1. グロリアスドライヴ

  2. 広場

  3. 【WW】

【WW】ストーリーノベル

Aquellos polvos traen estos lodos.(2/25公開)


ハオヘア
「馬鹿、な……。王が、王が愚民に……屈するというの、か」
 崩れ落ちるルルイエの中でハオヘアは呟いた。
 隊員達は無情にもハオヘアの足を潰した上で、王の間に放置した。自分で戦う術を持ち合わせていない裸の王様は、壊れかけの王の間で無様に藻掻く事しかできなかった。

 何故、このような事になる?
 自分は王だ。神よりも上位の存在だ。

 なのに、聖域は踏み荒らされ、玉座は人間に破壊された。
 ――王を恐れぬ愚者の行為。

「奴らは、所詮ショロトルと同じ……。王の権威も理解できぬ、道化の分際で……」
 ハオヘアの近くへ落下する巨大な瓦礫。
  この城も、沈む。
 夜の獣に踏み荒らされた聖域は、最早聖域ではない。
 王の威厳も権威も通用しない者達に蹂躙されてしまった。
 ハオヘアを王とたらしめた物は――もう、何も無い。
「後に後悔するが良い。自らの行いと、駒として利用される運命を……」
 そう呟いた瞬間、ハオヘアの真上に瓦礫が落下する――。
 それは裸の王様と揶揄されたエルゴマンサーの、惨めな最期であった。


「にゃ?! 海猫隊、大勝利にゃ?!」
 海猫隊専用キャリアー『ニャーカイラム』でニャートマン軍曹(lz0051)は歓喜に震えた。
 SALFへ海猫隊設立を願い出た――あの日。
 カリフォルニアの基地で訓練を続けていたひよっこ達は、ついにルルイエを陥落させるに至った。隊を率いた軍曹としては、隊員達の活躍に感動すらしていた。
「よくやった、よくやったにゃ?。さすが、俺が育てた隊員だにゃ?」
 誰も軍曹に育てられた記憶はないが、隊員達は黙って軍曹の言葉を聞いていた。
 ロシア戦線でもインソムニア攻略に携わった者もいるが、その攻勢はアメリカ大陸にも及ぶに至った。SALFに、ライセンサー達に追い風が吹いている。それは誰の目にも明らかだ。

白神 凪
「軍曹」
 感動の場面に水を差すのを理解していたが、白神 凪(la0559)が軍曹へ呼び掛けた。
「なんにゃ?」
「ルルイエが崩壊する際に妙な黒いコンテナを見つけたぜ」
 隊員が報告するには、ルルイエが砲撃で崩れる際に周辺の石とは明らかに異なる黒色のコンテナがあったというのだ。
 危険物である可能性もある為、隊員は仲間と共に近くまで運び込んでいた。
「軍曹、ニャーカイラムのウインチでこのコンテナを本部まで運べねぇか? 玉手箱の中身に興味あんだろ?」
「分かったにゃ?。やってみるにゃ?」
 ニャーカイラムのウインチを海中へ降ろす軍曹。
 海中で待機していた仲間達はウインチのフックをコンテナにかけて持ち上げる準備を整える。
「早速持ち上げてみるにゃ?」
 ウインチが巻き上がっていく。
 それに応じてコンテナが海中から空中に向かって持ち上がる。
 軍曹はニャーカイラムのカメラでコンテナの表面を確認する。
「何か書いてあるか?」
「えーと……Dai……崩れる時にコンテナに傷が付いたみたいでよく読めにゃいにゃ?。
 まあ、本部に持ち帰れば担当が調べるから任せるにゃ?」
「なんだよ、おあずけか。仕方ねぇな」
 暢気に構える軍曹に対して凪はため息をついた。
 お宝を持ち帰るかのような軍曹だが――この黒いコンテナが、思わぬ騒動を引き起こす事になる。


