1. グロリアスドライヴ

  2. ヘルプ

  3. 小説

赤坂イチズはラブコメ主人公になれそうにない

「かわいい~~~っ!!」

 華やかな女子の声が重なった。
 SALFライセンサー、赤坂 イチズは男らしく腕を組んで椅子に座っていたのだが、そんな声が聞こえてはジロリと精悍な眼差しをそちらに向けてみる。

「えー、めっちゃかわいいやん」
「うんうんっ、ステキだよね~!」

 楽しそうに声を弾ませているのは二人の女子。彼女達の熱心な視線は、もう一人の別の女子の指先――多色に煌くオパールグリーンに彩られた爪に注がれていた。
 ふむ、とイチズは彼女達を順に見やった。このSALF小会議室に入室する際に見た、戦術勉強会の出席者名簿……そこに書かれていた名前を思い出す。
(確か……)
「すごーい! かわいい~っ! かわいい~~っ!」
 ひときわはしゃいでいるのが、ライセンサー育成校である久遠ヶ原学園に所属している女学生、有坂 芽衣。
「これどこのネイルなん? 発色めっちゃええなぁ」
 まったりした関西弁で話すのが、SALFの士官学校生徒である春野 知佳。
「これ? フィッシャー・コスメの新作なんだ。期間限定カラー」
 はにかみながらも答えた、異国情緒ある長身の少女は、シャラヴィン・ソウドゥ。
「ええー! フィッシャー・コスメの!?」
 ソウドゥの言葉に、はしゃいでいた芽衣が今度は声をひっくり返す。

(フィッシャー……フィッシャー社か?)
 ネイルやらコスメやらはてんで分からないが、その単語は傍から聞いていたイチズにも分かった。フィッシャー・コア社。それは北アメリカ唯一のメガコーポレーションであり、世界最大の企業。化粧品からアサルトコアまで、かの企業が取り扱っていない商品はないと謳われるほどだ。
 こすめ、ぶらんど、男であるがゆえにイチズには一生縁のないものだろうが、フィッシャー社の商品ならば、さぞ信頼がおける商品なのだろう。あのソウドゥという少女、見る目があるのだな。ウンウンとイチズは一人で納得していた。

 さて、その間にも少女達の会話は盛り上がっているようで、
「あそこのお化粧品って結構……ええお値段しはるよね……?」
 知佳は目をパチクリした。かのブランドは、デパ地下のコスメ売り場の『一番いいところ』で必ず見かけるほどのレベルだ。学生のお小遣いではなかなか手を出しにくいはず。
「ふふ。この前の任務でMVPに選出されてね、報酬が弾んだんだ。それで、ちょっと奮発してみた」
 ソウドゥはちょっと誇らしげにそう言った。「「すごーい!」」と少女二人の声が重なる。ライセンサーの任務とは、その成果が素晴らしいほど報酬が引き上げられ、特に目覚ましい活躍をした者はMVPとして追加報酬を得ることができるのだ。

 なるほど。一方のイチズは感心に包まれていた。女子なるイキモノは、任務報酬をそんな風に使っているのか。
(となると、オシャレな女子ほど報酬を多く得ている……つまりそれだけ強者、ということなのかッ!?)
 ならば時折見かける、ブランドで身を固めた婦女子の強さとはいかほどなものなのか。きっと巨大なナイトメアも指先一つでダウンに違いない。それに、あのハイヒールの鋭さを見たか。あれでナイトメアの心臓など一突きなのだ。おそるべし。まことにおそるべし。イチズは戦慄を覚えた。

