立ち向かう先はあなた マスター名:こよみ

形態
ショート
難易度
普通
ジャンル
救出/防衛
人数
68
相談期間
3
プレイング締切
09/06 24:00
完成予定
09/26 24:00

●途絶えた通信

「おい、聞こえるか!? ……ダメだ。応答がない」

 偵察に行ったはずの仲間へ呼びかけたクリスは、信じられないといった面持ちで、沈黙する通信機を握りしめた。
 廃墟となったビルの谷間に、悲壮な呼びかけが虚しくこだまする。
 動揺は他のライセンサーたちにも伝播した。

「マジかよ……。殺られちまったっていうのか?」
「いくらナイトメアったって、たかが1体だろ? それが先遣隊をまるまる殲滅したって? 冗談だろ!?」

 口々に悪態をつくが現実は非情だ。
 応答のない通信機が全てを物語っている。

「落ち着け! どうもやっこさん、ただのナイトメアじゃないらしい。おい、高岡。お前はここに残って本部へ状況報告しろ」
「はい!」
「他のヤツらは俺と行くぞ。気を引き締めろ。何かある」
「はい!」

●トラウマを操るナイトメア

「緊急事態です!」

 オペレータールームに響いた声に、オペレーターたちは「またか」とうんざりした顔をした。
 ナイトメアたちによる突然の東京襲撃の対応に追われ、オペレーターたちは殺気立っていた。

「どうした!?」
「ナイトメア強襲の報を受けて、現地に派遣していた先遣のライセンサー部隊が壊滅しました!」
「なんだと!?」
「最後に残った一人によると、敵は1体。危険度は……2だということです」
「先遣隊のライセンサーたちは古参中の古参だぞ。一体何があった?」

 その問いを受けて、オペレーターは沈鬱な面持ちで答える。

「敵は一体ですが、どうもこの個体は特殊な能力を持っていたようです。敵のトラウマを刺激し操ってくる、と報告にあります」
「精神型か……。やっかいだな。おい、現場に向かったライセンサーたちに急いで知らせろ!」
「分かりました!」

 オペレータールームの責任者は、苦い表情で呟いた。

「トラウマ……か……。この時代、そんなものを持ってないヤツがいるのか……?」


●目標
 トラウマを乗り越え、ナイトメアを殲滅せよ。

●登場
・スティミュレイター
 精神型のナイトメア。
 20スクエア内に近づく者に取り憑き、心の傷「トラウマ」を刺激する。
 この効果は同時に複数人に及び、憑依そのものに抵抗することは出来ない。
 これを受けた者は、まるでトラウマが生まれたその時を追体験するような幻を見る。
 幻とらわれている間、PCは一切の自律的な行動が不能になる。
 この状態はバッドステータスではないので、スキルでは回復出来ない。
 プレイングによるRP的な抵抗または克服によって、自立的な行動が可能となる。
 参加者全員が克服するまで、克服できていないPCの誰かしらに取り憑き続けるため、倒したことにはならない。
 スティミュレイターの戦闘能力自体はさほど高くないため、トラウマさえどうにか出来れば、容易く殲滅出来るだろう。
 なお、特別なトラウマがないPCが参加した場合、スティミュレイターは「ナイトメアとの戦闘で死ぬかも知れない」という恐怖を増幅させた幻を見せて来るので、それに抵抗する必要がある。

●状況
 都内にある廃墟となったビル街。
 ここを突破されるとマンションが立ち並ぶ大規模な住宅街がある。
 見通しが悪く、遠距離攻撃はマイナス補正を受ける。

●注意
 トラウマをプレイングによるRP的に克服できない者がいる場合、すでに克服した者が気絶させる等の工夫が必要となる。


「んじゃ、次はあれを倒す時に」
全員で戦えるって信じてるからよ

◆ 追体験
真っ暗な視界、明滅するストロボ
沢山の手が追いかけてくるように伸びてくる
「やめろ、来るな」
幼少の頃見た記憶、自身の出生の出来事を知った衝撃とそれらが綯交ぜになった心象
『要らぬ子供』『なぜ産んだのか』『■■された』『血の繋がらない』
「俺がいると、迷惑がかかる、から」
だから、来ないで

