●そして時は動き出す
<メメ・メメル>
<ナイトメア・イブ>
「決着だ」
戦いの顛末を見届けたメメ・メメルが呟いた。
ナイトメア・イブは元々かなり無理をしていた。
穿たれた亀裂は徐々に広がり、ついにはイブの全身をくまなく浸食した。
パキパキと硝子が砕けるような音と共に、膝をついたイブの顔が崩れていく。
「……そう、何もかもが上手くいくハズもない」
“友達になってほしい”――。
そんなくだらない言葉がイブにとっては猛毒だった。
受け入れられたからこそ致命傷。ならば否定も肯定も、どちらでも結末は決まっている。
イブと言葉を交わしたライセンサーたちの間に動揺が走る。
つい先ほど、今目の前で、ようやく戦いが終わったというのに……。
「そんな顔をするのは止せ。くくく……リア充どもめ。まさか我の言葉を真に受けたわけではあるまいな? ナイトメアと人間が……友達になど、なれるはずもなかろうに」
低く笑い声を上げ、イブは空を見上げる。
異空間が崩れていく。イブにはもうこの小さな世界を維持する力がない。
「無念だ、メメ・メメル。“檻”が崩れ去れば、貴様らの魂は自由だ」
「あ、やっぱり? この異世界転移って、完全なものじゃなかったんだね~☆」
弱ったイブの力ではメメルたち全員を転移させることはできなかった。
故に、魂のみ――意識のみ吸い出して、この小さな檻に押し留めた。
「……そうか。メメル校長たちが異世界の異能を扱えたのは、この世界に完全に転移したわけではなかったからか」
水月ハルカ(
lz0004)の推測通りである。
通常の放浪者であれば、この世界の法則に縛られる。
どちらでもない者だからこそ力を持ち、この檻に縛られ……そして檻が砕ければあるべき場所に還るのだ。
「まぁ~つまり~? これでお別れってカンジぃ~?」
「マジかよ!? 唐突すぎんだろ!?」
「いずれ別れが訪れることも覚悟はしていたのが……」
ユーゴ・ノイエンドルフ(
lz0027)に続き、集まってきたムーン・フィッシャー(
lz0066)が呟く。
空間の崩壊を見れば誰もが理解する。これがこの戦いの決着なのだと。
「イブ、一つだけ聞かせて! このお祭り騒ぎ……楽しんでくれた?」
エミリー・ルイーズムが問いかける。
少女の姿をした怪物はまるで感情を持つかのように、眉を顰め、目を逸らし、小さく溜息を零した。
「楽しいわけがあるか、ばか」
「……そっか♪」
「おーい! この空間崩壊って巻き込まれたらまずいんじゃないのー!?」
「話の流れから推察するに、私たちは元の世界に戻れるようですが……ライセンサーの方々にとっては危険なのでは?」
コルネ・ワルフルドとテス・ルベラミエが同時に問うと、イブは小虫でも追い払うように「しっし」と手を振る。
「その通りだ。完全に崩壊すればどのような害があるかわからんぞ。尻尾を巻いてとっとと逃げるんだな。キャリアーとかいう空飛ぶ船ならば、問題なく逃げ切れるだろう」
「おっけー☆ よーしみんな、お祭り騒ぎは“来た時よりも美しく”、だ! 短い間だったけど、ライセンサーの皆々様はこの学園の生徒見習い! 迷子がいないように最後まで安全にお送りするのだ☆」
「「「おぉ~~~っ!!」」」
メメルの号令に従い、ライセンサーらは撤収を開始する。
そんな中、メメルは一人でイブへと歩み寄った。
すでに立っていることも出来ないのか、地に這いつくばったその頭にメメルは自分の三角帽子を乗せる。
「チミのおかげで大変な目に遭ったよ。何か弁明はあるかね~?」
「特にないな。十分に足掻いた」
<コルネ・ワルフルド>
<テス・ルベラミエ>
「そかそか。ところでチミは――実際のところ、“ナイトメア”なのかな?」
イブは答えなかった。答える術を知らなかったから。
自我らしきものを得たのもついこの間だ。自分が本当のところは何者かなど、わかるはずもない。
「オレサマは想像(イメージ)したのだ。実はチミもこの世界に来た生徒の一人で、魂だけの存在で……この悪夢から解放されたチミは、本物のフトゥールム・スクエアで目を覚ます。とっても愉快でイケイケな仲間たちがチミ
の冒険を待っているのであった☆」
「――ハ。くだらない冗談だ」