「そう、ですか」
 元独立政府『アルタール』総帥マーク・マイヤーはルルイエの陥落を聞いた際、そう答えた。
 その言葉に感情は感じられない。
 ただ、空虚な言葉。
 マークにしてみればアルタールが陥落した時点で、『戦いのない平和な街を作る』夢は崩壊している。今更支援していたハオヘアが消えた所で、何の感慨もない。壊れた夢が戻る事もないし、時間が巻き戻る事もない。
「前へ、進めませんか?」
 マークを訪ねてきた水無瀬 奏(la0244)が、牢屋越しに声をかける。。
 確かにマークの夢は破れた。だが、このまま死ぬまで牢に引き籠もるつもりなのか。奏からすれば生きる事を放棄しているように見えるのだ。
「ご存じでしょう? これから軍法会議に私はかけられます。アルタールを守る為に私が行った行為をSALFの幹部が許すとは思えません。処刑なら処刑で構いません。生きていても仕方ありませんから」
「……本当に、そうでしょうか?」
 奏の言葉にマークは反応を示す。
 そっと奏のいる牢の入り口に顔を向ける。
「どういう事でしょう?」
「その夢は、本当に破れたのでしょうか。あなたはやり方を間違えましたが、最初に抱いた理想までが間違った訳ではありません。
 今でもその夢は叶えられます。ナイトメアをすべて倒せば、戦いのない平和は訪れます。地球のすべてが戦いのない平和な街になります」
「愚かですね。そのような事ができれば苦労はありません。だから、私はナイトメアとも人間とも関係を持たない完全な独立都市を造ろうとしました」
 思わずマークは鼻で笑う。
 ナイトメアをすべて倒す。それがどんな困難なのか。この女は理解しているのか。実現不可能と悟ったからこそ、マークはアルタールを生み出したのだ。
 だが、奏はそのマークの考えに対して頭を振った。
「愚かはどちらでしょう? 私からみれば、あなたは夢から目を背けています。自分から」
「なんですって?」
「私は諦めない。ナイトメアを必ず倒す。あなたが何と言おうと。
 ルルイエ攻略に力を貸したライセンサーも皆同じ想いです。アルタールという逃げ場所を造って逃げ込んだあなたには分からない」
「…………」
「あなたが抱いたその夢は、多くのライセンサーの夢でもあるんです。あなたが勝手に夢を終わらせないで下さい」
 奏は、敢えてマークに厳しくあたった。
 軍法会議でどのような決断が下されるか分からない。ただ、処刑をただ受け入れる真似だけはして欲しくなかった。
 何故、アルタールが生まれたのか。
 何故、ショロトルを製造し続けたのか。
 その事を軍法会議の場で明かすべきだ。
 夢は、決して終わっていない。まだ、長い長い道程がこの先も続いているのだから。
「逃げ場所……」
「理解して欲しいとは言いません。でも、諦めなければ、夢は決して終わらないんです。そして、その夢を目指す事を……誰にも、止める権利はありません」
 奏は踵を返す。
 廊下に響く足音。
 その音に掻き消されるかのような弱い声が、マークの口から漏れる。
「夢は、終わっていない……ならば、私は……私は……」


 ルルイエ陥落の一報は、小隊組織『暁の狐』のジョナ・ハラデイにも届いていた。
「ルルイエが陥落した、か」
「その割には嬉しそうじゃないな」
 ジョナへ報告した仲間がそう言葉をかける。
 ジョナの顔色には歓喜ではなく、不安が浮かんでいたからだ。
「嬉しいわよ? だけど……」
「だけど?」
 ジョナは椅子から立ち上がると大きくため息をついた。
 自分の不安を吐き出すかのように。
「敵はルルイエの陥落をどう考えるかしらね? プライドの高いナイトメアなら、このままでは終わらせない。必ず陥落させた者達に報復するでしょうね」
 ジョナの懸念。
 それはルルイエ陥落をアメリカのナイトメアがどう受け止めるのか。
 ルルイエ陥落は結果的に中米地域の勢力図を書き換えた。中米までSALFは進軍している。この状況に対してナイトメアは少なからず危機感を覚えないのか。否、調子に乗っているSALFへ身の程を分からせようと動くかもしれない。
「他地域のナイトメアが動き出すって?」
「あくまでも『かも』の話よ。でも、用心はすべきだわ。
 でも……今日ぐらいは喜ぶべきよね」
 軽い笑みを浮かべるジョナ。
 暁の狐としてもSALFと繋がりができた。これから戦いがあったとしても、きっと乗り越えられる。
 ジョナは、自分にそう言い聞かせていた。
(執筆:近藤豊
(文責:フロンティアワークス)

 ――大事な事を、忘れている。
 戦いに明け暮れ、選ぶべき優先順位を誤っている。
 ナイトメアと戦って駆逐する道も良いだろう。

 だが、戦わずして平和を得る方法もあるのではないか?
 もし、それを勝ち取る事ができるなら、それを選ばないのは愚かだ。

 このまま人間はナイトメアの前に敗北する。
 ならば、私は別の道を選ぶ。
 それが賢い選択だ。

「今日も私の街は平穏に満ちています」
 男は眼下に広がる街並みに視線を向ける。
 空に昇る太陽。それに照らし出される数々の建物。人々は住まいから寝ぼけ眼で姿を見せ、職場へと向かっていく。
 ナイトメアが登場する前であれば、ごく当たり前な光景だった。
 おそらく街の外では日常は破壊され、ナイトメアと生存競争を続けているだろう。
 だが、男の街が違う。
 ナイトメアがいない日常がそこにある。
 これこそ、男が成し遂げた功績だ。人々は平和を謳歌し、生きて行く。
「さて、今日の仕事は……」
 男は自席の椅子に腰掛けた。
 今日も朝から幹部の打ち合わせだ。
 男――独立政府『アルタール』総帥マーク・マイヤーの眼鏡に太陽の光が差し込んだ。



