●研修の締めくくりに
全ての行程を終え、宿泊研修は終わりを迎えた――と思った矢先、研修に参加したライセンサーの中から無作為に選ばれた二十数名ほどに招待状が届いた。
研修の閉会式のようなものをするので、その日に予定がなければ「動きやすい服装で」「指定の座標までお越しいただき」参加して欲しいというものだった。
果てしなく嫌な予感がするままに向かった結果、たどり着いたのは山の麓。
いや、山という生やさしいものではなく、岩が積まれたような険しいを通り越したような山だった。登れる瀬戸際ぎりぎりの傾斜であり、ロッククライミングであれば逆に生やさしい分類である。
だがもちろんそういった装備もなく、前に立つ少し暗い顔のシャラヴィン・ソウドゥと、わくわくを隠せない顔の赤坂 イチズも丸腰で、こう告げた。
「よおおおおし、登るぞおおお! みんな、俺についてこおおおいッ!!!」
「頂上で〆の言葉だから、みんな、遅くなりすぎない程度にはがんばって」
そんな大雑把な説明だけをすると、2人は岩を蹴ってすいすいと登っていく。
「わざわざ来てみれば、またこれか……羽くらい伸ばさせろよなぁ」
誰しも納得の愚痴をこぼすヴァン レイノルズ(la0790)。今回は騙されたのとちょっと違うが、すでに大阪の研修(【宿研】大阪研修は臨床試験!)で甘い誘い文句に騙された事があるだけに、仕方ない。
「これも、研修の……一環、かな……。午後に、収録ある、から……急ごう」
せっかく重体者数名が出た危険な闇鍋(【宿研】イキロ・久遠ヶ原)から生還したというのに、ここで物理的にやられてしまっては元も子もない。髪を銀に染め、紫の瞳に変化した各務 千隼(la0276)が岩に手をかけゆっくり登り始める。
するとちょうどその横を、元気にジャンプして岩につかまる茂原 六ツ野(la0282)。
「やまのぼり! たのしみます! ちょーじょーでみなさんにおみそしる、ごちそうするのです!」
ぶらーんとした足で岩を蹴り蹴りする姿がとても可愛く、その背中のリュックにはキャンプ(【宿研】晩秋?の海辺でキャンプ・函館)の時にも持って行った味噌汁のセットが入っている。
なかなか足を引っかけられない六ツ野を、さすがに見ていられなくなった千隼が勇気を出して手を貸そうとしたその時、六ツ野の足を下から支える手がにょきっと伸びてきた。
「手を貸しますよ! そのあかつきにはみそ汁おかわり自由の権利を、ボクに!」
温泉饅頭の経費で職員を悩ませたという(【宿研】別府で湯煙旅情)最上 衣(la2779)が目を輝かせ、六ツ野の足を押し上げる――と、食への執念か、力が入りすぎてしまったというか、予想以上の力で軽々と六ツ野を高く跳ばしてしまった。
空中に投げ出された六ツ野を岩に張り付いたままの野武士(la0115)が片腕で引き寄せ、岩の出っ張りに立っていたシスター・ジャンヌ(la2827)が抱き留めた。生来、こういった怖そうなところは全くダメだったジャンヌも、少し怖い思いをしたせいか(【宿研】狐と狸の化かし合い)多少、平気になったようだった。
六ツ野を豊満な胸に埋めながら耳元に、「大丈夫、ですか」と声をかけていた。
「さっすがアタシ! 咄嗟にしては動きがキレッキレだわね!」
ジャンヌの横に着地して、鼻高々な士。スカートをはいた女性が上にいるという事実を知ってしまった千隼は、目を閉じて下を向いていた。
と、そんな時、悪戯な風が士とジャンヌのスカートを襲う!
