1. グロリアスドライヴ

  2. 広場

  3. 【PW】

【PW】

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ひっひ、ここは安全さ。人類ごときが立ち入れるわけ、ないだろう?

鏡の魔女:レディ・ミラー

Story 04(8/28公開)

●ジョゼ社

『みな、よく聞いてほしい』
 前触れもなく突如、ペドロ・オリヴェイラのよく通る声が社内の至る所で流れた。
『世界から見ればわりと平和だったとはいえ、我々は常にナイトメアから監視されていた事が発覚したのはついこの前のこと。
 しかしそれもライセンサーと我が社のマリアによって、今や過ぎ去った脅威。
 そして勢いに乗った我々は救出作戦も兼ね、ここ南米最大の脅威とみなされていたバイアブランカのインソムニアへの突撃作戦を敢行した。
 多くのライセンサー達が傷つき、マリアもまた、少なくない損傷を受けた同作戦――』
 よそ行き用の少し堅い口調の言葉を区切り、一瞬の沈黙。
 手を動かしながら聞いていた社員達も思わず手を止めて、次の言葉を待った。
『僕らの勝利に終わったよ』
 その瞬間、ジョゼ社が揺れたのではというほど沸き上がる歓声。
 同僚と抱き合って単純に勝利を喜ぶ者、故郷奪還に泣いて喜ぶ者、色々だった。
 喜びの声が少しでも収まるのを待ってから、いつもの口調でペドロは続けた。
『君たちの中にも居るだろうけど、うちのワイフもアルゼンチン出身だからそりゃあ大喜びするだろうね。とはいえ水を差すようで悪いけど、まだ野良ナイトメアの駆逐やレヴェルの問題が残っているから、まだ平和になったとは言えないからね。これからも気を引き締めて行こう。そしてこの勢いのまま、続けざまにシミクのインソムニアもすぐ攻める事になったから、みんな、次なる吉報を待ちつつよろしくね』
 最後は短くあっさりと大事な事を告げ、放送は終了した。
 社長室でイスの背もたれに身を預けるペドロ。
「君の故郷を奪還してくれたみんなが、またがんばってくれている。ガンマナイフ作戦、再始動。三本の矢がミラーキャッスルを狙う――きっとうまく行ってくれると思うよ。ようやく、君に会いに行ける……もう少しだけ待っててくれ」
 ペドロ以外いない社長室で、誰かへ向けて呟くのであった。



●ミラーキャッスル

 シミクには猛吹雪という厳しい環境の中に、不釣り合いな城がそびえ立つ。
 要塞という体ではなく、居住目的としたかのような作りの、絢爛豪華なすべて鏡でできた城。外だけでなく、天井も壁も床も、全てが鏡である。
 そんな城の中心に、巨大な鏡が一枚。

<レディ・ミラー>
 その前でレディ・ミラーが両手で鏡に触れながらこう、問いかけていた。
「鏡よ鏡、全ての世界でもっとも美しいのは誰だい?」
『それはレディ、貴女でございます』
 何千何万と繰り返し、何千何万と聞いてきたその答えにミラーは老婆のようにひっひと笑う。
「そうだろうそうだろう。私は美しいのさ、この先もずっと、誰よりもね。
 南米が落とされはしたが、癪に障るミザリィが居なくなったと思えばよくやったと人類を褒めたいくらいさ。
 どうせあいつ等はここを落とせはしないよ。お前さんのフィールドで護られているからね」
『はい、レディ』
 その鏡はそう聞かれたらそう返すようにしか学習していないので、実際にはただ言わせているだけなので1人芝居でしかないのだが、ミラーは満足げである。
「それでもどうにかしようとする目障りなやつらは、あいつらでどうにかするだろうさ。ジルの奴も今頃、寒い中であいつ等を待っているだろうしね」
 大鏡にしか見えないコアへ、ほおずりをする。
「お前さんだけはやらせないから安心して未来永劫、私の美しさを称えるんだよ」