<ニャートマン軍曹>
「にゃ?。いよいよ作戦は第二フェーズ目前だにゃ?」
 アメリカのニューメキシコ州にニャートマン軍曹(lz0051)の声が木霊する。
 軍曹率いる海猫隊はニューメキシコ州の奪還に成功する。しかし、この成果は作戦全体の一部。それも前哨戦に過ぎない。ここからが本番――中米地域の奪還である。
「お前らミジンコには分からにゃいだろうが、作戦はここからだにゃ?。メキシコ西部の制海権をナイトメアから取り戻すにゃ?」
 軍曹は、高らかに叫ぶ。
 太平洋インソムニア攻略作戦『Promesa』を遂行するには太平洋インソムニアへ戦力を派遣する必要がある。その為には味方艦隊をアメリカ西海岸及びメキシコ西部沿岸地域へ集結させる必要がある。つまり、該当地域の制海権を人類の手に取り戻す必要がある。
「現在、本隊が必要物資と部隊再編を進めているにゃ?。これが完了次第、本隊は中米地域への進軍を開始するにゃ?。にゃけど、我が海猫隊は先行して中米地域の偵察任務を下される予定にゃ?」
 本来であれば中米地域の情報はメキシコ政府から送られてくる手筈となっていた。
 しかし、メキシコ政府からSALFへナイトメアに関する情報は送られてこなかった。人材不足による情報収集能力の著しい低下が理由とされているが、作戦遅延は許されない。そこでSALF版海兵隊たる海猫隊が急遽情報収集任務を遂行する事になったのだ。
「噂では独立政府にゃんてあるらしいにゃ?。でも、俺と海猫隊がいれば大丈夫だにゃ?。にゃはははは」
 高笑いする軍曹だったが、この先に待ち受ける運命に未だ気付いてはいなかった。



<ジョナ・ハラデイ>
「なんだって?」
 『暁の狐』リーダーのジョナ・ハラデイは部下に聞き返した。
 独立政府アルタールの噂は聞いている。
 ナイトメアと人類の双方から距離を置いて独自路線を進む永世中立を掲げる小国。カンクンの北に突如現れた街をメキシコ政府は承認していないが、ナイトメアが闊歩する中米地域ではアルタールを力で阻止できる状況ではなかった。
 そんなアルタールについてジョナは不穏な情報を耳にする。
「はい。この間、リカルドの一家がアルタールへ行くと言ってましたよね」
「そうだね。あいつは戦い続きだったし、カミさんも子供が生まれるって言ってたからね。ここらで休みたかったのかもしれない」
 ジョナは今までの戦いを思い返す。
 銃を片手に毎日のようなナイトメアとの戦闘。延々と続く地獄のような日々。
 守る者が大きいほど、その者の心はすり減っていく。
「ところが、アルタールへ入ったリカルドから連絡がないんですよ」
「あの生真面目なリカルドがねぇ……」
 そう言いながら、ジョナは脳裏で情報を整理する。
 アルタールは永世中立を掲げている。その為か、ナイトメアがアルタールへ侵攻したという話は一切聞かない。それだけではない、あの街に限ってはナイトメアが姿を見せない。
 それは人間にとってナイトメア登場以前の平和な街が存在している事になる。
 アルタールの噂を聞いた民が、多く流入しているとはジョナも聞いていた。
「ジョナ」
 考え込んでいたジョナに少女が声をかける。
 先日、ナイトメアに狙われていた所を救った娘――モニカだ。
「モニカ、どうしたんだい?」
「今日はお別れを言いに来たの」
「お別れ?」
「私、パパとママと一緒に平和な街へ行く事になったの」
 平和な街。
 それがアルタールを指し示す事はジョナも気付いた。
「モニカ。あの街は……」
「パパがね。あそこにいけば、もう怖い思いをしなくていいって言ってたの。だから私も一緒に行く事にしたんだ」
 嬉しそうなモニカの顔。
 ジョナも否定したいが、否定できるだけの材料を持ち合わせていない。
 顔には出さなかったが、苦々しい思いだ。
「じゃあね、ジョナ。元気でね」
「ああ」
 走り去るモニカ。
 その背中を見守っていたジョナは、視線をそのままに部下に向けて声をかける。
「アルタールを調べるよ。……杞憂ならいいんだけどね」

(執筆:近藤豊
(文責:フロンティアワークス)


