1. グロリアスドライヴ

  2. 広場

  3. 【FI】

【FI】

Story 03(4/30公開)

●Singularity

エディウス・ベルナー

<ペギー>
「――特異点?」
 その単語を、SALF長官エディウス・ベルナーは思わず聞き返す。
「そう考えるのが自然ペン」
 彼の眼前には、此度地球にやってきたペンギンによく似た放浪者、ペギー。
 『世界を渡る』という途方も無いミッションの都合、技術者である彼が一団のリーダー的ポジションも担っているのだという。

 グロリアスベースにやってきた放浪者たちはライセンサーたちとのコミュニケーションを経て、自分たちは歓迎されていること、むやみに地球人類に対して警戒する必要はないことは察したようだった。
 やろうとしていたことを知っていたが故に他よりも警戒心が強かったペギーら技術者に関してもそれは同様で、だからこそ、彼はベースで最初に接点を持った研究者であるシヴァレース・ヘッジとリシナ・斉藤に、
「この星について、少し考えたことがある。この星の守護を率いているトップに会いたい」
 と相談をもちかけた。
 その結果が、今エディウスの執務室で執り行われている会談であった。だからその場には、研究者二人も同席している。
 エディウスとペギーは初対面であった為に簡単な挨拶を交わした後、早速ペギーが切り出してきた言葉が、
「この星は、一種の特異点なんじゃないかと思う」
 という推論だったのだ。

「どうしてこの星にだけ、こんなにも異種族――『放浪者』が集まるのか、考えたことはないか? 他の星はどうなのか、とか」
「そりゃあまぁ考えなかったことはないが、考えたところでそれが正しいかどうかは確認すること自体出来ないしな」
 ペギーの問いに、ヘッジが答える。そう、『地球だけ』なのかは確認しようがないのだ。放浪者はたいてい散発的にやってくるというのもある。
 予想していた返答なのだろう。うむ、と肯いてからペギーは目を伏せた。
「ワレワレは、全ての船に同じ技術を搭載したとはいえ、全てが同じ星に移れるという保証はどこにもなかったペン。ナイトメアから逃れるのに必死で、航行テストもままならなかったのだから。だが実際、『全ての船がこの星に来た』」
 その言葉に、思わず他の三人は顔を見合わせる。
「それは、それだけ技術の精度が高かったということでは……?」
「いいえ、それは流石にないと思います」
 確認するようなエディウスの質問に、リシナが否定を入れる。
「ない、というよりも都合が良すぎる、でしょうか。どんな技術にしてもそうですが、テストもせずに狙った結果を百発百中で得られるようなことはほぼありません」
「そもそも……ワレワレは、各船で目的地の座標を統一してはいなかったペン」
 ペギーの補足を受け、今度こそエディウスは驚愕する。
 指定した座標が安全かどうかは分からない以上、一か所に集まるのは危険。故に、多少の犠牲を払うのを覚悟で種を残す可能性を上げる方法を取ったのだという。
 場所だけではない。
「時間差があっても、やはりこちらに来た。もはやこれは、異なる世界と『繋がりやすい』或いは『引き寄せている』と考えない方がおかしいペン」
 既存のナイトメアとの戦闘地域に現れた墜落船、そして彼らを追ってきた別勢力のナイトメア。この両方が現れたのも、もはや偶然とは言えない。
「何が原因でそうなっているんでしょうか?」
 リシナが口元に手を当てて呟く。
 その疑問に対し口を開いたのも、やはりペギーだった。
「ワタシたちの星に来たナイトメアは、この星で言うインソムニアのような拠点は持っていなかったハズだペン。それが関わっている……?」
「拠点を持たない、ということですか?」
「いや、ワタシも目視したわけじゃないが、移動する要塞のようなものは持っているらしいペン。ただし確認した限りは一隻だけだ」
 エディウスが尋ねると、ペギーも少し困惑した様子で答えた。
 するとそれまで黙っていたヘッジが、彼の顔を見て推論を放つ。
「……アンタたちを追ってきたナイトメアは機械的だったらしいしな。製造工程自体がこの星のものとは違うんだろう。であれば、インソムニアである必要がない可能性も確かにある」
 逆に言うと、『インソムニアがあるから』地球に極めて集まりやすくなっているのだろう。放浪者も、その気になればナイトメアも。
 ヘッジはなおも言葉を紡ぐ。
「もし本当にインソムニアが要因だとしたら、その大本を断つにはやはりオリジナル・インソムニアを破壊する必要があるだろうな」
 現実問題、インソムニアの数は昨年以後そこそこいいペースで減ってきているのだ。
 それにも関わらずこういった事態が起こるのだから、一番巨大かつ強大であるであろうオリジナル・インソムニアを叩く必要性は――未来の為にも大きい。