 一方、その外では。
 吹雪の中、おばあさんへパイでも届けるかのように赤い頭巾の少女がかごを片手に歩いていた。
「うふふ~、ミラーフィールドを拡大させろっていうのも大変な話よね~」
 籠の中からどう見ても籠より大きいダブルポインタのクォーツを取り出すと、雪の上に突き刺す。そして数10キロ先のポイント目指して歩き出す――もうかれこれ3日、休む事なくこれの繰り返しであった。
 白い息を吐く。
 そこまで寒さを感じていないが、気分的にはとても寒い。そしてとても疲れる。
 らんらんと歩いていた少女だが不意に足を止め、そして頭巾が黒く染まっていく。
「もうやってられるかよ! くそめんどくせー事押し付けやがって、あのババア!」
 悪態をつくと、籠をその場でひっくり返した。
 中から大量のクォーツが零れ落ち、山を築き上げる。
「あたしはてめーの部下になった覚えはねーってな」
 けひひと笑い、満足な様子でその少女はどこかへと姿を眩ますのであった。



●海洋上

 まともな修理も終わらないまま、突撃強襲艦『マリア』は海を渡っていた。
 目指す先は見た目こそ壊滅したかのようなダンダス、その地下である。

マリア
 甲板でホログラムAIマリアがライセンサーに説明する。
『歪な形で城の周囲を取り囲むミラーフィールドですが、生身の軍人や普通の砲撃などに対しては確かに無類の効果を発揮します。しかし解析したところ、ナイトメアのリジェクションフィールドの亜種のようなものだったそうです』
 そえがつまり、どういう事かというと――
『ライセンサーのみなさんで在れば、少しシールドを削る程度で通過できてしまう、ということです。無論、私も同様に。フィールドを張って以降、ミラーキャッスルに引きこもっている事から絶対の自信をもっているのでしょう。今回の強行はその油断を狙っての、奇襲です』
 時間を置けばフィールドがあまり意味をなさない事に気づかれるかもしれない。もしくは新たなワンダーガーデンが展開されるかもしれない。
 そんな事をさせないためにも間を置かず、こうして向かっているのだ。
『私はダンダスハーバーで潜み、第一矢と第二矢の部隊が攻めいって敵の意識と戦力をそちらに向けさせている間に、突撃します』
 ドリルを使って2度目のインソムニア突撃。
 ワンパターンでもライセンサー達の今の実力であれば、それこそがもっとも最速で効果的だろう。
 マリアが深々と頭を下げる。
『短い周期でのインソムニア突撃にみなさんもお疲れでしょうが、みなさまだけが頼りという状況です。どうかよろしくお願いします』

(執筆:楠原日野
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

過去のストーリー

●ガンマナイフ作戦と狐の包囲網

 複数のインソムニアを陥落させた人類はその勢いのまま、ナイトメア達に対して強気の攻勢へと転じる流れができあがっていた。
 特にアメリカではそれが顕著で、北米南米インソムニア同時進攻作戦が展開された。
 少数のライセンサーと多くの軍人をひと部隊として、多数の部隊が広範囲でナイトメアを駆逐すると共に、インソムニアへと集結していくという作戦――それが北米のガンマナイフ作戦である。
 南米ではジョナ・ハラデイ率いる『暁の狐』によってジャングルからナイトメアを駆逐し、南米インソムニアを包囲する『狐の包囲網(当初はこちらもガンマナイフ作戦と呼称予定だったが彼女らによってそう呼ばれている)』が展開されていた。
 少し前であれば無謀だったかもしれないが、いまや一騎当千の活躍をするライセンサーが多くいるからこその作戦であった。
 作戦は今のところ、成功と呼んでも差し支えない。
 その影――いや、ほぼ隠れていない影には、ジョゼ社社長、ペドロ・オリヴェイラその人の援助が大きいだろう。
 そのおかげか市民の間ではもう間もなくナイトメア達は駆逐されると信じられ、ナイトメアの脅威を忘れ始めていた。

