1. グロリアスドライヴ

  2. 広場

  3. 【4N】

【4N】

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ナイトメアと人間が一応の共存を果たしているこの西アフリカですが、これは楽園なのか
……ナイトメアになってしまった私が悩むのもおかしなことかもしれませんが。
っと! アンジェリーナ、どうしたんですか。おんぶされたがる年頃でもないでしょう?
え、このまま進め? ……はいはい、わかりました、仰せのままに。

ニジェールインソムニアのエルゴマンサー:リディア・ドレイク

第二弾「楽園の溝、あるいはひび」(8/31公開)

●SALFの観察
 SALFは西アフリカ各地で奪還に向けての行動を開始した。

「ギニアで橋頭堡の建設に成功しました」
 神無 由紀(lz0053)が報告する。寡勢ではありながら敵群を見事打倒してのけた。
「大西洋側に拠点ができたのは大きいわね。これで、ヨーロッパや東アフリカからいちいちキャリアーを飛ばすよりずっと楽になると思う」
 ジュリア・ガッティ(la0883)が言う通り、重要な存在になるだろう。

「コートジボワールでは、偵察した村でエルゴマンサーが住民をずいぶん友好的に支配していたみたい」
 オペレーターのパメラ・ハーロウが述べる。
「人とナイトメアが親し気にしてるってのは不思議な光景だね」
 桃李(la3954)が面白そうに語った。
 あの村に関しては、敵も味方も色々きな臭いところはあるけれど、まあ、ここで取り上げることではないだろう。

「チュニジアの偵察では、インベーダーと戦っているエルゴマンサーたちに遭遇したわ。現地住民の子にも会ったけど、こっちでもナイトメアの支配は行き届いているわね」
 ユリア・スメラギ(la0717)が報告する。洗脳しきったというわけではないが、家族や友人などの関係性も利用して、人から逃亡する意志を削いでいた。
「エルゴマンサーも自身の強化は図っているようで、そこは懸念だけれど……地中海側はインベーダー残党への警戒もあってか、ヨーロッパへ攻勢に出るほどの余力はなさそうね」

 その他にも、各地からの報告が集まっていく。偵察と共に攻略も始まっていて、モロッコなどである程度の成果は上がっているが……
「相手の手仕舞いの早さは、気になるな」
 一通りまとまったところで、水月ハルカ(lz0004)が思案した。
「初動のモーリタニア偵察任務における戦力運用と似たものを、各領域全体で感じる。損切りが早く、無駄に粘って損耗した末に退却というケースはかなり少ない」
「押し込んでいるように見えて、敵戦力はさほど削れてない。迂闊に前のめりになるとそのうち強烈な反動が来る……そういうことかな?」
 懸念をみごと言葉にまとめたアイザック・ケイン(lz0007)にハルカは肯いた。
「杞憂なら良いが」
「住民の問題もあるね。苦痛と恐怖で縛られていた東アフリカと違い、ここで彼らは基本的にナイトメアとうまくやれていた。SALFを解放軍と歓迎してくれるわけではないし、新たな支配者と無感動に受け入れることすらない。報告書を見るに、行く先々で静かな敵意を肌にぴりぴり感じたんじゃないかな」
 レヴェルと接触した経験などを思い起こしつつ、アイザックは語る。ハルカが肯いた。
「表立っての敵対行動まではしなくとも、非協力であるだけでもこちらは随所で遅滞を強いられるな」
「落とした場所が守るに不向きで、近隣の拠点と連携を取り合いにくいところばかりなのもしんどいわね。補給線がどこまでも伸びていくし、反転攻勢に出られたらどれほど防げることか」
 各地の進軍ルートを表示させて、来栖 由美佳(lz0048)が意見を述べる。
「まさかこれ、わざとじゃないでしょうね」

