでは一緒でしたが、その後は別れました。今は人類救済政府のアジトにいるはずです」
 紛うことなき事実であるけれども、フォン・ヘスは露骨に不愉快そうな表情を浮かべた。
「レヴェルに、人類救済政府、か。関係ない。ナイトメアに楯突くどころか反攻を試みるモノなど、もはや『食糧』ですらないゴミだ。まとめて消してしまえばいい」

 ――怯え。
 人類を抹殺しようとするナイトメアの心理的根拠をライセンサーたちはそう例えた。ニュートラリダさえも認めざるを得なかったその説は、フォン・ヘスも当てはまっている。ただ、それを彼が認めることは決してないだろう。
 故に今も簡単に抹殺のことを口にする彼を、クラインは少しだけ哀れに思った。


 人類救済政府のアジトに戻ったテルミナスは、すぐに次の行動に移っていた。
 といっても、対話の延長の為である。あのぎすぎすした感じのまま、しかも中断といった形で終わるのは、仮にクラインやニュートラリダが良くても自分にとっては良くない。
 抹殺、抵抗、撤退、降伏。
 どの形になるにしろ、『決着』がつかなければ、自分にとっての理想をどうするかの踏ん切りもつかないのだ。
 とはいえ、フォン・ヘスが一度動いた以上、自分自身で再度目立ったアクションを起こす危険性くらいは頭のよくないテルミナスでも分かる。
「この文書をウィーン支部に投じてください」
 故に、人類救済政府の構成員を利用した。

 構成員によりウィーン支部に郵送された文書には『対話を再開できる状況は維持したい』という彼女の意思が記されていた。

『仮に最終的に決裂するにしても、あのままで終わってはいけません』
『これは今の所根拠のない予想でしかないのですが、全く分かり合えないわけではないと思います』
『それが正しいかどうかは、わたしではなくクライン様が判断することだ、とも。その判断をするための時間が、もう少しだけ必要だと感じているのです』


 ザルバを含めた三人の中で、フォン・ヘスは最も地球人類を評価していない。彼の今の姿は地球で得たものではなく、別の次元のよく似た姿の種のものである。
 かの種はフォン・ヘスの『お気に入り』だった。というのも、結局は『食糧』でしかなかったものの、他の種を支配しようとしていたからだ。今のフォン・ヘスが戦闘時に行う魔術的な攻撃のベースとなる能力を持っていただけあり、そういった方針に至るだけの力は持っていた。他者に対してだいぶ攻撃的であった点に関しては地球人類と異なる、というのはクラインだけでなくザルバも言っていたことだ。
 故に、『お気に入り』である一番の理由は、自分たちが支配される側に回ったと知った時の絶望感に満ちた表情なのだろう。あれを見た時のフォン・ヘスの愉悦に満ちた様子を、クラインは今も覚えている。
 クラインは、といえば、彼らのその様子には特に何の感慨も抱かなかった。思ったのは、「この種でもなかったか」という『答え』に到れなかった無念さくらいのものだ。
 そうやって享楽的に愉しむきらいのあるフォン・ヘスと、事務的に行動を起こすクラインとで対立すること自体は、何も今回が初めてのことではない。
 ただこれまでは、『種の目的の達成の為』という共通した方針があったので最終的には丸く収まった。
 今回はそれがズレている。クラインがズレたのではなく、フォン・ヘスが自覚なくズレた。
 そのはずなのだけれども、ニュートラリダ以外のオリジナル・ナイトメアの意見もそちらに寄ってしまったのが問題で、結果クラインは孤立しつつある。
 こうなるとナイトメアの中の問題を収めるには、人類に態度を改めてもらうしかない。
 そう思っていたし、今もそれが解決に至る一番ラクな方法であると考えているけれども、一方でもうひとつの可能性を感じ始めてもいた。
 その可能性の正体を、クラインもまだ掴みかねていたけれど。


(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)


 オリジナル・インソムニアの一室。
 自身のプライベート・スペースとして割り当てられたその広大な空間で、フォン・ヘスは昏い笑みを浮かべた。

「見つけたぞ」

 彼の目の前の壁に備え付けられている巨大なモニターには、昨今のナイトメアと人類の戦いの戦況や戦力分布などの各種データが所狭しと表示されている。
 つい最近まで、こんなものに用はなかった。わざわざ集めなくても、結果は分かりきっていたはずだからだ。
 多少人類が踏ん張ろうとも、ナイトメアが少し本気を出せば一捻りである。
 そう思っていた。

 そんなフォン・ヘスでも、流石にこれまでのままではいけないという自覚はある。
 この星の人類は知的生命体としての能力が一定以上ある、とザルバが評価した。だから『食糧』としてのさらなる成熟を待っていたのだけれども、それに伴ってあまりに反抗心が強くなりすぎた。
 その証左が、先のインベーダーとの戦いだ。
 人類は、間違いなくあの一件で『自信』を持った。フォン・ヘスからすれば過信だと思うのだけれども、今後よりナイトメアに対して反攻に徹してくることは、これまでの傾向からしても目に見える話だ。
 はっきり言って不快感しかなかった。
 『食糧』は『食糧』のまま成長し、然るべきときに絶望に苛まれたまま捕食されれば良かったのだ。
 それがどうだ、『食糧』というカテゴライズから外れようとしてきた、無駄だったはずの努力の結果が少しずつ実を結び始めている。
 否、どのみち彼らはもう『食糧』と呼ぶに相応しくない。
 下等種にも関わらずナイトメアの尊厳を貶めようとしている、抹殺の対象だ。

