●怯えたAIは悪夢を見るか
「ソラリス隊員は?」
「はっ。現状は安定しているとのことで――精神が疲弊し不安定なことから、戦線復帰は未だ難しそうですが」
SALF北方部。指揮官であるハシモフ・ロンヌスの問いに、隊員が背筋を伸ばして答える。
ハシモフは隻眼で手元の資料を見た。今時、紙の資料というのもめずらしいが、彼にとっては紙媒体の方が目に馴染むのだ。
ソラリスがライセンサー達によって救出され、ようやっと会話ができるようになったのがつい先日のこと。アナログなデータに記されていたのは、ソラリスの証言だ――。
――ソラリスについて。
仲間と共に、ロシアのインソムニア『ネザー』へ潜入任務を行ったものの、失敗。
ナイトメアに捕獲され、想像を絶する人体実験を受けることとなるが、ソラリス自身は辛うじて脱走。他のメンバーの生死不明。
ネザー脱出の為に、ソラリスはネザー内にあった『謎の巨大人型兵器』を強奪し搭乗。
その後、ナイトメアの追跡を受けるも、SALFによって無事に保護された。
――謎の巨大人型兵器について。
アサルトコアに類似した、巨大人型兵器――その名も『ナイトギア』、とのこと。
ナイトメアに滅ぼされてしまった異世界の技術が用いられているという。その技術は難解なものであるため、ナイトメア側は完全解析には至っておらず、ナイトギアは未完成の代物である。
ナイトギアは複数の人間を生体エンジンとして積んで、脳(精神)を刺激することで恐怖させ、その精神エネルギーで起動する。
ソラリスがナイトギアによって恐慌していたのは、精神を恐怖という感情で刺激されていたからだ。……ソラリスが搭乗していた機体より、複数の遺体が発見されている。
ナイトギアは本来、エルゴマンサーが搭乗する対人兵器である。
――ネザーについて。
特殊なフィールドが展開してあり、衛星カメラなどの視認を阻害している。
穴の中はまるで『絵画に描かれる地獄』のように、壁面に沿うように施設が設けられてインソムニアが形成されている。
ネザーは研究所にして工場の役割を持つ。
司令官であるエルゴマンサーの名前は『エヌイー』。外見不明。戦闘屋というより技術者の側面が強い。
――エヌイーについて。
ソラリスの証言や、『過去に行われたネザー及びエンピレオ調査について』を照合するに……
ナイトメアにとっては食事であるはずの人間を使い潰すナイトギアの作製、捕食せずに町一つ分の虐殺を行うなど、ナイトメアらしからぬ行為が特徴。
ソラリスがネザーで得た、エヌイーの理念は以下の通り。
「この世界の人間の発想力は素晴らしい。
人間のポテンシャルは見事なので、今後いっそう彼らは反攻することだろう。アサルトコアによる大攻勢も激化するはず。
だからナイトメアはもっと『対人戦略』をしっかりしておくべきだろう。
ここで培った技術や戦略は、次の侵略にも活きるだろう。
人間は強い。もっと戦闘本能を刺激してやれば、もっともっと凄い技術や戦略を見せてくれるはず。
それを『喰らえば』、我々ナイトメアはもっともっともっと進化できる」
――エヌイーが作製した対人兵器『使徒』について。
人間の脊髄に特殊なナイトメアが寄生することで発生するナイトメア。
エヌイーが作製した対人兵器の一つ。
寄生型ナイトメアが人間の脊髄に寄生し、精神捕食、脳神経や細胞に張り巡らせる極細の触腕による肉体強化及び操作、リジェクションフィールドの展開、その他特殊能力を行使する。
交戦情報、目撃情報は現時点でまだ極めて少ない。
●対処法とカウンター
「……ていうのが、今んとこ分かってることだ」
ニキ・グレイツ(
lz0062)がホログラム資料を見せながら、一同にそう言った。
「ナイトギアに多くの人間が材料にされるってこたぁ……少なくない数の失踪事件が起きているはずだ。ゆえに! 我々SALFはロシアを中心に失踪事件の洗い出しを行った。
