1. グロリアスドライヴ

  2. 広場

  3. 【OL】

【OL】ストーリーノベル

【OL】あらすじ

【ER】を通して対ナイトメアのライセンサーの奮戦に一種の手応えを感じたSALF長官エディウス・ベルナーは、次の作戦方針を通達する。
世界各地の被占領地域への威力偵察、そしてそれを陽動にしたニュージーランドへの上陸作戦。

ニュージーランドにある「レイクサムナーインソムニア」は地理上、比較的孤立している。
インソムニア――ナイトメアの支配の象徴を破壊する糸口を掴む為、レイクサムナーインソムニアの攻略をすることが本作戦の最終目的だった。

エピローグノベル(7/10公開)

●再会
 セレスト・アッカーは走る。
 進攻拠点に到着したキャリアーの地下階、居住階層を、全力で。

 コールドスリープから助け出され、意識を取り戻した人々は、まず自分の名前やら記憶やらを思い出す作業にあたった。
 その中に――。

 セレストはある部屋の扉の前に立つと、ゆっくりと息を整える。
 七年。気がつけば、それだけの日々が過ぎていた。
 きっと中にいる人達は、自分の姿を見て面食らうだろう。
 いかにも強気になって、あちこち傷だらけで、――大きくなって。

 震える手で、扉を開ける。
 明るく照らされた部屋の中、二台のベッドの上に、それぞれ点滴を打っている男女の姿がある。
(……ああ)
 その顔を見た瞬間、セレストの中にこみ上げるものがあった。
 一瞬ハッとした後に穏やかな表情を浮かべた二人も一緒だと、思いたい。

「――おかえり、父さん、母さん」
 ベッドに向かって駆け出した彼女の跡を辿るように、瞳から数滴の雫がこぼれ落ちた。

●再起


<ラディスラヴァ・べチュカ>

<ヘクター・ウォール>
「あぁもう、どうしようかしらね、これから」
 キャリアーから全力で脱出し、ライセンサーたちの追撃がないことを確認したところでラディスラヴァはヘクターを下ろした。
「あんたも僕も、少しライセンサーを見縊り過ぎていたらしいな」
 やっと自分の足で歩き出しながらそう口にするヘクターは、外傷こそ少ないものの疲労の色は濃い。
「それね。ダメージこそそんなにないけど、粘ってやられた感じはするわ」
 ラディスラヴァは物憂げに溜息を吐く。
 非常に強力なリジェクション・フィールドを全方位に張るのも、周囲のナイトメアに自身のリジェクション・フィールドを展開するのも、あくまでヘクターの『能力』だ。彼の疲労は、インソムニアでの対峙からキャリアーに至るまでに使い続けた代償だった。
「問題はホントこれからよ。インソムニアもなければ、『食料』も奪還されてしまった。
 まだ他の施設は残ってるけど、ここに残ってまでナイトメアの繁栄の為に出来ることなんてそうそうないわ」
「けど、態勢を立て直そうにもザルバ様のところに戻って立場がある保証はねえぞ。……僕の言えた台詞じゃないが」
「そうね。なんだかエヌイーがちょっとだけこっちに来ていたみたいだけど、わざわざ居場所を売り込みに来ていたとかそういうわけじゃないでしょう」
 ラディスラヴァとしても流石に困った。こんなふうに思い悩むのはいつぶりかもわからないほどに久しぶりに、だ。
 そんなやりとりをかわしながらも、海沿いの断崖に出ると――
「待っていましたよ」
 思わぬ人影が、切り立った崖の先端で二人を見下ろしていた。
「クラ、イン……なんでここに」
 自然と、二人揃って警戒する。その表情は、ライセンサー相手には最後まで見せなかった類のものだ。

<クライン>
 ザルバの側近、クライン。
 ラディスラヴァは、それこそお互いの今の姿を取る前から『彼女』のことが苦手だった。ラディスラヴァの部下たるヘクターも同様だ。
 『食料』に対して傲慢不遜を地で行くザルバやフォン・ヘスとは違い、クラインは立場相応の力があるにも関わらずやり方は手堅い。東京の時も、ザルバの命があった為に自ら手を下すことはしなかったものの、指揮官として現場に赴いて状況把握に努めようとするのは他の二人にはない特徴だった。
 堅実という意味では、どちらかというと手段の選び方としてはラディスラヴァに近い。
 なればこそ、力を持ったナイトメアにそれをされていることにラディスラヴァは嫌悪感のような印象を抱いているのだ。
「なんでも何も、おかしなことを聞きますね。外部のナイトメアがニュージーランドを来訪する時に着陸が楽なこの崖を使うというのは、貴方たちが決めたことでしょう?」
 眉一つ動かさないクソ真面目な、言い換えれば冷たい表情でクラインは首を傾げる。
 一方で対峙する二人の背中には冷たいものが流れた。
 此度の戦いは、ナイトメアにとっては何一つ勝利を得られなかった失態である。
 インソムニアを管理していた身だからこそ、その責任を取らされる――処分される可能性は十分にある。
 しかし当のクラインは、二人の強張った表情を見るなり踵を返し、海に向かって指を鳴らした。
 すると小型の航空ナイトメアが、崖下から浮上する。彼女はこれに乗ってきたのだ。
 大型のものと違いコックピットのようなスペースが有る。クラインはそこに足を向けながら、命令を下す。
「貴方たちも乗りなさい。一旦オリジナルに帰投します」
「え?」
「は?」
 流石にラディスラヴァもヘクターも面食らった。クラインは一度足を止め、ちらりと二人を一瞥する。
「どうせこの土地でもう出来ることはないと考えているのでしょう?」
「そうだけど……」
 その先を言い淀んだラディスラヴァを見、クラインは冷たい表情のまま告げる。
「処分なら下りませんので安心なさい。
 確かに今回の貴方たちはナイトメアとしてあるまじき失敗を犯した。ですが、何も得られなかったわけではない。
 ――人類の『成長』。それは今でさえ変わらず、いずれ彼らを食料とするナイトメアとしては望むべきものです。
 だから、彼らがどう成長していたのかをザルバ様や私達に報せること。それが今の貴方たちに課せられた任務です」