「悪いジョークはお好きだろ~? この空間の崩壊に巻き込まれる人なんていやしないぜ。なかったものがただなくなるだけなんだからね。……“自分が砕け散るところを見られたくないだけ”にしては、大げさな冗談だ♪」
「ぐっ……。貴様だけは本当に最初から最後まで嫌いだ……!」
「そう? でも、オレサマは嫌いじゃないのだぜ☆ 一時の夢であったとしても、チミはこの学園の生徒だからね♪」
帽子の上から怪物の頭を撫でる。
ガラスの結晶が雫のように、きらきらと地に伝った。
ぱっと花火が散るように、人型の結晶が崩れた。
残された帽子を拾い上げ、メメルは笑顔で空を見上げる。
「学園長おぉおおお~~~!!」
「おお~、ユーゴたん&フレンズの皆々! 無事に全員逃げられた~?」
「全軍撤退完了だ。……イブの方は……そうか」
残骸と化したイブを見下ろし、ハルカはすべてを理解する。
きっとこの瞬間を見られたくなかったのだろう。
友達になってもいいと言ってくれた彼らに、“友達になってくれたが故に砕けてしまう”、自分の姿を。
<メッチェ・スピッティ>
<キキ・モンロ>
「管理人が消滅し、もともと不安定だったこの空間もいよいよ限界を迎えたようだメェ~」
「お、おぉ……あんた布団に入ったまま登場して布団に入ったまま退場するのか……」
メッチェ・スピッティはすでに簀巻き布団で寝入っている。
それを運んできたキキ・モンロは、両腕を広げて笑った。
「雪なの! 雪が降ってきたの~~~♪」
それは正しくは砕けて消えていく空間の残滓。
小さな小さな結晶は、確かにこうして見上げれば雪のようだ。
誰もが自然と視線を持ち上げると、その中心に待ち構えていたかのように異世界への門が開いた。
「あの穴……そうだ、こっちの世界に来る前にも見たよね」
「はい。つまり、あそこから元の世界に戻れるものと推測されます」
コルネとテスが呟くと、ハルカは戦闘で汚れた手を拭う。
「事件解決へのご協力、心より感謝する。後のことは我々に任せてほしい」
「お礼を言うのはこちらですわ。水月様も、どうかお元気で」
ハルカとテスが握手を交わしたのと皮切りに、なんとなく場はお別れムードとなった。
「ユーゴ、カップ麺ありがと~なの……っ!」
「お前はほかに言うことないのか!? ……まあ、キキらしくていいか」
「クリスマスパーティーの準備も手伝ってくれてありがとう! ユーゴもムーンも、離れていても友達だよっ♪」
「む……我は任務に従ったまでのこと……。だが……エミリーの見せてくれた踊りは、きっと忘れぬであろう」
生徒らが別れを惜しむ姿をコルネは少し遠巻きに眺め、優しく笑みを浮かべた。
「さて、おうちに帰るまでが遠足だよっ! キミたちも急いで撤収!」
「世話んなった! ありがとな!」
ユーゴが拳を掲げ、迎えにやってきた最後のキャリアーへ仲間と共に駆けていく。
「バイバイ、なの~~~~!!」
遠ざかっていく異世界の島の上、一時の友情を結んだ仲間たちは、いつまでも光の中で手を振っていた。
●エピローグ
「ん~~~~~~む…………」
世界のすべてを理解できるだなんて傲慢な考えは持ち合わせていないが、それにしたってこんなにわからないものだろうか。
今生における天才の代名詞といっても過言ではないシヴァレース・ヘッジも、今回の事件にはお手上げだった。
現地に向かったライセンサーからの証言はどうにも支離滅裂で一貫性がない。
何かこう、色々とぶっ飛んだことをしていたような記憶があるようだが、なんにせよ確実性のある証言とは言えないだろう。
そもそも今回の作戦がなぜ発令されたのか、エディウス・ベルナーもシヴァレース・ヘッジもろくに覚えていない。
命令した側が記憶できていないのだから、命令を受けた側が覚えていないのも無理はないだろう。
「で、だ。その上で一部のライセンサーが記録してくれた画像・映像・音声やらを分析してみたんだが……」
「何かわかったのかね?」
「いや、なんも。めちゃくちゃノイズ入ってるからな。だが、“確かに存在はした”という裏付けにはなるんじゃないかね。誰だって何もない場所でカメラなんざ回さないからな」
「だが――例の“Xポイント”には何もなかったのだろう?」
そこにかつてひとつの島があったことも。
その島に巨大な魔法学園があったことも。
異世界から来た少し変わった友人たちがいたことも……。
「ああ。特に何も。だだっ広い海のド真ん中だ」