 ならば、もはや成熟を待つなどという悠長なことをするつもりはない。
 行動のヒントは、奇しくも以前にクラインが示していた。ナイトメアの進攻を囮に、その阻止行動から帰還していくライセンサーたちの帰り着く先――グロリアスベースの位置の割り出し。
 本来ならば、そんな回りくどい手順を踏まずとも割り出しは可能なのだ。ただフォン・ヘスだけでなくクラインも、あの頃はまだどこかで人類を侮っている節があった。だから『本気を出す』という――オリジナル・インソムニアの設備を利用するという発想に至ることが出来なかった。
 フォン・ヘスが今やっていることは、つまりは『そういうこと』だ。ザルバの承諾も得ている。
 クラインには話していない。内容自体は話して問題ないのだけれども、"ホーム"から戻ってきてからすぐに彼女が視察に向かってしまった為にタイミングを逸していたし、何より撤退を進言していた彼女に話したところで苦言を呈され、お互いに余計に不快感を味わうのは目に見えている。
 まぁ、いい。
 これでグロリアスベースに――SALFに打撃を与えることができれば、撤退という日和った考えも改めるだろう。
 別にそれでクラインに対してアドを取ろうなどという考えはないけれども、彼女に今一度『ナイトメアとはどういった存在か』を自覚させるいい機会にもなる。

 ニュートラリダの言う『怯え』を自覚せず、また自らの発想こそ本来のナイトメアからズレてきていることにも気づかぬままに、フォン・ヘスは命令を下す。

 ――海上を移動するグロリアスベースを襲撃せよ。


「本気を出せばこれくらいはやれる、ということか……!」
 突如として入ったグロリアスベース襲撃の報に、エディウス・ベルナーは歯噛みする。
 以前にも襲撃されたことはあったけれども、それはグロリアスベースがニューヨーク近郊に停泊していたことに加え、事前にヨーロッパ襲撃という『囮』により位置の割り出しをされていたことが大きい。
 今回はその両方がない。ベースは今も海上を移動中だし、特に他にベースから戦力を引っ張らざるを得なくなるようなナイトメアによる進攻があったわけでもない。
 心当たりは一つだけある。
「まさか……」
 ウィーンにて執り行われた先日の対話の報告はすでに受けている。

『我々はもう、どちらかが滅ぶまで戦う他に、道はないようですね』

 対話の最後に放たれたという、クラインの言葉を思い出す。
 彼女の現在の考えがあの言葉通りだとすると、以前のように回りくどい手段を取らずともベースを狙えるなら狙ってくるだろう。
 ――と思っていたのだけれども。
 軍勢を率いているのは、フォン・ヘスだった。といっても当人は後方に座しており、自分で攻撃する気があるかどうかは現時点では分からないけれども。

 予想とは違っていたけれども、まるで予想できなかったものではない。むしろ対話直前までの状況を考えるとこちらの方が自然ですらある。
 人類をもはや『食糧』ではなく『抹殺対象』として見ている彼ならば、積極的にベースの位置を割り出して襲撃をかけてくる可能性は十二分にあった。それがこうして実現してしまったわけだ。

 他にもエルゴマンサーらしき影もいくつかあるけれども、今後の反攻、オリジナル・インソムニア破壊に向けても今ここでグロリアスベースに何かあってはならない。
 エディウスはすぐに、ベース全体へと指令を下した。

 ――グロリアスベースを防衛せよ。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)


「やっと帰ったか……」
 執務机の椅子に深くもたれかかり、エディウス・ベルナーは一つ溜め息を吐く。
 多少の被害こそ出たものの、ナイトメアの目論見通りにはさせなかった。フォン・ヘスは結局終始自ら動くことはなかったけれども、クラインから聴いた様子だときっと今頃苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
 事後処理についてある程度指示を出したところで、思いの外早く次の動きが起こった。
「どうやら上手いことやったようだな」
「!!」

<ニュートラリダ>
 声が聞こえたかと思うと、目の前にオリジナル・ナイトメア――少女の姿を持つニュートラリダが現れた。
「心臓に悪い現れ方はやめてくれ……」
「どうせ通行証も出ないだろう? 慣れてもらうしかあるまい」
 本当にビックリした。
 思わず胸を抑えるエディウスに対し、悪戯っぽい笑みを浮かべながら肩を竦めるニュートラリダ。どうやらこれは対話の時に居たただの『端末』ではなく、彼女の情緒面も兼ね備えた思念体としての本体であるようだ。
 実際、友好的とはいえナイトメアに通行用の認証を通らせるのも気がひけるので、慣れるしか、というのは彼女の言う通りである。
「早速だが、クラインからメッセージを預かっている」
「オリジナル・ナイトメアを使い走りにしたのか……」
「むしろ我が『伝えたいことがあるなら言え』と言ったのだ。流石に今あいつやテルミナスが直接ここに来るわけにはいかないのは我にだって分かる」
「それもそうだが……それで、一体何を?」
 尋ねると、ニュートラリダは真顔になって口を開いた。
「『私はこの世界をキープしたいと考えています』」


 グロリアスベースへフォン・ヘスが差し向けた軍勢を退けた、ということは、わざわざ報告を聞かずとも帰還したフォン・ヘスが明らかに機嫌が悪くなっているのを見ればクラインには分かった。
 自分とテルミナスがグロリアスベースに行ったときと同じだ。いや、あの時よりも更に多くの戦力を向かわせているはずで、それを処理しきったのはライセンサーたちの戦闘能力……だけでなく、勇敢さと知略をも駆使した結果だろう。
 ――対話の時にはああ言ったものの、やはりこのまま敵対するのは惜しい。
 というか、もし彼らが『進化の答え』なのだとしたら、むしろ敵対する必要性がなくなるのではないか?
 それを証明するにはどうしたらいいか……。
 テルミナスとも相談して出した答えが、これだった。


クライン
『私はこの世界をキープしたいと考えています。
 地球以外の様々な世界をもっと旅して、異世界をもう一巡してきた時に、この地球がナイトメアの『答え』なのかどうか確かめたいのです。もちろん、先日ライセンサーも言っていましたがその合間に捕食するようではそちらにとっては意味がないと思うので、その旅の合間は捕食をするのを避けましょう。
 そして、もし貴方たちがナイトメアの望む『進化の答え』なのだとしたら、クラインという人間と一つになった時点で私、つまり”クライン”というナイトメアは最終進化を終えていることになります。それなら、もはや人類と敵対する必要性、すなわち捕食を行う必要性もなくなります』


「これから捕食はしないとして、これまでのことはどうなると考えているのか……」
「『共存出来ない』という考え自体は変わっていないし、万一詫びたところでどうにかなる問題でもない。お前たちが最終進化だとしたら、他のナイトメアは兎も角クラインはそのまま『捕食をしないナイトメア』として世界を巡り生きていくつもりなのだろう」
 エディウスの呟きに対し、一度メッセージの伝達を打ち切ったニュートラリダがそんな答えを返す。
「まだ続きがあるぞ、ええと……」