「だが一つ、こちらに有利な点は、『折れぬ牙』の伝えてくれる情報だ」
 アイシャ・サイード(lz0130)が言った。
「かの人物の伝えてくれる集落や村は、敵がこちらへ向かわせたいのかもしれないルートからは外れがちで、しかもそこでは人々が本当に苦しんでいる。……その人たちを救うことで、我々は西アフリカに地歩を固めていけるかもしれない」
「まさに、情けは人の為ならず、だね」
 アイザックがまとめた。

●トゥタッティーオの狙い
「コートジボワールにまで国連軍が来ましたよ」
 クラーティオが大蛇に乗ってインソムニアに現れると、さっそく指揮官トゥタッティーオに報告した。
「おお、よく知らせてくれた」
 トゥタッティーオはクラーティオのもたらした情報をせっせとメモに取る。
「管轄地域が気になるであろう。帰りは急ぐならイナゴで行くがよい」
「いや、蛇に乗ってきたので、そちらで」

「クラーティオ殿、であったか?」
 そこへグレイ伯爵が現れた。
「ええ、いかにも。あなたはカイロから来たグレイ伯爵でしたっけ。今はアルジェリアの方を任されていると聞きましたが」
 少し前にインソムニアへ招集された時、両者は一度顔を合わせている。
「こちらは問題ない。カイロと違って生きのいい家畜が揃っておるな」
 家畜という言葉に一瞬だけ眉をひそめつつ、クラーティオはスムーズに話を続けていく。

<トゥタッティーオ>

グレイ伯爵
「最近の国連軍と交戦経験が豊富だそうですけれど、ちょっとお話を伺えますか?」
「よかろう。我も西アフリカ独自の戦力に興味がある。よければ情報交換をせぬか? その蛇はなかなか興味深い」

 それらを眺めつつ、トゥタッティーオはインソムニアの外へ出る。



「敵は各地域で勢力を漸進させています。しかしながら、そのペースはこちらの予想よりも遅いほどで、地域間の連携など望むべくもありません。『放棄するなら、持ち堪えるに不向きで、住民の忠誠心がなるべく高い場所』……トゥタッティーオ様の狙い通りですね」
 インソムニアにほど近いオフィスでトゥタッティーオを迎えたマリア・キディアバは、整理したデータを見て感心したように言う。
「敵は成長著しいとは言え、戦力自体が急増したわけでもない。こちらが敢えて提示した割れ目を満たしても、さらにその先までひびを入れられないのなら、浸みた水もいずれ個別に枯れ果てるまで」
 一方のトゥタッティーオは、相変わらず物憂げだ。
「それでも、水を枯らすまで悠長に構えている余裕もないのだがな。どこかのタイミングで、敵を大きく跳ね除け意志を挫くような何かを仕掛けねば、最終的にじり貧となるのはこちらの方よ」
 小さな体をソファに投げ出し、何かを探すように周囲を見回し、マリアに訊いた。
「アンジェリーナはどうした?」
「リディア様と遊ぶ予定があるとかで、出ております」
「そうか」

 しばしの沈黙の後、トゥタッティーオは口を開いた。
「テルミナスの阿呆やリディア・ドレイクは、ナイトメアでありながらなぜああも喰った相手の意識に左右されるのであろうな」
「私にはわかりかねますが……思うに、トゥタッティーオ様がその名を名乗りその姿を取る理由から類推できるのではないでしょうか?」
「我の場合、この姿以外に人の姿を取れないというだけだ」
「そうなのですか」
「とある世界で喰らった、皇帝の末姫であったな。人に意思を伝えるには、人の姿を取るのが早い。名を持たぬのもそれはそれで不便であるから、この姿の持っていた名を名乗る。それだけのことよ」
「では……方向性の違いということになるでしょうか」
 バンドの解散理由みたいなことを言ってしまうマリア。
「……まあ、そんなとこかもしれんの」
 釈然としない風に、つぶやくトゥタッティーオ。