「ほげぇえええええええ!」
まくれ上がるのは手で防いだが、士の悲鳴がジャンヌの悲鳴を綺麗さっぱりかき消した。せっかく掃除してうなぎ上りだった女子力(【宿研】秋の大掃除・逗子海岸)も急降下である。
「……きゃー」
いまさら遅い。
士が千隼を睨み付け、視線を感じた千隼は咄嗟に「この事は他言しないと、約定しよう」と、某RPGで演じた貴族の言葉で返す。
ただ、もっと下の方に居たのではっきりと見えはしなかったがヴァンは、「あー……少しは登ってやってもいい気がしてきた」と岩に手をかけるのであった。
「行くよ、シンさん!」
「よしきたミハエル君!」
秋田の田んぼで鍛えた足腰(【宿研】足腰のトレーニング)のミハエル サリバン(la1317)と、シン・グリフォリシア(la0754)が競うかのように登りつつも、この寒空の下でも上半身は裸のシンは見事な大胸筋を見せつけながらミハエルを上に送りこみ、互いに手を伸ばしあって連携して上を目指していく。
それもこれも、鳥取で行われた連携訓練(【宿研】即席タッグによる連携訓練・鳥取)をシンが体験したからだろう――たぶん。ちなみに今回、オカマ化はしない。
そんな光景を、途中の出っ張りに腰を掛けて眺める五代 真(la2482)。
(ここまで来るのも大変だったんだが、この上さらに山登りとはねぇ)
指定の座標までキャリアーではなく、マウンテンバイクで来たのだ。大変だったとはいっても、普段からマウンテンバイクで旅しているので、実際はそれほどでもない。
ただちょっと納得できないのだ。
自分はただ、温泉宿(【宿研】宿、混浴だってよ。)を満喫しただけなのに、呼ばれてしまったのだ。
「混浴の代償ってかぁ? ま、頂上で吸う1本は美味そうだ。一気に登っちまうか」
「あら、貴方も吸うお人なのかしら」
真に声をかけたのはアナスタシア・A・アダマス(la0577)。顔見知りではないので口調は他人行儀だが思わず声をかけてしまい、寂しい口元に咥える仕草をする。
「ん、あー、そうだ……もとい、そうです。毎日1箱ずつ吸いてぇ……吸いたいですが、なにぶん、貧乏なもので一日一本に決めてるんです」
「偉い心がけです。私は煙草と少し違うのですけど、常にパイプを咥えていたいのですよね。今は登山中との事で控えているのですけども」
高貴な考え故に、喫煙のマナーもしっかりしている。
ただ恨むは、食すると性転換するナイトメアの調査(【宿研】人身御供急募・秩父)をしただけなのにここへ呼ばれてしまった不運くらいだった。
不運を嘆く2人のいる岩場に、手がかかる――がそこは運悪く、脆かった
「うわっ!」
座りこんでいて近かった分、真が手を伸ばし、落ちそうになった手をつかみ引き上げる。落ちそうになった日下部 一馬(la0365)が、岩を蹴るのとほぼ同時だった。
意図せずして呼吸のあったその行動に、真はまるで一馬の重さも感じず、また、一馬も予想以上に跳び真の座る岩場にまで一息で行けてしまった。
「ありがとうございます、五代さん。ボートで醤油を運んだ時(【宿研】訓練は醤油の香り・銚子)と同じで、息がぴったりでしたね」
屈託なく笑う一馬へ、真は「よせやぁい」と兄貴風を吹かしつつもまんざらでもなさそうな顔をする。
ただ、近くで見ていたアナスタシアは今のを息がぴったりだったでは済まないような気がして、難しい顔で考え込んでいたのだった。
「助けていただいて、ありがとうございました。さあ、続けて頑張ろう!」
ぺこりとお辞儀してすぐに登りはじめる生真面目な一馬を見て、いまさっき兄貴風吹かせたばかりの真も登り始めるのであった。