『貴方たちに味方するわけではありませんが、私はこれから”ホーム”に渡り、この可能性についてオリジナル・ナイトメアに改めて直訴します。私一人の力では行くことも出来ず、ザルバ様の協力を仰ぐことも出来ないでしょうが……すでにニュートラリダ様に連れて行っていただくことで話はついています。
 ただ、その合間にもザルバ様やフォン・ヘス、そしてあの方たちがナイトメアを呼び出すでしょう。その軍勢はなんとか凌いでほしいのです』

「……クラインからの伝言は以上だが、テルミナスとも相談したと言っていたな。アレからのメッセージは……ウィーン支部に行ったはずだ」
「なんで支部に……と思ったが、そうか、あそこには『アレ』がいるからか……」
 一瞬で思考を切り替えたエディウスは急いでウィーン支部に連絡を取り、支部に本当に届いていた文書の内容を転送してもらう。
 そこには、『テルミナス個人はSALFと共闘する』旨の宣言が記載されていた。

『わたしにとって人類が滅ぼされるのは本当に困るのです。
 人類がより高い次元に……という理想自体が果たされないのも悔しい話ですが、もし滅ぼされてはそんなわたしに付き従ってくれている方々にも申し訳がないのです。そうなるくらいならば、たとえ一度自分が出し抜かれた相手だとしても、人類を護る為に共闘する方を選択します』

「まさかの相手から『共闘宣言』とはな……」
 エディウスは少し遠い目をする。テルミナスが一番忌々しく思っているであろうエディウスが率いるSALFと共闘するというのは、理想と現実を天秤に測った結果とはいえ、心境としては複雑なものがあるだろう。
 ちなみに人類救済政府は、組織ごと共闘宣言するとそれこそ逆に『消される』可能性があるので、ひとまず旧来通りの動きを維持する。
 そういった記載を見て、エディウスは一つある決断を固めた。

 文書の転送から数時間後。
 ウィーン支部で通常業務を行っていた事務局長――オフィリア・アーレンスは本部からの返信に記載された一文に目を見開く。
『現在支部で勾留中の人類救済政府参謀、カルディエ・アーレンスの身柄については、勾留をとき軟禁とする。然るべき住居を用意した後移送を行うこと』


「この後”ホーム”に向かうのか?」
「そうだ。次にこの姿でこの星に来られるかどうかは正直我にも分からぬ。ただ、堪能させてはもらったぞ」
 そう言うニュートラリダの表情は少し寂しげだったけれども、すぐに真顔になる。
「おそらく、クラインの言う『呼び出すナイトメア』は、この星で生み出したものではなく――”ホーム”由来のものを文字通り呼び出したものになるだろう。オリジナル・インソムニアにはもうそう出来るだけの機能が備わっているようだ。この間はこのベースのみだったが、今度は世界各地を狙ってくるだろうな」
「どうしてそう思う?」
「一箇所を叩くばかりでは他で対処する術が研究されてしまうからだ。そうやってバランスを取っていかないと叩きのめせない相手だと考えていかなければナイトメアが人類を本当に滅ぼすことは出来ぬ、と我は思う」
 逆に言えば――そう予測がついてしまえば、世界各地の支部に警告を出しておくことは容易い。その意味合いもあり、彼女はエディウスに態々己の考えも伝えるためにここに来たのだろう。

「さらばだ。もう会うかもわからんがな」

 そう言ってニュートラリダが姿を消すのを、エディウスは黙って見守っていた。

 ――数日後。
 ニュートラリダの予想通り、世界各地で未確認とされるナイトメアの大量出現が報告された。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)


 ナイトメアの”ホーム”――。
 手筈通りニュートラリダの手により単独でこの場所に来ることに成功したクラインは、再びオリジナル・ナイトメアの面々を前に傅いていた。
『ザルバとフォン・ヘスはどうした』