「ナイトメアの違い、と言えば……」
 リシナが思い出したように口を開いた。
「今回来たナイトメア、地球に元からいるナイトメアと比べて、だいぶ苛烈ですよね。逃げてきた放浪者さんたちも墜落船ごと亡き者にしようとしたんでしょう?」
「アイツらは本当に容赦がないペン」
「同じナイトメアでも別物として考えた方がいいなら、別に呼称があったほうがいいかもな」
「……インベーダー」
 ペギー、ヘッジ、リシナの視線が、呟いたエディウスに集まる。
「苛烈さと残虐さを以て放浪者を追い立て、次にこの地球にも同様に手を出そうとするなら、文字通り侵略者≪インベーダー≫ではないかと」

●Contempt

ザルバ

<ディード>
 その頃、オリジナル・インソムニア――の、外壁。
 その縁の上に立つ地球におけるナイトメア総司令官・ザルバは、『ライバル』の姿を見上げていた。
 その外見は、ナイトメアとしても『異様』の部類に入る。
 アサルトコア並の体躯の上半分は黒く機械的な身体で、顔のところに口にあたる部位が無い代わりに、腹部が開閉できるようになっている。おそらくは捕食の為だろう。
 一方で腰から下は、多数の脚が畝っている。そのアンバランスさが異様さの象徴だった。
 ちなみに外壁での邂逅となったのは、巨体故にインソムニア内部に入るのが単純に面倒であったからだ。もっとも、この光景にSALFの誰かが気づいたところで、迂闊に手を出せるわけがないのは言うまでもない。
「久しいな、ディード」
 名を呼ばれたそのナイトメアは、遥か下にあるザルバの顔を見下ろした。
「今はザルバと名乗っていたか。お互い妙なところで出くわしたものだ」
 全くだ、と同意を示してザルバは大仰にため息を吐く。
 ナイトメアも一枚岩ではなく、派閥によって様々な考え方があり、進化の過程もそれによって異なっている。
 たとえばザルバが率いている、つまりずっと前から地球を侵略し続けている派閥は、地球の食文化に擬えると食材から店まで選り好みしてゆっくりと味わうのを好む。
 この場合の『食材』は人類で、『店』は地球という環境だ。じっくりと人類の成長を待ってから捕食するつもり、というのは、皮肉なことに一種の地産地消でもある。
 一方でディードが率いる派閥は、その辺りにあまり拘らない。ちょっとお高めの――『捕食する価値がある』食材に目をつけると、行儀の悪いファストフード宜しく乱雑に摂取していく。価値がないと見るや捕食もせずに殺戮するのは、口に合わないものを雑に『処分』するのと一緒である。
 食糧から適宜能力を得て自らの存在を強化する、という点だけは共通しているけれど、その食糧に対するスタンスが大きく異なる。正直ザルバは今の姿を取る前から、ディードとは合わないとは思っていた。
 よりによってコイツが来るとは。
 少し前から『別勢力』の襲来には注意していたザルバは、だからこそ警戒しながら対話せざるを得ない。
「そちらの戦力もここに来ていきなり、我らの食糧ともやりあったそうだな」
「ああ。よもや見かけだけとはいえ、同じようなモノを持ち出されるとは思わなかったが」
 アサルトコアのことである。
 流石にザルバの率いるナイトメアが戦闘に関わることはなかったけれど、そもそも以前から人類との戦闘は頻繁に起こっていた地域での出来事である。当然、戦闘の結果もザルバの耳に入っていた。
「初見で撤退させたのだから、なかなか歯ごたえがある――捕食しがいがある食糧だと思わないか」
 自分たちがそこまで『育て上げた』のだ、と。
 この星での優位というマウントを取る為にも、あえて優越感を滲ませてザルバは言う。
 ――しかし。
「そうは思わない」
 ディードは機械的な音声で一蹴した。
「撤退させたと言っても、数がまず違う。こちらは先遣隊で、数だけで言えば圧倒的に負けている。にも関わらず、奴等が負った被害はどうだ?」
「人類とて、『他の』ナイトメアと相対するのは初めてのはずだ。油断せずともそれはあり得る話ではないか」
 雲行きが怪しい。思わず人類をフォローするようなことを言ってしまった。
 実際ザルバの言うとおりではあるのだけれど、
「黙れ。我々が追ってきた連中のように無力ならいざ知らず、戦う力を持つと対抗してきたうえで、それだ。自信過剰にも程がある」
 もはや人類に対する解釈が凝り固まっているディードには。まるで響かない。
 ディードはそのまま宣言する。
「この星の『人類』は、我々にとって捕食する価値はなく、滅ぼしても何ら問題はない。ごく近いうちに侵攻を開始する」
 一気にまくし立てたディードに一瞬唖然としてから、ザルバは気を取り直す。
「……流石に待て。既にこの星は我々の取り分だ」
 けれど、ディードは再び――明らかにザルバを見下している様子で、告げる。
「それも認めん。この程度の星で食糧を得る為に悠長なことをしている時点で、お前たちは我々よりも『下』で、ナイトメアとしての失敗作だ。黙ってみていろ」
 それだけ言い捨てて、ディードは高く跳躍する。
 外壁から飛び降りると、その少し先には――彼が乗ってきた巨大な『要塞』の端があった。
 その姿が要塞の中に消えるのを、ザルバは憎々しげに見送ることしか出来なかった。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