 ――成長を喜ぶだけでいいのか、そろそろ判断するべきでしょうが。

 戸惑いながらも彼女の後に続いて航空ナイトメアに乗り込んだ二人は、クラインのそんな呟きを耳にした気がした。

●数日後

<エディウス・ベルナー>

<セレスト・アッカー>
「ラディスラヴァやヘクターがニュージーランドから去った?」
「恐らくそのようです。残存するナイトメアには動きの傾向性がまるで見られず、以前のように住民を攫おうとするような行動も取らなくなったとのことです」
「ふーむ……」
 報告を受け、SALF長官エディウス・ベルナーは顎に指を当てて思案する。
 そうなるとニュージーランドの戦線は落ち着いたと言っていい。ナイトメアこそ残ってはいるが、もう以前のように抵抗できないわけではないのだ。
 長らくグロリアスベースも空けている。そろそろ自分たちは戻った方がいい頃合いだろうか。
 などと考えていると、部下は更に言葉を続けた。
「あと、長官に来客です。……どうぞ」
 部下に促され仮の執務室に入ってきたのは、セレスト・アッカーだった。
 しかしどうにも様子が変だ。初っ端から自分のことを「おじさん」呼ばわりするなど物怖じしない態度を見せていた少女が、今は俯き加減になって妙に落ち着かない様子で、しおらしい。
 そんな様子のまま、セレストは上目遣いにエディウスを見る。
 そして更に意外な言葉を口にした。
「その……謝らないとと思って」
「ん?」
「SALFの人たちに大分当たり散らしちゃったから……でも職員の人には言い難くて」
「ああ……」
 保護されてキャリアーにやってきた当初、職員に対して激高したことはエディウスの耳にも入っている。他にもあるかもしれないが、特にそのことを言っているのだろう。
「謝る必要はない」
 そう返すと、セレストは驚いたような表情を浮かべて顔を上げた。
「君が怒った理由も聞いている。何で今更、もっと早く来れなかったのか。まったくもってその通り。耳が痛い話だ。
 だから逆に、そちらからハッキリと言ってくれてある意味助かった。
 そういう意思表示がなければ、我々としても動き難かったところはある」
 助かりたいのか、もう諦めているのか。
 ニュージーランドに残っていた住民の全員が全員諦めていたとしたら、作戦をもっと攻略重視に傾けていたのかもしれない。その分人々のことはないがしろにして、だ。
 しかし早々にセレストの激怒があった。
 助かりたかったという意思表示を示されたことは、作戦の方向性を決定づけた。
「君の怒りは、あって当然なもので、かつ我々に必要なものだった。
 今後向かう戦場でも同じようなことが恐らくある。そのことを覚悟させてくれた分、むしろ此方がお礼を言いたいくらいだ。
 ……ありがとう」
「あ、あ……」
 言うべき言葉を失ってしまったらしく、セレストはしばし口を開閉させて――やがて落ち着いた頃には、これまでにも見た強気な表情に戻っていた。
「なら、うん、そのことなんだけど」
「そのこと?」
「今後向かう戦場のこと。
 ……あたしたちの中にも、多分いるでしょ、ライセンサーになれる人間。他の場所に向かうのかニュージーランドに留まるのかはその人次第だけど、探してよ。
 あたしがそうかは分かんないけど、どっちにしろもう無力なのは嫌。少なくとも自分とか大事な人くらいは守りたい」
 今度はエディウスが驚く番だった。
 ニュージーランドの人々の中で適合者を探し出すという提案に、ではない。彼女が守る対象に他人をはっきりと含めたことだ。
「ご両親には会えたんだろう?」
「会えた。でもまだ弱ってて、当分の間は静養が必要みたい。
 つまり目下何が出来るかって……自分で言いたかないけど……」
「ああ……」
 働く。養う。つまりはそういうことを言いたいのだろう。確かに自分から口にするのはいかにもがめつい。もちろん物理的な「守る」も含めたいのが本音だろうが。
 そんな彼女個人の事情を詮索するのは、程々にしておいて。
「分かっている。ニュージーランドの人々も、適正とその気があればライセンサーになってもらうことになるだろう。
 もちろんコールドスリープから立ち直った住民もな。これからの戦いに、彼らの力もきっと必要になる」