クライン
「ザルバ様は今、地球の人類に直接対峙することになっており此方へ来ることが難しい状況です。フォン・ヘスは先日の様子でお分かりかもしれませんが、少々常の冷静さを欠いている部分が見受けられる為、ザルバ様の助けを受け私が一人で赴いた次第です」
 ザルバの現在の所在に関しても、強ち嘘は言っていない。もしかしたらもう事は済んでいるかもしれないけれども、クラインが”ホーム”に移動した頃、彼はサンクトペテルブルクを火の海にしてライセンサーたちを待っていた筈だ。
『して、何故再度訪れたのだ?』
 先ほどとは別のオリジナルが、訝しげに問いかける。
 クラインは平時の冷静な表情を保ってはいたけれども、その実、非常に緊張していた。奇しくも人間がそうである時と同様に、喉の乾きや背中に冷たい汗が伝う感覚を味わう程に。
 それでも何とか、言葉を絞り出す。
「フォン・ヘスが率先して行おうとしている人類の抹殺を、皆様のお言葉で止めていただければとお願いに参りました」
 クラインは自らその言葉を発した瞬間、漂う空気の質が一変したような気がした。
 それでも主張を続ける。
「私は彼ら地球人類こそ、我らナイトメアの至上目的である『進化の答え』ではないかと考えています。彼らは個々ではそこまで大きな力は持ちませんが、それを補って余りある程の勇敢さと知恵を持ち合わせている。それらを以てしてディードを打倒したことが彼らが『答え』である証左ではないでしょうか」
『ディードの件に関しては、お前たちも一枚噛んでいたのではなかったか?』
「我々は露払いこそしましたが、ディード自身には手を出していません。いえ、正確に言えば我々が手を出すまでもなく彼らが決着をつけてしまいました。この点に関しては、ザルバ様もフォン・ヘスも同じことを言う筈です」
 クラインの主張が一旦終わり、場に沈黙が流れる。
 もう少し言葉を重ねる必要があるか、とクラインが考えた矢先、オリジナルのうちの一体が言い放った。
『だが、それ故に危険なのだ』
「……!」
 ずっと視線を下ろしていたクラインは、思わず顔を上げる。
『ディードを倒した。それは素晴らしい素質であると言えよう。だが、そのような因子を生かし続けるのは、ナイトメアという種そのものにとって危険である。抹殺・排除という選択もやむを得まい』
『クライン。お前が不在だったという間に、実はザルバとフォン・ヘスは二人で一度ここを訪れている』
 知らされていなかった事実を聞き、クラインは目を僅かに見開いた。
「それはまさか」
『そうだ。フォン・ヘスの意を汲み、ザルバも地球人類の抹殺に踏み切った。我々も特に強く反対する理由はなく、お前が今従うべきはザルバの意である。ここを去り、ザルバの右腕として奴を支援しろ』
 実質的に、クラインの陳情を拒否する命令。クラインは歯噛みしかけたけれども――
『少し待った』
 別のオリジナルの声が割って入った。真なる『本体』の姿になっても名残のある、ニュートラリダの声だ。
『そこまで能力の高い種であるなら、ザルバたちを相手にしても倒してしまうのではないか? それでもしオリジナル・インソムニアも破壊しようものなら、こことの往来方法も失われ、どのみちそう簡単には手を出せなくなる。そうなるとクラインの言うことに我々も見向きをせざるを得なくなるのではないか?』
『ならばどうしろというのだ』
『ナイトメアが種として地球人類をどう見做すかは、今まさにかの星で起こっている事の顛末次第ではないか、と言っているのだ。ザルバが勝てば滅びるだろうし、人類が打ち勝つようならクラインの主張も筋が通ると我は考えるが、どうか?』
 助け舟を受け、クラインは緊張を解すように少しずつ息を吐く。
 実際問題、もしザルバに勝った上でオリジナル・インソムニアを残したとしても、人類がそこから”ホーム”に至る事はできない。地球に関わるナイトメアの中でそれを実現させるだけの能力があるのはザルバとニュートラリダだけだけれども、人類に好意的な印象を抱いているらしい後者は彼らが”ホーム”に来ることを善しとはしないだろう。流石にオリジナル・ナイトメア相手の戦闘となると分が悪すぎる。
 こうなったらニュートラリダが言う通り、『お互いが手を出せない状況に持ち込ませる』ことにより、人類の『進化の答え』としての可能性を認めさせるしかない――。
 オリジナル・ナイトメアたちが話し合いを始めるのを見上げながら、クラインは祈るようにそう考えるしかなかった。

 話し合いは地球時間にして数分で終わったものの、クラインにはひどく長く感じられた。
 やがてオリジナルのうちの一体が、厳かに言い放つ。
『ニュートラリダの言い分も尤もである。もし、地球人類がザルバに打ち勝つようなことがあれば、我々は彼らと、その身体を既に手に入れているお前を『進化の答え』と見做すことも考えよう』
『我々自身はこの戦局には関わらないことを決定した。どのみち我々が直接干渉するにはまだゲートの開き具合が足りぬ。開くのを待て、というのは両者ともにあり得まい』
『だが、ザルバの要請もある。送り込める戦力はゲートを通じて引き続き地球に送り込む。それらを含め打ち勝てるものなら認めざるを得まい。それでいいな、クライン?』
「――委細、承知いたしました。そちらで構いません。ご判断に感謝致します」
 再び傅きながら、クラインは心の中でもう一つ感謝を述べる。
 相手はもちろん、ニュートラリダだ。彼女の横槍がなければ今頃何も納得できないまま送り返されているところだった。うまいこと、彼女自身が地球に行っていたことを隠しながら話の方向性を逸してくれた。
 立ち上がり、退去のために振り返った時――人間の表情が物理的に存在しない『本体』であるにも関わらず、彼女が悪戯っぽい笑みを浮かべているのが見えたような気がした。


 ”ホーム”に来ることは限られた者しか出来ないが、出ることは誰でも出来る。
 人知れずニュートラリダが作った『穴』を経由し地球に戻ったクラインは、すぐ側に鎮座している少女に話しかけた。

 数刻後、少女の姿はSALF本部のエディウス・ベルナーの執務室にあった。

エディウス・ベルナー

<ニュートラリダ>
「帰ったのではなかったのか?」
 驚きとともに尋ねるエディウス。
「今ここにいる我は、事務的に限られた処理を行う端末に過ぎぬ。『本体』のような知識は最低限以上持っておらず、必要以上の作業を行うこともない。足が付かずに地球に残せるのはこれが限界だった」
 そう言うニュートラリダ――の思念体の姿のモノの口ぶりは、確かに非常に事務的で冷たかった。クラインより冷たい感じさえする。
「クラインからの伝言である。”ホーム”での説得には失敗したが、お前たちがもしもザルバに打ち勝ち、オリジナル・インソムニアを破壊するようなことがあれば、”ホーム”の側も地球にはそう簡単に手出しできない。そうすることで、『進化の答え』である可能性を認めさせることなら出来るだろう」
「なるほど……ところでそのクライン自身はどうした?」
「詳しい座標は我も把握していないが、オリジナル・インソムニアには居ない。あそこから”ホーム”に行ったのではザルバやフォン・ヘスにすぐに勘付かれてしまうのでな。現在は一時身を隠している」
「そうか……」
 エディウスは少し考えるように顎に手を当ててから、もう片方の手で上がってきた報告書に目を通す。
 ”ホーム”由来のナイトメアをはじめ、敵性のナイトメアが続々と打倒されているという報告。一方で、少なくともテルミナスと考えを同じくする――つまりナイトメアでありながら人類に与する存在も現れ始めているという情報も入ってきている。
 また、ナイトメアのことを考慮するのもどうかと思うけれども、時間が経てば独断で”ホーム”に赴いたというクラインの立場も危うくなっていくだろう。
 そういった状況を踏まえると、今しかない。どのみち、”ホーム”からの侵攻は止めなければならないのだ。

 そのやり取りから数時間後、グロリアスベース中に、その放送は流された。
『本部に居る全てのライセンサーと職員に告げる』
『長い間、我々はナイトメアによって苦しめられてきた。多くの犠牲を出してなお、先が見いだせぬ時期もあった』
『だが、今は違う。多くの地域でインソムニアを破壊し、人々の自由を取り戻してきた。我々はもう決して無力ではなく、ついにナイトメアの司令官であるザルバでさえも我々の反撃を無視できなくなった』