過去のストーリー

●Restart
 その日、SALF長官エディウス・ベルナーはニューヨークを訪れていた。
 グロリアスベースの強化拡張の為の改修に使われたのはフィッシャー社のドッグ。
 それだけでも有り難いのに、年の暮れにはそこをナイトメアに狙われてドッグに被害を出してしまった。
 その御礼とお詫びの為に、エディウスは自らフィッシャー社の本社に出向いたのだ。

「改修の為に設備を提供して頂けたこと、大変感謝しています。その設備に被害を出した件については……」
 本社のCEO室。
 珍しく『客人』となったエディウスは頭を下げかけたけれども、それを対面のソファーに座ったレイ・フィッシャーが手で制する。
「ノープロブレム。被害と言っても一発防壁に風穴を開けられた程度で、既にメンテナンスが始まっている。何より、あの改修は世界にとって必要なものだ。それに比べたらあの程度は安いものだ」
 そう言ってからからと笑った後、レイは確認するように尋ねた。
「して、こうして赴かれたということは」
「お陰様で完了の目処が立ちまして、私が戻り次第ドッグを離れて再び洋上移動を始めます」

 改修によって大きく変わったことが二つある。
 一つは、先んじて建造が完了していた巨大戦艦『レヴィアタン』を格納・整備する為のドッグができたこと。これでいざとなればレヴィアタンを空中の『ベース』として動かすことも容易となる。
 もう一つは、グロリアスベース自体の防衛機能の強化だ。
 昨年のロシア戦線の際にノヴァ社が実戦投入したイマジナリーシールドMOD『ナディエージダ』。ライセンサーの手を借りてサンクトペテルブルクという都市一つを守りきったかの障壁は、規模を変えてグロリアスベースにも投入された。それ以外にも、やはり専用のEXISを用いるキャノン砲も数基設置された。
「しかし今更といってはなんだが、ナディエージダといえばサンクトペテルブルクで使用した際にはライセンサーが軒並みダウンしていたはずだ。その辺りの負担についてはどうお考えを?」
 レイの疑問に対し、エディウスは「ご心配なく」と返す。
「それについては、アルビナ社長らノヴァ社の精鋭部隊のおかげである程度改善しています」
 グロリアスベースがサンクトペテルブルクよりも小さいことを踏まえて、出力の調整を行ったのだ。やはりライセンサーに負荷はかかるものの、ぎりぎり気絶まではいかずに済む程度にはなった。
 バリアとしての威力こそロシアのものに劣るけれど、デメリットも減った。安定性を増した改良型ということもあり、ベースのそれには『ナディエージダ・ドゥヴァ』という名がつけられた。ドゥヴァとは、ロシア語で『2』を表す単語である。

「これからはどう動かれるつもりかな?」
「つい先日ですが、東欧でナイトメアの大規模襲撃があったようです。状況次第では向かうことになりますが……これも戦場によっては、レヴィアタンの出番かもしれません」
