●北は夢に侵されて
「いーけいけ、おーいらのなーかまたち~」
全長2mほどの、一見するとファンシーそうなウサギの着ぐるみっぽい存在――ワンダーガーデナーは大鋏をチョキチョキさせながら、野営地の真ん中で歌い、踊っていた。
様々な兵器がそこらじゅうにあり、昨日までは軍人とライセンサーが普通に歩いていたはずだ。
しかし今、人の気配は全く感じられない。
代わりいるのは50cmにも満たない、小さなぬいぐるみ姿の者達。二列に並んで行進している姿は、ファンシーを通り越して恐怖でしかない。
野営地を漁っていたであろう1匹が、ずるずると1組の男女を引きずってワンダーガーデナーの前にまで持ってくる。
眠るように死んでいるその男女は服装からするとライセンサーで、指輪もしている事から夫婦なのだろう。
どちらもずいぶん整った顔をしており、その顔を見たワンダーガーデナーは大鋏をたいそう嬉しそうに、チョキチョキチョキチョキ。
「キレイな顔! キレイな顔! おいら大好き!」
興奮する大ウサギは大鋏の先端を下に向ける。
「ど」
ザスッ。
「ち」
ザスッ。
「ら」
ザスッ。
「に」
ザスッ。
「し・よ・う・か・な~?」
ザスザスザスザスザス。
「き~めた、まずはこっちから~♪」
ジョキジョキジョキジョキジョキジョキジョキ、バツン。
「はぁ~たぁのしぃ~!
よ~し。おいら、も~っと活躍して、レディに褒められるんだ~」
血濡れの鋏を顔の前でチョキチョキ。
「ああ……はやくレディの顔、刻みたいなぁ~」
チョキン。
●ファンクと紳士の密会
南米アマゾンのジャングル。そこのどこかにある、木が密集していて人が踏み入れられない所。
そこに居るのはつぼみのような頭部に歯が並び、草の身体と手足を持つ大きな人型の植物と、切り株に座って優雅にカップを傾ける小太りの紳士っぽい何か。
「くそくそくそ、おもしろくねぇ! 俺様を呼んどいて、『役に立たないわね』だと!?
誰のおかげでインソムニアを留守にして、風船みてぇにあっちこっちフワフワしてられっと思ってやがんだ、畜生めが。
ちょっとつえぇからって調子に乗りやがってよ……ホントにあのアマは気にいらねぇぜ」
「まあ落ち着きたまえよ、我が友ジグテオトル殿。我は君が無事であることを喜ばしく思っているよ」
「しょせん壊されたのは外ッツラだからな。もっと時間さえありゃもっとでっかくなって、あいつらくらい踏みつぶしてやるてぇのに」
地団太を踏むが虫は踏まず、名も無き希少な花を踏みにじるジグテオトル。
カップの『樹液』を口に含み、味わいを確かめるように口の中で転がしていた紳士のような何かは樹液を嚥下すると、口を開いた。
「では、それを証明して見せてはどうだろう?
我の情報によるとだ。この南米でいま最重要拠点とされている『ブラジリア』に、ルルイエ侵略に貢献した巨大な艦がある」
「ああ? なに言ってんだ、ブラジリアってのは知ってるぜ。内陸ででっけー川もねぇ。
そんなとこになんで、艦があるってんだぁ?」
「何をしているかまでは理解できんが、間違いなくある。我が眷属の情報網を甘く見てくれるな、友よ。
ブラジリアを潰すだけでも大きな手柄となるだろうが、さらには人類の重要兵器を潰したとなれば、ジグテオトル殿の株も鰻登りというものだろう。
もしかすれば、放蕩癖のあるミザリィ殿に取って代わる事だってあるやもしれんぞ」
小太りの紳士っぽい何かはニヤリと笑う。
するとジグテオトルは大きな口を開け、口角を吊り上げた。ずいぶん不細工で邪悪な笑みである。
「ハハハ! そいつぁいいな、ブラザー!
そうなりゃ善は急げだ、さっそく俺様はでかい身体を造ってくるぜ。大きいって事は強いって事だって教えてやるぜ!」
上機嫌なジグテオトルに満足し、腰を上げる小太り紳士っぽい何か。
「さて……そろそろ我も前線に戻るとしようか。
では友よ。次はブラジリアにて」
「おう。楽しもうぜブラザー!」
●ロマンとマリアと
ブラジルの首都、ブラジリア。
そこのとあるジョゼ社の工場敷地内に、とてつもなく大きな物が1ヶ月かけて運び込まれていた。
突撃強襲艦マリア。
全長400m、全幅150mにも及ぶ、超巨大キャリアーである。
空を飛ぶ事を諦めた、海専用のキャリアーであった――いままでは。
運び込まれてから1ヶ月強、多くの技術者を集め改修が行われてきたマリアはようやく完成の目処が立った。
そんなマリアを見上げるペドロ・オリヴェイラ。
「いやぁ、ようやくおじちゃんのロマンが叶うねぇ」
その笑みは歳のわりに無邪気なもので、少年のようである。
そんなペドロの横に、ウェーブのかかった栗毛色の髪を腰まで垂らした女性が突如として映し出された。
背が低いと言うより全体が縮小されていて、半透明な彼女はひと目でホログラムだとわかる。
『社長。ご報告があります』
「おいおいマリア、僕のことはアナタと呼んでくれって伝えただろう?」
『統計的にその場限りのご冗談と判断していましたが、正式な登録要請でしょうか』
ライセンサーとの交流で少しは人間味が見え隠れしてきたマリアのサポートAI『マリア』だが、まだ事務的な口調は変わらない事にペドロは少し寂しそうに笑い、「いや、冗談でいいよ」と答える。
『了承いたしました。ご報告ですが、ここより100km西部の新規ジャングル地帯より異常なエネルギーを感知いたしました。一つの大きな塊から薄く広く、拡大しています』
「そいつはもしかしてやっぱり、アレかい?」
わかってはいるが、確認のために聞き返すペドロ。
マリアが頷き、続けた。
『ナイトメアです』
(執筆:
楠原日野)
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)