<マーク・マイヤー>

<ハオヘア>
『頼まれていた食料は既に移送している。数日にはアルタールへ到着するだろう』
 通信機越しに聞こえてくる男の声。
 独立政府アルタール総帥のマーク・マイヤーは、その声を聞くだけでため息が出そうになる。
 しかし、マークは負の感情を必死に押さえ込む。
 今、この男――ハオヘアの気分を害せば街への食料供給は滞る。未だ食料自給率も上がらない上、下層区の民が増える一方なのだ。徐々にではあるが一般区の住民からの不満も増大しているのも確認している。
「ありがとう。感謝しています」
『気にするな。民の為に施すのも余の勤めだ』
 声だけで姿は見えないが、横柄な態度を取っているのは声の雰囲気だけで分かる。
 中立を掲げているアルタールではあるが、まだ完全な独立を成し遂げられた訳ではない。独自貨幣を軍票という形で発行しているが、アルタール以外では紙クズ同然。軍票のコントロールについては現時点で問題無いが、街の人口が増えていけば何が起こるか分からない。

 完全な独立。それを成し遂げる為にマークは様々な我慢を強いられていた。
『時に……北から何かが来たようだな』
(気付いていたか。早耳だな)
 舌打ちしそうになるが、マークは必死に押し殺す。
 アメリカ国防軍とSALFが動き出した事はマークも報告を受けている。
 ナイトメアと人間の双方から中立を維持する為には関与しないのが一番だが、向こうがこちらを放置してくれない可能性もある。
「そうなのですか?」
『惚けるな。お前が知らぬはずがあるまい。分かっていると思うが……』
「あなたを怒らせたりはしません。私はこの街を守る事で手一杯ですから」
 吐き捨てるように言い放った。
 実際は既に手を打っているが、それはハオヘアに言わない方が良い。
 相手は仲間ではないし、ある程度の駆け引きは必要だ。
 だが、マークはハオヘアを斬り捨てる事もできない。
(我慢です。この街が軌道に乗るまでの……)
 元々軍人だったマークにとって、街一つ作る事の困難さを今噛み締めていた。
 政治機構や治安部隊は軍隊を踏襲すれば良かったが、経済や流通には頭を痛めていた。この問題を早急に解決する為にかなり思い切った方策を選択している。
 個人情報を把握しての完全な管理社会。
 仕事は政府が個々人のスキルや能力から判断して与える。同時に、ベーシックインカムを導入して住民の最低限な生活保障を実現。与えられた仕事を遂行すれば軍票が発行されて生活の向上に繋がる。
 その仕事で充分な結果を出せなければ下層区で貧しい生活を送る事になるが、ナイトメアに怯えて暮らす頃に比べれば何倍もマシだ。
『それより食料の報酬は分かっているな?』
「はい。この街を守る為ですから」
 ――この街を守る為。
 マークは自分に言い聞かせるように呟いた。



<ジョナ・ハラデイ>
「あの街は、一体……」
 南米戦線を中心に戦う小隊組織『暁の狐』リーダーのジョナ・ハラデイは、潜入した街を思い返していた。
 確かにあの街はナイトメアから襲われない理由があるのだろう。
 だが、謎なのはそこの住民だ。下層区の人々は働く事もせず、ダラダラと日がな一日過ごすだけ。ただ生きている。治安も悪く衛生的でもない。それでも人々はナイトメアの恐怖から逃れて生活している。
 何故、そのような事が可能なのか。
 街で住民を管理しているから?
 それでも無理がある。ベーシックインカムを導入した国は過去にもあるが、あそこまで強固なものは聞いた事がない。
「やっぱり何かあるね。早く調べないとまずい事になる気がする」
 既にアルタールへ向かったモニカの父親は何処かへ連れて行かれた。
 手掛かりとなりそうなのは仲間が掴んだ『ミクトラン』という言葉だ。
 仲間によれば治安部隊『パテカトル』へ連れて行かれる際に下層区の老人が聞いた言葉らしい。だとするならば、場所の名前だろうか。
「情報屋が知っていればいいんだけど」
 ジョナは知見の情報屋へコンタクトを取る。
 言い知れぬ不安がジョナの心に生じ始めていた。



<ニャートマン軍曹>
「にゃにゃ?? 民間人は海猫隊の本部へ踏み入れちゃダメにゃ?」
 海猫隊隊長ニャートマン軍曹(lz0051)は、未だアメリカとメキシコの国境付近に陣を張っていた。