「存分に使ってほしい。その方が開発に携わった甲斐があるというものだ」
 などと話していると、CEO室の入口扉付近で待機していた秘書がエディウスの腰掛けるソファーの後方までやってきた。
「長官、本部から至急戻って欲しいとご連絡が」
 腰を低くしてそう報告する秘書に、エディウスは怪訝な顔をする。
「至急? なにかあったのか?」
「国連の方から、放浪者について相談があったようです。取り急ぎの対処をSALFにお願いしたいと」
「……対処?」
 新たにやってきた放浪者が何か問題でも起こしたのだろうか、と思ったけれども、一人や二人のレベルの話であればエディウスのところまで話が来るまでもなく現場で処理されるはずだ。
 秘書も若干困惑している様子を隠さずに、エディウスに報告を続けた。
「これまでにない規模の放浪者の集団が、宇宙船と思しき船に乗ってニュージーランドに降り立ったようなのです」

●troubleshoot
「何よアレ……!?」
 セレスト・アッカーは前方の光景に唖然とする。

 ニュージーランドはレイクサムナーにあったインソムニアがなくなって以降、完全とは程遠いとはいえ、ナイトメアの脅威は確実に取り除かれつつあった。セレストも自身がライセンサーとなってから、事あるごとに故郷であるニュージーランドには足を運んでいる。
 『それ』を見てしまったのはたまたまニュージーランドを訪れていたからというただの偶然だけれども、それにしても気味が悪い。
 何やら巨大な物体が、小高い丘の頂上付近に刺さっている。
 いや、刺さっている、という表現は適切ではない。何せその物体は、虚空から急に姿を見せたかと思うと、そのまま後方から火の噴出を伴いながらも地上へと落下していったからだ。地面に角度をつけて激突したまま動かないのは、めりこんだ、というべきだろう。
「船……ってことは、ナイトメアか放浪者……?」
 細かい形状までは流石に分からないけれども、落ち方からしてそんなところだろう、と考えてからハッとする。
 距離があっても目につくほどの体積だ。当然、激突時は地震かと思うほど近隣の大地が揺れた。
 そうなると船の搭乗者がどちらであろうと問題が発生してくる。
 ナイトメアなら新手だ。戦力としてどれくらいか分からないけれども、アレだけ派手なやり方でやってくるのだ。エルゴマンサーの一人や二人いてもおかしくはない。折角いなくなったのに。
 放浪者だとすると、単純に被害がよろしくない。
 前の世界で何か特殊な能力を持っていようと、地球にやってきたての放浪者はその能力を失っていることに気づいていないか、気づいていても戸惑っているはずだ。また、流石に指揮官を失っていても「ここに獲物がいます」アピールをされてはナイトメアも黙ってはいないだろう。
 そして……前者の可能性もなくはないけれど、あの不時着っぷりからすると後者の可能性が極めて高い。
 とりあえずSALFへ連絡を送ろう。
 セレストは通信を取るべく駆け出した。