●黒と赤の竜と、少女

<リディア・ドレイク>
 アンジェリーナ・キディアバに呼ばれてインソムニア近郊を歩いていたリディア・ドレイクは、ディミトリアに出くわした。
 リディアは少し気まずかったのだが、ディミトリアの方は気にした様子もなく話しかけてきた。今はどうやらディミトリアモードになっているらしい。
「あんた、まだ人間丸ごと喰ってはいないの?」
「はい」
「いいかげん喰えばいいのに。その辺がナイトメアとしての覚悟のなさに関わってるのよ」
 そんな気軽に言われても。

 と、リディアを探しに家から出てきたのか、アンジェリーナが歩いてきた。アンジェリーナの体調には気をつけてくれとマリアにかなりきつく言われていたのだが。
「げ」
 ディミトリアはアンジェリーナを遠目に捉えてうめく。
「苦手なのですか?」
「まあね。どんな場にいても『お客さん』て感じで振る舞っていて、そのくせ妙に見透かしたようなことを言ってくる」
 ディミトリアモードの時の彼女もかなり似たようなものだと思うが、同族嫌悪だろうか。それとも黒竜モードの荒々しくも比較的素直な性格が不得意と感じるのか。
「あんたに懐くのは、何となくわかる気もするわ」
「なぜでしょう?」
「裏も何もないから、見透かす必要がなくて気楽なんじゃない? じゃあね」
 言うだけ言うと、去っていく。

●大好きな景色
「あなたって、本当に興味深いわ」
 リディア・ドレイクをまじまじと見つめながら、合流したアンジェリーナ・キディアバは言う。
「な、何がですか」
「ディミトリア様と違って、あなたの中ではリディア・ドレイクであったことと火山世界で竜の群れを率いていた赤竜であったことが、うまく同居しているのね」
 マリアにでも話を聞いたのか、自分で戦闘記録でも漁ったか、アンジェリーナは先日の一件について聞き及んでいるようだった。
「その二人の魂と、二人を喰らったナイトメア本来の魂、それらの波長が合っているということなのかしら?」
「訊かれましても、答えようが……」
 頭を悩ませていると、アンジェリーナは勝手に歩いていく。リディアはあわてて後を追った。

「はあ……こんな場所があるんですね」
 インソムニアから少し離れたところにある塔だった。眼下には緑の麦畑が一面に広がっている。緑化完了以降、この地では三期作や三毛作が珍しくない。
「それで、そろそろ下ろしていいですか?」
「ダメ」
 おんぶされているアンジェリーナは、おんぶしているリディアに偉そうに言う。階段を昇る段になって、少女はリディアの背中にしがみついてしまったのだ。
 まあ、ナイトメアになってしまったこの身では、痩せた少女一人程度重荷となるわけもない。
 優しく吹く風を味わいながら、青空の下に広がる若々しい緑をしばらく眺める。

「わたし、この景色が大好き」
 背中に負うアンジェリーナは、やがて口を開いた。ゲームのように物事を面白がる、どこか現実感を欠いているような、いつもの口調とは少し違う。
 眼下に広がるすべてを慈しむような、そんな想いさえ感じさせる声だった。
「この地に暮らす人の命を支える景色。今のこの地に、お腹を空かして泣いているブドリやネリはいないのよ」
 少しわからないところはあったが、彼女の言いたいことはたぶん理解できた。
「でも、ナイトメアが来なかったら見られなかった景色」
 一方で、付け足されたその言葉には、反発と、居心地の悪さを覚える。リディアにとってナイトメアとはいまだに自分とは別種の、人類に害なす侵略者の謂に思えてしまうのだ。自分自身もその一員であり、そいつらの根城に厄介になり、罪人の腕を喰いまでしているというのに。
「わたしにとってナイトメアって、近くにいるのが当たり前なの。人の天敵で、でも人を養ってもくれて、言葉が通じる。家畜になる前の狼や猪よりも、人にずっと近い存在。それとも人の方が、ミトコンドリアみたいにナイトメアの一部になるのかも」
「だから、共存すべきだと? その家畜はいつあなたに牙を剥くのかわからないのに? いつあなた自身が彼らを養うための『尊い犠牲』になるかもしれないのに?」
 価値観の違う相手にどれほど通じるかと思いながら、リディアは言葉を募らせる。