 SALFの中米進軍準備が遅れている為、進軍指示が下っていなかった為だ。
 そんな折、部隊を訪ねた民間人がいた。背広を着たセールマン風の男だ。
「押し売りはお断りだにゃ?」
「押し売りではございません。私はこのような者です」
 男が差し出した名刺には『独立政府アルタール広報官副代理補佐』と書かれている。
 アルタール。
 その言葉に聞き覚えのあった軍曹は小首を傾げながら小さな脳をフル回転させる。
「……あっ、思い出したにゃ?。確か中米にある独立政府の名前にゃ?」
「ご存じでしたか。でしたら話は早い。
 私どもは独立政府を掲げており、中立でございます。ナイトメアにも人間にも深い関与は致しません。その点をご了承下さい」
 要するに軍曹達が中米へ進軍しても協力する気はないし、関わりを持ちたくないというのだ。明確な拒否であり、軍曹もちょっと悲しそうな顔を浮かべる。
「酷い言い方だにゃ?。何も助けてくれないとは」
「あ、食料などの販売でしたらお受けする事は可能です。
 それより、総帥からこちらの親書を預かって参りました」
 男は軍曹へ封筒を差し出した。
 軍曹は爪を使って封筒を開ける。
 そこには――。

●要望書
 独立政府『アルタール』は、下記事項をSALF及びアメリカ国防軍へ要求する。

 ・独立政府『アルタール』を中米の正式な国として取り扱う事。
 ・独立政府『アルタール』への過度な関与、内政干渉は行わない事。
 ・経済活動は必ずアルタール政府を通して行う事。
 ・要請に応じて食料販売は行うが、武器などの販売は一切応じない。
 ・SALFとナイトメアの戦争に独立政府『アルタール』を巻き込まない』

 その要望書は軍曹の目から見ても無謀そのものだ。
 一番始めの要求だけでもメキシコ政府が黙っているはずがない。
「にゃ、にゃ?。これは俺だけで決められないにゃ?。本部へお伺いを立てるにゃ?」
 お茶を濁す軍曹。
 それに対して男は軽く笑みを浮かべる。
 その笑顔は広報官というよりもサラリーマンを営業スマイルに近い。
「はい。良い返事をお待ちしています」

(執筆:近藤豊
(文責:フロンティアワークス)

――。
――――。
――――――。

「ダメです! 死ぬことは許しません!」
 猛吹雪の中、部下を抱えて叫ぶ。
 ――分かる。
 手の中にある温もりが、失われていくのが。
 それが残された命の灯火である事はすぐに分かる。
「た、隊長……」
 部下の口からこぼれる言葉。
 ナイトメアの前線基地に関する情報をキャッチしたのは数日前。しかし猛吹雪の中で部隊を動かせばナイトメア発見よりも前に部隊が遭難する恐れもある。
 だからこそ、上官へ進言した。
 しかし、上官からの言葉はいつも同じ――。

『上からの命令だ』

 軍組織である以上、上官からの命令は絶対だ。あとで分かったことだが、この前線基地は功を焦った参謀の一人が不確定情報に飛び付いたのが発端だ。我々は有りもしない敵の前線基地を探すために斥候しに赴いたのだ。
「大丈夫です。必ず助けは来ますから」
 部下にそう言葉をかけたが、言ってる自分が虚しくなる。
 本部との連絡が途絶えて数日。
 その間、猛吹雪で行軍もままならず、偶然見つけた洞窟に身を隠していた。
 ――事件を揉み消したい上が、捜索にストップをかけたとも知らずに。
「隊長、思うんですよ」
「何も言わなくて良いんです。もう少しだけ耐えて下さい」
 懇願にも似た叫び。
 部下も分かっていたのだろう。助けなど来ないということに。
 だからこそ、部下は言葉を止めなかった。
「ナイトメアがいなかったら……我々の上官がもう少しまともだったら……我々は、今頃何をして過ごしていたのでしょうか」
 部下の呟きに黙って耳を傾ける他なかった。
 『たられば』を言っても仕方ない。
 それはよく聞く話だ。だが、事ここにおいて、『たられば』で原因を見出さなければ生き残る事は難しい。
 ――我々は見捨てられたのだから。
「もういい……もういいから」
 嗚咽混じりに懇願する。
 どうしてこうなった。
 来るはずのない救助を待つ裏で、軍は我が部隊をナイトメアと会敵して全滅したと報告書を捏造していたのだから。
「隊長、次はナイトメアも軍もいないところで平和に……」
 部下は言葉を言い切る前に事切れた。
 弛緩した体を前に怒りの炎が湧き上がる。
 ――もういい。
 人を蹂躙するナイトメアも、理不尽な軍もいらない。
 私のいないところで勝手に自滅しあえばいい。私は双方がいない世界を作り上げる。部下の無念に報いる為にも。