●unknown
 実に嘆かわしいことになった。
 というか、正直なところ色々とピンチだ。
 元はと言えば、あのナイトメアとかいう奴等の侵略だ。ワタシたちの能力では抗うにも防戦もジリ貧、最終的には故郷の星を追われることになってしまった。実に悔しい。
 で、だ。問題は続く。
 星中の技術の粋を集めた船はぎりぎり完成した為星から逃れることは出来たけれど、流石に航行テストも何もしていないわけだ。予想もしていないトラブルの一つや二つ起きる。
 案の定、ちょっと次元を跨いでみたら出力系統がマズイことになった。いや、直前までナイトメアに追われていたから、技術トラブルでない可能性もある。
 不幸中の幸いなのはどうやらナイトメアをまくことは出来たらしいことだが、何にせよまともな着陸は出来ず、新たな大地には思い切り激突する羽目になった。けが人もちょっと出た。
 そして目下一番の問題は……この星にもナイトメアらしき存在がいることなんだが……。
 更に困ったことに、かろうじて自分の身を守るくらいの役割を果たせていたワタシたちの能力が、何故か使えない。


<ペンギン?>
「いやこれどうしろって言うんだペン!!!?」

 取り囲む異形の存在を前に、能力が使えないことに気づいてしまったワタシは思わず叫んでいた。
 その直後、異形の存在が奴等の後方からふっ飛ばされ――開けた視界の先にいる『ナニカ』が

「でかい、ペンギン?」

 何やら戸惑った視線をこちらに向けていた。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

●bewilderment

<ペギー>
「……随分と技術が進んでいるのだな」
 グロリアスベースへ向かうキャリアーの中で、放浪者・ペギーはそう感嘆の息を漏らした。

 ニュージーランドに次々と不時着した、放浪者たちを乗せた船。
 地球のものとは異なるテクノロジーで動いていた為、駆けつけたライセンサーやSALFの職員の技術力では直すことは困難そうだった。
 一方で肝心の放浪者には、直すための資材がない。
 元々放浪者の保護は国連からSALFに対して依頼された案件だ。一応両方とも揃っていると言える、シヴァレース・ヘッジ博士の待つグロリアスベースへと運搬するのが適切だろうという判断に至った。
 船も、大きなものになるとキャリアーくらいはある。
 ワイヤーやベルトで固定して運搬するのも一苦労だけれど、それでも、放浪者たちの警戒を解くには『船ごと』救ける必要があるのだ。

 警戒を緩める為の一策として、「職員の仕事の邪魔をしない」という条件付きで放浪者たちはキャリアー内の散策を認められている。
 ペギーが腰を落ち着けるのに選んだ場所は、キャリアーの動力部にあたるエリアだった。
 キャリアー本体のサイズの割に、動力部は意外と狭い。
 高速移動を可能にしているIMDのことは掻い摘んで聞いていたとはいえ、その狭さを意外に思っていたペギーの言葉を聞き、部屋に待機していたエンジニアが苦笑いを浮かべる。
「ベクトルの違いだと思いますよ。『進んでいる』のであれば、資材を船が墜落した場所へ運べば直せる話です」
「言われてみれば確かにそうだ」
「こちらからすると、『世界を渡ってくる』ことを技術を駆使して実現した方が驚きです。今までにこの世界に来た放浪者は、偶発的にやってきた方ばかりですから」
 その褒め言葉にペギーは一瞬得意げに胸を張ろうとして、やめた。あまり誇れるような状況でもない。
 放浪者。
 自分たちと同じように、世界を渡ってきたもの。そしてやはり自分たちと同じく、元の世界で駆使していた能力は失われているらしい。
 そんな者たちが集う世界に自分たちがやってきたのは、果たして奇跡か偶然なのか。それとも……?
 などと考えていると、エンジニアの胸元で音が鳴った。ポケットから取り出したのはおそらく通信端末の類だろうとペギーが推測していると、「は?」エンジニアは目を丸くした。
 それからいくらかのやり取りを経て通信を切ったエンジニアは、何やら困惑していた。
「どうした?」
「貴方たちの仲間と思われる船が新たに捕捉されたので、貴方たちを送り届けた後にそちらに向かうのですが……いや、メンテナンスの時間がないな、と思いまして」
「そうか、忙しいな……ワタシも技術者の端くれとして何かそれくらいは手伝えれば良かったんだが、『ベクトルの違う技術』では下手に手を出しても足を引っ張るだけだろう」
「それに、貴方がた技術者には船を直すにあたって詳しく色々と伺う必要もありますし」
 それもご尤も。
 納得しているペギーは、エンジニアの微妙な内心の正体に気づかなかった。