 ――それが、ナイトメアの逆鱗に触れた。



●魔女の集会

 どこかの小さな町が燃え盛るが、逃げまどう人の姿はすでにない。かわりに人々は地面へ物言わぬ者となり果て、転がっている。
 それも、おびただしい数が。
 もはや生きている者などいないと思った矢先、幼い少年の泣き声。
 砲弾でも受けたかのように穴だらけな住宅の前で、火の明かりに照らされながら少年が泣き叫んでいた。
 その少年の前に、地面へ届かんばかりの漆黒の様な黒髪を揺らした、長身の美女が立つ。
 黒を基調としたドレスに、ローブと呼んでも差し支えないものを肩にかけている。
 目尻の下がった艶のある目で、少年を見下ろす美女。柔和ながらもどこか薄ら寒さを感じさせる薄い笑みを浮かべ、前髪をいじっていた右手を高々と振り上げた。
「こんなものを私に見せて、何がしたいのかしら」
 空間を断裂せんばかりに、手刀を振り下ろす。
 すると泣いてばかりの少年が邪悪な笑みを浮かべ、後ろに飛びすさる。
「おいらのワンダーガーデンは、どうかなー?」
 頭を揺らす少年が大きく膨らみ、ピンク色のパステルカラーで着ぐるみのような、ウサギっぽい人型へと変貌する。
「おやおや。お気に召さなかったかい、ミザリィ」
 少年の立っていた空間が裂け、虹色のような不思議な断面から声がしたかと思うと、緩いウェーブのかかった鏡のような銀髪をした美女が姿を現す。
 絢爛豪華な白いドレスだが開いた胸元が下品さを醸し出していて、その吊り上がった紫色の唇から傲慢さが滲み出ていた。
「バレットから聞いたお前さんの趣味の一部始終、うまく再現させられただろう?」
「こんな世界に呼びつけておいて、ずいぶんなおもてなしね。取り巻きの力を見せたかったのかしら、ミラー」
 細くしなやかな指でゴキゴキと骨を鳴らしながら、拳を握る。
「そうツンケンするでないよ、要件はちゃぁんとあるさね。
 お前さんでも、ルルイエがどうなったか耳にはしてるだろう?」
「知らないわねぇ。興味ないもの」
 その言葉に偽りがないと言わんばかりなミザリィの態度に、ミラーの眉間には皺が深く刻まれた。
「そうかいそうかい。
 でもね、ハオヘアのやつが人間どもに負けたと聞けば、少しはお前さんも興味もつんじゃないかい」
 ミザリィの遠くを見つめるような視線が自分に向いたと感じ取ったミラーは、眉間の皺を緩めてミザリィにゆっくりと近づく。
「最近はねぇ、うちの領土を人間どもがずいぶん深いところまでくるようになってね。
 お前さんは知らないだろうけど、聞けばお前さんのとこもずいぶん人間どもに好き勝手されてきているそうじゃないか」
「そのようね。人の間のニュースではよく聞くわ。
 アメリカ全土の奪還も間近――そんな風潮が強いかしら」
「……お前さん、それをどう思うんだい?」
「おもしろくはないわね」
 ミザリィの回答に我が意を得たりと言わんばかりに、ミラーの眉間の皺は完全に消え、口角をさらに吊りあげる。
「そうさ、おもしろくはないねぇ。
 だからここいらで、人間どもに思い出させてやらないとねぇ――私達の恐怖を」

(執筆:楠原日野
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

●北は夢に侵されて

「いーけいけ、おーいらのなーかまたち~」
 全長2mほどの、一見するとファンシーそうなウサギの着ぐるみっぽい存在――ワンダーガーデナーは大鋏をチョキチョキさせながら、野営地の真ん中で歌い、踊っていた。
 様々な兵器がそこらじゅうにあり、昨日までは軍人とライセンサーが普通に歩いていたはずだ。
 しかし今、人の気配は全く感じられない。
 代わりいるのは50cmにも満たない、小さなぬいぐるみ姿の者達。二列に並んで行進している姿は、ファンシーを通り越して恐怖でしかない。
 野営地を漁っていたであろう1匹が、ずるずると1組の男女を引きずってワンダーガーデナーの前にまで持ってくる。
 眠るように死んでいるその男女は服装からするとライセンサーで、指輪もしている事から夫婦なのだろう。
 どちらもずいぶん整った顔をしており、その顔を見たワンダーガーデナーは大鋏をたいそう嬉しそうに、チョキチョキチョキチョキ。
「キレイな顔! キレイな顔! おいら大好き!」
 興奮する大ウサギは大鋏の先端を下に向ける。
「ど」
 ザスッ。
「ち」
 ザスッ。
「ら」
 ザスッ。
「に」
 ザスッ。
「し・よ・う・か・な~?」
 ザスザスザスザスザス。
「き~めた、まずはこっちから~♪」
 ジョキジョキジョキジョキジョキジョキジョキ、バツン。
「はぁ~たぁのしぃ~!
 よ~し。おいら、も~っと活躍して、レディに褒められるんだ~」
 血濡れの鋏を顔の前でチョキチョキ。
「ああ……はやくレディの顔、刻みたいなぁ~」
 チョキン。