◆行動
ピアノを弾くように指先で地面を削り前を見据え
頭の中だけに鳴る音と、痛みで意識を取り戻そうと抗い
「死ぬのはいつも弱い奴からなんだ
弱くても正義を貫ける、綺麗な奴から居なくなる」
意識を取り戻せ。意思を、約束を、決め事を
「俺は生まれからして悪党だからな
正義が食われるより前に、倒す。そういうのは、全部俺がやれば良い」
もう逃げはしない
影が近くへ来た所でフォースアローを撃ち放つ
「じゃあ、さっさと終わらせちまおうぜ。ヒーローが来る前によ」

◆復帰後
視界の悪さに気をつけ仲間の付近にいる
動けない味方が敵に狙われそう→担いで逃げる等対応
「ここに来た理由があんたにもある筈だ。こんなとこで諦めんじゃねぇ!」
ちょっとガラじゃねぇけど、憑依中の声を掛け抵抗を促す
仲間の抵抗がどうしても無理な場合気絶させる
孤立せず位置取りスキル範囲内へ近づいてフォースアロー
「じゃあな、悪趣味な敵さんよ」
住宅地の近くっていうのが嫌だな
そっちで人が大量に食われたりしたら信用問題になりそう
世の中ライセンサーの特権をよく思わない人もいるだろうし
色々やっかいだ
【トラウマ】
・母親からの否定とその消失
四、五才頃に聞いた母親の嘆く声
「何で、どうしてこんな平凡な子が生まれたの?」
「私が欲しかったのは私の正しさを証明してくれる非凡な子供」
「だから、非凡な相手を選んだのに」
次いで尖った声
「そんな筈無い!あるわけ無い!」
「私の子がこんなに凡庸な筈がない!」
「あなたにはやる気が無いの!?」
「私に嫌がらせをするのがそんなに楽しい!?私が憎いの!?」
…ごめんなさい、お母さん…
あなたの欲しかった子供でなくて…
僕が悪いから、もっと頑張るから、もう言わないで…
なーんて言うとでも思った?生憎でした
馬鹿らしい、あなたの望む非凡な子を目指すなんて、不毛
あの時は力関係上あなたが、母親という存在がいなければ生きていけないと思ってたから
あなたが大事だと思い込もうとして、大事にされようとしたけれど
でも今は違う、一人で生きていけるから、これが幻だとわかる
だから
「とっとと消えろ、毒親」

【戦闘】
後衛、射撃による攻撃
前衛を援護する形で

克服していない人への対処
肩や腕をつかんで大声でしっかりしてとか呼びかけ
それで駄目なら殴る
怪我をさせたらヒール、後で謝る
【心情】
「なんでこんなの相手にさせんのよクソが…!」

【目的】
 トラウマ攻撃を克服し、スティミュレイターを撃破

【トラウマ】
だいたい基礎設定のまま。
大好きなパパママ(製造者)のために虐殺やらテロ行為を張り切っていたら
実は全人類を団結させるための仮想敵、捨て駒として殺され(かけ)た
(なお自分が酷い悪事を働いていた、という自覚・罪悪感は一切ない模様)

【行動】
自分のトラウマは騙される、操られる事への忌避感で全力抵抗。
とにかく操られる、騙されるのは徹底した拒否感あります。
「誰にも、二度とあたしを自由になんかさせない!」

動けるときは攻撃と治癒…ヒールもあるし、トラウマは多少ぶん殴っても大丈夫でしょと荒療治。
(一応、攻撃は言葉での説得が難しい時の最後の手段で)
「派手にやっちゃって大丈夫よ。4、5回なら治せるから!」

ナイトメア攻撃可能になったら最大火力で全力攻撃を。
負傷に備えて包帯や消毒液などの救急道具を用意する。 事前に話し合い、前衛後衛の担当とトラウマを克服出来なかった仲間がいた場合の対策を練る。近くに克服出来なかった仲間がいた場合は、申し訳ないと思いながらも失神させる。

5歳くらいに行った家族旅行の途中、川で遊んでいた時に溺れたことがある。無事に救助されたが水の中での恐怖が忘れられず、今も水に対する恐怖心がある。その影響でプールや海などは避けていた。
ナイトメアが見せる幻で、水に溺れていて何も見えず音が聞こえない状態になる。仲間の声も聞こえない。
「いつまでも子どもの頃のままじゃないんだ。もう怖くない!」
そう決意した瞬間、幻覚が解ける。

トラウマを克服できた場合、刀を使った近接戦に挑む。刀は2本所持。通常はメイン武器のみ使用。戦闘が長引いた時はサブ武器の刀も合わせて使用。
戦闘後に負傷者がいる場合は、所持する道具で手当をする。他に手当が出来る人がいれば手伝う。
 「人様の古傷をほじくり返すような奴は許せないな」と考えており敵の撃破殲滅を目標に動く。
 全体リラックスさせるため任務前にチョコレートバーを配る。
 作戦には従うが射撃が制限される現状にこそ射撃の腕を存分に生かせると考えている。