「芽衣も知佳も、綺麗な形の爪してるから、ネイル似合うと思うよ」
 震えるイチズをよそに、女子達の会話はまだまだ続く。ソウドゥが二人の少女の指先を見る。
「私ねー、もうすっごい不器用で! ぜんぜん綺麗に塗れないんだよねー」
「あ~わかるわ~、乾く前にどっかぶつけちゃってヨレてもうたり……」
「そうそうそれーーー!」
 芽衣と知佳が「わっかる~」と意気投合している。なお、会話の内容の九割はイチズには理解できなかった。漠然と、プラモデルの塗装みたいなものなのかなぁ……と思っていた。
「あ、せや! こないだな、駅前でおいしいジェラート屋さん見つけてん。すぅごいおいしくって~」
 ここで、知佳の言葉によって女子の話題はネイルからスイーツへ。「写真ある? みせてみせて!」と芽衣が身を乗り出せば、知佳がスマートフォンで撮った写真を二人に披露した。
「ひゃー! かわいい~~っ!」
 可愛らしく盛りつけられた鮮やかなジェラート、その写真に芽衣が瞳を輝かせる。
「わー、素敵。おいしそう……」
 ソウドゥもじっと写真を見つめていた。
(じぇらーとってなんだ……!?)
 一方、イチズは次から次へと飛び出してくる女子の呪文についてこれなくなっていた。されど「オシャレ=強い」ならば、彼女達の会話に強くなる秘訣があるやもしれぬ。
「スイーツなら~、私は久遠ヶ原学園近くのカフェがオススメかな! あそこのスコーンがさっくさくで~」
今度は芽衣が話し始めた。次から次へと議題が上がれば、イチズはバッと鞄からノートを取り出した。此度の勉強会で使用する予定だったものだ。エンピツをライセンサーの身体能力を用いて超速で取り出し、彼女達の言葉をしかとメモしてゆく。

(そうか……そうかッ!)

 イチズは目をカッと開いた。エンピツを走らせつつ気付いた真実――戦術勉強会はすでに始まっていたのだ!
(抜き打ち的に始めるとは、SALFもなかなかアジなことをするッ!)

 ※実際はそうではない。

(常在戦場とは正にッ! いいだろう、この赤坂イチズ、全身全霊を以て学び尽くしてやろうではないかッッ!!)

 ※繰り返すが彼女達の会話は戦術勉強会に全く関係はない。

「ソウドゥちゃんって、モテそうやねぇ~。好きな子とかいはるん?」
 イチズがバリバリエンピツを迸らせる一方、知佳が穏やかな笑みでソウドゥを見やった。
「ぼく? いやいやいや」
「わわわっ。その言い方は何だか……イミシンっ!」
 芽衣が「きゃー」と手を合わせれば、ソウドゥは顔を赤くして「いない、いない」と有耶無耶にする。
「君達はどうなの?」
 そして矛先を逸らすようにソウドゥが二人を見渡せば、肩を竦めたのは知佳だ。
「んえー。うち、卒業までに彼氏とラブラブしてみた~い……」
「えっえっえっ知佳ちゃん彼氏いるのっ!?」
 芽衣がなぜか顔を真っ赤にする。「おらへんわーい!」と知佳は苦笑しながら芽衣の肩をポフポフ叩いた。
「憧れるよねー、ロマンティックなプロポーズとか!」
 ポフポフされつつ、芽衣がほぅと溜息を吐いては理想を綴る。
「やっぱり……夜景を見ながらビルの屋上でっ!? 君の瞳にカンパイっ!? ひゃー!」
「それちょーっとキザすぎへん? うちはそんなんされたら引いてまうわ~」
 ポフポフをやめた知佳が笑う。するとソウドゥが、「じゃあ知佳はどういうのがいいの?」とニマニマしつつ尋ねた。「えー?」と知佳が照れ臭そうに考える。
「うちなら~、ストレートに“彼女になって下さい!”みたいなのを、こう、放課後の教室で……って何言わせてんのよ、もー!」
「いいじゃないか、可愛らしくって」
 ソウドゥは楽しそうだ。「ほんま堪忍してえよ~」と知佳は耳まで顔が赤い。
「ねえねえ! ねえねえっ!」。
 ここで芽衣が、ことさら楽しそうに声を弾ませた。
「男の子はどう思ってるのかな? そういう、告白のことっ!」
「ふむ、そういえばどうなんだろうな」
「赤坂君、どないなん?」

 ――え?