●ファンクと紳士の密会

 南米アマゾンのジャングル。そこのどこかにある、木が密集していて人が踏み入れられない所。
 そこに居るのはつぼみのような頭部に歯が並び、草の身体と手足を持つ大きな人型の植物と、切り株に座って優雅にカップを傾ける小太りの紳士っぽい何か。
「くそくそくそ、おもしろくねぇ! 俺様を呼んどいて、『役に立たないわね』だと!?
 誰のおかげでインソムニアを留守にして、風船みてぇにあっちこっちフワフワしてられっと思ってやがんだ、畜生めが。
 ちょっとつえぇからって調子に乗りやがってよ……ホントにあのアマは気にいらねぇぜ」
「まあ落ち着きたまえよ、我が友ジグテオトル殿。我は君が無事であることを喜ばしく思っているよ」
「しょせん壊されたのは外ッツラだからな。もっと時間さえありゃもっとでっかくなって、あいつらくらい踏みつぶしてやるてぇのに」
 地団太を踏むが虫は踏まず、名も無き希少な花を踏みにじるジグテオトル。
 カップの『樹液』を口に含み、味わいを確かめるように口の中で転がしていた紳士のような何かは樹液を嚥下すると、口を開いた。
「では、それを証明して見せてはどうだろう?
 我の情報によるとだ。この南米でいま最重要拠点とされている『ブラジリア』に、ルルイエ侵略に貢献した巨大な艦がある」
「ああ? なに言ってんだ、ブラジリアってのは知ってるぜ。内陸ででっけー川もねぇ。
 そんなとこになんで、艦があるってんだぁ?」
「何をしているかまでは理解できんが、間違いなくある。我が眷属の情報網を甘く見てくれるな、友よ。
 ブラジリアを潰すだけでも大きな手柄となるだろうが、さらには人類の重要兵器を潰したとなれば、ジグテオトル殿の株も鰻登りというものだろう。
 もしかすれば、放蕩癖のあるミザリィ殿に取って代わる事だってあるやもしれんぞ」
 小太りの紳士っぽい何かはニヤリと笑う。
 するとジグテオトルは大きな口を開け、口角を吊り上げた。ずいぶん不細工で邪悪な笑みである。
「ハハハ! そいつぁいいな、ブラザー!
 そうなりゃ善は急げだ、さっそく俺様はでかい身体を造ってくるぜ。大きいって事は強いって事だって教えてやるぜ!」
 上機嫌なジグテオトルに満足し、腰を上げる小太り紳士っぽい何か。
「さて……そろそろ我も前線に戻るとしようか。
 では友よ。次はブラジリアにて」
「おう。楽しもうぜブラザー!」


●ロマンとマリアと

 ブラジルの首都、ブラジリア。
 そこのとあるジョゼ社の工場敷地内に、とてつもなく大きな物が1ヶ月かけて運び込まれていた。
 突撃強襲艦マリア。
 全長400m、全幅150mにも及ぶ、超巨大キャリアーである。
 空を飛ぶ事を諦めた、海専用のキャリアーであった――いままでは。
 運び込まれてから1ヶ月強、多くの技術者を集め改修が行われてきたマリアはようやく完成の目処が立った。
 そんなマリアを見上げるペドロ・オリヴェイラ。
「いやぁ、ようやくおじちゃんのロマンが叶うねぇ」
 その笑みは歳のわりに無邪気なもので、少年のようである。
 そんなペドロの横に、ウェーブのかかった栗毛色の髪を腰まで垂らした女性が突如として映し出された。
 背が低いと言うより全体が縮小されていて、半透明な彼女はひと目でホログラムだとわかる。
『社長。ご報告があります』
「おいおいマリア、僕のことはアナタと呼んでくれって伝えただろう?」
『統計的にその場限りのご冗談と判断していましたが、正式な登録要請でしょうか』
 ライセンサーとの交流で少しは人間味が見え隠れしてきたマリアのサポートAI『マリア』だが、まだ事務的な口調は変わらない事にペドロは少し寂しそうに笑い、「いや、冗談でいいよ」と答える。
『了承いたしました。ご報告ですが、ここより100km西部の新規ジャングル地帯より異常なエネルギーを感知いたしました。一つの大きな塊から薄く広く、拡大しています』
「そいつはもしかしてやっぱり、アレかい?」
 わかってはいるが、確認のために聞き返すペドロ。
 マリアが頷き、続けた。
『ナイトメアです』