 トラウマを克服した場合、メイン装備の狙撃銃による敵の撃破を念頭に置いて行動。
 トラウマ克服後最初の攻撃はポイントショット「おかげで目をそらしてたことに気づけたぜ、こいつは礼だ。」
 戦闘終了後は腹減ったとつぶやいておススメの飯屋を他の参加者にたずねる。
●心情
古参のライセンサーが全滅…
うちの旦那が亡くなった時もそう思われたのかしらね…。
あたしみたいな人を増やさないためにも、頑張るわ。

●目的
トラウマを克服し、早々に戦線復帰。
ナイトメアを殲滅。

●準備
事前に同依頼参加者と話し合い、トラウマから目覚めない場合の
方法について摺り合わせを。

●行動
★トラウマ
2年前。
突如現れたナイトメアの群れ、そして襲撃。

逃げ遅れた、一般人のあたし。
他のライセンサーと足並みを揃えるよりも前に、
あたしを助けに来てくれた旦那。
安心したあたしは…ナイトメアに見つかり、胸に傷を負った。

倒れたあたしを守り続けてくれた旦那。
他のライセンサーが合流し、あたしは一命をとりとめた。
その代わりに旦那は…。

★克服
あの時と同じ状況。
ナイトメアの攻撃があたしに振りかかる。
そうだ、こうして私は傷を受け…倒れた。

でも、今のあたしなら。負けない。
取り出した剣で、目の前のナイトメアを叩き斬ってやる。
そして旦那と共闘するのよ。

…ね、私の愛しい人。
あなたはずっと、私のここに居続けるわ。
(右胸の傷痕をなぞり)

★戦闘
戦闘開始となったら前衛として敵前へ。
「あなたの相手はここよ!」
とラヴィーネソードでスキル多用。

■戦闘後
「とっくに吹っ切れてたと思ってたのになー」
なんちゃて。
【心情】
 「トラウマ、か。...思い出さなきゃいいのだけれど。」

【目的】
 スティミュレイターの撃破。  深いトラウマに対抗する。

【行動】
 「見通しが悪すぎる...至近距離は覚悟か。」
 ポジションは前衛。
 見通しが悪いため、格闘重視で戦闘を行う。
 トラウマ克服後は銃にも切り替え。
 味方が克服できていない場合は、気絶させる等で対応する。
 味方の復帰が終わり次第、速やかに移動。
 戦闘終了後、周辺警戒をしたのち、気分が良くないと颯爽に帰還する。

 「もういない人を願っても仕方ない。...帰ろう。」
プレイングが提出されていません。

●事前準備
「なんでこんな厄介なのを相手にさせんのよ、クソが……!」

 アルカ・ニア(la1482)は、愛らしい顔を歪めて毒づいた。彼女は思う。好きでこんなことをしているんじゃない、と。SALFの依頼は志願制だが、彼女にとって依頼は体を直して貰ったことに対するギブ&テイクなのであった。

「トラウマ、か……。思い出さなきゃいいのだけれど」

 敵の事前情報にクラリス(la2395)もぼやく。普段あまり顔色を変えずぼーっとしていることも多い彼女の茶色の瞳も、今は憂いを湛えているように見える。アルカもクラリスも、今回の敵に対しては負のイメージしかないようだ。

「自分も人様の古傷をほじくり返すような奴は許せないな」

 と二人に同意しつつ、皆をリラックスさせるためにチョコレートバーを配るのは御鏡淵 優彌(la0130)である。チョコレートバーを受け取ったクラリスは、優彌の腕がその優しげな配慮とは裏腹に、しっかりと鍛え上げられていることに気づいた。

(古参のライセンサーが全滅……。うちの旦那が亡くなった時もそう思われたのかしらね……)

 同じく優彌からチョコレートバーを受け取りながら、ヴィレッタ・エム(la0498)は過去を振り返っていた。それは今回の敵の能力に刺激されるかも知れない、辛い過去。しかし――。

(ま、あたしみたいな人を増やさないためにも、頑張らないとね)