『先立って行われたナイトメアによる進撃も跳ね除けた今こそが機だ。グロリアスベースはこれから北欧に向け進路を取り、前線へ向かうライセンサーたちを全力で援護する』

『作戦目標は――ザルバの打倒及びオリジナル・インソムニアの破壊である!』


 少し前にフォン・ヘスがグロリアスベースに軍勢を差し向けたあたりから、ベースはもはや姿を隠すような動きをすることもなく――ついに、北欧に進路を取り始めていた。
 故に、ザルバたちオリジナル・インソムニアを拠点とするナイトメアにも人類がついに標的を本丸に定めたことを容易に察することが出来た。

「お前たちにも最後のチャンスをやろう。防衛線に赴き、人類を返り討ちにしろ」
 ザルバがそう命令を下したのは、ボマー、ヘクター、そしてラディスラヴァ――インベーダーが来襲したときこそ人類と実質共闘の体を取ったものの、本来は今でも敵対しているエルゴマンサーたちだった。
 司令官はその中でもラディスラヴァに厳しい視線を向ける。
「ラディスラヴァ。お前はまだ人類を相手にまるで本気を出していないな? もうそう言っていられる頃合いでないのはとうに分かっているだろう。――『真の姿』を顕せ」
「――分かりました。ザルバ様がそう仰るのなら、全力をもって排除に当たりましょう」
 平時の余裕めいた笑みを浮かべるラディスラヴァ。実際のところ緊張はしているはずなのだけれども、『ザルバの直接の命令を受けた』為にそうは見えないようにしているのだろう。これがうまくいけば、エルゴマンサーとしての失敗を取り戻して余りある。
 そもそも人の形すら持っていないボマーに関しては表情なんてものはない。ただ、ナイトメアとしてより上位に与えられた命令を忠実に遂行する、というのはずっと前から変わっていないし、今回もそうだろう。

ヘクター
 一方で、ヘクターは憮然とした表情だ。常にしかめっ面を浮かべているので分かりにくいけれども、実はこのザルバの判断に微妙に納得がいっていない。
 人類が敵であることは間違いないにせよ、こんなやり方じゃまるで噛ませ犬になるようなものだ。ならないように最大限に努力する、というのが目標になるのが正直癪だった。とはいえ、逆らえはしないのだけれども。

 エルゴマンサーたちが前線へ赴くのを見送ったザルバは、表情に僅かに苛立ちの色を浮かべた。
「この大事な局面で、クラインはどこで何をしている」
 サンクトペテルブルクで圧倒的な力を見せつけたザルバに今ある唯一の不安は、この局面で行方が知れないクラインの存在だった。
 今に限った話ではなく、ここ最近クラインはザルバにも行先を報せずに単独行動を取ることが多い。
 ふと、最近の彼女の言動を思い出す。フォン・ヘスと、この星から撤退をするか人類を抹殺するか軽く言い争い担っていたときのことを――。
「……もしや、この局面にも参加せず一人で逃げ果せようというのか?」
「或いは、人類に与するのかもしれませんな。本人は兎も角、少なくともアレを強く慕っているテルミナスにはその気がある」
 もう一つの可能性を指摘したのは、傍らに立つフォン・ヘスだ。冷静な発言の一方、表情はかつての余裕漂う彼からは想像もつかないほどに鬼気迫っており、笑みも浮かべていない。
「もし本当にそうなら、アレももはや我らの同胞ではありません。処分対象です」
 瞳の奥に暗い光を湛えながら、フォン・ヘスはそう言った。


 オリジナル・インソムニアの周辺に貼られた防衛線の少し内側にある小高い丘の上に、ラディスラヴァたちは陣取っていた。
 オリジナル・インソムニアのリジェクション・フィールドは幾重にも張られている。レイクサムナーの時同様、インソムニアへの侵入はEXISを直接携帯している生身でなければ難しいことはすぐに人類も気づくだろう。
 また、北欧という土地柄リジェクション・フィールドが北大西洋にもまたがっている。海の中にもフィールドはあるし、それを抜けたところで海中にも海上にも迎撃体制は整えられており、実質的に侵入経路は陸路、しかもごく限られたルートのみだ。エルゴマンサーたちが陣取ったのは、まさにその限られたルートで必ず通る地域である。
「本当は好きじゃないんだけどねえ……ザルバ様が言うなら仕方がないわ」
 ラディスラヴァはそう呟いて、目を瞑る。
 すると、彼女の身体が一瞬にして数倍に膨れ上がった。かと思えば全身が白くなり、人の手足や頭といった形作りもなくなって、巨大な幼虫のような形状になる。幼虫と異なるのは、脚が百足のように全身に生えていることと、顔にあたるといえるであろう部分には無数の目が存在していることだ。
 脚は常に伸縮と肥大化・縮小を繰り返している。人間の姿だった頃のラディスラヴァが時折腕や脚を巨大化かつ収縮させていたのはこれの応用である。
『久しぶりにこの姿になったから、少し慣らすわ』
 口はないはずなのに声が響いた直後、複数の目からそれぞれ別方向の地面に光線が浴びせられた。着弾した地面からは焦げたような匂いと煙が上がる。
「やりたい放題やるといいが、僕にとばっちりがこないようにしてくれよ」
『何なら乗る?』
「断る。……そんな姿の奴に乗りたがる物好きなんて流石にナイトメアにもいねえぞ」
『……そろそろ始まるぞ、いつでも迎え撃てるようにだけはしておけ』
 それまでずっと黙っていたボマーの声掛けを受け、ラディスラヴァもヘクターも正面――防衛線が張られている方角を見据えた。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