 カンクンに構築された防衛線を突破した海猫隊は北上を開始していた。
 カンクンで市民の救助をそこそこに北上を再開したのには、相応の理由がある。
「早期にアルタールを陥落させるにゃ?」
 海猫隊隊長のニャートマン軍曹は意気揚々と隊員へ命令を下す。
 SALFにとって最終目標は太平洋インソムニア『ルルイエ』である。そのためには親ナイトメア組織と思しきアルタールを陥落させて後顧の憂いを断つ必要がある。
 SALF本隊もアルタール攻略に時間をかけられないという焦りが見え始めていた。
「にゃ?。敵の動きはどうかにゃ?」
「にゃ?。アルタールへ籠城するようです。にゃ?」
 部下からの報告に軍曹は耳を傾ける。
 アルタールは戦力をぶつけるのではなく、籠城戦へ持ち込むつもりのようだ。
 アルタールの周囲は高い壁で囲まれている。この壁を乗り越えるだけでも相当な時間がかかる。
「敵は増援を待っているかもしれないにゃ?」
「にゃ?。軍曹、いかが致しましょうか。にゃ?」
 部下の問い掛けに軍曹はニヤリと微笑んだ。
「予定通りアサルトコアの準備を急がせるにゃ?。それから敵の総帥は生きたまま身柄を確保を厳命するにゃ?。ルルイエの情報を知っているとすれば、そいつにゃ?」
 軍曹が目指すのはアルタール総帥マーク・マイヤーの身柄確保。その為には攻略作戦を短時間で行う必要がある。

 ――アルタール攻略作戦。
 海猫隊は課せられた責務を背負い、過酷なる戦いへ身を投じようとしていた。


 ショロトルの治し方がわかったかもしれない。
 そう聞いて、研究所に猛ダッシュで走って行ったのは地蔵坂 千紘だった。
「博士!!! ショロトルの治し方がわかったってマジ!?」
「にゃ?。ヘッジ博士は今忙しくて手が離せないから、俺が代わりに説明するにゃ?」
 そう言いながら、とてとてと出てきたのはニャートマン軍曹で、猫好きの千紘は一瞬だけふにゃっとした表情になる。が、すぐに気を取り直し、
「にゃ?。軍曹、ご教示いただきたいであります! にゃ?!」
 びしっと敬礼をして教えを請うた。
「にゃ?。今日初めて会うのに俺と話すときの心得を知っているとはにゃ?」
「にゃ?。軍曹は有名でいらっしゃいますので、にゃ?」
 そして、ニャートマン軍曹のショロトル講座が始まった。

「にゃ?。まず、人食いのトレントが人を食べて赤い実を付けるにゃ?」
 机の上にぽん、とトレントの実を取り出す。カンクンで回収されたものだ。
「そしてこれを加工して薬にするにゃ?。アルタールでは『チョコラトル』と呼んでいたようだにゃ?。これもライセンサーの協力で持ち帰ることができたにゃ?」
 成分解析のために中身を出して、空になった瓶が置かれる。そのラベルには、チョコラトルと記されていた。
「これを投与することによって、筋肉の肥大化が起こり、精神に働きかけて凶暴化するにゃ?。普通の薬と同じで、量で効き目が変わるにゃ?」
「結晶になっちゃうのはどうして?」
「にゃ?。正確な機序についてはわかっていないにゃ?。ただ、大量投与すると、肉体が徐々に塩などの結晶に置き換わるみたいだにゃ?」
「なるほどね。比較的モヤシなショロトルが助かったのってそう言うことか。救急車を追い掛けられるくらい強力な固体は塩になっちゃったんだね」
「そうみたいだにゃ?。重要なのはそこにゃ?。この薬には回復手段があると言うことは、救命されたショロトルの存在で明らかだったにゃ?」
 救急搬送されたショロトルは、補液の投与しか行なっていなかった。食事も水分も自力で取れなかったため、栄養失調と脱水を防ぐためだ。特別なことはしていない。
「このことから、研究所が出した答えは……」

 チョコラトルは、少量なら自然排出で助かる可能性がある。

「う?ん」
 結論を聞いて、千紘は唸った。
「でも、あんなでかいのに全員、薬が抜けるまで待ってられないよ。それに、排出を待ってる間に、大量投与された人は結晶化しちゃうじゃん」
「そこでだにゃ?」
 ニャートマン軍曹は一つの資料を見せた。
「ナイトメア由来ということで、試しにIMDをぶつけてみたにゃ?。すると、チョコラトルはただの酒になっていたにゃ?」
「それって……!」
 千紘の顔がぱっと輝いた。
「にゃ?。IMDを上手く使えば、ショロトル体内のチョコラトル成分を無毒化することも可能だにゃ?。これらの検出された成分に対して、人体の外側からでも投与できるIMD療法を模索中だにゃ?」
「博士が忙しいってそう言うことなんだね? じゃあ、アルタール攻略までに間に合えば……!」
「にゃ?人命救助もできる、アルタールの戦力も減る。良いことずくめだにゃ?」