 イチズの世界の時間が、一瞬止まった。
 彼がエンピツを止めてゆっくり顔を上げれば、女子達がイチズを見ている。
「まだ勉強会始まらないしっ、こっちで一緒にお喋りしよーよ!」
 ぴょんと軽快に芽衣がやって来る。
「へえ、予習してたのか? すごいな、君は。ノート見てもいいかな?」
 イチズの手元のノートに気付いたソウドゥも、芽衣と一緒に彼の近くへ。
「赤坂君もモテそうやねぇ、ストイックさんやし~」
 二人が立ち上がったので、知佳もついでにイチズの傍へ。
「えっ アッ そのっ」
 見られる前にノートをピャッと閉じては、イチズはしどろもどろである。

 ――説明しよう! 赤坂イチズは女子に慣れていないのだッ!

「任務一直線って感じで、イチズ君すごいよね! 専科、グラップラーだっけ?」
 だというのに、
「君って今、いくつだったっけ。学生? どこの学校? 部活やってる?」
 少女達が、
「なあなあ、彼女いはるん~?」
 笑顔を向けてッ!

「アッ そのっ えっとッ なんというかッ 俺はッ」

 イチズは慌てながら少女達を見渡した。
 女の子がそばにいる。否が応でも知覚情報がやって来る。
 男よりも華奢で守りたくなる肩とか。
 艶やかな眼差しを縁取る長い睫毛とか。
 ふっくらしたピンク色の唇とか。
 さらりとこぼれる綺麗な髪の毛とか。
 ふわっと漂うシャンプーのいい香りとか。

(あっ……おんなのこの……にほひ……)

「……   」
 その時、イチズは自らの臨界点が爆発する音を確かに聞いた。

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 そしてイチズは、アクション映画さながらに窓から逃走したのである。パリーン。
「……」
 取り残された女子、ポカーン。







「……はッ!!」

 イチズがカッと目を覚ませば、麗らかな木漏れ日がその目に映った。
「お目覚めですか?」
 同時に、イチズを覗き込む優しげな女性の顔も視界にあった。
「ファ――」
 イチズは目を見開く。そして己の状況を理解する。

 ――この女性に、膝枕をして頂いているッ!

「大丈夫ですか? 私、ビックリしました。貴方が窓から落ちてこられたんですもの……」
 イチズが言葉を失っている間にも、膝枕してくれた女性は「大丈夫ですか?」と心配そうだ。透き通るような澄んだ声だ。話し方もゆったりとしていて、非常に耳に心地いい――
(じゃなくてッ!!!)
 イチズはパッと身を起こした。危ない所であった。あれ以上あのままでいると、後頭部に感じるふともものやわらかさとしたからみえるほうまんなおっげふんげふんにころされてしまうところであった。あぶない。まことにあぶない。
「あっ、どうか安静に……」
 そんなイチズの精神状況など知る由もなく、彼女は気遣いの眼差しを向けてくれる。首から提げている身分証には「SALFオペレーター 館末 ナツカ」と記載されていた。
(な、ナツカさん……か)
 可憐な名前だ――いやそうじゃなくて。イチズは顔をブンブンと振る。
「どこかにお怪我があれば一大事です。念のために、一緒に救護室へ参りましょう?」
 立ち上がったナツカが、包み込むような優しい声でそう言う。
「きゅッ、救護室ッ……!?」
 イチズは息を詰まらせた。ありがちな展開。保健室シチュ。男の浪漫。よからぬ妄想がホワワンと――
「あら、ひょっとして、お医者さんは嫌いでしょうか? 大丈夫ですよ、私が同行いたします」
 そんなイチズを見て、ナツカは彼が病院嫌いか何かだと判断したようだ。落ち着かせるようにニッコリ微笑んで、ナツカがイチズの手を握った。

 ――え?