▼【DD】第1メインフェーズ

MVP 功績点 負傷者 作戦内容


「もはや奴等では、ライセンサーを消耗させるだけの捨て駒にしかなりませんか」
「端から期待などしていない。やるからには徹底的にやらねばならん。半端に叩いてもすぐに立ち直ろうとするのは、何もここ最近の話だけではない」
 オリジナル・インソムニア内部。
 ザルバとフォン・ヘスは、自らも戦場に繰り出すべく動き出していた。外での戦いの趨勢については、ヘクターが孤立させられたあたりで既にその後を見るまでもなく予想はついていたし、実際その通りになっている。
 フォン・ヘスはフォン・ヘスで軍勢を率いて迎撃に出るが、どのみち全てを相手取ろうとしても掻い潜ってインソムニアに向かおうとする連中はいるだろう。
 それならば、とザルバもまた自ら戦線に立つことにした。故に揃って、今はインソムニア内にあるナイトメアの生成スペースに向かっている。”ホーム”からの援軍を迎え入れるゲートもそこに作ってあるのだ。
 勝機はナイトメアにもまだまだある。ザルバにとっての手札は何もフォン・ヘスだけではない。
「大分攻め込まれているみたいだね」
 ゲートを前にした二人の背後に現れる、一つの赤き影。
 エルゴマンサー・ゴグマ――全身に焔を立ち昇らせたソイツは、この状況においても満面の笑みを浮かべながらザルバに話しかけた。

ゴグマ
「君を守りにきたよ。何せ君が居なくなったら、僕は何のためにこの世界を燃やせば良いのか分からないからね」
「……そうだな。貴様が居るなら人類もそう簡単には前に進めないだろう。目の前の敵全てを燃してしまえ」
 ザルバがそう返すと、フォン・ヘスが不愉快そうに鼻を鳴らした。
 フォン・ヘスもゴグマの実力は理解しているが、自分が突破される前提なのが気に食わないのだろう。……前述の通り、おそらくザルバが自ら手を下す局面は出てくることもまた承知はしているのだが。

 ゴグマが現れたことによりザルバにかかる負担は軽くなり、より多くのナイトメアをフォン・ヘス率いる軍勢に組み込むことが出来た。
 険しい顔をしているフォン・ヘスが何やら怨嗟めいた言葉を呟きながらブリッツクリークに乗り込んで、ライセンサーたちを迎え撃つのに前線へと向かう。
「僕も少し前に行くよ。あまり狭い場所だと暴れにくいしね」
 と言い残し、ゴグマもまたよりライセンサーが来る方角へ向かう。ゴグマ自身の攻撃はザルバの能力の支配下に置かれることによりナイトメアには当たらなくなるが、当たらなくなるようにするのには少しは気を使う。となると、少なくともザルバの直衛くらいはそのことを考慮しなくても良いように距離を多少取ろうというのだ。
 さて、とザルバは肩を竦める。
 リジェクション・フィールドのぎりぎり外側。そこがザルバが戦場と見定めた場所だった。
 フォン・ヘスが去ったあたりのタイミングで、ザルバは不穏な気配がこの近辺に存在していることに気付いていた。はっきりとした『存在』の気配は消されており、不穏さが漂っている程度だったが、それでも分かった。
 そしてその気配の正体にも、大いに心当たりがある。
「……居るのだろう、クライン。それにテルミナスか」
 返答は銃撃によって行われた。
 サイレンサーがついていた為か銃声はなかったが、ザルバの至近にいたマンティスの数体が脳天を打ち砕かれて倒れる。本来であればまとめて塵芥に出来るレベルなのだが、そうはならなかったのは既にナイトメアがザルバの『能力』の支配下にあるからである。
 どこから撃ってきたのかを射角から判断しそちらを見る。すると、二つの影がザルバの前方に降り立った。
 クラインは二丁拳銃を、テルミナスは剣をそれぞれ構える。
「いつからだ?」
「わたしは、”ホーム”から援軍を呼び寄せてまで滅ぼす、と決められた時点です」
 人類の側についたのは、とは付け加えるまでもなかったのだろう。テルミナスがまずそう答えた。
「どうしてですか? どうして滅ぼす必要があるのですか? こんなことにさえならなければ、『進化の答え』を探しているというナイトメアの目的もきっと理解ってもらえて、その上で」
「より高い次元に至る為、という名目のもと、人類をナイトメアに捧げられたというのに、か?」
「……!」
 テルミナスが続けようとした言葉を、微妙にニュアンスを変えながらもザルバが先に放ち、彼女は硬直する。
「貴様の言っている理想とやらは、結局人類に多少都合がいいように言葉を塗り替えただけでやっていることは我々がやろうとしていたこととまるで変わりはしない。現にお前は人類救済政府の首班の『テルミナス』であり、人類であった頃の『テルミナス・フォルトゥナート』とは似て非なるものではないか。いくら記憶だけでなく性格も忠実に『再現』したといってもな」
「……元々のナイトメアの考えでは、全員が全員わたしのようになるとは限らないではないですか」
 何とか言い返してきたテルミナスに対し、ザルバは「そうだな」と鼻を鳴らす。
「ただの餌となるものが殆どだったろう。だが、仮に貴様の理想を叶えることが可能だったとして、一部がそうなるのと全員がそうなるのとで、ナイトメア全体にとって、そして人類にとって、何の違いがあったのだろうな? ナイトメアにとっては多少有用な者が増えようと価値観を揺るがすほどのものでもないし、人類には直接的に拒否されたのだろう? それらが変わると思うのか?」
 テルミナスは歯噛みする。
「……でも、わたしは」
「やめておきなさい、テルミナス」
 なおも反論しようと言葉を探すテルミナスを、クラインが制した。
「貴女の理想が詭弁に過ぎない、と言われている状況に勝る言葉は貴女は持ち合わせていません」
「クライン様……」
「理想はそうですが、貴女には自覚していないだけでまた別の思想があるようです。カルディエ・アーレンスが勾留から解放されたと知った時の自分を思い返しなさい」
 クラインに指摘され、目を見開くテルミナス。ザルバはその様子を眺めながら、
「貴様にはその思想があるというのか?」
 クラインに問う。
 彼女は首を横に振った。
「いいえ。……まだ、という言葉がつくかもしれませんが」