「ふHAHAHA!! 我にこの程度の試練を与えるとは愚かなり! 全ての生物の頂点に立つ我にかかればこのような山のひとつやふたつ消し飛ばし、平らにする事など造作もない事だが、ここはあえて乗り越えて見せようではないか!!」
高笑いをあげながら登っていく、邪神グローツ・ダラー(la2674)。黒い鎧が重そうで、マスクからは激しく息が漏れているようにも見える。
その横を鹿がひょいひょいと降りていく。当然、足だけで。
「貴様はあの時の鹿か! 鹿にできて我にできぬ事など無い! 我を崇めよ!!」
研修で見た鹿ロボット(【宿研】鹿のお触りは禁止だよ・安芸の宮島)のはずはないのだが、実はあんま余裕がないのかもしれない。そんな状態で手を離し、足だけで登ろうとすればどうなるか――結果はご想像にお任せしよう。
(足を踏み外せば元も子もない……これは訓練が少しは役に立ったか)
その見事なガタイのわりに、マルティーノ=ヴェラルディ(la2584)が一歩一歩を堅実に進めていく。
「カニもきりたんぽもなまはげもない(【宿研】障害物競争in秋田)のであれば、何一つ難しい事ではないからな」
「ついでにカマキリの軍勢もいませんからね」
いつの間にか近くにまで来ていたクラーク・アシュレイ(la0685)が、大規模な戦闘訓練(【宿研】大規模模擬戦闘訓練・神奈川)を思い出して笑う。マルティーノも「そうだな」と釣られたがそれでもやっと、わずかな笑みを浮かべるだけだった。
「あまり訓練にはなりませんね、さすがに。戦闘訓練に比べればの話ですが」
「この前にやった模擬戦(【宿研】長崎で模擬戦やるよっ!)ほどではないだろうケド、それでもきっと価値のあることでーす!」
何処からか声がする――と思いきや、マルティーノの垂れ下がった衣服を上手く結び、そこに蓮華(la0001)がぶら下がっていた。まさしく神出鬼没。
「でも目立てなーいし、ご飯もなーいから、れんげちゃんはご立腹でーす! だかられんげちゃんを上まで連れてってくださーい!」
足をぶらぶらさせながら、「がんばれがんばれ!」とマルティーノを笑顔で応援する蓮華。苦笑するクラークへ、マルティーノは「これくらいの負荷はあって然るべきか」と告げて、大人しく登るのだった。
そんな時に出会ったのが、楊 嗣志(la2717)。
訓練にはあまりならない――否、彼には十分、訓練になっていた。足を使わず、腕の力だけで登り続けている。それも一定のリズムにはならないよう、緩急までつけて。ひたすらストイックであった。
さすがは十勝川温泉から札幌まで、ひたすらに己を苛め抜いた(【宿研】強行か交渉かin北海道)だけある。
そんな嗣志を追い抜くヴァルヴォサ(la2322)は横目に確認しながらも、感心していた。
(あんな風に鍛えるってのもよかったかもねえ)
「けどあたしとしてはソウドゥに追いつきたい気持ちもあるからね。先を急がせてもらうよ」
そう言いつつもちょっと出遅れているのは、麓で研修でもふもふした狐を見かけ(【宿研】触れ!キツネ様・留辺蘂)、その逞しい姿に「野生のは野生で……!」と身悶えしていたなどと。
手足と尻尾をフルに使い、持ち前の俊敏さを遺憾なく発揮していた。
そのうちにヴァルヴォサと似たような動きで登っていく、ドロシー・フルクナイト(la0762)に追いついた。ヴァルヴォサに気づいたドロシーは抜かされまいと、さらにペースを上げ――汗で手が滑った。
ヴァルヴォサが手を伸ばしその背中を支えようと触れた瞬間、ドロシーは自分が羽になったかのような錯覚を覚え、軽い身体は自然と足を伸ばし踵を岩に叩きつけて真上に跳び、一回転して着地する。
ドロシーの少し上の岩場で立ち止まったヴァルヴォサは、「見事な動きじゃないかい」とドロシーを褒めるも、ドロシーは悔しそうである。
「仲間に助けられてばかりです……!」