 拠点を一つ、潰した。
 それがナイトメアにとってどんな意味合いを持つのか。
 正解は計りかねるところではあるが、間違いなく言えるのは今後はもっと圧を強めてくるということだ。
 それに対抗し、跳ね除ける力は、このような形でも得ていくことが出来るのだと、エディウスは改めて感じたのだった。

(執筆:津山佑弥
(文責:クラウドゲート)

●反撃の糸口
 インソムニアに侵入を許し、情報を奪われ。
 コールドスリープ状態にしていた「食料」――ニュージーランドの人々を解放され。
 そして、インソムニア・コアを壊された。

 十分すぎる失態と屈辱である。
 エルゴマンサー自体数が多いわけではないが、その中でもラディスラヴァは総司令官ザルバから目をかけられていたうちの一人だった。
 だから、インソムニアの管理を任されたのだ。
 だからこそ、管理していたものを失ったことでの信用の失墜は重い。
 具体的にはどうされるのか想像もつかないが、「処分」される可能性だってある。

 にも関わらず、当のラディスラヴァにはまだ余裕が見受けられる。
 そのように、おそらく一番近くで彼女を見ていたヘクターには見えた。


<ラディスラヴァ・べチュカ>

<ヘクター・ウォール>
「逃しちまっていいのかよ。上にどう言われるか分からないぞ」
 ライセンサーがキャリアーに乗り込みインソムニアを離れた直後、その疑問をストレートに彼女にぶつけた。
 疲れるのも面倒なのも嫌だが、この状況でそんなことは言っていられないのはヘクターだって分かっている。
 それなのに、だ。
「ちょっと落ち着きなさい」
 彼を諭すかの台詞通り、ラディスラヴァは落ち着き払っている。
「確かにインソムニア・コアを破壊されたのは失態よ。
 それはどう足掻いても取り戻せるものじゃないし、ザルバ様やフォン・ヘス様からの信用も落ちるわ。
 ――でも逆に、もうそこまで至ってしまったからこそ冷静に次の策を練らなきゃ。取り戻すことを急いでも何にもならないんだしね」
 なるほど、一理ある。
 更に少し考えてから、ヘクターは問うた。
「……具体的に考えてることがあるってことだよな、それ」
「もちろん。一発逆転と言えるかは怪しいけど、挽回の余地を作るには十分なものをね」
 そう言って、ラディスラヴァは妖艶に笑んだ。

●急襲と援軍
 インソムニア・コアの破壊を始めとする作戦の成功の報を受け、進攻拠点にて待つエディウス・ベルナーは安堵の息を吐き出した。
「これで後は残ったインソムニアを破壊すれば一先ず終わり、か……」
 エルゴマンサー二体が五体満足に残っているのは今後の懸念材料だが、彼女たちとて拠点となるインソムニアを失えば態勢を建て直さざるを得ないはずだ。当面の間は大人しくするだろう。
 ――そう思っていたのだが、仮の執務室に飛び込んできた通信がその予想が外れていることを示していた。
「帰投するキャリアーの後方に、大型の航空ナイトメアが出現、接近しています!
 以前名古屋に出没したのと同じタイプのものです!」
「同じタイプ……上にナイトメアを大量に載せて輸送するタイプのものか」
 キャリアーを撃墜するつもりか?
 エディウスの眉間に皺が寄る間にも報告が続く。
「同様に地上でも、上空のその追跡に倣うかのようにナイトメアが大量に移動しているようです。
 そしてこれは未確認情報ですが――上空の航空ナイトメアの上に載っている中に、ラディスラヴァ・べチュカとヘクター・ウォールもいるようです」
「上空に? お互いに逃げ場がない状況でキャリアーに侵入してくるつもりか?」
 何のために。
 いや、ラディスラヴァたちがこれまで行ったことを考えればすぐに分かることだった。
 今キャリアーの中には、コールドスリープから救助した人々が保護されている。ナイトメアにとっての「食料」だ。
 そしてこちらも別働隊により救助されたが、一番最初にインソムニアに侵入した結果囚われたライセンサーを彼女たちは「研究」の為に施設に閉じ込めた。
 奪われた「食料」と、奪われたのよりも更に多くの「研究材料」。加えて言えばアサルトコアも収容されている。
 ナイトメアが自分たちに対抗しうる力を身に着けつつある人類を「研究」するにあたり、あのキャリアーは所謂宝の山だ。
 インソムニア・コアどうこう関係なく逃してはならない、ということだろう。