(執筆:楠原日野
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

●ペドロ邸

「いやぁ、肝が冷えるねぇ」
 食卓テーブルで簡素な料理を前にそう言いながらペドロ・オリヴェイラが飲むのはブランデーではなく、麦茶だ。
「調べてみたらここ最近でゆっくりと森が拡大しててね。しかもそれが全部、ナイトメアの一部だったって言うんだから、驚きだよ。
 今は集落をどうにかしようと躍起になっていたジョナ君達が、ナイトメアの森の伐採に励んでいてくれてるから、不意の襲撃も減るんじゃないかな」
 少し冷めた料理を口にして、頷いた。
「北の方はライセンサーのおかげでようやく、やっかいな夢の世界を縮小させることに成功してね。北の勢力をインソムニア周辺に押し込める事ができたよ。あとは時期を見て口説きに行くだけさ」
 麦茶を自分で注いで、一気に飲み干す。
「うん、君の故郷付近もようやく目処が立ってきたよ。だいぶ突貫ではあったけどマリア――ああ、大きな艦の名前なんだけど、なんとか改修も終わったんだ。もう大改造だったよ。ジグテオトルというナイトメアがまた現れたら今度こそ、退治してくれるだろうね」
 空になった皿を手に、立ち上がる。
「ジグテオトルがいなくなれば、分身も居なくなる。拡大していたナイトメアの森もストップしてくれるし、バイアブランカに在るインソムニアを保護する植物も枯れると推測されててね。南の魔女さんも口説けるってわけさ――ああいや、もちろん口説くってのは額面通りの意味じゃないよ。ボクには君がいるからね」
 ウインク一つ向ける、ペドロであった。


●北と南では

 暗がりで、しくしくと泣く声。
 心配するように覗き込む小さなぬいぐるみに囲まれ、大きなウサギのフォルム。
「うぇ~ん、おいらのガーデンが広がらないよう」
 癇癪を起こして帰ってきて以降、ワンダー・ガーデンを広げようと試みるも、すぐにアクセスポイントたるがーでなー人形が破壊される。人類が完全に攻略法を編み出したのだ。
 暗がりの部屋の床から、美女の類ではあるがケバケバシく高慢そうな雰囲気をまとったレディ・ミラーが現れる。
「泣くでないよ、鬱陶しい。今にまた広めるのだから、それまで大人しく力を溜めておくんだね」
「ほんとう?」

<レディ・ミラー>
「本当だとも。メイジーにまた、こいつを設置できる場所を探させているからね」
 ダブルポイントのクオーツを見せると、ウサギ――ワンダー・ガーデナーはぱっと顔を上げて「わかったよ、レディ!」と、ついさっきまで悲しんでいたとは思えないくらい陽気に踊り出す。
(まあどれほどの時間を待つかわかりゃしないんだけどね)
 それまでにおそらく、人類は攻めてくるだろう。
 すぐそこで待ちかまえているのは、知っている。 
(ふらふらしてる連中に周囲を固めるよう言ってはあるけど、レンやメイジーほど従順じゃないからねぇ)
「仕方ない、コアの力を少し使ってシールドを張ろうじゃあないかい」

 近くで野営を張っていた者の情報によると、数日前から浮遊する何かを設置している様を確認。
 そして今日、悪天候の中にそびえ立つミラーキャッスルは巨大なドーム状の鏡で覆われ、拡大するそれに触れたとき、延々と外に弾き出されていたという。
 広大な範囲を覆い尽くされ、その中に入る事ができなくなったという報告が届くのだった。