闇鍋にやられ、重体で研修に望んだ時、迷惑をかけてしまったあの時の悔しさが甦る。
「いいじゃないかい。頼る事は悪い事じゃないさね。まあでも悔しいと思う気持ちも大事さ」
ヴァルヴォサに諭され、ハッとするドロシー。
『悔しさは成長に繋がる。それを絶対に忘れるなッ!! 同時に仲間に頼ることを忘れてはならない』と研修で言われたイチズの言葉も思い出したのだ(【宿研】奇襲大作戦 in 二本松)。
「そう、でした。そうご教授いただいたばかりでした――助けていただき、ありがとうございます」
冷静さを取り戻したドロシーは恭しく礼をすると、今度はしっかりと、焦ることなく先を急ぐ。人が成長した様を目の当たりにできたヴァルヴォサは尻尾をくねらせ、それから登山を再開するのであった。
「よし、準備は整ったし、行こう」
ずいぶん遅れてそびえ立つ岩山を見上げる、高柳京四郎(la0389)。その背中には大鍋と、閉めきれないチャックから大量のこしあんと食器が見える大きなリュックを背負っていた
わざわざ町まで戻って、仕入れてきたのだ。
30キロにわたる落ち葉掃除の研修(【宿研】綺麗な町は笑顔を呼ぶ)でライセンサーを笑顔に下汁粉を、ここでも再び振る舞うために。
さあいざゆかんと手と足をかけたその時、幼い発音の歌声に気づいた。
見ると、りこった(la2887)が歌いながら岩に軽石で絵を描いているではないか。登る気配は全く見えない。
京四郎がしばらく見ていると、見られているのに気付いたりこったが目ざとくリュックのこしあんを見つけ、京四郎へと詰めかける。
「おいしいごはんですか! 作るなら手伝います! お皿を割っちゃったりしますけど、おいしいごはん食べるためなら、なんだってするよ~。あ、楽しくなる飲み物もあったらいいな~!」
焚火を見つめた研修(【宿研】焚き火を見つめて・英彦山~九重)で楽しい飲み物を知ってしまったりこったの押しに負ける形で、りこったも背負い、京四郎は頂上を目指す――つもりが、またも気づいてしまった。
顔を上げた高さの岩場にちょうど、坐禅を組み、瞑想している雪室 チルル(la2769)の姿を。
京都の研修(【宿研】京都のお寺で瞑想しよう)で学んだ、瞑想。これにより、チルルは格段にぱわーあっぷする……気がしている。
勝つ事ではない。負けない事に真の強さはある――その言葉をいま一度思い返し、クワッと目を開く。
「あたいは負けないよ! 負けないったら負けないんだから!」
瞑想から迷走へ。叫ぶチルルは答えを見つけたようで見つからぬまま、猛然と頂上を目指す。
静かになったと思いきや、またもや静寂を打ち破る「うおおおおおおっ!」という雄叫び。
「まだ人がいるっつう事は、間に合ったな! ずっと冷凍していたコカトリスの肉を、洗いざらい持ってきたぜ! これを頂上で唐揚げにしてやる!」
森野 紫苑(la2123)の言葉に、りこったが「おーいーしそーう!」と京四郎の背中でぶんぶか腕を振り回し反応すると、紫苑も「美味いぜ!」と親指を立てて応える。美味さは研修(【宿研】コカトリスの唐揚げそば・我孫子)で実証済み。
「おや、まだ取ってあったのですか」
とある研修(【宿研】森林踏破マラソン訓練・静岡)でも医療班として活躍していたので、今回も医療班として最後尾スタートをするつもりでいた護鋼 刀夜(la2104)が紫苑に声をかける。
りこったが「食べたの? おいしー?」と刀夜へ質問すると、刀夜は柔和な笑みを浮かべる。
「ふふ、紫苑さんの腕前を信じるとよいですよ」
期待させる物言いに、りこったの目はさらに輝くのだった。
色々とあったが、やっと登りだした面々。だがいきなり、登った先の岩場で、岩に寄り添い立ち尽くしたままの常陸 祭莉(la0023)と出会った。