 イチズの世界の時間が、再び止まった。
 握ってくれたナツカの手。小さくて、すべすべで、白くって、指先まで細くって、柔らかくて、あったかくって……武器ダコまみれの男の武骨な手を、慈しむように包み込んでくれていて。
 顔を上げれば、優しい微笑み。全てを受け入れて、全てを許してくれる、そうまるで聖母のような……。
「ウワアアーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」

 そしてイチズは血を吐いて死んだ。







「俺は無力だッ……」

 イチズは号泣しながら、空になったジョッキをゴンッと卓に置いた。
「いやー、まあ、うーん……元気出せよ」
 その隣では、イチズの友人ライセンサーであるユーゴ・ノイエンドルフが苦笑を浮かべていた。

 とっぷり夜、男臭いラーメン屋台、イチズの話を聴いていた店主はカラカラ笑いながらカラアゲをサービスしてくれた。

「なんでそんなに女子が苦手なんだ? おんなじ人間だろ~?」
 ユーゴは未成年ゆえに、酒ではなくウーロン茶を飲みながらイチズを見やる。
「わがらん゛……」
 ションボリしながらカラアゲを頬張るイチズが弱々しく答える。「そっかーわかんないかー」とユーゴは肩を竦めるしかない。
「てゆーか割とラッキーじゃん、ナツカさんに膝枕してもらうとかさ」
 あの美人オペレーター、狙っている男子は多いと聞く。ラーメンをズズズと啜るユーゴが言う。
「うぐううううう 俺に女子力さえあればッ!!!」
 イチズはまた涙を溢れさせながら肩を震わせた。それから「オヤジもう一杯!」と顔面を決壊させたままビールをお代わりした。
「ウーン、女子力は違うと思うな!」
 ユーゴは「せめて鼻水は拭けよ」とおしぼりを友人に投げ寄越す。イチズは鼻をチーンとかみつつ、溜息と共に背中を丸めた。
「ユーゴ……お前は凄い男だよ……」
 そのままイチズが呟けば、「え、何が?」とユーゴが聞き返す。
「こないだも、女の子と食事に行ったんだろう……ッ」
「女の子と食事ぃ? ……ああハルカとか。別に、デートとかじゃないぜ? あん時は流月も一緒だったしな」
「俺には……到底……無理だッ……そのようなッ……!」
「お前は深刻に捉えすぎなんだっつの、別に殺されるわけじゃあるまいし」
「殺されるんだッッッ!!!」
「お、おう、そうか」
 グワッと言い返されては、ユーゴはお茶を飲んで間を開ける。それからややあって、
「そうだなぁ……イチズ、まずはちょっとずつ、さりげない挨拶から始めてみたらどうだ?」
「と……いうと?」
「遠巻きから“よう”って会釈するだけとか、そんなんだよ」
「つまり……?」
「つまりって……会話は続けずにサラッと? すれ違いざまに的な?」
「その心は……?」
「めんどくせーなお前、そういうの女子に嫌われんぞ」
「ぐぬうッ!!?」
「まあ、まあ、今日はもう飯食って帰って風呂って寝ようぜ」
「うむ……」
 ユーゴに背をポンポン叩かれ、イチズは幾度目かの溜息を吐いては、自らの掌を見澄ました。
「修行が足りんな……明日から筋トレメニューを増やすしかあるまいッ」
「イチズくーん、どっちかっつーとイメージトレーニングの方が良くないか~……?」
「筋肉は全てを解決するのだッ!」
「解決してないと思うなー……?」
「健全なる魂は健全なる肉体にこそ宿るのだッ!」
「ナツカさんの膝枕で鼻血ふいたくせに?」
「やかましーーーーーーーーいッッ!!! ふぐぅぅぅぅ」
「泣くなよ……涙拭けよ……ほら俺のチャーシューやるからさ……」
「ウッス……」
「元気出せよ……」
「うん……」


 ――赤坂イチズはラブコメ主人公になれそうにない。



『了』
(執筆:ガンマ)
推奨ブラウザ:GoogleChrome最新バージョン