 そして、シヴァレース・ヘッジ博士は間に合わせた。
 ショロトル専用IMD治療変換器「エエカトル」。
 ほぼぶっつけ本番の運用になるが、ショロトルの救命に一つの希望が見えたのだった。


――。
――――。
――――――。


<ハオヘア>

<マーク・マイヤー>
「そなたが噂の者か。見掛けよりも貧相であるな」
 それが、ハオヘアと名乗るエルゴマンサーと初めて交わした言葉だった。
 軍に見捨てられる形で部隊は全滅。来るはずのない救助を待ちながら、呪詛にも似た言葉を口にして亡くなっていく。無茶な作戦立案を提案した参謀も、保身を考えて逃げ出した将軍も――すべてが恨みの対象に見えた。
 そんな中で起こった出会い。
 それがその後の人生を変えた。
「どうも」
「余との謁見を許可されたのだ。もっと喜ぶべきであろう?
 まあ、良い。それより貴様は人でありながら人を辞めたいらしいな」
「正確には違います。私は人ともナイトメアとも関わり合いたくないのです」
 明確な拒絶を示した。
 人の命を軽んじる人間も、敵対するナイトメアとも関係を絶って独立した世界に生きたい。もう戦いも裏切りも沢山だ。
「はっきりと言い切ったな。しかし、人ともナイトメアとも離れて一人勝手に生きていけると思うのか?」
「…………」
 ハオヘアの問いに、何も答えられなかった。
 軍から追われる身である上、何も持たない状態でナイトメアが手を貸してくれるとも思えない。正直、希望を口にしたものの、それを実現する術はない。
 そんな中でハオヘアは思わぬ言葉を口にした。
「良かろう」
「…………?」
「貴様が思う街を作ってみせよ。余が手を貸してやろう」
「私にはあなたに渡せる物は何もありませんが……」
「構わぬ」
 ハオヘアは、そう言い切った。
 何が目的だ?
 何かをさせようというのか?
 それならそれで構わない。生きる為だ。精々、利用者させてもらおう。
「そうですか。お言葉に甘えさせていただきます。できれば、手を貸していただける理由を教えていただけませんか?」
「余がそう決めた。人を捨て、ナイトメアを拒絶する者が、どう生きていくのか。それに興味がある。申してみよ。貴様の望む物をくれてやろう」
 王を自称する者の酔狂なのか。
 それでもいい。ナイトメアの力を借りるのは癪だが、新たに生まれる世界で、人ともナイトメアとも関わらずに生きていけるなら――。


(執筆:近藤豊
(文責:フロンティアワークス)


<マーク・マイヤー>
「これは一般的な取り調べではありません。拒否権も無ければ、録画も行われません」
 椅子に座ったアルタール総帥マーク・マイヤーの前で、男はそう言い放った。
 軍事裁判で裁かれるかと思われていたが、SALFにはそれを待つ時間はない。早急に太平洋インソムニア『ルルイエ』を陥落させなければならない。その為にはマークからルルイエに関する情報を少しでも引き出す必要がある。
「……ふぅ」
 マークはため息をついた。
 それは今の自分の処遇を嘆いてなのか。
 それともナイトメアに自分の夢――人類からもナイトメアからも独立して平和な街を作る――を利用された事に対する空しさなのか。
 その答えはマークにも分からない。
 ただ、マークの中にはこれ以上抵抗する気力はなかった。すべてが終わってしまったかのような感覚を抱いていた。
「何でも聞いて下さい。私にとっては……もう、どうでも良い事ですから」


<ニャートマン軍曹>
「にゃ?! 全軍前進にゃ?!」
 海猫隊のニャートマン軍曹(lz0051)は、太平洋上を西へ進んでいた。
 独立政府アルタールを陥落させた海猫隊は、ショロトル化が進んでいた者達の治療を本隊に任せて行動を開始。陽動の意味も込めてアメリカ西海岸及びメキシコ西岸から出向したアメリカ太平洋艦隊は西へ進路を取る。
 さらにアメリカ太平洋艦隊から離れた形で航行するのはジョゼ社の技術を結集して作り上げた突撃強襲艦『マリア』。その雄大にして巨大過ぎるキャリアーは、堂々と進路を西へ取る。
 目標は――太平洋インソムニア『ルルイエ』。
 他のインソムニアと比較してもルルイエの規模は小さい。
 だが、海猫隊の長きに渡った戦いもこのルルイエ攻略の為と言っても過言ではない。
 軍曹は海猫隊戦用キャリアー『ニャーカイラム』にて太平洋艦隊の後方に位置していた。
「貴様等、聞こえるかにゃ?? 予定ポイントへ到達した段階でアサルトコアで海中へ降下。そのまま海中よりルルイエを目指すにゃ?」
 海猫隊本隊は海中よりルルイエ内部への潜入を試みる。
 海中にも相当数のナイトメアが待ち受けている事が予想されているが、それ以上に海上では別の問題が存在しているからだ。