 そう思いつつチョコレートバーを一口かじった。

「住宅地の近くっていうのが嫌だな。そっちで人が大量に食われたりしたら信用問題になりそう」

 ライセンサーの特権をよく思わない人もいるのだし、と桐生 柊也(la0503)は依頼そのものの他に、それが与える影響にまで思いをはせる。現実主義の彼は大人びて十五歳前後に見えるが、実際にはもっと年若い少年である。

「これ包帯とか消毒液です」

 天川 司(la2049)は救急道具を用意していた。彼は未知の敵との戦いに不安を感じており、一緒に依頼をこなす仲間と話すきっかけを得られて安堵していた。

「戦域についてだけど、見通しが悪すぎる……。接近戦は覚悟かな」

 というクラリスの状況分析に対して、優彌は射撃が制限される現状にこそ、自身の射撃の腕が存分に生かせると考えていた。もっとも、全体の作戦には従うつもりではいるのだが。

「前衛後衛の役割分担も考えないといけませんね」
「それなら、トラウマから目覚めない場合の対処についてもよね」

 司が口にした事前協議にヴィレッタが乗り、皆が話し合いを始めた。化野 鳥太郎(la0108)は特に口を挟まずに、たばこをくゆらせながら耳を傾けている。サングラスと頬の大きな傷も相まって少々強面の彼だが、その実、本職は小学校の音楽教諭である。

 話し合いの結果、前衛はヴィレッタ、司、クラリス、後衛は優彌、鳥太郎、柊也、アルカということになった。トラウマを乗り越えられなかった場合に関しては、とりあえず気絶させて後から回復させるということに落ち着いたようだ。

「んじゃ、次はあれを倒さないとな」

 全員で戦えるって信じてるからよ、と鳥太郎が言ったその言葉と同時に、敵――スティミュレイターが姿を現した。臨戦態勢を取った一同だが、スティミュレイターは一定の距離を保ったまま何もしてくる気配がなかった。皆が訝しがったその時――。

「うっ……うっ……」

 司が突然うずくまって涙を流し始めた。一瞬の動揺が一同に走る。しかし、それも長くは続かなかった。なぜなら、ほどなくして全員が己の傷と向かい合うことを余儀なくされたからである。

●トラウマ
 最初にスティミュレイターの術に囚われた司は、暗く冷たい水の中にいた。彼は五歳くらいの時に家族旅行の途中、川で遊んで溺れたことがある。幸いにも無事に救助されたが、その時の強い恐怖は彼の心の中に深い傷を残し、今でも水に対しては恐怖心がある。

(みんな……どこ……? 誰か……助けて……)

 何も見えず何も聞こえない暗い暗い水の中で、司は必死に助けを求める声を上げた。しかし、声は泡となって消え、いくら視界を巡らせても仲間の姿はどこにもなかった。彼の意識は、そのまま深い水底へと沈んでいこうとしていた。

 幼い頃に受けた傷を持つのは、柊也もまた同じであった。彼は彼自身を嘆く母親の声を聞いていた。

 ――何で……? どうしてこんな平凡な子が生まれたの?
 ――私が欲しかったのは、私の正しさを証明してくれる非凡な子供。
 ――だから、非凡な相手を選んだのに。

 声は徐々に鋭さを増していく。

「そんな筈無い!あるわけ無い!」
「私の子がこんなに凡庸な筈がない!」
「あなたにはやる気が無いの!?」
「私に嫌がらせをするのがそんなに楽しい!? 私が憎いの!?」

 実際には幻なのだが、柊也にははっきり肉声としてその耳に届いていた。

「……ごめんなさい、お母さん……。あなたの欲しかった子供でなくて……。僕が悪いから、もっと頑張るから、もう言わないで……」

 柊也はうつむいていて、その表情は見えなかったが、声色は固く、冷たく、凍っているようだった。

 そしてまた一人、ここにも幼い頃の記憶と戦う者がいる。鳥太郎は真っ暗な視界の中、明滅するストロボを浴びながら走っていた。その後ろから沢山の手が追いかけるように伸びてくる。

「やめろ、来るな」

 それは幼い時に見た記憶と、彼の出生にまつわるある出来事を知った時の衝撃がない交ぜになった心象風景の具現である。

『要らぬ子ども』
『なぜ産んだのか』
『■■された』
『血の繋がらない』

 誰とも知れぬ声までもが、鳥太郎の背中を追いすがってくる。彼は必死に走りながら言った。

「俺がいると、迷惑がかかる、から」

 だから、来ないで、と。
 それは群がってくる有象無象のゴシップに対してだったのかもしれないし、あるいは、彼の敬愛する父親に向けてのものだったのかもしれない。

 アルカは世界と世界の狭間をさまよっていた。

「おかしいな。なんでこんなことになっちゃったんだろう」

 彼女の製造者たる大好きなパパとママのために、自覚なく非道な行為を張り切っていたら、実はアルカは全人類を団結させるために便宜上作り出された仮想敵だった。
 彼女はいいように使われ、捨て駒として殺されかけた。命こそ取り留めたものの、半身は吹き飛ばされている。全身が痛みを通り越して感覚がない。