 思考を整理しながら、クラインはいつものように冷ややかな眼差しでザルバを睨みつけた。
「いつから、という話でしたね。私はオリジナル・ナイトメアの皆様ですらもここで人類を滅ぼした場合の今後のナイトメアを『想像』することが出来ないと理解した時です」
『想像』。
 クラインは自分自身も使うことになるとは考えもしなかった言葉を用いて考えを述べた。
「人類の為、とは言いません。彼らも私がそれを言うのは望んではいないでしょう。ですが、ここで人類を滅ぼすのを止めることは、ひいてはナイトメアという種の為になる。だから……」
「二人だけでは私と、『私が率いる手勢』相手には勝てないと知りつつ、立ち向かう、か」
「ええ」
 もっとも、ずっとこの多勢に無勢が続くとはクラインは思っていなかったし、ザルバも確信までは持てずとも予想はしているだろうが。
「ザルバ様――いえ、ザルバ。フォン・ヘスやゴグマがライセンサーにライセンサーに倒されるまでの間、貴方にはここで足を止めてもらいます」
 宣言して、クラインは次なる銃撃を放つ。
 それを合図としてテルミナスが切り込んでいき――戦端は開かれた。


 時間は少しだけ遡る。
 ちょうどSALFが北欧防衛線の戦闘を開始した頃、グロリアスベースのSALF本部にとある連絡が入った。


エディウス・ベルナー

<ニュートラリダ>
「ザルバとフォン・ヘスが自ら出るだけでなく、ゴグマもザルバの護衛につく……だと?」
「そうだ。そこにザルバ本人が『戦いに』出られたら正直ライセンサーでは辛いだろう、ということで、ザルバ本体の足止めはクラインとテルミナスが行うらしい」
 グロリアスベースに留まっていたニュートラリダの端末を経由した、クラインからの連絡。
 エディウスは思わず耳を疑った。
「テルミナスは分かるが……クラインもか?」
「状況からついに『ここは共闘しなければまずい』と腹を括ったようだ。お前たちにはザルバを倒すだけでなくオリジナル・インソムニアを破壊してもらわねば、第二第三のザルバが現れてしまう可能性が高いのでな」
「なるほど……」
「ちなみに、我もほんの少しだけ手助けしてやったぞ、他のオリジナルに気づかれぬ程度にだが」
 端末ならではの無機質な様子を保ったまま、ニュートラリダがそんなことを宣った。
 エディウスが首を傾げていると、研究室から通信が入った。

シヴァレース・ヘッジ

<ペギー>
『どうも奴さんの様子がちょっと変だ』
「どういうことだ?」
 モニターに映し出された訝しげな表情のヘッジに対し、エディウスは尋ねる。ベースも前線に赴くとあって、研究室は今や戦況のモニタリングルームと化していた。
『本気っていう割には、フォン・ヘスが引き連れてくる戦力の数がそんなでもないんだよな……何か策があるのか、と思わせる。いや、あいつ単体でも相当に面倒だが』
『ワタシたちを殲滅しにかかった時の方が多くすら感じるペン』
 モニターの映像に割って入ってきたペギーがそんな感想を口にした。
「何、気にすることはない。我の仕業だ」
「『『は?』』」
 ニュートラリダがさらっと言い放ったことに、異口同音に同じ返事を返す、エディウスとヘッジ、ペギー。
「クラインが説得に来た時、我も仲裁に入ったのだ。その結果として他のオリジナル・ナイトメアが以前の我のように地球に直接介入してくることはなくなったのだが、『力は貸す』と言っていたのでな。我がその状況で何もしないのは不公平だろう? 少し、”ホーム”と地球をつなぐゲートを”ホーム”側から弄ったのだ」
 彼女は相変わらず無表情だが、ここに思念体としての『本体』がいたなら間違いなくドヤ顔をしただろう。
「助かるというか何というか……勝てる見込みは、上がったな」
「だが、これが決定打にはなるまい。結局フォン・ヘスに勝てるかどうかはライセンサー次第である」


 フォン・ヘスはこのタイミングになり、再び愉悦に浸ろうとしていた。
 もはや人類は食糧ではなく、ナイトメアに楯突くどころか越えようとする精神性を持ったゴミだ。ゴミを圧倒的な力を持って潰すのだから、これが快楽と言わず何と言えよう。

 以前のように手加減をする必要もない。
 潰せ。
 殺せ。
 無に帰せ。
 そこまでやれば、ザルバは満足するだろうし、クラインは己の短慮を後悔するだろう。
 そうだ。ナイトメアの一幹部であるにも関わらずそんな思考をするクラインなど、実際のところナイトメアとして劣っているのではなかろうか。
 そんな奴をいつまでも幹部に据えておく必要もあるまい。
 この戦いが終わったら、奴が泣いて命乞いをしようと処分しよう。ザルバの側近は自分ひとりで十分だ。
 いや……そもそも、ザルバにさえ従う必要はあったのだろうか?
 そんなことまで考えてしまうが、ひとまずそれはおいておく。
 遠くにアサルトコアの姿が無数に見えてきたからだ。

「一匹残らず潰してやるぞ……ナイトメアに抗おうとしたことを後悔するがいいッ!! ハハハハハハッ!!」
 哄笑とともに、彼は空中に描き出した陣から攻撃を放った。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

▼【DD】第2メインフェーズ

MVP 功績点 負傷者 作戦内容

●lost rules
 自分でも、何故そうしようと思ったのか分からない。他に出来ることはあったのかもしれない。
 ただ気づけばキャリアーから身を躍らせていた。
 あのまま死なせてはならない。
 そう思ったのだ。ただそれだけだ。

 駆ける最中、先に焼き殺されてしまった、自分を一番慕っていた部下のことが脳裏に過る。
 ザルバが指摘した通り、たとえ彼女が生き長らえた上で勝ったとて、彼女が今まで理想としていたものが叶えられる日はきっと来なかったろう。
 ――今までの理想のままなら、だけれども。
 自覚せぬまま感情と理屈に矛盾を抱え続けていた彼女だったけれど、時折、本来のナイトメアにはない筈のゆらぎが垣間見えていた。人類救済政府のメンバーに関することになると特にそれが顕著だった。
 人としての、情。
 それを彼女自身がもっと早く自覚していたら、或いは……。
 そこまで考えて、二つのことに気づく。
 一つは、自覚していたとしても、ゴグマが彼女を殺すという結末に変わりはしなかったであろうこと。
 もう一つは――今自分を突き動かしているこの情動も、ナイトメアの生存論理から大きく異なるものであること。
 これは生前の体の持ち主のものではない。
 人類の価値がどうこうなんていう打算ですらない。
 紛れもなく、自分の『意思』だ。