紫苑が声をかけると、祭莉は薄く目を開ける。
「ん……寝てた……。日光を浴びた、岩って、温かい……」
それだけ言ってまた目を閉じようとすると、紫苑によって起こされる。
「モヒカンが、襲ってくる……ハイキングの研修(【宿研】襲い掛かるモヒカン・大山)は、がんばったけど……山登りは……無理……」
話している間にもまた目を閉じて、寝ようとしている。そんな祭莉を放置しておくわけにもいかず、紫苑が祭莉を背負うことになったのであった。
ここまで見事に眠ろうとしている祭莉を見て、弋 四葩(la2913)が「もしや!」となっていた。
「あのこんにゃくにやられたの!?」
まるで何を言っているかわからない。
それには研修(【宿研】黄金の枕が見せる夢・宗像)が関わっているらしいが、いったいどういう事なのか不明である――が、日十歳 紬(la2491)は知っていた。
「ここには枕もこんにゃくもないよ」
枕投げの研修(【宿研】枕を投げてどつき合え・埼玉)も本気だったのだ。ここでも本気で行くため、入念な準備運動をしてまだ残っていた紬の発した『枕』というワードに反応してしまったのは、か弱いからと言ってなかなか登ろうとしない雨崎 千羽矢(la1885)と、何処から登ろうかぐるぐるしていたクゥ(la0875)。
かたや枕でバレーをする研修(【宿研】ここで枕投げをする・博多)、もうかたや、枕を作って投げる研修(【宿研】お茶香る枕作りからの・長崎)で枕に関わっただけに、聞き逃せない。
研修とは、とか考えてはいけないよ!
紆余曲折はあったものの、全員が無事、頂上へと辿り着く。
「タンパク質が摂れるのはいい事だ」
そう言って紫苑の作るフライドチキンを口にする嗣志。その肉がコカトリスだとは知らない。
そして六ツ野の味噌汁も、京四郎の汁粉も、無尽蔵おかわりマシーンと化した衣によって、綺麗さっぱり消えていく。
真とアナスタシアはちゃんと風下で煙草とパイプの煙をくゆらせていた。
頂上を思い思いに堪能する中、ソウドゥが「これで研修全行程終わりだから」と、そっけない閉会の言葉を述べる。
「正直、ボクはキミ達がこんなに早く登頂できるとは思わなかったよ。研修の効果があったかはわからないけど、きっとキミ達はすぐ強くなる。ボクが保証する」
それでもボクは負けないけどねと思いつつもソウドゥが連絡を入れ、迎えのキャリアーがやってくる。
これで本当に研修は終わりなんだ――と思った矢先。
「さあああ! 下山するぞおおお! 俺についてこおおおおいッ!!!」
登る時と全く同じテンションのイチズが下山し始めたのを見て、ギョッとする。
「あ、ボクはこれでも重体だから迎えを呼んだだけで、キミ達はイチズみたいに自力で下山だよ。それじゃまた、どこかでね」
……鬼教官はにこりと微笑むのだった。
●喫茶『sino』
「という事で、色々あったんだ」
登山の話をするソウドゥへ、アイザック・ケインは苦笑いしか返せない。
「大変だったようだね、ソウドゥ君――ところで、なにかあったりしなかったかな」
東雲 忍の言葉に、ソウドゥもアイザックもすぐに心当たりを思い浮かべた。
時折、能力以上の鋭い動きをみたことがある――それは忍も見たものだからこその、言葉だった。
「……よくはわからない、何かは、ありました」
「ボクも、見ました」
忍が頷く。
「何か貴重なデータが取れたという報告もあったそうだよ。そのデータに随分興味を持たれたようだけど……まあ僕らは僕らの仕事をちゃんとしたってことだね。
お疲れ様、2人とも」
忍の労いが、2人にじんわりと染みこんでいく――それなりに大変だった、という事なのだろう。
そしてこの宿泊研修がのちのち、大きな意味を成してくるとは、まだ誰も知る由もなかった――……