 放浪者たちの船が現れたのは、事実。
 ただしそれはニュージーランドでではなく、欧州、イベリア半島。ナイトメアと人類の戦力が衝突する戦闘地域で、である。
 流石に『終わった』戦場であるニュージーランドのように穏やかにはいかないだろう。

●Appearance

ザルバ
「どうも最近『食糧』が勝手に現れるな。私が不在の間に何かあったか」
 北欧、オリジナル・インソムニア。
 ”ホーム”から帰還したナイトメア総司令官・ザルバは、目の前に跪く二人の側近に尋ねた。
「いえ、特には何もなかったはず」
「『ルルイエ』が陥落したようですが、それとはおそらく無関係でしょう」
 放浪者の出現は、実際のところ今度はイベリア半島だけでなくナイトメアの支配地域にも及んでいた。船なんて目立つ形で現れれば、いやでもナイトメアの目にはつく。
 ただ、流石に同じようなケースが複数発生した要因となると、フォン・ヘスにもクラインにも思い当たるところがなかった。

 ――答えは、まさにその直後にオリジナル・インソムニア近辺の上空に現れた『要塞』が教えてくれることになるのだけれども。

「なるほど、『別の勢力』が追い立て回していたということか」
 その姿を目の当たりにしたザルバは目を細める。
 しかも要塞にはナイトメアとして見覚えがある。その勢力を統べる、司令官のことも知っていた。

●???
 ザルバが要塞の姿を見つけた頃、イベリア半島ではさらなる異変が起ころうとしていた。

 放浪者の集団の話については、現地のSALFスタッフも把握している。
 だから突然現れた船についてはそこまで動揺はしなかったけれど……追うように上空に出現した『そいつ』には驚愕せざるを得なかった。

 例えるならば機械めいた赤い鳥。
 ただ、それが決して穏やかなる存在ではないことはすぐに分かった。
 何故なら――そいつは瞬く間に『変形』を遂げ、ヒトのような二足の姿になったかと思うと――手にした砲を、地上へと向けたのだから。

「ナイトメアの、機械兵器……?」
「いや、でもあいつ、あの放浪者を追ってきたんじゃ……?」
 などとどよめく支部スタッフを、現地の司令官が一喝する。
「どちらでもいい、早くライセンサーにアサルトコアでの出撃を要請しろ!」
 あの高さと、アサルトコアに匹敵するサイズでは生身では手も足も出ないだろう。スタッフは急ぎ、ライセンサーおよびアサルトコアの出撃を本部へと要請した。

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)