「記憶を削除するナイトメアなんて反則もいいところだよな」
グロリアスベースは既にドックを出て新たな戦いの航海に出た。
自然と流れ込む潮風に身を任せ、ユーゴは広場のベンチにどっかりと腰掛ける。
「最前線に立っていた記憶はないが……たった一つだけ確かなことがある。ユーゴ……君が敵に拿捕されたという事実だ」
座標や出来事はあいまいになったが、“ユーゴの救出”という小目標までは消えなかった。
よって、ハルカの記憶の中には“なんだかよくわからないがユーゴに迷惑をかけられた実感”だけが残されている。
「自分が覚えてないことで謝るのも変な感じだけどな……悪かったよ」
「それに関しては同感だ。どうも謝られてもしっくりこない。よってこの件は水に流そう」
「ありがてぇ」
二人はそれなりに長い付き合いだが、今回の事件ではムーン・フィッシャーも同行していたという。
なんとなく以前より親しみは感じるのだが、彼女はグロリアスベースに打ち上げられたという父親を案じて病院に向かい、それからまだ一度も顔を合わせていない。
次に会った時……彼女にどんな感情を抱くのだろうか。
「認識を操るナイトメアが存在するのであれば、相当の脅威だ。私たちは警戒と対策を密にしなければならない。だが……不思議ともうこんなことは起こらないような、そんな確信めいた予感があるのだ」
「そうだな。ヤバイ能力なんだが、不思議と危機感はないんだよな」
「それも敵の能力……なのかもしれないな」
風と共に沈黙が二人の間を通り過ぎていく。
ふと、ユーゴのスマートフォンがアラームを鳴らした。
「またカップ麺か。もう少し食生活に気を遣ったらどうだ」
「いやー、無性にこいつが食いたくなったんだよ。お前も一口どうだ?」
「見くびるな。君の食事にたかるほど落ちぶれては……」
ぐぅ~~。
そういえば今日はまだ何も食べていなかったり。
「無理せず食えよ、ホラ。お前には今回も助けられたんだからよ」
「……いや、私は……」
「安心しろ。フォークは二つある」
ひとつのカップ麺を分け合っていると、ふとユーゴが思い出したように言った。
「なんかこうやってカップ麺を分け合ってるとよ……青春っぽくね?」
「そうなのか?」
「俺もあんまり詳しくないんだけどよ。こういうの、“リア充”って言うらしいぜ!」
グロリアスベースに当たり前の日々が戻ってきた。
謎の島と秘密の学園を舞台にした冒険は、こうして幕を下ろしたのであった。
●プロローグ
<公認申請ちゃん>
「聞こえますか……異世界からの旅人よ……」
自分が何者なのかもわからないまま、そのナイトメアは世界と世界の狭間を彷徨っていた。
いや、吹っ飛んでいたとか転がっていたとか、そんな表現の方が正しいのかもしれない。
メメ・メメルの魔法で既にやられていたので、その人物がどんな様子だったかはよく覚えていない。ただ――。
「私の名前は公認申請ちゃん。この世界のすべてを公認する者……」
はい?
「何者にもなれぬ可哀そうingなあなたを、この私が認めましょう。レッツ公認!」
その人物は摩訶不思議なポーズと共に光を放ったのだ。
公認の光を浴びたナイトメアは彼女から姿形を預かって……あとはなにか色々なサムシングで誕生した。
「あなたを公認です。しかし、ただ公認を受けただけではこの世界に存在するとは言えません。誰かと認め合い、お互いに触れ合うことで存在を確かめる。これはそういう物語です」
背中を押して、その人は笑った。
「楽しみなさい。すべての存在は例外なく、願われてここにいるのですから」
あの時のよくわからんヤツが何を言いたかったのか、結局イブにはわからなかった。
「どうせ消えるとわかっている夢に、意味はあるのか? どうせ叶わないとわかっている夢に、価値はあるのか?」
問いかけにあるライセンサーが答えた。
だったら答えはそれでいい。どうせなら気に入った未来を選択しよう。
自分は迷い、問うて、いずれは消える悪夢。
「私はリア充にはならない。私は陰キャで“十分”だ」
“誰の思い出にも残らないこと”を最後の意趣返しとしよう。
「楽しかったか?」
目を閉じて想像する。
もしも“次”があるのなら、本物のフトゥールム・スクエアに行ってみたい。
そしたら今度は自分から言ってみよう。
私と友達になってください――と。