 さしあたっての一番の懸念は、艦橋だ。
 艦橋に設置している、キャリアーの高速移動を可能にするイマジナリードライブにナイトメアが干渉することは出来ない。
 それでも破壊される可能性はある上、イマジナリードライブ抜きでも予備で操縦出来る機構は整っている。
 つまり、進攻拠点に帰投する前にそうなったら詰む。操縦権を奪われるという事態は、キャリアーの中に残されたライセンサーや人々の生殺与奪権を握られたのも同義だ。当初は殺すつもりはないとしても、こちらが再奪還にかかったときにもそうしないとは限らない。
 そうなると、物量に物を言わせるナイトメアの侵入はある程度許さざるを得ないとしても、最悪の事態だけは何としても防がなくてはならない――。
 思考にふけり始めた矢先、外部からの通信回線が開いた。SALF本部からだ。
『長官、フィッシャー社のレイ・フィッシャーCEOから伝言を預かっています』
「伝言?」
『はい。音声メッセージで送信します』
 流石にキャリアーの通信は限られた回線、もしくは一定エリアにしか開けない為、直接連絡を取ることは出来ないだろう。
 しかし、一体このタイミングでどういう連絡だ――などと考えている間に、メッセージは流れ出した。

『ハロー、Mr.ベルナー。
 今はニュージーランドに自ら出向いていると伺っているが、首尾はどうだろうか。
 そんなSALFとライセンサーに、救援と言ったら良いだろうか。少しばかり物資を輸送させてもらった。
 ライセンサー用の装備だけでなく、アサルトコアの装備もそろそろ必要だろう?
 我がフィッシャー社以外のメガコーポレーションのものも、全てとは言わないが協力を取り付け一緒に送っている。
 このメッセージが伝達される頃には届くだろうから、有効に使って欲しい』

 ――本当に差出人をレイ・フィッシャーとする巨大コンテナがいくつも拠点に運び込まれたのは、この僅か後のことだった。

(執筆:津山佑弥
(文責:クラウドゲート)

●とあるエルゴマンサーの憂鬱
「やっぱりこういうのはあまりキレイとは言えないわね……」
 ラディスラヴァ・べチュカは自らの居住スペースにあるモニターで、インソムニア周辺の様子を観察する。
 つい先日までは静かだったリジェクション・フィールドの外は、今はナイトメアにより幾重にも重なる壁が設けられていた。
 それもこれも、ライセンサーが攻めてくることは容易に予想がついたからだ。
 物々しい雰囲気を醸し出す荒野を「美しい」と言えるのは戦争狂くらいなものだろう。そして彼女は、決してそれではない。


<ラディスラヴァ・べチュカ>
 ラディスラヴァ――正確に言えば彼女の体を使うエルゴマンサーは、あまり自ら表立って動くのが好きではない。
 怠惰というわけではない。裏から手を回すという類のことなら、多少疲れることも厭わない。
 たとえば、何の力もない民間人のフリをして人類に接触して工作を仕掛けたり、だ。
 だが――自らが拠点としているインソムニアを攻略しようとする向きがある。これは彼女にとって歓迎していい流れではない。
 更に困ったのは、自分や部下の油断もあったとはいえ、インソムニアの情報をおそらく大量に持ち帰られてしまったことだ。その中にはレイクサムナーインソムニアにしかない(つまり他のインソムニアをどうこうするにはあてにならない)特徴もいくらかあるが、だからといって許されることでもない。
(これは、このままだとザルバ様やフォン・ヘス様に顔向け出来ない……)
 仮に人類の撃退に成功したところで、奴らはまたやってくるだろう。そうさせない為には徹底的に潰す必要があるのだが、生憎とこのインソムニアは距離的に孤立している。異次元からナイトメアを呼び寄せることは出来ても、他のインソムニアから援軍を望むことはすぐには難しい。
 結局のところ、自分たちのことは今は自分たちだけの力でどうにかしなければならなかった。
 翻って、これは一つのチャンスでもある。「情報を抜かれた」という失策があった上で人類を倒したのであれば、ザルバなどからの評価は上がる可能性は高い。

<ヘクター・ウォール>
「ラディスラヴァ、移送が完了したらしい」
 モニターを眺めていると、部下であるヘクターが居住スペースに戻ってきた。
 インソムニア一つに全ての機能を集約させるのは、ラクではあるがスマートではない。だからナイトメアの培養にしても、他の施設でも出来るようにはしていた。
 そして今回『移送』したのは、先立って侵入していたライセンサーのうち、脱出を阻止した者たちだ。ナイトメアは捕らえた人類を気に入るとすぐに素体にしてしまいがちで、それは対象がライセンサーだったとしても同じだ。その代表例がクラインだったりする。
 それ故に、IMDやライセンサーといったものの研究が進まずにいるのも確かだった。ライセンサーがナイトメアに対抗せんと力をつけている背景には、ナイトメアが求める『進化』の為の手がかりがあるかもしれない、というのは多くのエルゴマンサーの共通見解だが、ラディスラヴァは折角の機会にそれを理論的に証明することを考えたのだ。もっとも、今はそんな余裕はないが。
「……あんたがそんなに怖いカオになってるのも珍しいな」
 横まで来たヘクターが、少し驚いた表情で顔を覗き込んできた。
 言われて、ラディスラヴァは初めて自分の表情が強張っていたことに気づいた。少し息を吐き、緊張を緩める。
「心配してくれてるの?」
「いや別に。ただ、上司がそんなんで何かあったらめんどくせえなって思っただけ」
「それを心配って言うのよ。相変わらず可愛いんだから」
 軽口を叩く。それにヘクターが憮然とするところまでいつも通りだ。
 余裕がないのは自分自身もそうだったらしい。
 とはいえ、何をそんなに怯える必要があったのか。
 自分はエルゴマンサー、ナイトメアの中でも上に立つ者の一人だ。
 戦略的には確かに遅れを取ってしまったが、まだ力で取り返せる範囲の失策だ。そう考えると、多少ではあるが前向きになってきた。
 今ならライセンサーと戦っても良い気がしなくもない。
 あんまり多いと、「面倒」とヘクターみたいなことを言いそうだが。