「そんな少し先のことについては、責任持てないたわ言ではあるわ」
 背に負う少女は、一度強く咳き込んだ後、明るく言った。
「わたし、近いうちに死んじゃうから」
(執筆:茶務夏
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)

過去のストーリー

●緑のサハラ
「よく来てくれた、グレイ伯爵」
「お初にお目にかかります」
 ニジェールインソムニア「フォガラ」を統べる指揮官に、グレイ伯爵は頭を下げる。
「前々からの技術供与により、西アフリカの戦力は確実に向上した。今後も研究に励み、我らに力を貸して欲しい」
 指揮官は、豪奢な衣装の幼女であった。
 名はトゥタッティーオ。
 ふわりとしたソファに身を預ける姿勢はいかにも尊大。
「今はまだ、敗戦の傷も癒えておるまい。まずはよく休むがよい」
 しかし敗軍の将にかける言葉は思いの外丁重。
 それでいて、浮かべる表情には全体に物憂げなものがあった。
 それらのアンバランスさにグレイ伯爵は気づかない。バラバラな個性持つ知性体たちを捕食することで発達していくエルゴマンサーの情操には、彼自身も含めていびつなものがある。よしんば気づいたとしても、その一例と済ませただろう。
 ゆえに、言葉の意味だけを愚直に受け取る。
「ありがとうございます」
 グレイ伯爵は礼をする。虚礼に終わらぬ尊敬の念が込められている。新たに世話になる主は、悪い相手ではなさそうだ。

「珍しいか?」
 外を興味深げに眺めていたグレイ伯爵にトゥタッティーオは訊ねると、外へ連れ出した。
「はい。カイロとはずいぶん趣が違います」
 サハラという語自体が「砂漠」を意味する。なのに今や、この世界一広大な――アメリカ合衆国にも等しい面積を持つ――砂漠は、その多くを緑豊かな田園地帯に変えていた。
 陽射しは強いが、さわやかな風が吹き、適度に雲が浮かんでいる。
「砂漠は人間が暮らすに不向きな土地なのでな。フォガラの力を用いて環境を変えた」
 軽く言うものの、いかなインソムニアとはいえ、どれほどの力を注ぎ込めばこれほどの環境改変が叶うのか。
「ずいぶんと人間を大切になさるようですが、テルミナスの影響ですか?」
「あァん?」
 物憂げな顔を崩さぬ幼女は、一瞬、情の機微にまだ疎いグレイ伯爵すらも耳を疑う声を発して目を疑う表情を見せた。
「あの阿呆のことは二度と口に……いや、あの阿呆を阿呆扱いする発言ならいくらしてもよい。しかし、我とアレを混同するような発言は二度とするでない」
「かしこまりました。トゥタッティーオ様とテルミナスは古い知己と伺っておりましたので、思い込みがあったようです」
「あ奴が人間を自称し出すより、よほど前からの付き合いよ」
 表情を戻すと話し続ける。
「本来、このインソムニアはあ奴が指揮を執るはずであった。それが人間の名を名乗り自分は人間だと言い出して、おかしな組織を立ち上げ……残されたこちらはいい迷惑だ」

 そこへ、とてとてと歩み寄ってきた者がいる。
「トゥタッティーオさまー」
「おお、アンジェリーナ」
 十二歳くらいか、小柄な少女がさらに小さなトゥタッティーオに無邪気に抱き着き、抱き上げた。
 その背後から、顔立ちのよく似た年上の少女が続く。姉妹だろう。
「アンジェリーナ、失礼でしょう」
「構わぬぞ、マリア。アンジェリーナ、先日のレポートは見事な出来栄えであった。あの時攻め込んできた者たちについては我もしかと覚えたぞ」
 妹を叱った姉へ、抱き上げられたトゥタッティーオは鷹揚に言う。と、マリアと呼ばれた姉はグレイ伯爵に向き直った。
「グレイ伯爵ですね。トゥタッティーオ様の傍仕えをさせていただいております、マリア・キディアバと申します」
「……貴様ら、人間か?」
「はい……」
 伯爵の声が険を帯びた。そこへトゥタッティーオが声を挟む。
「なかなか優秀で気も利く。あの阿呆なテルミナスに心酔していたカルディエよりよほど良い」
 そして付け加えた。
「インソムニアにまで入れてはおらぬ」
 次いで、警戒心もなさげにトゥタッティーオを抱きしめているアンジェリーナに言う。
「集まりがある。うぬらはリディア・ドレイクと遊んでおれ」
「はーい」