「あたし……バカみたい……」

 その寂しげな呟きを聞く者は、今、アルカのそばに誰もいなかった。

 親しい人間との関係から生まれたトラウマに苦しむ者は他にもいた。優彌は二度と見たくなかった光景を再び見せられて愕然としていた。彼の眼前には、育ての親であり彼を鍛え上げた師が、両親に手を掛けた現場が再現されていた。
 師は優彌の方に向き直ると、銃を突きつけ、

「私を殺せ。でなければ私がお前を殺す」

 そう言ったのだった。優彌には理解不能だった。なぜこんなことになったのかが欠片も分からない。敬愛する師がどうして。そんな疑問が頭を巡る間にも、時間は刻々と過ぎていく。
 彼は答えを出さなければならなかった。

 クラリスもまた、親しい人間との関係の中で生まれた傷に苦しんでいた。彼女には前の世界に親友がいた。いや、共に戦った戦友だった。しかし、大型のナイトメアと遭遇し、まったく歯が立たずに自分だけが生き残ってしまった。
 どうして自分だけが撤退してしまったのか。あの時、生き残るべきはあの人の方だったのではないか。そんな無限にも似た疑問が、クラリスの中に渦巻いていた。問いには茨の棘が生えており、絡め取られたクラリスの体からは血が流れていく。

 ヴィレッタもまた、愛する人を失う苦しみを抱えた一人だ。二年前、唐突に現れたナイトメアたちの襲撃に遭い、まだ一般人だった彼女は逃げ遅れてしまった。正式な出動命令を受けたライセンサーたちが駆けつけるよりもさらに早く、彼女の元には夫が駆けつけてくれた。
 よかったのはそこまでだった。
 ヴィレッタは駆けつけた夫の姿に安堵し、油断してナイトメアに見つかった。振りかざされるナイトメアの腕。その一撃は、ヴィレッタの胸に傷を残した……だけでなく、彼女の夫の命も奪い去った。

(あの時と、同じ状況)