●後悔

<セレスト・アッカー>
 あたし――セレスト・アッカーは今、SALF職員の後に続いてキャリアーの通路を歩いている。

 ここ数日、あたしたちニュージーランドの住民を保護しているSALFの人たちはそれまでにも増して忙しそうだった。
 保護する住民が増えただけではなくて、何か大きな動きがあったからだというのは明らかだった。あたしたちに接する時は穏やかな職員が、少し離れたところでは険しい表情でいたことを何度も見ている。
 でも、何があったかを尋ねても明確な答えは返ってこなかった。保護した方が増えて忙しいだけ、としか言わない。

 そんな中、あたしはSALFの長官のおじさんに呼び出された。
 あたしがインソムニアとかいうナイトメアの拠点の情報を知っていたからだと思うけど、知っていることはもう全部話したはず。今更何だというのだろう?
 疑問を胸に仮の長官室に足を踏み入れると、あたしを先導した職員は一礼してからすぐにその場を去ってしまった。
「来たか」
 直前まで書類に目を通していた厳しい表情から一転、あたしを見るなり努めて穏やかな表情を浮かべようとする。
「そういうのいいから」
 確かに保護対象には優しく接するべきなんだろうけど、ここ数日の職員の煮え切らない態度に苛立っていたのが思わず出てしまった。あたしのつっけんどんな物言いにおじさん――エディウス・ベルナーは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、素になって、「ここに座りなさい」とソファーへの着席を促してくる。
 別にここは断る理由はない。言われたとおりにすると、対面におじさんが座った。
「いくつか話があるのだが……先に一つ尋ねておきたいことがある。
 君のご両親がナイトメアに攫われた、というのは、一体何年前の話だ?」
「え……っ?」
 唐突すぎる質問に、あたしは言葉を失う。それがどうしたというのだろう。
「えっと……七年くらい前?」
 生まれたときには既にニュージーランドがナイトメアに支配されていたあたしに、所謂暦を読む習慣はない。
 ただ、両親は別だ。あたしの誕生日をちゃんと覚えていたし、一年が巡ってその日が来ると、その時だけはナイトメアの脅威のことなんか忘れたふうに祝ってくれた。
 最後に祝ってくれたのが、ちょうど十回目だったと覚えている。それまでには「だいたい三百六十五日経つと一年」ということは身に染み付いていたから、一人になってからもなんとなく忘れずに済んでいた。
「それがどうかしたの?」
「いや……それについては、またあとでちゃんと説明しよう」
 おじさんは少し考える素振りを見せてから、そんな返答をしてきた。わけがわからない。
「それより、本題だ。
 君から頂いた情報をもとに、インソムニアに潜入したライセンサーが居る」
「……!?」
 初耳だった。いや普通に考えれば、そんな情報をわざわざ保護している住民には寄越さないだろうけど。
「インソムニアを攻略し、このニュージーランドを解放するにあたって様々な有益な情報を得られた。その点、君には感謝してもしきれない」
 表情を作らないで言うものだから、きっと偽らざる本音なのだろう。だからそんなに不快感は感じなかったけど、別に気になることがある。
「その潜入したライセンサーって、無事なの……?」
 ライセンサーがナイトメアに対抗する力を持っているのはこの目でも見たけれど、敵の本拠に潜入するっていうのは危険だってくらいあたしでも分かる。
 現に、おじさんはごく自然に険しい表情になった。
「何人かは帰ってきていない。中にいたボスの性質からするに、簡単には殺さないのではないかと生還者からは報告が上がっている。
 実際、その潜入の後に別の施設に向かって移動するナイトメアの群体の姿が報告されている。そちらに移送された可能性が極めて高い」
「…………」
 あたしは唇を噛んで俯く。
 自分の与り知らないところでとはいえ、自分が持っていた情報が元で他人を危険に晒した。
 そういうのは、嫌だ。
 きっとSALFも突入したライセンサーも考えあってのことだろうし、怒ってもどうにもならない。
 ただ情報を出すだけ出して何も出来なかった自分が悔しかった。何も出来なくて当たり前のはずなのに、こんなの初めてだ。
 あたしの内心を知ってか知らずか、おじさんは話を続ける。
「移送された先に救出へ向かう手はずも整えている。インソムニアと同時に攻め込む予定だから大丈夫、と言っても君は信用はしてくれないかもしれないが、少しは希望を持ってもいいだろう。
 ……それより、そのインソムニアの話だ。これは君にも関係のある話になるかもしれない」
「……どういうこと?」
「攫われたニュージーランドの住民と思われる人々が、コールドスリープ状態で『保存』されているのが見つかった」
 おじさんの言葉に、あたしは息を呑んだ。