 遠くに現れた赤髪の少女の元にアンジェリーナが向かい、その後ろをマリアが続く。
「エーゲ海にいた赤竜ですか」
「あやつはテルミナスに似たところがあるが、性格的にはあのアンポンタンよりはるかにマシだな」
 しばし沈黙が流れ。
「お伺いしたいのですが」
 伯爵が、ややためらいがちに口を開いた。
「トゥタッティーオ様にとって、人間とはどのような存在ですか?」
「餌以外の何がある?」
 即座に、トゥタッティーオは不思議そうに訊ね返した。
「餌の中に、愛玩する価値のある者も時にいる。気が済んだら喰らうし、繁殖向きとわかれば大切に育てる。特に矛盾はあるまい?」

●人の姉妹と赤い竜
 人生というものはよくわからない。
 リディア・ドレイクはそっとため息を吐く。
 エーゲ海で赤竜のナイトメアに喰われ、その赤竜の身体で意識が目覚め、ライセンサーたちと接触し……アフリカへ流れた今は、ニジェールインソムニアで暮らし、こうして現地住民の女の子と過ごしている。
 インソムニアをちらと見た。今日は西アフリカの各地からエルゴマンサーが招集されている。各地から落ち延びてきた者も混じり、今後の西アフリカ支配についてトゥタッティーオから話があるのだろう。リディアは役付きでもないからと除外されているが。

「よそ見しないで」
 アンジェリーナ・キディアバに、裾を引かれた。この少女は、ナイトメアに対してまったく物おじしない。
「すみません」
 頭を下げるが、アンジェリーナはすでにこちらを無視して端末で何かを読んでいた。自由すぎる。
「何を読んでいるのですか?」
「グスコーブドリという青年のお話を読み返しているわ。わたしの一番好きなお話なの」
「はあ」
 他愛ないやり取りをしている二人を、マリア・キディアバが愉快そうに眺めていた。この姉は、病弱な妹を深く愛している。
「ねえ」
「何ですか?」
 アンジェリーナはリディア・ドレイクをまっすぐ見つめて言った。
「わたし、トゥタッティーオ様かあなたになら、食べられてもいいわ」

●トゥタッティーオの方針
「我々は、元をただせば一介の寄生虫である」
 気だるげに、トゥタッティーオが口を開く。それはいつものことであると、ディミトリアは理解している。
「それが何の間違いでか、喰らった相手の能力や知識を手に入れ、強くなっていった」
 話しかけている相手は、ニジェールインソムニア「フォガラ」所属、普段は西アフリカ各地に配置され、支城運営の任に就いているエルゴマンサーたちである。そこにさらに、グレイ伯爵ら、カイロインソムニアの陥落によって落ち延びてきた者たちも混じっている。あるいはさらに遠くのインソムニアからはるばる逃げてきた者も。

「しかし忘れるな、我らは大したものなど産み出せぬ寄生虫である」
 このようにエルゴマンサーを大規模に招集するのは異例。
 だが彼女の主張自体は、前々から何ら変わらぬものであった。
「弱者に傲りなど不要。生き延びるために使えるものは何でも使え。手が足りなければ人間でも使えばいい」

