●南米インソムニア
植物型エルゴマンサー・ジグテオトルを討伐した直後、ここ数年、いやもっとそれ以前から不自然に拡大を続けていたアマゾンジャングルで異変が起きた。
都市へ近づくように延びていた木々という木々が一斉に枯れ果て、消滅したのだ。
残されたのは木々に隠れ潜んでいた動物のようなナイトメアと、草花。それにかつての古い時代より少しだけ拡大した、『真のアマゾンジャングル』のみだった。
ジグテオトルの根はそれほどまでの範囲に侵食していたのだと、改めて気づかされる。
そしてもう一つの変化。
覆い隠し、近づく者へ大木なり種なりと撃ち込んできて来る者を拒んでいた植物も枯れ果て、南米インソムニアがその姿をようやく現した。
40mほどの高さで直径1kmはあろうかという大きなホールケーキ状。
底が丸みを帯びていて、やっとこ鍋と呼ばれる形状に近い黒い建物。入り口は一つしか見えない。
屋上と呼べそうな部分は鍋っぽく、白い粘性の液体っぽい何かで満たされていた。
その外観から『Witch's Pot(魔女の大鍋)』と呼称されたそこへ爆撃がなされたが、粘性の液体表面で爆発するばかりで、やはり効果はなかった。
――が、その爆撃のさなか動く2つの人影があったとは、主であるミザリィを含め、誰も気づいていなかったであろう。
<ミザリィ>
恨み辛みの声が聞こえる大きな鍋――鍋と呼ぶにはいささか大きいが――の前で、黒い髪の美女・ミザリィは愉悦の笑みを浮かべていた。
「上々な仕上がりだったようね。愛情を持って育てた甲斐があって、憎悪も相当なものになったわ。
惜しむらくは『お楽しみ』がない事ね」
お楽しみ。
ミザリィの趣味と言えるべき事。
それは1人の少年少女を残して都市の人間を皆殺しにし、戦災孤児にしたその子供を引き取り愛情を持って育て、大きくなった頃に再びその子以外を皆殺しにする。
愛情が大きければ返ってくる愛情も信頼も大きなものになると、何度も見てきただけに知っている。
大きな愛情は裏切りで大きな絶望と憎悪となり、その子は例外なくミザリィを殺そうと一心不乱になって体を鍛え、知識を蓄える。
そして成長し、殺すために強者となって現れたその子を――食す。
それがミザリィの趣味だった。
だから南米の都市を襲ってはいけないと、野良のナイトメアに躾たのだ。
けっして人類のためなどではない。
「さて、始まる前にあの子を迎えに行かないとね」
まるで葬儀にでも出掛けるかのように黒いヴェールを被り、ミザリィは鍋を後にするのだった。
(こっちへ来る。下がるよ)
部屋の入り口で様子を窺っていたジョナ・ハラデイが小声でシャラヴィン・ソウドゥ(
lz0009)へと伝え、共に通路へと引き返した。
爆撃の直後、たった一つしかない出入り口から潜入していたのだ。
内部構造の把握、それにインソムニアコアの場所。
それらを知っているのと知らないのでは攻略に大きな差が出来てしまうからと、相当危険な依頼であるにも関わらず、2人は引き受けていた。
迷路のようでいて侵入者を歩かせるだけの通路を慎重に進み、内部をただ気ままにうろつくナイトメアに見つからないように来た道を引き返す。
その最中、ソウドゥはしきりに振り返っていた。
「さすがに2人ではミザリィの相手もできんし、コアの破壊も無理だろう。必要な情報は手に入れたんだ、あとは逃げるだけさ」
「それはわかってます。でもあの鍋の意味も調べるべきじゃないのかなって」
「それは私も思ったが、あの鍋の下にあったのがコアだろう。調べるにはリスクが――」
高いと言葉を続けようとしたその瞬間、2人の間の壁が粉砕された。
そしてできあがった大穴から、姿を現すのは――
「あら、すでに侵入していたのね」
言葉を返す前にジョナは撃っていた。
腕で弾を受けたミザリィが穴を潜ると、穴はゆっくりと直っていく。
「シャラヴィン、行け。行ってここの情報を持ち帰れ」
腕にできた新たな傷を舐めるミザリィへ、退きながら銃弾を浴びせ続けるジョナ。
一瞬、躊躇う素振りを見せたソウドゥだが、潜入する前にこうなった時の事を決めていた。
通路を走り去っていくソウドゥを目で追い、そして退くジョナへ向けるミザリィのその目に、2人への興味が全く、ない。
「好きになさい」
追いかける事もせず、ミザリィは拳で壁に穴を開けて進むのであった。
●ジョゼ社・社長室
「明日には始まるんじゃないかな」
ペドロ・オリヴェイラは言う。
「北が引っ込んで大人しくしているうちに、南を攻略する事にしたんだよ。それに、複数の都市にあった孤児院の子供達が軒並みそろって行方不明でね。南米インソムニア『Witch's Pot』に泣き叫ぶ子供が連れていかれたっていう目撃情報もあるからさ、おそらくは孤児院の子供達全員、そこなんだろうって見解さ。だからジグテオトルを倒してほぼ間もないのにマリアには引き続き、向かってもらう事にしたんだ――ああ、マリアってのは君じゃないよ。陸を走る戦艦の名前さ」
イスの背もたれに寄りかかり、おどけてみせるペドロ。
「君みたいに彼女も強いのさ。彼女に関わってくれるライセンサー達のおかげかな……そうそう、おもしろい提案をする娘がいたり、整備士候補生がいたんだよ。ライセンサーってのは戦うばかりが脳ではないとは知っているけど、そんな方向性の子達もいるもんなんだね」
茶化すような笑みだったペドロが一転、穏やかな笑みに。
「この戦争が終わった先、彼ら彼女らの居場所も用意しないとね。それが、戦う事を押し付けた側の責任だ」
その時、ノックする音が。
「失礼します、社長――話し声がありましたが、どなたかいらっしゃいましたか」
「ん、いやぁ、ワイフにちょいとね。それでアデリナ君、どうしたんだい?」
「シャラヴィン・ソウドゥ様よりお電話がありまして、至急、社長にと」
見れば内線が光っている。うっかり音量を消しっぱなしにしていたようだ。
潜入を依頼したこのタイミングで、ソウドゥからの連絡。
ペドロの表情が引き締まり、電話を取った。
「何かあったのかい――うん、そうか。ジョナ君が……うん、わかっているさ。君はゆっくり休んで、後の事は彼ら彼女らに任せるんだね」
電話を置いたペドロの顔はおどける様子もなく、告げた。
「早急にWitch's Potを落とす必要が出てきたね。ライセンサーのみんなには悪いけども、すぐ攻略へ向かってもらうとしよう」
(執筆:
楠原日野)
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)