●考察
「今頃長官、あの子に話しているでしょうか」
 所変わってグロリアスベース。
 研究室の自席にて、リシナ・斉藤は深く溜息を吐いた。
「両親はまだコールドスリープ状態にあるかもしれない、って。彼女にとっては確かに見方によっては幸福かもしれませんが……」
「それでも離れてしまっていた年月は埋まらないし、難しいもんだな」
 ソファーにだらしなく腰掛けたシヴァレース・ヘッジ博士が言う。
「もっとえげつないのは、彼女の両親よりも昔に捕らえられた住民だ。場合によっては気がついたときには肉親がいない状態で目覚めるなんてこともあり得る」
「目覚めさせない方がいいとか、考えてます?」
「馬鹿言え。俺らは医者じゃない。生殺与奪を預かれる立場にないんだよ。目覚めて現実を受け入れてくれたら幸いとは思うがね」
 セレスト・アッカーからもたらされた情報は、ベースの留守を預かる二人にも伝えられていた。
 そもそも、インソムニアとは何か、という人類側からの推論を立てたのはヘッジである。実物の中身を知る権利は当然ある。
 コールドスリープ機能があったのは、おそらく「ナイトメアは過食しない」ことが理由だろう。要するに、保存食のような扱いである。ニュージーランドの元々の人口を考えれば今なお多くが生きていても不思議ではない。
「にしても、インソムニア・コアねえ。インソムニア自体分かりやすいシンボルだが、これまた分かりやすいものを作ったこった」
 上がってきた報告にあった、インソムニア・コアの機能。
 異次元からの転移機能、リジェクション・フィールドを張る機能、そして霧。そのうち転移機能に関しては、かつてヘッジ自身が立てたインソムニアの役割の推測と合致する。
 唯一読めないのは他のインソムニアには見られない霧の話だが――各インソムニアにはそれぞれの独自の特徴があるのかもしれない。
「ただまあ、今後の反攻にあたって最低限欲しい情報は全部もらえたようなもんだ。あとは現場の連中が成果を出すのを待つとするか」
「そうですね……」
 今はコールドスリープから目覚めた人々のことを考えるよりも前に、無事にミッションを果たすことを祈るだけだ。
 ベースに残った二人に出来ることは、それだけだった。

(執筆:津山佑弥
(文責:クラウドゲート)

●異変


<セレスト・アッカー>
 セレスト・アッカーは混乱していた。

 いつものように畑仕事に行こうとしていたら、ナイトメアに見つかり捕まった。
 そこまでははっきりと覚えているが、その先の記憶が一時的にない。おそらくナイトメアにより意識を落とされていたのだろう。
 次に目が覚めたのは、羊型のナイトメアの上に載せられたまま、どこかに運ばれようとしている時だった。
 自分の状態は触感で把握出来た一方、ナイトメアは自分が意識を取り戻したことには気がついていないようで足を止めない。
 ナイトメアが向かう先は濃い霧がかかっていて、先が全く見通せない。
 この先どうなるのか分からないが、あそこに連れ込まれたら二度と日の目を見ることはかなわない気がする。
 だからといって、抵抗など出来るわけがない。足の速さには若干の自信はあるが、このナイトメアの移動速度は明らかに自分のそれより速い。逃げたところで追いつかれるだろう。

 ナイトメアが霧にかなり近づくと、その霧を覆うようにうっすらと膜のようなものが張られているのはセレストの目にも分かった。
 霧も自然発生ではなく、ナイトメアが作ったものなのかもしれない。
 ナイトメアの頭が突っ込むと、まるでその周囲だけ最初からなかったかのように膜は見えなくなる。
 バリアのようなものかもしれない、と思った直後に、異変が起こった。

 どこかで、大きな音が立て続けに響いた。
 銃声、轟音、そして言葉にならない悲鳴。
 遠くで一瞬炎の色がちらついて、ようやくそれらが戦闘によるものだと理解が出来た。
(だけど、どうして?)
 今更抵抗出来るわけがないと思っていたうえ、悲鳴に至っては明らかに人間が上げる類のものではない。
 セレストを載せていたナイトメアも同様に異変を察知したのだろう。何も出来やしない(実際そうなのだろうとセレスト自身も思っているが)彼女をその場に捨て置いて、踵を返すと戦闘が行われている方角へと走り去っていってしまった。
 周囲を見渡す。霧以外は荒れ果てた大地となっており、今の所他にナイトメアの姿もない。
 逃げるなら今のうちだ。

「嘘でしょ……!?」
 うまいこと霧がかかっているエリアから離れることは出来た。出来たのだが、だからといって逃げ切れる保証はない。
 というか、意識を失っていた手前、今自分がどこにいるのかも正直分からないのだ。どこに逃げればいいかなんて分かるはずもない。
 そうやって冷静さを取り戻している間に、別のナイトメアに遭遇した。
 が、驚きの言葉はそのことについて上げたものではない。
 ナイトメアは自分ではなく、別の人影に集中しているようだった。
 それも、自分たちとは違い、『ナイトメアと戦うことが出来る』存在に。

