●Restart
その日、SALF長官エディウス・ベルナーはニューヨークを訪れていた。
グロリアスベースの強化拡張の為の改修に使われたのはフィッシャー社のドッグ。
それだけでも有り難いのに、年の暮れにはそこをナイトメアに狙われてドッグに被害を出してしまった。
その御礼とお詫びの為に、エディウスは自らフィッシャー社の本社に出向いたのだ。
「改修の為に設備を提供して頂けたこと、大変感謝しています。その設備に被害を出した件については……」
本社のCEO室。
珍しく『客人』となったエディウスは頭を下げかけたけれども、それを対面のソファーに座ったレイ・フィッシャーが手で制する。
「ノープロブレム。被害と言っても一発防壁に風穴を開けられた程度で、既にメンテナンスが始まっている。何より、あの改修は世界にとって必要なものだ。それに比べたらあの程度は安いものだ」
そう言ってからからと笑った後、レイは確認するように尋ねた。
「して、こうして赴かれたということは」
「お陰様で完了の目処が立ちまして、私が戻り次第ドッグを離れて再び洋上移動を始めます」
改修によって大きく変わったことが二つある。
一つは、先んじて建造が完了していた巨大戦艦『レヴィアタン』を格納・整備する為のドッグができたこと。これでいざとなればレヴィアタンを空中の『ベース』として動かすことも容易となる。
もう一つは、グロリアスベース自体の防衛機能の強化だ。
昨年のロシア戦線の際にノヴァ社が実戦投入したイマジナリーシールドMOD『ナディエージダ』。ライセンサーの手を借りてサンクトペテルブルクという都市一つを守りきったかの障壁は、規模を変えてグロリアスベースにも投入された。それ以外にも、やはり専用のEXISを用いるキャノン砲も数基設置された。
「しかし今更といってはなんだが、ナディエージダといえばサンクトペテルブルクで使用した際にはライセンサーが軒並みダウンしていたはずだ。その辺りの負担についてはどうお考えを?」
レイの疑問に対し、エディウスは「ご心配なく」と返す。
「それについては、アルビナ社長らノヴァ社の精鋭部隊のおかげである程度改善しています」
グロリアスベースがサンクトペテルブルクよりも小さいことを踏まえて、出力の調整を行ったのだ。やはりライセンサーに負荷はかかるものの、ぎりぎり気絶まではいかずに済む程度にはなった。
バリアとしての威力こそロシアのものに劣るけれど、デメリットも減った。安定性を増した改良型ということもあり、ベースのそれには『ナディエージダ・ドゥヴァ』という名がつけられた。ドゥヴァとは、ロシア語で『2』を表す単語である。
「これからはどう動かれるつもりかな?」
「つい先日ですが、東欧でナイトメアの大規模襲撃があったようです。状況次第では向かうことになりますが……これも戦場によっては、レヴィアタンの出番かもしれません」
「存分に使ってほしい。その方が開発に携わった甲斐があるというものだ」
などと話していると、CEO室の入口扉付近で待機していた秘書がエディウスの腰掛けるソファーの後方までやってきた。
「長官、本部から至急戻って欲しいとご連絡が」
腰を低くしてそう報告する秘書に、エディウスは怪訝な顔をする。
「至急? なにかあったのか?」
「国連の方から、放浪者について相談があったようです。取り急ぎの対処をSALFにお願いしたいと」
「……対処?」
新たにやってきた放浪者が何か問題でも起こしたのだろうか、と思ったけれども、一人や二人のレベルの話であればエディウスのところまで話が来るまでもなく現場で処理されるはずだ。
秘書も若干困惑している様子を隠さずに、エディウスに報告を続けた。
「これまでにない規模の放浪者の集団が、宇宙船と思しき船に乗ってニュージーランドに降り立ったようなのです」
●troubleshoot
「何よアレ……!?」
セレスト・アッカーは前方の光景に唖然とする。
ニュージーランドはレイクサムナーにあったインソムニアがなくなって以降、完全とは程遠いとはいえ、ナイトメアの脅威は確実に取り除かれつつあった。セレストも自身がライセンサーとなってから、事あるごとに故郷であるニュージーランドには足を運んでいる。
『それ』を見てしまったのはたまたまニュージーランドを訪れていたからというただの偶然だけれども、それにしても気味が悪い。
何やら巨大な物体が、小高い丘の頂上付近に刺さっている。
いや、刺さっている、という表現は適切ではない。何せその物体は、虚空から急に姿を見せたかと思うと、そのまま後方から火の噴出を伴いながらも地上へと落下していったからだ。地面に角度をつけて激突したまま動かないのは、めりこんだ、というべきだろう。
「船……ってことは、ナイトメアか放浪者……?」
細かい形状までは流石に分からないけれども、落ち方からしてそんなところだろう、と考えてからハッとする。
距離があっても目につくほどの体積だ。当然、激突時は地震かと思うほど近隣の大地が揺れた。
そうなると船の搭乗者がどちらであろうと問題が発生してくる。
ナイトメアなら新手だ。戦力としてどれくらいか分からないけれども、アレだけ派手なやり方でやってくるのだ。エルゴマンサーの一人や二人いてもおかしくはない。折角いなくなったのに。
放浪者だとすると、単純に被害がよろしくない。
前の世界で何か特殊な能力を持っていようと、地球にやってきたての放浪者はその能力を失っていることに気づいていないか、気づいていても戸惑っているはずだ。また、流石に指揮官を失っていても「ここに獲物がいます」アピールをされてはナイトメアも黙ってはいないだろう。
そして……前者の可能性もなくはないけれど、あの不時着っぷりからすると後者の可能性が極めて高い。
とりあえずSALFへ連絡を送ろう。
セレストは通信を取るべく駆け出した。
●unknown
実に嘆かわしいことになった。
というか、正直なところ色々とピンチだ。
元はと言えば、あのナイトメアとかいう奴等の侵略だ。ワタシたちの能力では抗うにも防戦もジリ貧、最終的には故郷の星を追われることになってしまった。実に悔しい。
で、だ。問題は続く。
星中の技術の粋を集めた船はぎりぎり完成した為星から逃れることは出来たけれど、流石に航行テストも何もしていないわけだ。予想もしていないトラブルの一つや二つ起きる。
案の定、ちょっと次元を跨いでみたら出力系統がマズイことになった。いや、直前までナイトメアに追われていたから、技術トラブルでない可能性もある。
不幸中の幸いなのはどうやらナイトメアをまくことは出来たらしいことだが、何にせよまともな着陸は出来ず、新たな大地には思い切り激突する羽目になった。けが人もちょっと出た。
そして目下一番の問題は……この星にもナイトメアらしき存在がいることなんだが……。
更に困ったことに、かろうじて自分の身を守るくらいの役割を果たせていたワタシたちの能力が、何故か使えない。
<ペンギン?>
「いやこれどうしろって言うんだペン!!!?」
取り囲む異形の存在を前に、能力が使えないことに気づいてしまったワタシは思わず叫んでいた。
その直後、異形の存在が奴等の後方からふっ飛ばされ――開けた視界の先にいる『ナニカ』が
「でかい、ペンギン?」
何やら戸惑った視線をこちらに向けていた。
(執筆:
津山佑弥)
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)