結果! レヴェルやナイトメア共が、人身売買やら拉致やらをしてたってことが判明! 我々のオーダーは、この下劣なる侵略行為をぶっ壊すことだ!」
教官の大きな声が響く。
「奴等の跋扈を、決して赦すな!」
●奈落からの亡命者・アフター
時は戻って――
それはソラリス救出任務が完了した直後のこと、SALF所有の空母が港に到着してすぐのことだった。
空母から降りたライセンサーが目にしたのは、ナイトギアが厳重にそして迅速にどこぞへ回収されていく風景である。回収作業に当たっているのは、どうもSALFの者ではないようで……。
「……あ。あの人が付けてるバッジ、ノヴァ社の……」
気付いたのは神崎 花音(
la0020)だ。
「ノヴァ社……ロシアに拠点をおくメガコーポですね。ギラガースを作っているところの」
鈴鴨(
la0379)がそう言えば、正に先ほどそのギラガース――重騎士鎧装【ブロッケン】――に登場していたクリカラ=ドラグレイズ(la2920)がウムと頷く。
不思議に思ったモーリー(
la0149)は、作業の指揮をしているスーツの男に話しかける。
「あのー、『アレ』はどこに運ばれるんですか?」
「……答える義務はありません」
「ほう? かの巨大兵器をナイトメアとの戦闘の末に回収したのは我々なのだが」
男の素っ気ない物言いに対し、異議を唱えるようにエドウィナ(
la0837)が言う。
すると男は一同に向き直り、一瞥すると、彼女らが本物の出撃部隊であることを理解したようだ。「失礼しました」と一礼をする。
「で、なんだってノヴァ社がアレの回収を?」
ケネス・スタンリー・オティエノ(
la0430)が顎で作業風景を示す。スーツの男――ノヴァ社のエージェントが頷いた。
「アレの解析を我々ノヴァ社が行う予定でございまして。……ご安心ください、SALF長官エディウス・ベルナー殿には既に許可はとっております」
「嗚呼、成程。ノヴァ社にとっては、ネザーやエンピレオってのはトラウマだからなぁ――」
ヴラム ストークス(
la2165)が片眉を上げた。
――二〇四九年、ノヴァ社のアサルトコア処女作ギラガース四機編隊、エンピレオ周辺調査に向かうも、ロスト。
ノヴァ社は負けた。ネザーに、エンピレオに、勝てなかった。至らなかった。叶わなかった。
八つ裂きにされ凌辱されたのだ。技術も人員も領土も誇りも守りたかったモノも何もかも。
「アレはネザーで造られていると思しき兵器。その解析を行えば『対策』の発見になるでしょうし、何かしら役立つ技術が見つかるかもしれない――そういうことですわね?」
花咲 ポチ(
la2813)がそう言えば、エージェントは沈黙で肯定を示した。
対し、いぶかしむように十八 九十七(
la3323)が唸るように呟く。
「……ナイトメアの技術を転用する、ってことですの?」
危険ではないのか、何か罠があるかもしれないのではないか。『敵』というモノがどれだけ悪辣かを、九十七は知っている。
「我々は最早、なりふり構ってはいられないのです。既にプライドは奴らによって蹂躙されてしまった。……我々ノヴァ社は、なんとしてもかの『奈落』と『至高天』に打ち克ち――過去の悪夢を打破せねばならないのです」
エージェントは淡々と、しかし瞳には復讐心を滲ませて、こう言った。
「我々は。ノヴァ社は。この国は。勝たねばならないのです。ネザーに、エンピレオに、ナイトメアに」
握り締められたその拳は震えていた。エージェントがどれだけ悲劇と絶望を見、無力感を噛み締めてきたのか、察することができるだろう。
ロシア。それはエレーナ フェドロワ(
la1815)の故郷である。少女はじっとエージェントを見つめると、ペコリと頭を下げた。
「……解析……よろしく、お願い……します」
「勿論です。……ノヴァ社の威信にかけて」
『了』