 ……――
 ――――――。

「ルルイエ周辺には『ヴァリ』と呼ばれる結界があります。結界に入れば霧で視界が封じられます。そして、その後に鳴り響くサイレンを聞いた者は『目に見えない恐ろしい何か』が這い寄る感覚に襲われると聞きます」
 取り調べでマークが口にした情報だ。
 先日、海猫隊が偵察の際に襲われた恐怖は、このヴァリが生み出した物と考えられている。ヴァリの発するサイレンを耳にした者は目に見えない恐ろしい何かが近づく恐怖に襲われる。周辺を航行していた艦船もすべてこのヴァリで行動不能された後にナイトメアの攻撃で撃沈されていたようだ。
「アルタールは撃沈された艦船が持っていた食料をもらっていました。ハオヘアにしてみれば、ペットに餌を与えるような感覚だったのでしょう」
「ルルイエには何か兵器があるか?」
「異世界から持ち込んだ技術で再現した長距離砲があります。本来であれば衛星からデータリンクを行って超長距離砲撃を行える性能を持っていますが、データリンクが間に合わない為、それ程長距離の砲撃は行えないでしょう」
「という事は、データリンクしなくても座標が分かればルルイエ周辺の砲撃は可能なのか?」
「はい、恐らくは」
「…………」
 尋問官はそこで押し黙った。
 作戦ではアメリカ太平洋艦隊及び突撃強襲艦『マリア』による艦砲射撃をルルイエへ行う手筈だった。しかし、砲撃の前にその長距離砲で太平洋艦隊が攻撃される恐れもある。威力は不明だが、異世界から持ち込まれた技術となれば無視する事もできない。
「その長距離砲を止める方法は?」
「ルルイエ内部にある動力炉を破壊すれば停止します。あの長距離砲はあくまでもプロトタイプです。完成したものではありません」

 ……――
 ――――――。

「既に貴様等の頭に叩き込んでいる作戦だが、もう一度伝えるにゃ?。
 既に別部隊がヴァリ破壊に向けて動いているにゃ?。その間に我が海猫隊は海中よりルルイエへ接近にゃ?。そして、外壁を新兵器ハンドドリルランサーで穴を開けて内部へ潜入するにゃ?」
 軍曹が海猫隊の隊員へ作戦内容の再確認を行っている。
 ルルイエへ潜入後は部隊を二つに分ける。
 一方は長距離砲の動力炉を探し出して破壊する。もう一方は敵司令官ハオヘアを撃破する事。ルルイエ内部については尋問していたマークから聞き出している為、施設の大まかな位置は判明している。海猫隊は敵地へ強襲をかけて長距離砲の動力炉を破壊。ヴァリの破壊が成功した事が確認できた後で太平洋艦隊及びマリアの艦砲射撃でルルイエを外部より砲撃。その隙にハオヘアを撃破する作戦である。
「本作戦の成功はすべて貴様等にかかっているにゃ?。王を名乗るあいつの鼻っ柱をへし折って、海猫隊の権威を知らしめてやるにゃ?。
 そして、案ずるにゃ?。お前達は海猫隊の旗の下に集った兵士にゃ?。旗が掲げられているにゃら、例え倒れても名誉は海猫隊と共にあるにゃ?」
 軍曹は隊員達を降下させる為にウインチを準備する。
 海猫隊に課せられた作戦は、間もなく火蓋が切って落とされようとしていた。



<ハオヘア>
「臆する事もなく、来たか。果たして奴らは単なる愚者か。それとも……」
 ルルイエにある王の間で、ハオヘアは玉座に座って様子を窺っていた。
 ヴァリにより容易に近付けないはずだが、マークが情報を喋った可能性もある。奴にはすべてを教えていた訳ではない。ヴァリの効果が届かない水中よりルルイエ侵入を試みる恐れもある。
 だとしても――。
「余の聖域へ足を踏み入れれば、知る事になろう。己の行為が如何に愚かだったかを。そして、王の権威が如何に偉大かを」
 ハオヘアの顔には余裕の笑みが浮かんでいる。

「他に情報はないか?」
「……情報と言えるか分かりませんが」
 マークは思い出すようにゆっくりと話し始める。
 それは辿々しい言葉。信用して良い話なのかはマーク自身も分からない。
 だが、伝えておいた方が良い。知らないよりはましだ。
 マークは、そう考えていた。
「ハオヘアが用意した兵器はそれだけではありません。異世界から入手した技術はあの長距離砲だけではないはずです。何かを準備して待ち受けているはずです」


(執筆:近藤豊
(文責:フロンティアワークス)

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