 ディミトリアら元からの部下たちは、当然のことと肯いている。しかし他から来た者たちは落ち着かなさそうにしている。
「カイロなどとこちらとでは、いささか考え方が異なるかもしれぬ。我は、敵としての人類を侮ってはおらぬ」
 ディミトリアは、グレイ伯爵らに目をやる。
 グレイ伯爵は神妙に話を聞いている。しかしその周囲の者の中には、納得のいかなそうな顔をしている者もいた。
「この地には、阿呆のテルミナスが組織した人類救済政府の構成員も多数おる。力はないが知恵は働く便利な手駒よ。存分に使え」
 カイロインソムニアの陥落は、外的な軍事バランスを大きく乱した。
 また、それと同時に、ニジェールインソムニアは内側に多くの新たな要因も抱え込むこととなった。
 単純に考えれば戦力の増強ではあるが、果たして彼らは西アフリカの――トゥタッティーオの流儀にどれほど順応することか。
 ディミトリアはかすかな不安を感じた。

●戦略の変更
「余勢を駆って一気呵成にアフリカ西部も攻め落としたいところではあるが……」
 カイロに設けたSALFの臨時支部で、水月ハルカ(lz0004)たちライセンサーは今後の方針を検討する。

 ハルカらはモーリタニアのハヌーン・ラァーンを威力偵察してきたが、アフリカ東部と同じ感覚で手を出すと火傷しそうであった。
「強さ自体はともかく、援軍が次から次へと現れて……しんどかったわ」
 ジュリア・ガッティ(la0883)は悪夢のような光景を思い出す。
「でも、ただの烏合の衆に、今の私たちならそうそう引けは取らないはずです」
 水無瀬 奏(la0244)は言う。自惚れではなく、確かな自負として。
「私たちはオペレーターの子に会いました。現地住民の女の子です。……支城のコアを放棄してこちらを誘い込み、できる限りのダメージを与えにかかるなんて、普通のナイトメアならできない判断ですよね」
 あの子はにこやかに笑いながらも、その感情はこちらに好意的とは言い難かった。
「支城一つ一つにオペレーターが配置されていて、戦力の適切な分配と現場での的確な運用をされるとしたら……厄介極まりないでしょうね」
 あのオペレーターの少女――アンジェリーナ・キディアバのことを思い出しながら、ジュリアは評した。
 彼女がシャバニ・キディアバの親類であることとか、ライセンサーを喰ってその姿と言動を再現しているエルゴマンサーのリディア・ドレイクもいたこととか、あの偵察で印象に残った出来事は色々あったが、西アフリカの防衛思想を探る場で出す話でもない。

「また、カイロの陥落により、決して少なくないナイトメアが西アフリカ方面へ逃れていった。戦力はかなり増強されていると考えられるだろう」
「グレイ伯爵も逃げ延びたしな」
 かのエルゴマンサーと長らく戦い続けているアウィン・ノルデン(la3388)が、苦々しげに言った。最近の戦いを経て、ライセンサーたちばかりでなく伯爵の側も成長しつつあるのを感じた。再戦の際にはどうなることか。

「諸々考え併せると、警戒網の不備を突いて突破し拠点を設けて確保していくというカイロ攻略の際の速攻的な戦法は、どうも今回は使えそうにない」
 ハルカがまとめる。
「もちろん、最終的にはインソムニアを落とさねばどうにもならない。しかしその前段階として、各方向から包囲網を着実に狭めていく戦い方が必要になりそうだ」
「地道な積み上げが要求されそうだね」
 アイザック・ケイン(lz0007)は微笑みの中に、強い決意を滲ませた。
 カイロインソムニアは落とした。人類は再びアフリカに手をかけている。しかし油断できない。この手を二度と離さないためにも、慎重に動くべきだろう。