<ミザリィ>
「それでまた痛い目を見て帰ってきたわけね。
 指示がない限り人の多い都市には手を出すなと、貴方達は言ってもわからないのかしら?」
 黒髪の艶やかな美女、ミザリィが冷ややかな声を巨大な人型植物エルゴマンサー・ジグテオトルへと向ける。
 言い返さないジグテオトルへ続ける。
「人類は馬鹿ではないのよ。おそらく森やここを覆うものがお前から派生しているものだと気づいただろうし、お前の倒し方も理解したに違いないわ。きっと何らかの手段を講じて、ここへと攻めてくるでしょうね」
 ふぅと、わざとらしいため息。
「ここの強化にあの子達を使ってしまったから、服もいらなくなってしまったのが残念ね。
 しばらく私も外へ出るのを控えるのだから、お前もここで大人しくしてなさい。
 もし次ぎも同じようなことをするので在れば、それなりの覚悟をしておく事ね」

(くそくそくそくそくそ、おもしろくねぇ)
 通路を足早でジグザグに移動するジグテオトルは、内心で毒づく。どこでミザリィに聞かれるかわからないから言葉にできないというのは、その強い言葉遣いとは裏腹に、ひどく小心者である。
(やっぱだめだ、ここにはもういられねぇ。幸い、ミラーに呼ばれてっからな。とっととここを見限って、向こうに行くとすっか)
 律儀にミザリィへと従う紳士な友の顔もよぎったが、迷う事なく自分を優先する。
(またでっかい身体を作って、北へ行く。人類なんかが俺様の止め方を思いつくはずねぇだろ、バーカ)
 そうと決まれば行動が早く、ジグテオトルは再び分身や木々を取り込んでまたもあの巨大な移動要塞を形成して北へ向けて動き出した。
 ――人類がそうするのを待っていたとも知らずに。

(執筆:楠原日野
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

●南米インソムニア
 植物型エルゴマンサー・ジグテオトルを討伐した直後、ここ数年、いやもっとそれ以前から不自然に拡大を続けていたアマゾンジャングルで異変が起きた。
 都市へ近づくように延びていた木々という木々が一斉に枯れ果て、消滅したのだ。
 残されたのは木々に隠れ潜んでいた動物のようなナイトメアと、草花。それにかつての古い時代より少しだけ拡大した、『真のアマゾンジャングル』のみだった。
 ジグテオトルの根はそれほどまでの範囲に侵食していたのだと、改めて気づかされる。
 そしてもう一つの変化。
 覆い隠し、近づく者へ大木なり種なりと撃ち込んできて来る者を拒んでいた植物も枯れ果て、南米インソムニアがその姿をようやく現した。
 40mほどの高さで直径1kmはあろうかという大きなホールケーキ状。
 底が丸みを帯びていて、やっとこ鍋と呼ばれる形状に近い黒い建物。入り口は一つしか見えない。
 屋上と呼べそうな部分は鍋っぽく、白い粘性の液体っぽい何かで満たされていた。
 その外観から『Witch's Pot(魔女の大鍋)』と呼称されたそこへ爆撃がなされたが、粘性の液体表面で爆発するばかりで、やはり効果はなかった。
 ――が、その爆撃のさなか動く2つの人影があったとは、主であるミザリィを含め、誰も気づいていなかったであろう。


<ミザリィ>
 恨み辛みの声が聞こえる大きな鍋――鍋と呼ぶにはいささか大きいが――の前で、黒い髪の美女・ミザリィは愉悦の笑みを浮かべていた。
「上々な仕上がりだったようね。愛情を持って育てた甲斐があって、憎悪も相当なものになったわ。
 惜しむらくは『お楽しみ』がない事ね」
 お楽しみ。
 ミザリィの趣味と言えるべき事。
 それは1人の少年少女を残して都市の人間を皆殺しにし、戦災孤児にしたその子供を引き取り愛情を持って育て、大きくなった頃に再びその子以外を皆殺しにする。
 愛情が大きければ返ってくる愛情も信頼も大きなものになると、何度も見てきただけに知っている。
 大きな愛情は裏切りで大きな絶望と憎悪となり、その子は例外なくミザリィを殺そうと一心不乱になって体を鍛え、知識を蓄える。
 そして成長し、殺すために強者となって現れたその子を――食す。
 それがミザリィの趣味だった。
 だから南米の都市を襲ってはいけないと、野良のナイトメアに躾たのだ。
 けっして人類のためなどではない。
「さて、始まる前にあの子を迎えに行かないとね」
 まるで葬儀にでも出掛けるかのように黒いヴェールを被り、ミザリィは鍋を後にするのだった。