「今度イベリア半島か……」
 イベリア半島に放浪者の船が複数現れたことの報告を受け、取り急ぎ保護の指示を出した後、SALF長官エディウス・ベルナーは思わず険しい表情になった。
 理由は二つ。
 一つは、欧州では既に地中海あたりが新たな戦いの火種になる気配が高まっていること。
 もう一つは、イベリア半島自体が、人類とナイトメアの勢力圏争いが断続的に高頻度で発生する戦闘地域であること。この紛争のさなかに放浪者が現れたとしたら、もしナイトメア側に渡ってしまったら『食糧』或いはそれに類する何かにされるのは目に見えている。
 もっと言えば――これはどうしようもないことだけれども、ここまでくるとナイトメアの支配地域にも出現している可能性がある。流石にどこにいるか分からないそれを救い出す余裕は、今のSALFにはない。
 放浪者たちには申し訳なく思いつつも最後の可能性の話をひとまず考えないことにして、取るべき対処に目を向ける。
 イベリア半島に不時着した放浪者も救わねばならない。
 ナイトメアの『食糧』にされることを防ぐのももちろん理由の一つだけれども……放浪者の中に何人かいる、次元を渡る機構を生み出した『技術者』から、より彼らとナイトメアの関係性について情報を得る必要があるからだ。
 放浪者たちは、こちらと話すこと自体は拒んではいないものの、ナイトメアに対抗できているということからある種の警戒を持っている、らしい。エディウス自身はまだ会話をしていないので伝聞での話だけれど。
 特に技術者たちはその傾向が強く、また時々何かを考えている素振りを見せている者もいることから、彼らから情報を得られれば何か有益なことが分かるのではないかと考えられたのだ。
 考えている内容を明かさないのは彼らが頑なに口を閉ざしているのか、或いはまだ彼らの中でも不確実だからなのかは不明だけれど、どちらにせよそこに踏み込むには放浪者をよりよく識り、よい関係を築く必要がある。その為にも、イベリア半島のミッションは逃せない。


 エディウスが執務室で思考に耽っているその頃。
 第一陣としてグロリアスベースに到着した放浪者の中にいた技術者ペギーは、「この星の技術を見たい」という希望通りに研究所エリアに招かれていた。

「か、かわいい……」
「そうかぁ……? サイズ的なことを考えると、ちょっと怖いくらいだが」
 実質的な施設の長であるシヴァレース・ヘッジ博士とその補佐、リシナ・斉藤がペギーと引き合わされた時の二人の反応である。無論、前者がリシナだ。
 研究所勤めがそれなりに長いとは言え、リシナとて年頃の女性だ。かわいいものだとかきれいなものだとか、そういうのには多少なりとも心惹かれるものはある。それがたとえ、人間の少年くらいは背丈のあるペンギンのような個体だとしても、彼女の感性が「かわいい」と言えばかわいいのだ。
 かわいい、という表現はもちろん彼女的には褒めてはいるのだろうけれど、ペギー的にはあまりうれしくない。むぅ、と嘴を閉じて唸った。
「救出されたときにも言われたのだが、この星にはワレワレとよく似た生物がいるらしいな。ペンギン、といったか」
「サイズはだいぶ違うが、まぁいるな」
「画像もありますよ!」
 むしろペンギン自体がリシナのお気に入り。見せびらかした彼女のスマートフォンの背景はまさにペンギンだった。しかも、ペギーに外見的特徴が酷似しているイワトビペンギン。大きく違うのは、ヘッジの指摘する通りサイズ感だけだ。