「……アズランから、その参考になるかもしれない情報を提供させてもらいたい」
 アイシャ・サイード(lz0130)が手を挙げた。
「ここへ来て、何者かからアズランへ通信があった。一方方向の通信なのだが、西アフリカ各地についての有益かもしれない情報がかなりの量送られてきている。カイロ出身のエルゴマンサーにより住民との軋轢が生じている村、長年の密告奨励により住民が疲弊しきっている村、ジャングルに潜み独自に活動を続けてきたというゲリラ組織の噂……有効活用できれば、食い入っていく手助けになると思われる」
「信用できるのか?」
「もちろん罠という可能性も大いにあるだろう。しかしそれならそれで、罠を踏み破る……そんなやり方も、今のSALFなら可能ではないだろうか」
 ハルカの懸念にアイシャは応じた。
「『折れぬ牙』というこの密告者がもし本物なら、その思いに応えたい」

●偽りの楽園
 西アフリカの各地で、今日も人は泣く。



「ほれ、手を離せ」
 村の若者に叱られようと、少年は母親の手を離せずにいた。
「まだ、七日です」
 高熱に陥り、少年の母は七日目を迎えていた。今も昏睡状態にある。
 そして村には掟がある。
 十日間、床を離れられないほど重い病に罹った者は、「処分」される。
 けれど、この三日である程度持ち直せれば、あるいは……
「だからさっきも言ったろ? よそからお越しになったナイトメア様が多くいらっしゃってな。いつもより多めに食事が必要なんだとよ」
「そんな、勝手な……」
「バカ。他の奴の前でそんなこと言うんじゃないぞ」
 少年の頭を、若者は軽く小突いた。

 家から母が連れ出されていく。
 自分もかつて、村の老人や事故で重傷を負った者が「処分」されるのを送り出した身ではある。それでも、親がもうすぐ喰われると思うと耐えがたいものがあった。
 膝から力が抜け、へたり込む。
 ほんの七日前まで貧しいながらも自分を温かく見守ってくれていた母が、もうすぐこの世から消える。
「これが現実なんだよ、おとなしく受け入れろ」
 若者に言われても、そんな気持ちにはなれなかった。



「父さん! 母さん! 私たち何も悪いことしてないのに!」
 村の治安維持は担当しているエルゴマンサーに一任されている。住民代表と人類救済政府の者たちによる評議会を設けて行政や司法を担うなどという村もあるが、熱帯雨林にほど近いこの村のエルゴマンサーの統治手法は極めてシンプル。管理者にすべてを委ね、罪人は死刑。
 そして今、新たな刑が執行されつつあった。

 いきなり引っ立てられてナイトメアに喰われる両親を見て、両腕を縛られながらも泣きじゃくる少女に、近所の男が話しかける。半年ほど前に少女に言い寄って拒まれたことのある男だ。支城のオペレーターなどを長く務め、ナイトメアの覚えがめでたい。
「お前のせいだぜ」
 そう言う男は、人の死を目の当たりにしながらにやにやと笑みを浮かべていた。
「え?」
「おとなしく俺の第四夫人になってればよかったのによ」

 その一言で、少女はすべてを理解できた。
 この村の管理者は、昨日病死したという。理非をわきまえた人で、歳は取っていたがまだ元気そうな人だったのに。
 そして今日、エルゴマンサーはこの男を新たな管理者に任命すると通達し……

「そんな、いくら何でもそこまで……そんなの許さない!」
「どうやってだ? ナイトメアのために良く尽くしている管理者の俺と、これから殺される罪人のお前。もう勝負はついているんだよ」
 村人たちは二人の会話を聞いている。しかし少女に肩入れする者など一人もいない。男の第一~第三夫人は、少女を見てくすくすと嘲る。
 男は少女を見下し、唇を歪めて笑う。死にかけている虫の足や羽をもぐ幼児のような嗜虐心が見て取れた。
「ざまぁみろ」
 愉快そうに笑う男に、少女はがむしゃらにタックルする。倒れて頭を打った男が一瞬気を失った隙に、捕えようとする者たちの手を逃れ、ジャングルを目指して走っていった。
 彼女がどれほど生き長らえるかは、誰も知らない。


(執筆:茶務夏
(文責:WTRPG・OMC運営チーム)
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