 彼女の前で再び悲劇が繰り返されようとしている。彼女はそれを見て――。

 ●克服
 水底に沈もうとしていた司は、声にならない声で精一杯叫んだ。

「いつまでも子どもの頃のままじゃないんだ。もう怖くない!」

 叫んだ瞬間、全身に力がみなぎった。成長していた腕が力強く水をかく。水はなお冷たい。仲間の姿も見えない。だが、彼はもう泣いているだけの幼子ではなかった。

「ぷはっ!」

 水面から顔を出した……と思ったとき、彼は元のビル街に戻っていた。周りには、まだうめき声を上げる仲間たちが見えた。

「仲間に声を掛けられるのを待ってちゃダメだ」

 まだ頭の芯に濃い疲労が残っていたが、かれは首を振ってそれを追い出し、仲間に一人一人声をかけ始めた。


 一方、柊也は、

「なーんて言うとでも思った? 生憎でした」

 母親の恨み言にそれまでしおらしい態度でうつむいていたが、打って変わってけろっとした態度でそう言い放った。

「馬鹿らしい。あなたの望む非凡な子を目指すなんて不毛だよ。小さい頃は力関係上あなた――母親という存在がいなければ生きていけないと思っていただけ」

 飽くまでそれだけだ、と柊也は言う。

「だからあなたを大事だと思い込もうとして、大事にされようともしたけれど、今はもう違う。一人で生きていけるから、これが幻だと分かる」

 だから、と柊也は笑みさえ浮かべた顔で言った。

「とっとと消えろ、毒親」


 鳥太郎はピアノを弾くように指先で地面を削り、前を見据えた。頭の中を音だけで一杯にし、指先の痛みで意識を取り戻そうと抗った。

「死ぬのは……いつも弱い奴からなんだ。例え弱くても正義を貫けるような綺麗な奴からいなくなる」

 ふと、口をついて出たのはそんな言葉。意識を取り戻せ。意思を、約束を、決めたことを取り戻せ。

「俺は生まれからして悪党だからな。正義がむさぼられるより前に、倒す。そういうのは、全部俺がやればいい」

 もう、逃げはしない。鳥太郎は幻の先へフォースアローを撃ち放った。

「じゃあ、さっさと終わらせちまおうぜ。ヒーローが来る前によ」


 アルカは強い忌避感を覚えていた。おバカの子、とも評される彼女には、そんな小難しい単語は思い浮かばなかったが、それでも「これはイヤなものだ」という強い感情がこみ上げてきた。
 みるみるうちに、欠けた半身が補われていく。それは今のアルカの姿。義肢と義眼を備え、ツインテールこそ片方欠けたままなものの、不敵な笑みは完璧に元通りだ。
 騙されたり操られたりするのは一度で十分だ。彼女は道化になってしまうことも多いが、そのままではいたくないと思うだけの向上心もちゃんと持ち合わせているのだった。

「誰にも、二度とあたしを自由になんかさせない!」


 優彌は銃を突きつけたままの師に答えを出した。その答えは……抱擁だった。

「あんたが死んだときからずっと許したつもりだった。でも、許せてなかったんだなぁ」

 彼は師を恨んではいない。だが、どこかで諦めきれない思いがあったのだろう。それはきっと、両親が、そして師が、大切であったことの証左に他ならない。

「今更かもしれないが、今度こそあんたを許すよ」

 優彌の言葉に、悲劇の現場が歪んで遠のいていく。視界が元に戻った後には、すでに意識を取り戻した仲間たちと未だに苦しみ続ける仲間、そして、憎きスティミュレイターがいた。

「おかげで目をそらしてたことに気づけたぜ。こいつは礼だ」

 優彌はスティミュレイターにポイントショットを放った。


 クラリスの心中は穏やかではなかった。しかしそれは、ただの悲嘆や慟哭ではなかった。己に対する静かな怒りだった。
 敵がどんな相手かは分かっていたはず。そして、過去に起きたことも変えられはしない。クラリスは今を生きているのだ。
 クラリスはどこへともしれず、バトルグローブで殴りかかった。何にも当たらなかったはずのその拳は、過去の幻影に亀裂を入れた。悲劇がボロボロと音を立てて崩れ去っていく。

「後悔するためにここに来たんじゃない」

 そう言って、クラリスは敵をひたと見据えた。


 ヴィレッタは過去の巻き戻しを見ながら思った。

(そうだ、こうして私は傷を受け……倒れた)

 でも、と彼女は思う。ライセンサーとなった今のあたしなら、負けない。この剣で、目の前のナイトメアをたたき切ってやる。ヴィレッタは右胸の傷痕をそっとなぞると、ラヴィーネソードを構え直して、白衣を翻し目の前のナイトメアに斬りかかった。
 彼女は決して一人ではない。思い人はずっとそばにいる。

(……ね、私の愛しい人)

 ヴィレッタは幻ではない本当の彼が、自分に微笑みかけてくれているような気がした。

●戦い終わって

 ライセンサーたちが全員トラウマを克服し、敵を殲滅する備えも怠らなかったため、本体はあっさりと殲滅された。しかし、ライセンサーたちには深い疲労の色が見て取れた。

「とっくに吹っ切れたと思ってたのになー」

 そう言って、ヴィレッタはおどけた。
 
 司は左手できんと音を立てて刀を納めると、傷を負った仲間の手当てを始めた。

 柊也は飴やお茶を配って、仲間の心を落ち着かせるのに一役買っていた。

 それを受け取ったアルカは、

「こんなの、別に嬉しくなんかないんだから!」

 と、でも、どこか嬉しそうにぷんすかしていた。

 鳥太郎の姿はすでにない。どこかへたばこをふかしに行ったようだ。

「腹減った……。誰かお勧めの飯屋教えてくれよ」

 と、優彌が言えば、

「飯屋じゃないですけど、うち、カフェやっていますよ。猫カフェですけど」

 と、司が応じる。

 クラリスは最後まで周辺警戒をしていたが、やがて危険が去ったことを悟ったのか、

「もういない人を願っても仕方ない……帰ろう」

 そう言って颯爽と帰還していった。

 こうして、ライセンサーたちの綿密な作戦により、ナイトメアを取り逃がすことはなく、負傷もまたなく、完全勝利として終わったのである。

成功度
大成功

MVP一覧

MVPはいませんでした。

重体者一覧

重体者はいませんでした。

参加者一覧

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