(こっちへ来る。下がるよ)
 部屋の入り口で様子を窺っていたジョナ・ハラデイが小声でシャラヴィン・ソウドゥ(lz0009)へと伝え、共に通路へと引き返した。
 爆撃の直後、たった一つしかない出入り口から潜入していたのだ。
 内部構造の把握、それにインソムニアコアの場所。
 それらを知っているのと知らないのでは攻略に大きな差が出来てしまうからと、相当危険な依頼であるにも関わらず、2人は引き受けていた。
 迷路のようでいて侵入者を歩かせるだけの通路を慎重に進み、内部をただ気ままにうろつくナイトメアに見つからないように来た道を引き返す。
 その最中、ソウドゥはしきりに振り返っていた。
「さすがに2人ではミザリィの相手もできんし、コアの破壊も無理だろう。必要な情報は手に入れたんだ、あとは逃げるだけさ」
「それはわかってます。でもあの鍋の意味も調べるべきじゃないのかなって」
「それは私も思ったが、あの鍋の下にあったのがコアだろう。調べるにはリスクが――」
 高いと言葉を続けようとしたその瞬間、2人の間の壁が粉砕された。
 そしてできあがった大穴から、姿を現すのは――
「あら、すでに侵入していたのね」
 言葉を返す前にジョナは撃っていた。
 腕で弾を受けたミザリィが穴を潜ると、穴はゆっくりと直っていく。
「シャラヴィン、行け。行ってここの情報を持ち帰れ」
 腕にできた新たな傷を舐めるミザリィへ、退きながら銃弾を浴びせ続けるジョナ。
 一瞬、躊躇う素振りを見せたソウドゥだが、潜入する前にこうなった時の事を決めていた。
 通路を走り去っていくソウドゥを目で追い、そして退くジョナへ向けるミザリィのその目に、2人への興味が全く、ない。
「好きになさい」
 追いかける事もせず、ミザリィは拳で壁に穴を開けて進むのであった。


●ジョゼ社・社長室
「明日には始まるんじゃないかな」
 ペドロ・オリヴェイラは言う。
「北が引っ込んで大人しくしているうちに、南を攻略する事にしたんだよ。それに、複数の都市にあった孤児院の子供達が軒並みそろって行方不明でね。南米インソムニア『Witch's Pot』に泣き叫ぶ子供が連れていかれたっていう目撃情報もあるからさ、おそらくは孤児院の子供達全員、そこなんだろうって見解さ。だからジグテオトルを倒してほぼ間もないのにマリアには引き続き、向かってもらう事にしたんだ――ああ、マリアってのは君じゃないよ。陸を走る戦艦の名前さ」
 イスの背もたれに寄りかかり、おどけてみせるペドロ。
「君みたいに彼女も強いのさ。彼女に関わってくれるライセンサー達のおかげかな……そうそう、おもしろい提案をする娘がいたり、整備士候補生がいたんだよ。ライセンサーってのは戦うばかりが脳ではないとは知っているけど、そんな方向性の子達もいるもんなんだね」
 茶化すような笑みだったペドロが一転、穏やかな笑みに。
「この戦争が終わった先、彼ら彼女らの居場所も用意しないとね。それが、戦う事を押し付けた側の責任だ」
 その時、ノックする音が。
「失礼します、社長――話し声がありましたが、どなたかいらっしゃいましたか」
「ん、いやぁ、ワイフにちょいとね。それでアデリナ君、どうしたんだい?」
「シャラヴィン・ソウドゥ様よりお電話がありまして、至急、社長にと」
 見れば内線が光っている。うっかり音量を消しっぱなしにしていたようだ。
 潜入を依頼したこのタイミングで、ソウドゥからの連絡。
 ペドロの表情が引き締まり、電話を取った。
「何かあったのかい――うん、そうか。ジョナ君が……うん、わかっているさ。君はゆっくり休んで、後の事は彼ら彼女らに任せるんだね」
 電話を置いたペドロの顔はおどける様子もなく、告げた。
「早急にWitch's Potを落とす必要が出てきたね。ライセンサーのみんなには悪いけども、すぐ攻略へ向かってもらうとしよう」

(執筆:楠原日野
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)
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