<ペギー>
 まるで現物を目の当たりにしたかのように感激しているリシナを見、ヘッジはため息を吐いた。
「リシナの好みの問題はおいといて、だ。お互い技術者らしいし、まぁ情報交換といきましょうや」
「情報交換……」
 ペギーはその単語を噛みしめるようにつぶやいた後、無言になった。
 その無言を警戒の証明と受け取ったヘッジは、
「申し訳ない。少し先走りすぎたな」
 頭を掻いて切り口を変えた。
「俺たちに限らず、まず相互理解が必要だな。信用に足ると思ったら、知っていることを教え合えればいい」
 強引さのないその提案が意外だったのか、ペギーは呆けたように嘴を小さく開けた。
「SALFは放浪者の……あー、放浪者ってのは……」
「こちらへの道中で聞いた。異世界からやってきた者をこの世界ではそう呼ぶのだろう?」
「話が早くて助かる。で、だ。SALFでは“放浪者”という呼称が成立する程度には異世界からの転移者を認知し、そして受け入れている。このグロリアスベースを少し歩いてみれば、SALFと放浪者が良好な関係性を築いていることを理解してもらえるはずだ」
「まるで自由に出歩いても構わないように聞こえるペン」
「いや。実際にそう言ってるんだが」
 最新技術の塊にして世界防衛の最前線であるグロリアスベースには当然立ち入り禁止区域も存在するするけれども、何も知らない放浪者が出歩いたくらいで問題にはならないだろう。
「つい最近セキュリティも見直したばっかりだしな。多少妙な動きされたくらいじゃビクともせんのでご心配なく」
「まずは実際にグロリアスベースを歩いてみてください。そして私たちSALFを信頼できると感じてくれたら、これからのことをお話をしましょう」
 得体の知れない世界に漂流し、以前ペギーらを取り巻く状況は安心に程遠い。
 しかし、疑心暗鬼に陥って頭ごなしに否定していては状況が好転しないのも事実だ。
「……わかったペン。今はそちらの言う通りにしよう。それがワタシなりの譲歩であると理解してほしい」
 そして街に出たペギーは目撃することになる。
 グロリアスベースをごく普通に出歩いている――見知らぬ世界の『放浪者』たちの姿を!


 散発的にナイトメアとの交戦が繰り広げられているスペイン近郊では、先日発生した地中海沿岸部への攻撃に触発され、SALFによる監視網が強化されたばかりだった。
 幸いナイトメアに大きな動きはなく。そして幸いなことに強化された監視網がペギーの同胞らしき大きな船の出現を観測したのが数時間前。
 ナイトメアとの競合地域ではあるものの、だからこそナイトメア側が動く前に救出部隊を出そうとSALFが用意していた時、『それ』は現れた。
 出現したのはペギーの同胞ではなく、ナイトメア側の――それも地球上では未確認の機械兵器らしきものだった。
 地球に転移してきたペギーの同胞らは、元の世界では所持していた能力を失っていた。
 そんな彼らが異世界転移後の不調を抱えたままの船で右も左もわからずに彷徨っていれば、ナイトメアにとっては良い的である。
 あっという間に船は攻撃を受け、墜落。
 炎上を始めてもなおナイトメアによる攻撃は続き、船の各所で繰り返し爆発が生じた。
『……どうした? なぜ反撃してこない?』
 機械兵器の一つが怪訝そうに首を傾げた。
 異世界への強引な転移で無理が生じていることは百も承知だが、いくらなんでも無抵抗が過ぎる。
 所詮ナイトメアに狩り殺される程度の下等な生物には過ぎないけれど、転移する前には必死の抵抗を見せてくれたはず。
『まさか……諦めたのか? 何のために星を見捨ててまで生き永らえたのやら』
 侮蔑――いや、どちらかといえば落胆だろうか。
 ここまで彼らを狩り立てたのは自分たちだ。しかしだからこそ、何もかもをかなぐり捨てて逃げ回る様にはそれなりに歯ごたえを感じていたのだけれど――。
『お前たちは弱すぎた。ディード様に召し上がっていただく価値すらない』
 弱者を食らっても『到達』できない。
 食らう必要も見逃す必要もない。成長の可能性など考慮に値しない。
 『今』弱いものは、いつまで経っても『弱者』に相違ない。
 弱いものがいる――ただそれだけで世界の鮮度は落ちてしまう。
『――すべて駆除する』
 船に銃口を向けた機体が何かに感づいたように振り返った。
 この戦域に接近しているものがいる。望遠してみれば、どうやら輸送用の船と――そこから発進する大型の兵器が見える。
『この世界の在来種か? 随分と活きがいいな』
 こちらの動きを捕捉して、そこから迎撃部隊を出撃させるまでの対応が極めて速い。
 すでに他派閥のナイトメアがこの世界に侵攻しているはず。
 ならばあり得ない話だ。“在来種が元気よく迎撃に乗り出してくる”など――堕落の証に他ならない!
『全機、攻撃対象を変更。下等種族どもにナイトメアの力を見せてやれ』

(執筆:津山佑弥
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)
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