●
通達、あり
ナイトメアによる大規模な東京への侵攻を乗り越えはしたが、爪痕はいまだ多く残され、各地に残存しているナイトメアたちの処理に多数の人員を割かなくてはいけなくなり、研修も済んでいない新人ライセンサー達も動員して対処せざるを得ない状況は続いていた。
もし救いがあるとすれば、この侵攻を乗り越えた事で研修の必要性が下がったことそのものか。
そんなある日、ようやく少しは日常を取り戻つつあるライセンサー達に、SALF本部から宿泊研修への参加要請が届く。
だが、通常の研修とは異なっていた。
宿泊研修はいつもなら百単位の人数を1つの施設でまとめて済ませるのだが、今年は有事に備えなければいけないため1度に大勢の新人を1ヵ所に集めるだけの猶予がない。
そのため、1ヵ所ごとの人数を極端に減らして受けやすいよう『日本』全国各地に振り分け、手すきで受けられる者だけが受けてもらうというものになっていた。
そして内容といえば、机上の議論を嫌い『実戦に勝るものなし』と公言するSALFの長官ことエディウス・ベルナーにしては緩い研修内容だと思われたが、今回はその地域ならではの特殊研修が待ち受けていて、熟練のライセンサーが指導員として付いていく事もあるという事から、かなり実践的で油断ならない気配が漂っていた。
だが辛いことばかりではない。
これまでの研修と違い、わずかながらも報酬があり、参加者全員に研修完了証明書という何やら参加賞のようなものを用意してくれている。それに参加回数に制限を設けないとしていて、参加できた回数が多ければ多いほど何か良い事があるのだろう。
それだけではない。
これまでは公民館のようなところを借りそこで宿泊させられていたが、今年は宿泊先も温泉宿などと、いい所を用意してくれているらしい、との噂。研修の内容によってはもっと苛酷なところで寝泊まりの可能性もあるのでは、という話もちらほら聞くので、そこは祈るしかない。
とにもかくにも、もしかしたら厳しくも甘い宿泊研修がこれから始まろうとしていた――
●
sino、閉店後
「――とまあ、研修そのものはいつもより厳しいけど、東京襲撃を乗り越えたご褒美というか、ボーナスなんだよ」
玉ねぎの皮を剥きながらカフェ『sino』のマスター、東雲 忍は言う。
SALF所属のライセンサー。
主に新人ライセンサーの教育を任されている。
いつも穏やかな笑みを浮かべており、誰に対しても物腰柔らか。表向きは小さなコーヒーショップ、カフェ『sino』のマスター。様々なライセンサーを分け隔てなくカフェへ招待しているため、カフェはライセンサーの集う、憩いの場所になっている。昔はアサルトコアのエースパイロットであったらしいが、現在の彼からは想像できないという者も多い。
エリート街道を征く、将来を期待された武人。
軍人の家系に生まれ、任務への強いこだわりを持つ。
色気とさわやかさのバランスが取れた美青年。 頭脳派で、現場に出るよりは後方で指揮をとり関係部署へ先手をうって根回しをしていく事で成果をあげるタイプ。若手のライセンサーを育てる事にも熱心。 基本的に人当たりがよく褒め上手で人たらし。 英国紳士然とした態度で女性に優しいが、特定の女性とは付き合わない(本人談)。
祖先がモンゴルの勇敢な戦士だったという祖父母の言葉を聞き、育ったため、自身も祖先に恥じぬ戦士になると幼い頃から誓い、スポーツ万能ながらも格闘技にその情熱を注ぐ。モンゴル出身だが日本育ちの現役女子高生。堅苦しそうに見えてその実、かなり普通の女子高生というギャップもあったりする。sinoでバイトをしているが、バイトをしている理由は金銭的なものではなく、別の目的があってのこと。