●Belphegor
「……なあエンピレオ、俺たちはいつまで続くんだ?」
「いつまで? 妙なことを言いますね。進化に終点などありませんよ」
「お前は……終わりがなくていいの? 永遠に辿り着かないゴールへ、走るのって、さぁ~……いや、お前はそれでいいタチだったな……」
「果てがないからこそ挑むのですよ。停滞は怠惰です」
「……大したもんで。じゃあ俺は怠惰でいいや~……」
「バルペオル」
「ンだよ」
「またザルパ君に叱られますよ」
「……ブーメラン投げてんじゃないよキテレツが。ノルマは達成したからいいだろ。俺は寝る」
「そうですか。ではまた、バルペオル」
「ああ、『酒池肉林』は自由に使っていいから。おやすみエンピレオ。……起きた時に死んでたらさよーなら」
エンピレオという『門(インソムニア)』でこの世界に来て、ザルパに命令されたことの最低限をこなして、終わったから寝て――
今、起きた。
「……あれ。まだ人類、生き残ってたの? ったく皆もっと働けよ俺の分まで……はぁ」
その溜息は金色の煙となり、黄金絢爛たる不眠城を満たしていく……。
●黄金の済度
――黄金の霧の地に行けば救われる。
中国を中心に、都市伝説めいてまことしやかに囁かれる、そんな噂。
最初は些細なものだった。小さな小さな与太話だった。
だが――
【堕天】事件の収束後から、その噂は大きくなり始めていた。
同時に発生する、中国を中心とした行方不明事件。
遂には
ナイトメア事件としてSALFの目に留まることとなる。
SALFによる調査の結果、件の噂を吹聴しているのは、人類救済政府をはじめとするレヴェル達であると判明。
同時に、『黄金の霧の地』とは南陽インソムニア『酒池肉林』ではないか、とするのがSALFの見解である。
「南陽インソムニア、『酒池肉林』か……」
北方部隊長ハシモフ・ロンヌスは情報部からの報告書に眉根を寄せた。
ハシモフは北方部の者ではあるが、南陽インソムニアを中心としたナイトメア支配地域は、ロシアのナイトメア支配地域と隣接している。本件において北方部は積極的だ。
「武漢防衛戦……泉州防衛戦……、どうも嫌なことを思い出すな」
ハシモフに答えたのは、MS-01J『飛燕』を代表機体とする紫電重工が代表、紫電 帝。彼の表情もまた重い。
――2041年、モンゴルがナイトメアに占領される。SALFが参戦するも戦果をあげられず、難民の保護に終始する形となる。 一部難民はSALFを通じて各国に保護される。
――2042年、武漢防衛戦。抵抗空しく2ヶ月で陥落。日本への撤退作戦が行われる。
――2050年、泉州防衛戦。中国南部がナイトメア支配地域となる。
この泉州防衛戦の結果に伴い、「日本に戦域が拡大する危険性がある」と日本政府の国策により、紫電グループのアサルトコア開発部門「紫電重工」に技術者が集められたのだ。
「ロシアのに比べりゃインソムニアの規模こそ小さいが。……まあロシアにゃ二つもあったんで比較対象としては不適切とはいえ」
ハシモフは『酒池肉林』に関する書類をめくる。かの地は確かに、外見は『黄金の霧』に閉ざされている奇異なインソムニアである。酒池肉林という悪趣味な名称は誰が呼び始めたのかは不明だが――
「ロクでもない予感がするのは確かだな」
あのエンピレオの『隣人』を務めており、【堕天】事件時に一切干渉してこなかった、というのもハシモフの不快感を引き立てるファクターだ。人間の感性ではおよそ理解できないモノがある。
――兎角。
「酒池肉林の情報収集は順次。まずはアホな噂を垂れ流す『馬鹿(レヴェル)共』の取り締まりだ」
全く敵対者に対して口が悪い。ハシモフの言葉に帝は少しだけ肩を竦め、口を開いた。
「こちらも酒池肉林攻略に向けて、開発中のアサルトコアの開発を急がせよう」
「ほう、新作か」
「詳細は企業秘密だがな」
「そういえばノヴァ社も――」
あ。ハシモフはムッと唇を閉ざした。アルビナに「まだナイショにしておいてね」と言われたことを思い出していた。帝は「聞かなかったことにする」という眼差しで、ハシモフを一瞥した。
『了』
(執筆:
ガンマ)
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)