●警戒態勢

<ラディスラヴァ・べチュカ>

<ヘクター・ウォール>
「まさかこっちに来ちゃうなんてねぇ」
 レイクサムナーインソムニア内部の一室。
 エルゴマンサー、ラディスラヴァ・べチュカは物憂げにため息を吐く。
 SALFの予測どおり、彼女は名古屋を離れた後、拠点であるこのインソムニアに帰ってきていた。
 当然ながら、ニュージーランドにライセンサーたちが上陸したことも察知はしている。世界各地の被支配地域・戦闘地域での戦闘行動が効いて、多少把握が遅れはした。が、まだインソムニアへの侵入は許したわけではないのでそこまで焦る段階ではない。
 しかしながら、無視も出来ない。人類の狙いはこのインソムニアにあるのは明らかだからだ。
「どーすんだよ。いずれここにも来るだろ、めんどくさい……」
 外部に設置されたモニターの映像を眺めているラディスラヴァの後方で、ソファーの上に寝転んだ少年が呟く。
 見た目は14、5歳程度の金髪碧眼。ドレスシャツにハーフパンツといった、いいトコの坊っちゃんを思わせる風貌だが、めんどくさいという言葉の通り表情には所謂やる気が感じられない。
 ラディスラヴァは回転椅子を動かし、少年の方を見る。
「ここに来ちゃったら、迎え撃つしかないんじゃないかしら。流石に今から逃げたらザルバ様やフォン・ヘス様に顔向け出来ないし」
「うっへえ……」
「だから、もしここに来たら、よ。もしそうなっても私の盾になってくれるでしょう? ヘクター」
「えー……」
 ヘクターと呼ばれた少年は、エルゴマンサーではあるが立場としてはラディスラヴァの部下だ。上司の命令に真っ向から逆らうことは出来ないのだが、とても嫌そうな表情を浮かべている。
 でもいざとなれば言ったとおりに上司を守るのだ。ラディスラヴァにとっては可愛いものである。お互い今の外見になってからはその機会がないことだけが惜しい。
 ヘクターは体を起こすと、ソファーの横に立てかけておいた砲を一瞥してから上司を見返した。
「……まあ、来ないと思うけど。仮にここに近づいたとして、入口を見つけられやしないだろ」
「そうね。安心9割、残念1割だけど。念の為、霧の周辺にもナイトメアを放っておくわ」
「何が残念なんだよ」
 答えなど半分以上予想がついているだろうに、わざわざ訊いてくるのがまた可愛らしい。本人にとっては不本意だろうが。
 だからラディスラヴァは期待通りの答えを返す。
「ヘクターがその身体で私を守る姿を見れないこと」
「勝手に言ってろ……」

●目の前の「現在」
 遭遇したナイトメアを倒したライセンサーに保護されたセレストは、他の民間人がそうされたように、エディウスらSALF職員が待つキャリアーへと保護された。
 正直何が何だか分からなかった。
 道中で教えられて分かったのは、ニュージーランドの外にはSALFという組織があって、ナイトメアと戦っていること。
 辛うじてニュージーランドの人々の一部の知識にもあった(若いセレスト自身は知らなかった)「適合者」が、一定の資格を得て「ライセンサー」となり、そのナイトメアと戦う為の主戦力になっていること。
 そして彼らは、ナイトメアへの反攻の為に、このニュージーランドにあるというナイトメアの拠点を叩きにきたこと。

 キャリアーにおけるSALF職員の対応は親切そのもので、疲弊しきっていた人々の心身のケアを一生懸命に行おうとしているのが伝わってくる。
 彼らが言っていることに嘘はないのだろうと思う。
 だが……どうにも、気持ちが追いつけない。
「今更助けが来たって、父さんや母さんが帰ってくるわけじゃないのに」
 八つ当たりなのは分かっている。事実、その呟きを聞いた職員が何とも言えない顔になったのが見えて、ほんの少しだけ心苦しい気持ちにもなった。
 だけど一度言葉に漏れてしまったやり場のない感情は、止めようにも止められない。食事提供の為に目の前に居た職員に、食ってかかってしまう。
「もう全部がナイトメアに支配されちゃってて何をどうすればいいのかも分からなかったのに、中途半端に希望を見せられても困るのよ!
 あたしが外の世界のこと何も知らないでここまで来たくらい時間が経って、その間になくなったものは何も返ってこないのに『もう大丈夫』なんてよく言えるよね!?」
「それは……」
 返答に窮した職員を目にしてまた「何を言っているんだ」という自己嫌悪に駆られてしまい、セレストは顔を背ける。
「こんなぐちゃぐちゃな気分になるなら、あのままナイトメアに連れて行かれた方がマシだったかも……」
「……連れて行かれる?」
 反応を示したのは、別の民間人の対応をしていた職員だった。剣幕もあって、セレストに注目していたのだろう。
「君は、ナイトメアにどこかに連れ去られようとしていたのですか?」
 職員の質問に、セレストは顔を背けたまま答える。
「……そうよ。その最中に音が聞こえるくらいには近いところでライセンサーとナイトメアが戦い始めたらしくて、それに気を取られたナイトメアがあたしを放ってそっちへ行っちゃったけど」
 その答えを聴いて、何やら近くに居た職員たちが相談をし始めた。
「場所とか……せめて大体の方角は分かりますか? あと連れ去られる先が分かっているなら、その特徴も」
 やがて一人の職員が、端末を持って問いかけてきた。その横では、別の職員が慌てた様子でどこかへと駆けていく。
 端末にはニュージーランドの地図が表示されており、併せて現在地の座標も表示されている。
 ここまではちゃんと歩いてこれたから、大体の方向は把握しているが――何やら、自分が予期しない方向へと話が進み始めている気がしていた。