 ……何てことを。
 今更『これ』を得たところで、もう取り返しなどつかないというのに。

 唇を強く噛みしめる。
 口端から血が滲み、既に流れた血の流れと混ざり合う。

 なれば、出来ることは唯一つ。
 絶対に死なせてはならない。
 もう誰も死なせない。
 愚直で間違いながらも人類に寄り添おうとした、彼女の為にも。

●lost hope
 フォン・ヘスの死亡。
 インソムニア・コアの破壊に伴うオリジナル・インソムニアの機能停止。
 そして――ザルバとゴグマとの戦闘からの実質的な敗走と、テルミナスの死亡。

 様々な報告が一挙に入り込み、エディウス・ベルナーは若干混乱した結果、最終的に険しい表情になる。
 最優先事項のうち一つは果たされた。だがもう一方が、うまくいかなさすぎた。
 その背に攻撃を受けながら、殿を務めたライセンサーを救助したクラインも、辛うじて生きてはいるが意識を失っている。仮に回復したとしても、とても戦闘に参加できる状態にはないという。
 それでも、敗れたばかりだとしても、やるしかない。
 インソムニアはもう使い物にならない。こちらの戦力も、より多くをザルバにぶつけられる。
 エネルギー補填の為に帰投したレヴィアタンも、もう少しで再度出撃できる。そうなるとイマジナリーフレアで援護することだって出来る。
 そう。残している大きなタスクはたった一つだけなのだ。

 ――その筈だったのに。

『オリジナル・インソムニアから膨大なエネルギー反応を検出、更に増大しています!』
 唐突な報告に、エディウスは面食らう。
 その時、どこからか声が響いた。
『ライセンサー、そしてグロリアスベースに居るであろうSALFの者よ』
 今に至るまでずっと冷徹さを保ち続けている、ナイトメア司令官の声。
『私はこれから、オリジナル・インソムニアに残っていたエネルギーを以てグロリアスベースへと攻撃を行う。既に準備は私の手を離れた。私がこの先何の指示を下さなくとも、この攻撃はSALFの本部へと牙を剥くであろう。その威力規模は推定だが、かつてサンクトペテルブルクを襲ったエンピレオの砲撃を凌ぐ』
 声は、少しの間を置いてから再び荘厳な響きの宣言を再開する。
『オリジナル・インソムニアのコアは確かに破壊された。それについては見事だったと言えよう。しかし、我々はまだ敗北したわけではない。インソムニアが一つでも残っている限り、またそこを強化すれば"ホーム"への道筋を作り出すことは可能である』
『……それこそ、インソムニアが全てなくなっていてもいいのだ。また、作り出せばいいのだから。『SALF諸君らの墓標の上に建つ』『移動するインソムニア』など、人類の敗北と滅亡を象徴するのに相応しいであろう?』
「……まさか」
 エディウスは一瞬唖然とした後、怒りに顔を歪ませる。
 ここを、次の――ザルバが君臨する、オリジナル・インソムニアにするつもりか。
『足掻けるというなら足掻くと良い。その間に、我々は北欧に残ったライセンサーたちを滅ぼすまでだ』
 そこまで言って、声は途切れた。
 俄に外の空気がざわつき始める。エディウスの居る執務室は本部の最上階にあるのに、遥か眼下の地上から悲鳴が聞こえてくるような気さえした。
 エディウスは、むしろその気配のおかげで冷静になれた。
 長官として、やるべきことは決まっている。
 何のために、『アレ』をグロリアスベースに積ませてもらったと思っているのだ。

「ナディエージダ・ドゥヴァの起動準備を大至急手配しろ、EXISを起動するライセンサーの派遣もだ!」
 すぐに指示を出す。
 かつて、ザルバの話にも出たエンピレオの砲撃からサンクトペテルブルクを護ったイマジナリーシールドMOD『ナディエージダ』。
 その改良版とも言える『ナディエージダ・ドゥヴァ』がグロリアスベースに搭載されたのは今年初頭の話である。
 来たるべき戦いの為に。それがまさに、今である。

 ライセンサーの帰る場所としてのSALFとグロリアスベースを、護り抜く。

●lost control

<ゴグマ>

ザルバ
『やるじゃないか。退路なんてなくとも平気だったんだな。今の君は格好いいぞ、ザルバ』
 もはや人の形を留めず、だからといって今のところは何かの生物の形を象っているわけでもなく、時折爪のようなものが形作られる。そんな、ただただ火焔のエネルギー体である状態ながら、ゴグマはザルバに賞賛を贈る。
「格好など求めてはいない。ただ、活かせるものは活かそうと思っただけだ。……それより」
 ザルバは宙に漂うエネルギー体を見上げる。
「その姿で戦い続けるわけではないだろう? お前も本気を出すというなら」
『分かっているさ、分かっているとも!』
 ザルバの言葉を待つまでもなく、ゴグマは快哉を叫ぶ。
『僕とザルバに立ち向かう奴は、全部殺してやるからさ!』
 その宣言とともに、火焔のゆらめきが様相を変える。

 まず巨大化し。

 それから紅焔の翼をはためかせ、尾を振りかざす。

 最後に象られたのは七つの頭と、十本の角。

 触手の有無等の差異こそあるが、それは奇しくもヨハネの黙示録に記された竜とよく似ていた。

 サイズを見てもアサルトコアよりも大きくなったゴグマは、空からザルバに告げる。
『もう一度あいつらと戦って、今度こそ殺してくる。ザルバもどんどん殺すといいよ』
「最初からそのつもりだ」
 その反応に満足気に肯いて、ゴグマは再びザルバよりも前線に向かう。
 その姿を見送りながら、ザルバは一つ息を吐いた。

「――さあ、生き残るべきはどちらなのかをその身を以て教えてやろう」

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)
推奨ブラウザ:GoogleChrome最新バージョン