(執筆:津山佑弥
(文責:クラウドゲート)

●打開策

 ライセンサーバトルカーニバルが行われていたその頃、SALF長官ことエディウス・ベルナーは一つの指示を出そうとしていた。

「威力偵察ですか」
「そうだ」
 通達の書類を見た部下に、エディウスは肯いてみせる。
 先の名古屋での作戦では、結果的に取り逃がしたもののボマーにはダメージを与えることが出来た。
 何よりフォン・ヘスが直接出張ってきたにも関わらず、人的被害は殆ど出ていない。
 これは一種の成長と呼ぶべきで、これを機に反抗の狼煙を上げたい。エディウスはそう考えたのだ。
「最終的にはインソムニアを破壊することを目標とする」
 その為にはまず、ナイトメアによる被占領地域の状況を把握する必要があった。その為の、威力偵察だ。

 しかしながら、未だインソムニアの撃破は成されておらず、各地で偵察を進めながら攻略の糸口を探る必要があった。
 インソムニアは遠距離からの砲撃などでは撃破が難しく、またミサイル攻撃への迎撃も備えており、核ミサイル等大量破壊兵器でも破壊できないと既にわかっている。

「ニュージーランド――レイクサムナーのインソムニアは比較的孤立している。各地の偵察を陽動にし、ここを叩こうと思う」
 エディウスの提言は続く。

 加えて一つ、エディウスには「もしや」と思うことがあった。
 【ER】の時に現れたエルゴマンサーの一人――ラディスラヴァ・べチュカ。
 本格的な迎撃が始まった頃には既に名古屋を離れていた彼女だが、その頃太平洋上を南下する航空型ナイトメアの存在があったことが後に報告されている。
 移動ルートを終始捕捉出来たわけではないが、日本からニュージーランドへの最短距離とほぼ一致している。
 日本に居た時は、彼女は全く戦っていない。もし彼女が居るのであれば、いきなり倒すことは出来ないまでもエルゴマンサーとしての彼女の能力を暴くぐらいはしておきたかった。

 何にせよ、ニュージーランドは既に完全に支配されており、民間人がどうなっているかも正直分からない。
 また衛星・航空写真なども、インソムニア周辺はジャミングされてしまう。詳細の確認は必要だった。
 その為、ライセンサーによる上陸作戦が行われることになった。

●生存逃走
 生まれてこの方、平穏な暮らしなんてしたことがない。

 人類がナイトメアと呼んでいるヤツらは、あたしたちにとってはある意味で身近な存在だった。
 ちょっと下手を打てばヤツらに捕らわれてしまって、そうなるともう二度と帰ってこれない。父さんも母さんも、そうやってあたしの前から姿を消した。
 あたしをこんな状況の場所に産み落としておいて、更に一人にするなんて酷くない?
 そう思わないでもなかったけど、だからといって両親を恨んだりはしていない。
 現実問題、そんな感傷に浸っている余裕なんてないのだ。たとえば誰かがナイトメアに連れ去られた現場に感情で引き寄せられたのなら、実際にミイラ取りになるつもりがなくてもヤツらは勝手にそいつをミイラにしてしまう。
 だから二人が居なくなった時、あたしはほんの少し泣いただけで後は時間に任せてやり過ごした。
 生き抜くことに注力するほうが何よりの前提で、大事で、それゆえに必死だった。

 ニュージーランド。
 この地域が、国だったものが、ナイトメアに完全に支配されて既に大分経つ。
 これまでの間に、まともな反抗が行われたことなどない。力のないあたしたちに出来ることなど殆どないのは、誰よりもあたしたち自身が知っている。

 それでも――。  いつか、この場所にも平穏というものが訪れるのを、心のどこかで期待している。
 どうやって、なんてものは考えない。
 それを考えると、生きるモチベーションが失われてしまう。それは両親に、申し訳ないから。

「セレスト、今のうちに回収するぞ」
「分かった、今行く」
 かけられた声に、あたしは肯く。
 何人かで寄り添って作られたコミュニティ。そしてナイトメアに見つからないように、痩せ細ってしまった土地に細々と作られた畑。
 そこで栽培した野菜なんかを食事にして、ナイトメアから隠れて生きる。
 それがあたしの、あたしたちの、変わらない日常。

 そんな日常に激動が起こることなんて、その時のあたしは知る由もなかった。


(執筆:津山佑弥
(文責:クラウドゲート)

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